孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

アメリカ  LGBTQをめぐる「文化戦争」

2023-04-29 22:33:58 | アメリカ

(【INSTAGRAM/@DYLANMULVANEY】トランスジェンダー女性ディラン・マルバニーさんのビール広告)

【攻撃的となる「文化戦争」】
アメリカにおいて内戦の危機すら言及されるような深刻な「分断」を招いている(銃規制、中絶、LGBTQなどにおける)価値観の対立は「文化戦争」という言葉でも語られます。

****文化戦争****
文化戦争とは、伝統主義者・保守主義者と進歩主義者・自由主義者の間における、価値観の衝突である。アメリカ合衆国では1990年代以降、公立学校の歴史および科学のカリキュラムをめぐる議論など多くの問題に、文化戦争が影響している。

アメリカ合衆国の政治に「文化戦争」という表現が使われるようになったのは、1991年にジェームズ・デイビッド・ハンターの『文化戦争: アメリカを定義するための争い』(Culture Wars: The Struggle to Define America)が出版されたことがきっかけだった。

ハンターはこの本で、妊娠中絶、銃規制、地球温暖化、移民、政教分離、プライバシー、娯楽薬、同性愛、検閲などの問題をめぐり、アメリカ合衆国の政治と文化が分裂し、再編され、劇的に変容していると論じた。【ウィキペディア】
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上記のように、「文化戦争」と呼ばれる価値観の対立は今に始まったことではありませんが、特に深刻化したのはこの対立を煽ることで政権奪取・維持の原動力にしたトランプ政治以降のように見えます。

価値観の対立は、「好きにすれば?」といった単に考え方が違うというだけでなく、かつての白人社会に一般的であった従来の価値観を重視する人々が、新しい価値観の蔓延によって、自分たちの存在が脅かされているという「格下げ」の不安を感じているからでしょう。そのため、異なる価値観に対しては、自分たちを脅かすものとして過度に攻撃的ともなります。

****2024年に「アメリカで内戦」が発生しかねない理由「格下げ」された人々の癒やしがたい怨嗟や憎悪****
(中略)格下げとはある階層の政治社会的地位が、何の合理的理由もなく喪失される状態を指します。

長い年月その土地に暮らしてきて、しかるべき地位や尊敬、権威のようなものを培ってきたのに、気づけば国外から異なる民族や宗教の人々が徐々に流入し、やがて人口比が逆転して孤立し、二級市民に甘んじるようになっていく。簡単に言えばそのようなことです。

その状態が、内戦の発火点になる可能性がきわめて高いというのです。そのような人々を著者は「土着の民」と呼んでいます。

このような、内戦パターンにおける急所が、アメリカにおいても著しく見られるようになった。この点が著者の危惧の際たるポイントだと思います。

実は、民主主義先進国においても、「土着の民」は多数存在しています。この観点からすれば、トランプがなぜあれほどまでに熱狂的支持を集めたのかが見えてきます。「格下げ」された人々の癒やしがたい怨嗟や憎悪は容易に暴力に転ずるからです。(後略)【3月25日 井坂康志氏 東洋経済オンライン】
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【「ゲイと言っていけない法案」からの、デサンティス・フロリダ州知事vs.ディズニー】
そして今、2024年大統領選挙に向けて、トランプ氏以上にこの「文化戦争」を仕掛けているのが(まだ正式な立候補表明はしていませんが、すでに「失速気味」とも評されている)「ミニ・トランプ」ことデサンティス・フロリダ州知事です。

その「文化戦争の相手」はウォルト・ディズニー。内容は性的マイノリティーLGBTQに関するもの。発端は、デサントス知事がフロリダ州で昨年制定した、通称「Don't Say Gay(ゲイと言っていけない)法案」、そしてこの法案にディズニーが反対したこと。

****ミッキーマウスから反撃されたフロリダ州知事、泣きっ面に蜂の出来事****
共和党と民主党の代理戦争
米娯楽・メディア大手、ウォルト・ディズニーのロバート・アイガー最高経営責任者(CEO)が4月27日、「ミニ・トランプ」ことロン・デサンティス・フロリダ州知事を相手どって、連邦南フロリダ地区地裁に訴訟を起こした。

デサンティス氏は、ドナルド・トランプ前大統領の共和党指名を阻む最有力候補と目されてきた。フロリダ州議会閉幕を待って5月に正式立候補宣言するものと見られている。

大統領候補としての箔つけのために今月中旬には日本、韓国、イスラエル、英国を歴訪、日本では岸田文雄首相と会談した。

デサンティス氏に挑戦状を突きつけたアイガー氏は、15年間ディズニー経営者として君臨、2020年にいったん退いたが、「御家の大事」とあって2022年11月、CEOに復帰している。

アイガー氏には「経営者としての顔」のほかに「もう一つの顔」がある。「政治家としての顔」だ。現在は無党派だが、2016年まではれっきとした民主党員。同年の大統領選の際にはヒラリー・クリントン氏の共同選対委員長を務め、ドナルド・トランプ氏と対峙したこともあった。

2020年の大統領選の時には自分自身、立候補することすら真剣に考えていたのだ。

政治理念は穏健派リベラル。地球温暖化やLGBTQ問題には関心が強く、その点ではジョー・バイデン大統領と同じスタンスだ。

今回訴訟を起こした理由はこうだ。
ディズニーはこれまで56年間、フロリダ州中央部の土地を州から税制上の優遇措置を含む特別自治区(Dependent Special District)として「譲渡」され、そこにディズニー・ワールドを建設し、膨大な収益と雇用を同州にもたらしてきた。

それを共和党が支配するフロリダ州議会が廃止する法律を成立させ、デサンティス氏が署名制定してしまったのだ。

ことの起こりは、2021年、フロリダ州がLGBTQ(性的少数派)について児童(幼稚園児から小学校3年生まで)に教えることを州法で禁じたことにディズニーが反発したことから。

ディズニー傘下のテレビ局はLGBTQを扱った子供向けアニメを放映しており、同社社員や関係者の中にはLGBTQが少なくない。ディズニーにとってはフロリダ州のこの法案は、ビジネス的にも労使関係からも到底受け入れられるものではなかった。

当時の経営最高幹部が同法案に反対したことからデサンティス氏はディズニー・ワールドに譲与していた「特別自治区」の特権剥奪を決めてしまった。発効は2023年6月。

一方、拳を挙げたデサンティス氏にとって、ディズニー・ワールドはかけがえのない「金の卵を産む鶏」だ。
ディズニー・ワールドには、世界中から年間2100万人の観光客が訪れ、関連企業も含めると7万人の雇用を創出している。年間の収益は170億ドル、7億8000万ドルの税金を州に納めている。

元々、この見返りとして、同州はディズニー・ワールドに特別社債発行特権を与え、警察、消防、ガス・電気・水道サービスも隣接するオレンジ郡やオスセオラ郡からは独立させた「自治体」にしてきた。

ディズニー・ワールドから特権を剥奪すれば、年間7億8000ドルの税収が減り、これまでディズニーが賄ってきた行政サービスは郡が請け負うことになる。周辺住民には巨額の納税義務が生じる。住民とっては割に合わぬデサンティス行政ということになる。

州議会がディズニーの特権を剥奪する法案を成立させたときから反対する声があった。それだけにデサンティス氏にとってはギャンブルだった。

ディズニーはフロリダから撤退するぞと警告
訴状には以下の点が明記されている。
●我々が反LGBTQ法に異議を申し立てること自体、米憲法修正第一条に明記されている「宗教の自由、表現の自由、報道の自由、集会の自由」条項で保障されている。
●これを無視して、フロリダ州がディズニーとの間で取り交わされてきた法的取り決めを一方的に破棄、特権を剥奪することは憲法違反である。

今回の訴訟について民主党だけでなく、共和党からも「デサンティス氏に勝ち目はないのではないか」といった声が出ている。

トランプ氏は早速SNSに投稿した。
「ディズニーの次なる手は、もうフロリダ州には投資はしないという決定だろう」「ディズニーはフロリダ州にある所有財産を段階的に売却し、撤退するに違いない」「これはキラー(Killer=決定的な打撃)だ。すべては知事の不必要な政治的スタント(人目を引くための行動)にすぎない」

すでに立候補しているニッキー・ヘイリー元サウスカロライナ州知事(元国連大使)は「ディズニー・ワールドをサウスカロライナ州に招致したい」と提案した。

立候補に意欲を見せているクリス・クリスティ元ニュージャージー州知事は、ライブストリームのインタビューでこう言ってのけた。
「こうしたことを言い出す人物(デサンティス氏のこと)が、世界の舞台で中国の習近平国家主席やロシアのウラジーミル・プーチン大統領とウクライナ戦争の停戦について話し合うのを見たくはない」「(凄腕の)アイガー氏を相手にどうするのか。土台、(こんなことを言い出す人間は)コンサーバティブ(保守主義者)ではないね」

LBGTQの合法化に反対してきたのは共和党だ。保守派にとってはリベラル派と対決する「カルチャー・ウォー」の対立軸の一つであるはずだ。

少なくともデサンティス氏はそう思って、ディズニーに挑戦したのだろう。それにしてはトランプ氏以下の反応は期待外れだったに違いない。(中略)

デサンティス訪日の旅費、誰が支払ったのか
ディズニーによる訴えは、立候補宣言を控えたデサンティス氏にとっては出鼻をくじかれた格好だが、さらに「泣きっ面に蜂」のような事態が起こっている。(中略)今回のデサンティス氏の4か国歴訪を機に、この費用がどこから出ているのか、疑問の声が上がっている。

というのも、同氏が2019年に100人の同行者を引き連れてイスラエルに訪問した時の旅費、宿泊費、同行の州職員や護衛の経費、締めて44万2504ドルの大半が州内の12企業から支払われたという事実が明らかになったからだ。残りの額は税収入、つまり州の予算で賄われていた。(後略)4月29日 高濱 賛氏 JBpress】
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なお、ディズニーの起こした訴訟については、「フロリダ州がディズニー・ワールドに与えてきた特権を剥奪する理由が反LGBTQ法に直接的関係しているかどうか、立証できるかどうか。見えない部分が多すぎる」(ースイースタン大学のクラウディア・ハウプ准教授)とのこと。

【炎上するトランスジェンダー女性起用広告】
LGBTQをめぐる「文化戦争」その2は有名ビールの広告へのトランスジェンダー女性の起用が惹起している騒動。

****ビール宣伝にトランスジェンダー起用 不買呼びかけ広がり幹部休職****
米国の大手ビールメーカーが、定番商品のプロモーションにトランスジェンダー女性のインフルエンサーを起用したところ、保守派による不買の呼びかけが広がり、同社の幹部が休職に追い込まれた。分断が進む米国で左右の価値観がぶつかる「文化戦争」の根深さが改めて浮き彫りになっている。

米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルは今月23日、ビール大手アンハイザー・ブッシュで主力商品「バドライト」のマーケティングを担当した幹部2人が休職したと特報した。同紙は関係者の話として、休職は「自発的なものではない」とし、1人には後任も指名されたとした。同社は休職の事実を認め、他メディアも一斉に後追いで報じた。

この人事情報が注目されたのは、バドライトのプロモーションが大きな波紋を広げていたためだ。

きっかけとなったのは、俳優でインフルエンサーのディラン・マルバニーさん(26)の起用だった。マルバニーさんは昨年3月に自身がトランスジェンダーであることを公表し、動画投稿アプリ「TikTok」(ティックトック)では1080万人ものフォロワーを抱えるなどネット上で大きな影響力がある。昨年秋にはメディアの企画で、性的少数者の権利についてバイデン米大統領とも対談した。

マルバニーさんは今年4月初め、バドライトとのコラボレーション動画を自身のSNSに投稿した。本人の顔がデザインされた非売品のバドライトのビール缶の画像なども披露した。

米国では日本同様に消費者のビール離れが進み、とりわけ健康意識の高い若い層でその傾向は顕著とされる。マルバニーさんの起用は、多様性と包摂を志向する若い層にアピールする狙いもあった。

しかし、政治的な分極化が進む米国において、性的少数者をめぐる社会的な課題は「文化戦争」と呼ばれるイデオロギー対立の火種となる。

マルバニーさんの起用を受け、有名ロック歌手のキッド・ロックさんは、バドライトに向けて銃を乱射し、中指を立てながら同社をののしる動画をSNSに投稿した。ロックさんは、トランプ前大統領の支持者で、一緒にゴルフを楽しむなど個人的な親交があることでも知られる。各地のレストランやバーでもメニューからバドライトを削除した例もあったと報じられた。

米メディアによれば、バドライトの4月半ばの1週間の売り上げは前年比で17%低下したという。同社のブレンダン・ホイットワースCEO(最高経営責任者)は14日に発表した声明で、「私たちは、人々を分断するような議論に参加するつもりはない」と釈明に追われた。

スポーツ用品大手ナイキも、女性用アパレルの広告にマルバニーさんを起用している。しかし、バドライトのような反発の動きは広がっておらず、商品の顧客層やブランドイメージの違いが影響しているとみられる。

バドライトはこれまでも、LGBTQなど性的少数者の権利や文化、コミュニティーを支持するイベントなどを支援してきた経緯がある。米NBCは、「少数の反LGBTQ活動家がソーシャルメディアで騒ぐからといって、企業が広告やマーケティングに多様な人々を含めるというビジネスの標準的な慣行が終わることはない」とする支援団体の声明を伝えた。

マルバニーさんは沈黙を保っていたが、27日におよそ3週間ぶりにSNSを更新。フォロワーに向けて「私は大丈夫」と語りかけ、「私は保守的な家庭で育ち、家族は私をとても愛してくれている。そこは非常に恵まれており、最も苦しんでいる点だ」と打ち明けた。その上で、「(自身について)完全に理解したり、うまく付き合ったりすること」ができなくても、「人間性をみてくれる人に感謝する」と語った。【4月29日 毎日】
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ビールはトランプ支持層とイメージがダブるところも。そのあたりの騒動が大きくなった背景でしょう。

なお、上記記事ではスポーツ用品大手ナイキのケースではバドライトのような反発の動きは広がっていないとしていますが、ナイキも相当に「炎上」しています。時系列的にはバドライトの方が先、ナイキが後のようです。

“スポーツブラのモデルに「トランス女性を起用」で大論争に...ビール広告に続いて”【4月7日 Newsweek】

【公立学校や図書館で増える“禁書”】
こうした保守層からの激しい「文化戦争」の動き、それを背景としたフロリダ州の「Don't Say Gay(ゲイと言っていけない)法案」のような政治的動きを受けて、アメリカの公立学校や図書館で多くの本が“禁書”となっています。

****アメリカの学校からLGBTQ・黒人差別の本が消える!? いま急速に広がる“禁書”とは****
去年、アメリカの公立学校や図書館で計1648冊の本が“禁書”となった。規制された本の多くはLGBTQや黒人差別などのテーマを扱っていて、大きな議論を呼んでいる。差別を助長する可能性もあるこの“禁書”の動き。急速に拡大した背景には何があるのか。<国際部・福井桜子>
 ◇◇◇
■教育現場で広がる“禁書”とは
(中略)ここで言う禁書とは公立学校や図書館で規制対象の本が読めなくなることで、書店などで購入すれば読むことができる。ただ子供たちにとって毎回本を買うことは金銭的にも難しく、規制された本を気軽に手に取ることができない現状がある。

■どういった本が“禁書”に?
「All Boys Aren’t Blue」黒人であり性的マイノリティーでもある作者自身の人生をつづったこの本も、規制の対象となった。「性的な描写」や「LGBTQの内容を含む」ことなどが規制の理由だ。

さらに絵本も規制の対象に。その一つが、「and tango makes three」オスのペンギンカップルが子供を育てるという、ニューヨークの動物園で実際にあった話を描いた絵本だ。こちらは「幼い子供には不適切」「ホモセクシュアルな内容が含まれている」などの理由で規制された。

去年、禁書に指定された本のテーマを見てみると、最も多かったのは、主要な登場人物やテーマがLGBTQのもの。そして、主要な登場人物が有色人種の本が続く。こうした本の多くが「性的な描写がある」、「過剰な暴力表現がある」ことを理由に規制されている。

■LGBTQや黒人が標的にされるワケ
このようにLGBTQや黒人をテーマにした本が規制を受ける背景には「保守派」の存在がある。
アメリカの保守派の多くは伝統的なキリスト教的価値観を重んじていて、LGBTQなどに対しては否定的な考えを持っている。

そのため子供たちにLGBTQについて教育をすべきでない、もしくは幼少期から性自認について教えるべきではないという意見を持つ人が多い。

また、黒人差別などを描いた本が規制の対象とされる背景には、学校の授業で人種差別や奴隷制の歴史について取り上げすぎると白人に対する逆差別につながるという考えがある。(中略)

■後押しする保守派の政治家
例えばフロリダ州では、次の大統領選に向けた共和党候補レースで有力視されているデサンティス知事が動いた。
「超保守的」な政策で支持を集めてきたことで知られ、中でも「教育」に力を入れていて去年、「教育における親の権利法」という法案に署名し成立させた。

これはLGBTQなど性の多様性について子どもに教えることを制限する法律で、別名「ゲイと言ってはいけない法」とも呼ばれている。

法律の対象は当初は小学校3年生以下だったが先週、適用範囲を高校3年生まで拡大することが決まった。
こうした法律は全米各地で制定され、学校や図書館は規制された本を排除せざるを得ない状況に陥っている。(中略)

本来、図書館とは、子どもたちが多様な価値観に出会える場所だったはずだが、今アメリカでは禁書によって子供たちが性や人種にまつわる多様性に触れる機会が奪われてしまっている。こうしたテーマの本を規制することが、子供たちの生きづらさにつながったり、偏見や差別を助長してしまう可能性があることを改めて考えてみる必要がある。【4月27日 日テレNEWS】
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