孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

サウジ記者失踪事件で困難な局面に立つサウジ・ムハンマド皇太子 トルコはこの機に対米関係修復へ

2018-10-13 23:09:31 | 中東情勢

(トルコ・イスタンブールのサウジアラビア総領事館から顔をのぞかせる治安当局者(2018年10月12日撮影)【10月13日 AFP】)

拷問・殺害された様子を記録した音源と映像をトルコ政府が入手との報道も
イランに対抗する中東スンニ派世界の地域大国であるサウジアラビアとトルコの対立ともなっている、10月6日ブログ“トルコ・イスタンブールのサウジ総領事館で、サウジ反政府ジャーナリストが行方不明”で取り上げたサウジ記者失踪事件については、正直なところ「どうせサウジアラビアは認めないだろうし、今更領事館を捜査しても何も出ないだろうし・・・」という感じで、このままうやむやになるのだろうと思っていました。

そんなことで6日ブログでは、事件そのものよりも、サウジアラビアとトルコの“どっちもどっち”的な政治体質を中心に取り上げました。

しかし、その後事件は、私が考えていた以上に影響が拡大しています。

トルコ側は、サウジアラビアが皇太子に批判的なカショギ氏を拷問・殺害し、遺体を切り刻んで運び出したとして、その音声・映像記録などの証拠もあるとしています。

****サウジ記者失踪、「尋問」記録をトルコが入手か 説明要求の圧力強まる****
サウジアラビア皇太子に批判的な記事を執筆していたサウジ人ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏がトルコ・イスタンブールのサウジ総領事館を訪れた後に消息を絶った問題で、トルコと米国は11日、サウジ政府に改めて説明を要求し、圧力を一段と強めた。

カショギ氏が総領事館内で「尋問」される様子を記録した音源と映像を、トルコ政府が所有しているとの報道もある。
 
カショギ氏は今月2日、トルコ人女性との結婚を前に必要書類を受け取るためイスタンブールのサウジ総領事館を訪れた後、行方が分からなくなった。
 
米国は同盟国のサウジと1100億ドル(約12兆円)相当の軍事関連契約を結んでおり、米議会はサウジへの武器売却の停止を求めてドナルド・トランプ米大統領に決断を迫っている。ただ、トランプ氏はサウジに説明を求める姿勢を強めてはいるものの、議会の要求は拒否している。
 
トルコ当局はカショギ氏について、殺害されたとの見方を示している。航空機2機に分乗してトルコに入国した15人の「暗殺団」がカショギ氏を殺害したとする報道もある。一方のサウジ政府は、カショギ氏は総領事館を何事もなく去ったと主張している。
 
トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領はサウジ政府に対し、この主張を裏付ける監視カメラの映像を提出するよう要求。「総領事館に監視カメラが存在しない、などということがあるだろうか」「ハエや蚊が1匹飛んでいる様子さえ、監視カメラには映る。何しろ、彼ら(サウジアラビア)には最新のシステムがあるのだから」とトルコ記者団に語った。
 
総領事館側は、カショギ氏の訪問日には監視カメラが作動していなかったと主張し、カショギ氏が暗殺されたとの見方を「根拠がない」と非難した。
 
しかし、米紙ワシントン・ポストはトルコ政府が米高官に伝えた情報として、カショギ氏が「総領事館内で尋問や拷問を受け、殺害された」様子を記録した音源と映像をトルコ政府が入手しており、遺体は殺害後に切断されたと報じた。
 
カショギ氏は、ワシントン・ポストなど多数のメディアに寄稿し、サウジ政府のイエメン内戦介入やムハンマド・ビン・サルマン皇太子の政策を批判していたジャーナリスト。

サウジ政府の顧問を務めた経歴を持つが、逮捕される恐れがあるとして昨年9月にサウジを出国し、米首都ワシントン郊外に暮らしていた。【10月12日 AFP】
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“カショギ氏の訪問日には監視カメラが作動していなかった”というのは、いかにも苦しい弁明にも思えます。

サウジ・ムハンマド皇太子は外交特権で制限される総領事館立ち入りについて、当初「何も隠すことはないので、トルコ官憲が立ち入り、隅々まで調べてもらって結構である」と余裕を見せていましたが、米紙ワシントン・ポストによると、トルコ当局者はサウジが捜査を遅らせ、総領事館や総領事公邸への立ち入りができない状況にあるとのこと。【10月12日 時事より】

サウジへ説明を求めるアメリカ
トルコ・エルドアン大統領が何を言ってもサウジアラビア・ムハンマド皇太子はさほどこたえないでしょうが、危惧されるのはアメリカとの関係悪化です。

****<サウジ記者失踪>「王室の関与」米主要紙報道で広がる波紋****
(中略)この問題をめぐっては、トランプ米大統領が10日、カショギ氏の婚約者でトルコ人女性のジェンギズさんをホワイトハウスに招く考えを表明。トランプ氏は「非常に悲しく悪い状況だ。深刻な事態だ」と述べ、強い関心を持って事態の推移を見守る考えを示した。
 
ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)やクシュナー大統領上級顧問は9日、ムハンマド皇太子と電話協議を行ったほか、ポンペオ国務長官も電話で皇太子に詳しい状況を説明するよう求めた。(後略)【10月11日 毎日】
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ムハンマド皇太子の指示によるカショギ氏の拘束計画を米情報当局が事前に傍受していたとの米紙ワシントン・ポスト報道もありますが、これについてはホワイトハウスは否定しています。

ただ、そうした報道もなされるような状況だけに、トランプ政権としても曖昧な対応では間近に迫った中間選挙にも響きかねません。

今のところはサウジアラビアへの武器輸出契約はこれまでどおり・・・ということですが、今後の展開次第では、そうした方面にも影響が及びかねません。

****米、サウジ記者失踪でも武器輸出に意欲 トランプ氏「米国が売らなければ中露から買う****
サウジアラビアの反体制ジャーナリストがトルコのサウジ領事館に入ったまま行方不明になった問題で、トランプ米大統領は11日、米国がサウジと結んだ1100億ドル(約12兆円)相当の武器を輸出する合意を維持したいと強調した。ホワイトハウスで記者団の質問に答えた。
 
サウジ政府がジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏の殺害に関わったと報じられており、米議会の超党派議員から同国への制裁発動を求める声が出ている。
 
トランプ氏は武器輸出に関し、「もし米国が売らなければ、サウジはロシアや中国から購入するだろう。米国内の雇用が失われ、助けにはならない」と述べた。米議会には大統領が合意した武器輸出を止める権限があるが、トランプ氏は「他の手段」を見いだすべきだと主張した。
 
上院外交委員会のコーカー委員長(共和)らはトランプ氏に対し、サウジ政府の行動を調査し、人権侵害を理由に外国政府高官に制裁を科す法律を適用するかどうか決めるよう要求。

コーカー氏は11日、サウジによる殺害が明らかになれば、「首脳部」への制裁を科す必要があるとの認識を示した。【10月12日 産経】
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ムハンマド皇太子の経済「改革」の障害にも
更に、投資家も警戒を強めており、外資導入で“脱石油”国内改革を進めたいサウジ・ムハンマド皇太子にとっては厳しい情勢となっています。

****サウジ記者失踪、外国人投資家や企業に広がる懸念****
「砂漠のダボス会議」への不参加表明も相次ぐ

投資を呼び込みサウジアラビア経済を改革しようという同国のムハンマド・ビン・サルマン皇太子(33)の計画は、深刻な危機に直面している。

その原因は、同国人の反体制派記者が在トルコのサウジアラビア領事館に入ったあと行方不明となり、殺害された可能性もあるとされる事件だ。
 
2日に起きたジャマル・カショギ記者の失踪についてトルコの当局者らが、サウジが関与していると非難したことを受け、外国人投資家らはムハンマド皇太子との関係や、同皇太子が主導する経済改革計画への参加について再考し始めている。(中略)

米国の元エネルギー長官、アーネスト・モニス氏は今週、カショギ氏の事件への「強い懸念」を理由に、サウジの新たな未来都市「ネオム」に関する仕事を停止した。

アルファベット傘下で都市問題の解決につながる革新技術などの提供に取り組む「サイドウォーク・ラボ」の創設者であるダニエル・ドクトロフ氏も、サウジ政府がネオムの委員会への同氏の参加を発表すると、その直後にネオムの開発に取り組むことはしないと表明した。

欧州委員会の元副委員長のネリー・クルース氏もネオムの委員会に名を連ねていたが、カショギ記者の行方について「詳細が分かるまでの間」ネオムでの役割を停止することを11日の電子メールで明らかにした。

米紙ニューヨーク・タイムズは11日、広報担当者を通じ、10月23〜25日に首都リヤドで開催されるビジネス会議「未来投資イニシアチブ」のメディアスポンサーを降りると発表した。このイベントは「砂漠のダボス会議」と呼ばれている。(中略)

英キャピタル・エコノミクスのエコノミスト、ジェーソン・タビー氏は「イスタンブールでのカショギ氏の失踪は改革者としてのムハンマド皇太子の評価に新たな疑問を投げ掛けるものであり、政治問題化はサウジの今後の経済動向に大きな脅威となる」と指摘した。

米シンクタンク「アメリカン・エンタープライズ政策研究所(AEI)」の常勤研究者、カレン・ヤング氏は会議について、大手企業幹部にとってムハンマド皇太子との関係を維持したいかどうかの選択を迫られる局面だとの見方を示した。

その上で同氏は「著名な企業経営者にとって(同会議の場で)写真撮影に臨むことは好ましくないだろう」と語った。【10月12日 WSJ】
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CNNやニューヨーク・タイムズ、フィナンシャル・タイムズのほか、「砂漠のダボス会議」会議に協賛するCNBCやブルームバーグなども参加を取りやめると表明し、欧米メディアの“サウジ離れ”も進んでいます。

サウジ王室内の権力闘争激化の可能性指摘も
閉鎖的なサウジアラビアの政治状況はよくわかりませんが、実力者ムハンマド皇太子が強力に(あるいは、“強引に”)進める改革路線で、王族間での権力闘争的緊張があるとかねてより指摘されています。

今回事件を受けて、(おそらく反皇太子派からでしょうが)ムハンマド皇太子の権力基盤が揺らいでいるとの指摘も出ています。

****サウディ王国の危機(アラビア語紙の記事****
サウディの皇太子がほゞ独裁的な地位を固め、次期国王は間違いないとされてきましたが、それに対して皇太子が従来のサウディ王国の伝統から離れて、専横的傾向をあまりに強めると、自らの首を絞め、サウディ王国の安定を危うくするとの見方がありました。

その点で、今回のイスタンブールのサウディ総領事館事件は、事件の真相はいまだ不明なるも、正直言って、サウディと言う国家と皇太子オールマイティの体制の危うさを如実に見せつけた感じがするところ、al qods al arabi net は「サウディが政治的地震に見舞われ、皇太子の国王となる可能性も危なくなった」という趣旨の記事を載せています。

彼がこれまであまりに多くの王族、有力者らを監禁し、その財産を取り上げる等その専横が目立っていたことを考えると、十分あり得る話かと思いますが、この種の話と言うのは真相はやぶの中の話が多く、この記事も、実際にそのような動きがあるというよりは、同紙の希望的観測という可能性ももちろんあり得ると思います。

しかし、こんな話がアラビア語のメディアに出始めているということで、取りあえずご参考まで。
こういう話が出てくると、米国としても事件の取り扱いには慎重にならざるを得ないでしょう。(後略)【10月12日 「中東の窓」】
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この機に乗じて、米牧師問題も解消し、一気に対米関係改善を目論むトルコ・エルドアン大統領
一方、この機に乗じた感もあるのがトルコ。

これまでは、トランプ米大統領は、アメリカと同様にイランと対立するサウジアラビアを「緊密な同盟国」と呼ぶ一方で、トルコとはアメリカ人牧師が身柄を拘束されている問題をめぐって対立し、経済制裁も課されていました。

トルコ・エルドアン大統領は、今回のサウジ記者失踪事件でアメリカと共同歩調をとる形で接近し、さらに、懸案となっていたアメリカ人牧師の問題も解消して、一気にアメリカとの関係を改善させよう・・・とも見えます。

クーデター未遂事件を“首謀”したギュレン師を信奉する団体を支援していたとして拘束されていたアメリカ人牧師の問題は、トルコ・イスラエル・アメリカの三か国間の拘束者交換で解決・・・・というトランプ大統領の描いた“ディール”を、トルコが拘束は解いたものの軟禁して帰国を許さないとぶち壊したため、トランプ大統領の怒りを買っていました。

また、牧師はトランプ大統領の支持基盤であるキリスト教福音派であるため、中間選挙を控えたトランプ大統領としてはどうしても支持者向けに成果を示す必要があります。

これまではアメリカの帰国を求める要求に対し、エルドアン大統領は政治ではなく司法が判断する問題としてつっぱねていましたが、裏で何があったのか、裁判所が帰国を認める対応に変化しました。

****トルコ、米国人牧師を解放 拘束2年、関係悪化の原因に****
トルコの裁判所は12日、同国で2年にわたり拘束されてきた米国人牧師、アンドルー・ブランソン氏の解放を決定した。同牧師の拘束は、トルコにとって対米関係の危機と経済問題の火種となっていた。

AFP特派員によると、トルコ西部アリアーの裁判所はブランソン牧師をテロ関連の罪状で有罪とし、禁錮3年1月15日の刑を言い渡した。その上で裁判所は、未決勾留期間と公判中の素行の良さを考慮し、同牧師の自宅軟禁と渡航禁止を解除。牧師は解放された。

ブランソン牧師の弁護士がAFPに語ったところによると、牧師はその後、トルコを航空機で出発し、ドイツを経由する帰国の途に就いた。トルコの半国営アナトリア通信も牧師の出国を確認し、米国への帰還前にドイツに2日間滞在する予定だと伝えている。

ブランソン牧師は2016年10月に拘束され、テロ組織支援とスパイ活動の罪で最長35年の禁錮刑を科される可能性があった。検察はその後、最長10年の禁錮刑を求刑。裁判所は同牧師をテロ組織構成員とは認定しなかったものの、テロ組織を支援したとして有罪判決を下した。一方、牧師と米当局はすべての罪状で無罪を主張した。

ブランソン牧師の拘束は、北大西洋条約機構加盟国同士であるトルコと米国に近年でも特に深刻な外交問題を引き起こしただけでなく、トルコ通貨リラの暴落を招き、同国経済の脆弱(ぜいじゃく)性を露呈した。

両国間には牧師の拘束以外にも複数の懸案があり、専門家らは、そうした問題は牧師解放だけでは解決しないと警告している。【10月13日 AFP】
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トランプ大統領にとっては大きな得点となるでしょうが、“取引”はしていないとも。

“トランプ氏はトルコ政府との間で「取引は何もなかった」と説明した。米政府は牧師の解放を求めてトルコに制裁を科すなど圧力を強化してきたが、制裁解除を条件に解放を実現したのではないと強調する狙いがあるとみられる。”【10月13日 産経】

トルコとアメリカの間には、ギュレン師引き渡し要求や、シリアでのトルコ・ロシアの接近、NATO加盟国ながらロシアからのミサイル供与、米軍と協力するシリア北部クルド人勢力をめぐる対立などもありますが、エルドアン・トランプ両首脳は独断で物事を進めたがる似たもの同志ですから、流れが変わるときは変化も早いでしょう。

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