孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラン  大統領の事故死 次期最高指導者の死という側面の影響が大 進む革命防衛隊による権力独占

2024-05-20 22:08:01 | イラン

(イラン国営メディアが提供したライシ大統領搭乗のヘリ【5月19日】 出発時は天候には問題なかったようです)

【ライシ大統領の事故死は「悪天候が原因だ」として、イスラエル関与など政治的主張は否定する構え】
周知のようにイラン・ライシ大統領がヘリコプター事故で死亡しました。

****イラン大統領、ヘリで事故死=山間部に墜落、外相も同行****
イラン北西部の東アゼルバイジャン州で19日、ライシ大統領(63)やアブドラヒアン外相らを乗せたヘリコプターが山間部に墜落し、国営メディアによると、ライシ師ら搭乗者全員が死亡した。イラン最高指導者ハメネイ師は20日、ライシ師ら犠牲者に哀悼の意を示すとともに、5日間の国民服喪を宣言した。

イランの憲法の規定では、大統領が在職中に死去などで不在となった場合、第1副大統領が最高指導者の合意を得て大統領の職務を代行する。ハメネイ師は、ライシ師に任命された保守強硬派のモフベル第1副大統領が代行を務めると明らかにした。次の大統領選挙の日程は未定だが、規定により50日以内に実施される。

ハメネイ師は事故発生後の19日、「国政が混乱することはなく、心配する必要はない」と国民に平静を呼び掛けた。国営メディアはライシ師の死亡発表後、同師をたたえる映像を繰り返し伝えつつ、「国家の運営に全く問題はない」と報じた。在任中の大統領が事故死する異例の事態で、国民の間に動揺が広がるのを抑える思惑があるとみられる。

イラン政府は20日に緊急の閣議を開き、今後の対応を協議したもようだ。中東情勢のカギを握るイランで、行政をつかさどる大統領と対外的な顔である外相が同時に死亡したことで、内政や外交に影響が及びそうだ。国営メディアによれば、外相代行にはバゲリ外務次官が就く。

ライシ師やアブドラヒアン氏は19日にアゼルバイジャンとの国境地帯を訪れ、ダムや発電所の完成式に出席。その帰途に事故に遭った。バヒディ内相は、墜落は「悪天候が原因だ」と指摘。ライシ師らの遺体は北西部タブリーズに搬送されたという。 
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イスラエルとの攻撃の応酬もあった緊張状態での事故だけに、巷ではイスラエルの関与を主張する声もあったようですが、イラン政府は墜落は「悪天候が原因だ」として、事故が政治問題化しないように配意しているようです。

中東情勢に大きな影響力を持つ・・・と言うか、混乱の中心でもあるイランの現職大統領の突然の死亡ですから、今後の中東情勢にも大きな影響を与えるのは間違いないでしょうが、ライシ師が独裁的に物事を決めていたわけでもなく、あくまでも強固に構築されたイラン政治体制の中で大統領としての役割を担っていた訳ですから、「国家の運営に全く問題はない」(国営メディア)というのは基本的には間違ってはいないでしょう。

ただ、当然に、権力者の個性(ライシ師の場合は保守強硬派としての立場)は内外政治に影響しますので、次の大統領選挙で誰が選出されるかは注目されます。

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米国政治に詳しい早稲田大学 中林美恵子教授
「イランが政治的にどうなるのかということは、イスラエルにも影響してくることですし、ひいてはアメリカにも影響してくるということですので、次のリーダーシップがどうなるのかということが非常に重要なポイント。

非常に強硬的な人たちが間違った判断を起こす可能性もあるし、イスラエルが何か企んだのではないかということをこの件にかかわらず、様々な件で述べてくると、そのことによって求心力をなんとか作り出そうというような動きがないとも限りませんので、非常に緊張を持って見守らなければならない」【5月20日 テレ朝news】
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【「現職大統領の死」ということと、同じぐらい、あるいは、それ以上に「次期最高指導者候補者の死」ということの意味合いが大きい】
ライシ師の死亡は、「現職大統領の死」ということと同じぐらい、あるいは、それ以上に「次期最高指導者に最もちかいとされていた人物の死」ということの意味合いが大きいように思います。

イランの政治体制ではトップは大統領ではなく最高指導者とされていますので(もちろん、その力関係は個人的資質・基盤、政治環境によって異なりますが)、高齢(85歳)の現行最高指導者ハメネイ師及び保守強硬派から次期最高指導者として嘱望されていたライシ師の死は、今後のイラン政治にとって極めて大きな影響を与えます。

ライシ師は早くから「次期最高指導者」が期待されていました。下記は22年4月の記事。

*****イランの次期最高指導者がその時を待つ****
いくつかの兆候が、イランの次期最高指導者にイブラヒム・ライシ大統領が選出される可能性が高いことを示している。

現最高指導者(アヤトラ)アリ・ハメネイ師の手口は常に、国の政治的・経済的問題の責任を、政治的スペクトルを超えて歴代大統領に向けることに集約されてきた。

他の高官を非難することで、ハメネイ師は説明責任と遂行責任から逃れようとしているのだ。いわゆる穏健派のハサン・ロウハーニー氏、改革派のモハンマド・ハータミー氏、強硬派のマフムード・アフマディネジャド氏ら、前大統領がその対象となってきた。

しかし、ハメネイ師はライシ師に関しては異なるアプローチをとっている。ロウハーニー大統領時代の核交渉を頻繁に批判していたハメネイ師が、最近、強硬派政権との会談でライシ師を支持したのは意外な動きだった。

ハメネイ師は、ライシ政権の努力は「誠実で勤勉」であり、核交渉は「適切に進んでいる」と発言した。また、「これまでのところ、我々の交渉団は相手の過剰な要求を前に抵抗している。神のご意志により、その抵抗は続くだろう」とも述べた。(中略)

核協議以外でも、このイランの最高指導者は他の分野でもライシ師を評価している。司法長官らとの会談で、ハメネイ師はこう述べた。「ライシ師は、我々が常に提唱する、『良い結果を得るために日夜努力』している聖戦運動の顕著な例であった」

さらに、ハメネイ師は、ライシ師が「司法に対する国民の希望を蘇らせた。これは、この国にとって大きな社会的富となる……我々は、サイード・イブラヒム・ライシ師がイラン最高裁長官だった2年以上の間の、その不断の努力を称えなければならない」と付け加えた。

数年前から、政権がライシ師をイランの次期最高指導者に育てようとしていることは指摘されていた。
例えば、ライシ師は2017年に大統領選に出馬し、政権は彼が勝つことを期待していた。

しかし、この神権体制はいくつかの間違いを犯している。上院にあたる監督者評議会は、ロウハーニー政権の経済運営の失敗や、同大統領が人々の社会的、政治的、宗教的自由を改善するという選挙公約を達成できなかったことから、国民が彼の続投を支持する可能性は低いと考えたのか、この穏健派候補の出馬を承認した。

多くの一般イラン国民にとって、大統領選挙は、悪いか、より悪いほうか、の選択であった。その結果、彼らは強硬派のライシ師を勝たせないために、いわゆる穏健派のロウハーニー氏に票を入れた。ロウハーニー氏は、ライシ師の38.5%に対し、57%の票を獲得し、大差で勝利した。

次の選挙では、政権は教訓を生かし、監督者評議会は「すべての候補者は40歳から70歳までで、少なくとも修士号またはそれに相当する学位を持ち、管理職として少なくとも4年の職務経験があり、犯罪歴がないこと」と発表するなど、多くの制限を設けた。

監督者評議会は、ライシ師の大統領就任を妨げる障害を取り除くために、アリー・ラリジャニ氏のような政権トップの重鎮でさえ候補失格とした。

注目すべきは、ライシ師が、このイスラム共和国が次期最高指導者に求める人物像に合致していることだ。

ライシ師の政策は、イスラム革命防衛隊(IRGC)とその精鋭部隊であるコドス部隊の政策に合致している。彼はおそらく、国内と地域でIRGCがより大きな力を振るうことを認めるだろう。

マジッド・ラフィザデ博士(ハーバード大学で学んだイラン系アメリカ人の政治学者)
第一に、彼は残忍な力を行使し、反対勢力や政権に立ち向かう人々を取り締まることにためらいがない。例えば、テヘラン副検察官時代には、世界最大級の大量処刑に関与した。

米国の超党派の議会決議は最近、子どもや妊婦を含む数千人が処刑されたこの大虐殺の範囲と、その性質を取り上げている。同決議によれば、「1988年の4カ月間に、イラン・イスラム共和国政府は、数千人の政治犯と多くの無関係な政治団体に対する、野蛮な大量処刑を行った。NGO団体イラン人権ドキュメンテーション・センターの報告によれば、この虐殺は当時の最高指導者ホメイニ師が出した宗教上の命令、ファトワに従って行われた」とあり、処刑は主に反対派であるイラン国民抵抗評議会のメンバーが標的となった。

第二に、ライシ師の政策は、イスラム革命防衛隊(IRGC)とその精鋭部隊であるコドス部隊の政策に合致している。彼はおそらく、国内と地域でIRGCがより大きな力を振るうことを認めるだろう。

まとめると、ライシ師はハメネイとIRGCの幹部によって、イランの次期最高指導者に選ばれた可能性が高いということである。(後略)【2022年4月22日 ARAB NEWS】
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【お飾り最高指導者で進むことが想像される革命防衛隊の権力独占】
一方でイランの政治権力は最高指導者から革命防衛隊に移りつつあります。
ライシ師は革命防衛隊にとっても考えの近い候補者でした。

****イランの次の最高指導者は誰に? カギ握る革命防衛隊****
英エコノミスト誌5月25日号の解説記事‘Who will be Iran’s next leader’は、いずれイランの最高指導者の交代があるだろうが、革命防衛隊が実質的な権力を握って専制政治を敷くであろう、とする予測を示している。要旨は次の通り。

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(英エコノミスト誌記事)
誰が最高指導者ハメネイ師の後継者となるのか、果たして中東の最後の神権政治が生き残れるのか誰も分からない。信心深いイラン人ですら神権政治に対する信頼を失い始めている。

ハメネイ師の後継者としてハメネイ師よりさらに宗教的権威が劣る2人の有力候補がいる。一人は、保守強硬派で現大統領のライシ師、もう一人は、ハメネイ最高指導者の次男のモジュタバ師である。

1989年にハメネイ師を最高指導者に任命した時と大きな違いは、革命防衛隊が大きな力を持っていることである。革命防衛隊は、聖職者より優位にいる。過去30年間、ハメネイ最高指導者は、革命防衛隊を利用して宗教界のライバルを押しのけ、民衆の抗議デモを排除して権力を掌握してきた。

今後、革命防衛隊は最高指導者をお飾りにしてしまうように思われる。その意味で、ライシ師は革命防衛隊にとりピッタリの人物と言える。恐らく革命防衛隊は権力を掌握し、「聖職者による支配」を有名無実化するが、今と同様な専制政治体制を敷くだろう。しかし、体制に対して不満な中産階級をこれ以上刺激しないだろう。

対外政策は強硬なままで、核武装に走るだろうが、ペルシャ湾地域での米国のプレゼンスに反対しつつも、「大悪魔(米国)」と協議することにはより柔軟だと思われる。

一部の専門家は、革命防衛隊は服装や飲酒に対する自由をより認める新たな社会契約を国民と結ぼうとするのではないかと考えている。国民はこのような社会契約を喜ぶであろうが、しかし、政治的な自由はこれまで以上に制限されるであろう。

ハタミ元大統領やムサヴィ元首相といった真の改革派は、革命防衛隊や聖職者が支配する体制ではなく、非宗教的な市民社会を実現しようとするであろう。

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(論評)
これは大変良い分析である。ホメイニ師のようなカリスマと宗教的な権威に欠けるハメネイ最高指導者が宗教界を抑え、権力を掌握するために革命防衛隊を利用した結果、革命防衛隊の力が強くなり過ぎ、次期最高指導者は、お飾りとなり、実権を革命防衛隊が握って、専制政治を行うというシナリオは説得力がある。

革命防衛隊のメンバーの国会議員の占有率は約4分の1であるのに対して、聖職者の比率は11%である由である。1980年には、それぞれ6%と52%だったのが大きく逆転している。

これは、革命防衛隊の聖職者に対して優位に立ったことをよく表している。イラン経済についても、その30%を革命防衛隊が支配しているといわれている。

革命防衛隊が権力を握れば、国内的には、服装や飲酒の規制を緩めてイラン国民を惹きつけるだろう。対外政策は強硬で、特に「核武装しない」とのハメネイ師のファトワ(宗教指導者の命令)を廃止して核武装を進めるが、その一方で米国とも交渉することがあり得るかもしれない。

もっとも、現実には、革命防衛隊内には筋金入りの強硬派が少なくないと思われ、革命防衛隊にそのような現実的な対応ができるかどうかは、革命防衛隊内部の統制がどれだけ取れているかに掛かっているのではないか。しかし、革命防衛隊の内部は部外者にはブラックボックスであり、部外者には皆目分からない。

とはいえ革命防衛隊も不人気
一つ付け加えると、イスラム革命から40年以上が経過し、イラン国民が「聖職者による支配」に飽きているのと同様に、革命防衛隊も国民の間で不人気なのは間違いない。

去年(2022年)のスカーフ・デモが典型だが、国内で反政府デモが起きると鎮圧の先頭に立つのは革命防衛隊だ。そして、イスラム革命体制下で聖職者と革命防衛隊は様々な特権を有しているのにも関わらず両方ともリクルートに苦労しており、国民の間での不人気ぶりを物語っている。

なお、改革派について言及があるが、今となっては、改革派が勢力を盛り返すチャンスは、ほとんどない。革命防衛隊が権力を掌握し、服装や飲酒の規制を緩めれば、大多数の国民はそれで満足してしまうからである。【2023年6月23日  WEDGE】
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そしてライシ師が亡くなった現在、残るのはハメネイ最高指導者の次男のモジュタバ師

****次期最高指導者は世襲?****
ライシ師の不在は、今年推定85歳のハメネイ師の後継問題にも影を落とす。英誌エコノミスト(電子版)は、次期最高指導者の有力候補はライシ師を除けばハメネイ師の息子のモジタバ師しかいないとする一方、モジタバ師が跡を継げば革命体制が批判してきた世襲という矛盾が生じると報じた。【5月20日 産経】
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“革命体制が批判してきた世襲”・・・それはライシ師という別の弾があるときの話で、モジタバ師しかいなければ革命防衛隊も問題にしないでしょう。

ただそうなると、超軽量級で政治経験のない最高指導者ということで、その存在は完全に“お飾り”となり、革命防衛隊による権力独占はライシ師の場合よりも顕著に進むでしょう。実質的に最高指導者によるイラン神権政治も終わりを迎えるでしょう。

【改革派・保守穏健派が勢力を盛り返すチャンスは・・・ほとんどない】
保守強硬派のトップ死亡ということでは、一般的には改革派とか保守穏健派が勢いづくこともあり得ますが、現在のイランではそうした事態はなかなか想像できません。

監督者評議会が大統領・議員の出馬資格を厳しく制限している現行政治システムでは改革派・保守穏健派の拡大は見込めません。

選挙で権力に近づけないなら、「革命」を含むその他の方法で・・・という話にもなりますが、今のイランにそうした熱気が存在しているようには思えません。

「革命」などの抵抗運動には、自身の死をも覚悟する必要がありますが・・・・
“革命防衛隊が権力を掌握し、服装や飲酒の規制を緩めれば、大多数の国民はそれで満足してしまう”、政治的不自由は受入れてしまう・・・というのがイランの実情ではないでしょうか。
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