孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

トルコ・エルドアン大統領 インフレなど内政への国民不満を外交成果でカバー・・・との思惑

2022-05-01 22:34:16 | 中東情勢
(サウジアラビア西部のジッダで28日に会談し、抱き合うムハンマド皇太子(右)とトルコのエルドアン大統領【4月30日 朝日】)

【インフレ進行、強権的手法などで国内で強まるエルドアン大統領批判】
トルコ・エルドアン大統領が高インフレにもかかわらず金利を上げないという経済学教科書とは逆の対応をとっていることは、2月5日ブログ“トルコ・エルドアン大統領  記録的高インフレも低金利政策維持 アルメニア・ウクライナで積極外交”でも取り上げました。 大統領の考えに賛同しない中央銀行トップは次々に首を切られています。

物価抑制より輸出の促進と経済成長を重視するという政策的判断以外に、イスラム特有の“金利・利子”への否定的なとらえ方が背後にあるようにも思えます。

いずれにしても、その奇異な低金利政策は今も続き、そしてインフレも続いているようです。

****トルコ中銀、政策金利を14%に維持 高インフレにもかかわらず****
 トルコ中央銀行は14日の金融政策委員会で、政策金利を4カ月連続で14%に据え置いた。市場予想の通り。ロシアのウクライナ侵攻でエネルギー価格が高騰し、インフレ率は70%を超えると予想されているにもかかわらず、政策金利の据え置きを決めた。

中銀は昨年末、インフレが上昇する中で政策金利を500ベーシスポイント(bp)引き下げた。これはエルドアン大統領が輸出促進のために長い間求めていた異例の措置だった。

この緩和策は通貨危機を引き起こし、昨年末に通貨リラは対ドルで44%下落し、物価が上昇した。

中銀は、最近のインフレ率の上昇をもたらしているのはエネルギーコストや供給ショック、食品価格や「経済のファンダメンタルズに支えられていない」一時的な物価上昇だと主張。「委員会はベース効果によるインフレ低下と地域紛争の解決に伴い、対策を背景にディスインフレ過程が始まると予想している」との見方を示した。(中略)

複数のエコノミストによると、主にトルコリラ危機を引き金に3月のインフレ率は61%に上昇し、今後数カ月は70%を超えると予想されている。一方、ウクライナに侵攻したロシアへの制裁はガスと石油の価格を高騰させ、輸入に依存するトルコの物価を引き上げている。

エルドアン氏は、信用と輸出を高め、経常赤字を解消するために金融緩和を強く求めている。しかし、エネルギーコストによって赤字は膨らむばかりで、トルコの実質金利はマイナス47%と深刻化している。【4月15日 朝日】
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一方、反対勢力を力で封じ込めるという強権的政治手法も相変わらずです。

****トルコ 反政府デモ関与の実業家に終身刑判決 国内外から反発も****
トルコで起きた大規模な反政府デモに関与したとして、トルコ人実業家に終身刑の判決が言い渡され、国内外から反発の声が上がっています。

トルコの裁判所は25日、9年前に起きた大規模な反政府デモを支援し国家転覆を企てたとして、トルコ人実業家のオスマン・カワラ氏に対し終身刑を言い渡しました。
カワラ氏をめぐっては、2017年から4年半にわたって拘束が続いていて、トルコ国内や欧米各国などから釈放を求める声が上がっていました。

判決のあと、トルコの各地で抗議デモが行われ、最大都市イスタンブールの中心部では26日、通りを埋め尽くすほど多くの人が集まって抗議の声を上げました。

デモに参加した46歳の弁護士は「国内法に反した決定で、トルコのイメージをおとしめる判決だ。問題を解決するには政治家の司法への介入を取り除かなければならない」と話していました。

また、判決を受けて、ヨーロッパの人権侵害などを監視する国際機関、ヨーロッパ評議会は声明を発表し「終身刑の宣告は衝撃的で、深く失望している」と非難しました。

一方、トルコのボズダー法相は26日、地元の記者団に対し「トルコは法治国家であり、どの国もトルコの司法に口を挟む権利はない」などと述べて、不快感を示しましたが、今回の判決をきっかけにエルドアン政権の強権的な体質を問題視してきた、欧米各国による批判がさらに高まるものとみられます。

オスマン・カワラ氏とは
オスマン・カワラ氏は、不動産業や鉱山開発を手がける「カワラグループ」を率い、国内有数の実業家として知られていました。

カワラ氏は9年前に起きた大規模な反政府デモを支持し、その4年後、国家転覆をはかった疑いで逮捕されました。

エルドアン大統領は、カワラ氏がデモを資金面で支えたとして「トルコの億万長者の関与が明らかになりつつある」と非難していました。【4月27日 NHK】
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また、イスラム主義を重視するエルドアン大統領は、イスラム保守層に歓迎される政策を進めています。

****女性弾圧は支持率狙い、トルコの選挙対策とは?****
<女性であることを理由にした殺人「フェミサイド」に抗議の女性たちを弾圧。政権の狙いは保守派へのアピールと票獲得>

女性であることを理由にした殺人「フェミサイド」の撲滅を目指す団体に、トルコ・イスタンブール当局側が解散を要求。これに対する抗議デモが4月16日に行われた。

来年半ばまでに行われる総選挙を前に、支持率低下に直面するエルドアン政権は政権寄りの保守派の女性票を獲得するため、フェミニストの活動家を排除する作戦に出ている。【4月27日 ニューズウィーク】
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【内政への不満を外交成果で ウクライナ問題が好機に サウジとも「手打ち」】
上記のように内政面においては経済的苦境、強権的政治手法、イスラム主義などで大統領批判が膨らんでいますが、エルドアン氏はその批判をかわすように外交面での動きを活発化させています。

世界が注目するウクライナ情勢についても、早い段階からロシア・ウクライナ間の仲介の意向を示しています。

****ウクライナ戦争の停戦仲介にエルドアン氏はなぜ熱心か**** 
トルコのエルドアン大統領がウクライナ戦争の停戦仲介に意欲を示し続けている。同国はロシアとウクライナ両国と良好な関係にあるが、機を見るに敏な大統領は戦争の調停で存在感を誇示することにより、経済悪化に伴う自らの政治的な危機を脱却、来年の大統領選挙での再選を狙っているようだ。

エルドアン大統領はロシア軍の侵攻以降、ロシアのプーチン大統領、ウクライナのゼレンスキー大統領と再三にわたって電話会談するなど停戦を仲介。3月10日には南部アンタルヤでロシアのラブロフ、ウクライナのクレバ両氏の外相会談を実現させた。

同29日にはイスタンブールで停戦交渉を開催。ウクライナ側が新たな安全保障の枠組みと引き換えに「北大西洋条約機構(NATO)加盟を断念する」と提案、条件付きで「中立化」に踏み込んだ。ロシア側はクリミア半島のロシアの主権を認めていないなどとして、拒否する姿勢を示しているものの、提案が今後のたたき台になるのは間違いなく、舞台をしつらえたトルコの存在感が印象付けられた。(中略)

制裁に加わらない3つの理由
(中略)エルドアン氏のロシア軍侵攻に対する立場は微妙だ。侵攻を批判はしているが、NATOの一員でありながら欧米の経済制裁には参加していない。その一方でウクライナには多数の武装ドローンを供与、軍事的に支援している。
 
同氏がロシアへの制裁に加わらないのは第1に、ロシアとの経済的なつながりが深いこと、第2にプーチン氏とは同じ独裁的な政治手法から親しい関係にあること、第3に軍事的にもロシアから離れられない理由があるからだ。
 
経済的なつながりで言えば、トルコは国内消費の天然ガスの約4割をロシアに依存している上、収入減の大きな柱である観光産業もロシア頼みだ。統計によれば、昨年トルコを訪れた外国人のトップはロシア人の469万人。ちなみにウクライナは第3位の206万人だ。トルコ初の原発もロシアが20億ドルで受注し建設中。
 
軍事的にも最新鋭の対空防衛システムS400をロシアから購入し、配備済みだが、導入に反対した米国との関係は冷却化、ステルス戦闘機F35の供与は止められたままだ。対米関係を悪化させてもロシアからS400を購入したのはシリアに軍を駐留させるプーチン氏がシリア北部のトルコ支配を容認したからだ。エルドアン氏が自国の安全保障を優先した〝取引〟だった。
 
だが一方で、エルドアン氏はプーチン氏の不興を買ってもウクライナへの軍事支援をやめようとはしない。それはウクライナのクリミア半島に居住する少数民族タタール人がトルコ系で、同胞を守るという意識があるからだ。ウクライナの軍需産業とは連携を推進、攻撃型ドローン「バイラクタルTB2」を供給し、ロシア軍に打撃を与えている。

独自の経済理論で悪化の一途
エルドアン大統領が停戦仲介に尽力しているのは経済悪化による政治的苦境を外交的成果で脱却するという思惑が強い動機になっている。エルドアン氏はここ数年、シリアやリビア、イラク、ナゴルノ・カラバフなどの紛争に直接的に介入し、軍事力を行使してきた。
 
ギリシャやキプロス、イスラエルと東地中海の天然ガス開発をめぐって対立をエスカレートさせ、サウジアラビアとは反体制派ジャーナリスト、カショギ氏殺害事件で関係が険悪化した。エルドアン氏はこうした冒険主義とも言える対外政策や独裁体制によって、かつてのオスマン帝国の〝皇帝〟にも擬(なぞらえ)えられてきた。
 
しかし、派手な対外政策とは裏腹に国内経済は悪化の一途。通貨リラはこの2年間で40%も下落、インフレが高進した。しかし、エルドアン氏は付加価値税を8%から1%に引き下げたことなどから、2月の消費者物価指数は前年同月比54.4%も上昇、約20年ぶりの高水準となった。
 
これに新型コロナウイルスのまん延が追い打ちを掛け、庶民の生活は困窮した。米紙によると、苦しい生活に耐え切れず、昨年、医師約1400人が国外に流出した。
 
しかし、同氏は「インフレ抑制には金融引き締めが必要」というセオリーを否定、「利上げは金持ちをさらに金持ちにし、貧乏人を一層貧乏にする」との独自の経済理論を展開、利上げを拒否し続けている。だが、経済が回復しないことで政治的な苦境も一段と深まった。
 
与党「公正発展党」(AKP)の支持率は最低レベルまで下落しており、来年6月の大統領選挙でのエルドアン氏の再選に黄信号が灯っている。権力を死守したい同氏はなんとしても支持率を回復しなければならない。だから「ウクライナ戦争の停戦を仲介し、その成果を誇示することで、自らの存在感を国民にアピールしようとしている」(専門家)ようだ。

サウジとの「手打ち」
しかし、経済回復も同時に果たさなければ支持拡大はおぼつかない。このためエルドアン氏はサウジアラビアなどペルシャ湾岸諸国との関係改善を模索。2月にはアラブ首長国連邦(UAE)訪問にこぎつけたが、同氏にとって最大の狙いはサウジとの関係を正常化することだ。
 
トルコは2018年、カショギ氏がイスタンブールで殺害された事件で、サウジの実力者ムハンマド皇太子が命じた犯罪だと非難、サウジ側が反発してトルコからの農産物などの輸入を停止、昨年は貿易量が92%も落ち込んだ。
 
危機感を深めたエルドアン氏はサウジ批判を封印、4月7日にはトルコの裁判所が同事件で起訴していたサウジ人26人の公判を中断し、審理をサウジに移管すると決定した。水面下で事実上の「手打ち」が行われたと見られている。こうしたことを反映してか、今年第一四半期のトルコのサウジへの輸出は25%も伸びた。
 
エルドアン氏の停戦調停が成功して、その国際的な成果を掲げて支持率を回復し、大統領選勝利の道筋ができるかどうか。その帰すうはプーチン大統領の思惑1つにかかっている。ウクライナ戦争の行方はエルドアン氏の政治生命をも左右しつつある。【4月13日 WEDGE】
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これまでのエルドアン大統領の、派手ではあるものの、あちこちで対立のタネを蒔く“冒険主義とも言える対外政策”はトルコの孤立化を招いていました。

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わずか数カ月前までトルコは国際的に孤立していた。対欧州関係はキプロス問題やシリア難民の扱いをめぐって緊張化し、中東のほとんどの主要国と対立。アメリカのジョー・バイデン政権にはほぼ無視された。昨年後半になる頃には、深まる孤立や急激な通貨危機の中、自業自得のダメージを修復しようとしたが、焦りの色は隠せなかった。【3月15日 ロイター】
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そうしたエルドアン大統領にとって、ウクライナ戦争の勃発、トルコがロシア・ウクライナ双方と関係が深いという立場は格好の活躍舞台を提供することにもなったようです。

勢いに乗ってサウジアラビアとの関係改善で輸出を拡大したい・・・
上記のように「カショギ氏暗殺事件」はすでに「手打ち」を済ませています。

****トルコ大統領、サウジ国王と5年ぶり会談 関係修復アピール****
トルコのエルドアン大統領は28日、サウジアラビア西部ジッダに到着し、サルマン国王のほか内政・外交に大きな影響力を持つムハンマド・ビン・サルマン皇太子と会談した。

トルコ紙デーリー・サバハ(電子版)によると、両国首脳の会談は5年ぶり。2018年にトルコのサウジ総領事館で起きた反体制サウジ人記者殺害事件以来、冷え込んでいた両国の関係修復を印象付けた。

国営サウジ通信によると、エルドアン氏とムハンマド皇太子は会談で2国間の関係発展や国際情勢について話し合った。

トルコではインフレが深刻化して国民の不満が高まっており、来年に大統領選を控えるエルドアン氏の支持率にも陰りがみえる。トルコはサウジのほかエジプトやアラブ首長国連邦(UAE)との関係改善も進めており、国内経済の好転に向けて投資や支援を求める狙いとみられる。【4月29日 産経】
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更に、エルドアン大統領はエジプトなどとの関係改善も模索しています。

上記のウクライナ問題、中東主要国との関係改善に加え、ウクライナ問題で激しくぶつかる米ロの間でも動きがあったようです。

****プーチン氏、トルコ大統領と電話会談=米ロ「囚人交換」で謝意****
ロシアのプーチン大統領は28日、トルコのエルドアン大統領と電話会談を行い、米国とロシアが互いに相手国の受刑者を釈放する「囚人交換」が実現したことについて、トルコの仲介への謝意を示した。トルコ大統領府が明らかにした。【4月28日 時事】 
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この「囚人交換」は、ロシアに収監されていた元米海兵隊員のトレバー・リード氏と、コカイン密輸の罪で収監中だったロシア人のパイロットを米ロ双方が釈放したものですが、アメリカ政府は、今回の合意は囚人交換に限定したもので、ウクライナ情勢には影響しないとしています。

この「交換」でエルドアン大統領がどのような役割を果たしたのか・・・そこらを報じた記事は目にしていません。

いろいろと外交実績を目指すエルドアン大統領ですが、今後死活的に重要なのはやはり国内のインフレ動向でしょう。

インフレで自分の懐の痛みが増せば、エルドアン大統領を支えてきた地方のイスラム保守層からも離反が増えると思われます。
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