(スーダンの首都ハルツームで、自由や民主化を求めてデモをする女性たち=2019年4月24日【1月16日 論座】)
【富裕国のワクチン独占にテドロスWHO事務局長怒る】
中国寄り云々の批判もあるWHOのテドロス事務局長ですが、「率直に言わせてもらう。世界は破滅的なモラル崩壊寸前にある。そしてその代償として払われるのが、世界の最貧困諸国の人々の命と生活になるだろう」と、先進国・製薬会社の現状に強い不満を表明しています。
****ワクチンの公平な分配「失敗の危機」 WHO事務局長*****
先進国を中心に新型コロナウイルスのワクチン接種が進む現状について、世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム事務局長は18日、途上国との間で分配の不平等が起きていると懸念を示した。
「世界は悲惨な道徳的失敗の危機に瀕(ひん)している」として、先進国や製薬企業に公平なアクセスへの貢献を求めた。
この日始まったWHOの執行理事会であいさつしたテドロス氏は、WHOなどが主導する、ワクチンを共同調達して途上国にも公平に分配する枠組み「COVAX(コバックス)ファシリティー」で20億回分を確保できるめどが付き、2月からワクチンの供給を始められる見通しだとした。
一方、一部の先進国は自国分をまず確保するために製薬会社との二国間の取引を進め、ワクチン価格を押し上げている、と苦言を呈した。
また、これまでに少なくとも49の高所得国で計3900万回分以上のワクチンが投与された一方、アフリカのギニアを想定して「最低所得国での投与はたったの25回だ」とも指摘した。
テドロス氏は「豊かな国の若くて健康な成人が、貧しい国の医療従事者や高齢者より先に接種を受けるのは正しくない」と語った。
公平なアクセスを確保するため、先進国に対し、製薬会社から直接購入するワクチンの価格や数量、納期といった情報を公開することや、自国内の医療従事者や高齢者への接種が終わったら残りのワクチンはCOVAXと分け合うことなどを求めた。
製薬会社に対しても、途上国での利用を前提にした審査を速く進めるため、ワクチンの安全性や効果についてのデータをWHOに速やかに提出するよう求めた。【1月19日 朝日】
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WHO事務局長として、しごくもっともな怒りでしょう。
欧米や中国・ロシアなどの新型コロナ感染状況は、その危機的な様子などが頻繁に報じられていますが、途上国についてはほとんど報じられることもありません。
アフリカなどの途上国では新型コロナは猛威をふるっていないのでしょうか?
そんなことはなく、ニュース価値のない途上国の状況に関心が持たれていないだけであり、更に言えば、当該国自身が自国内の感染状況を正確に把握していない、あるいは公表していない・・・といった状況のようです。
【スーダン 確認された死者は実際の2%】
下記はアフリカ・スーダンの状況で、報告された死者数は実際の2%に過ぎないとのことです。
****民主化途上のスーダン暫定政権にコロナが追い打ち****
確認された死者は実際の2%? 危機的な公衆衛生と経済状況
スーダンでは2019年4月に、30年間続いた軍事政権を率いていたバシール大統領が失脚し、同7月に軍と民間人・文民委員会が共同で統治する暫定政権が発足した。しかし、長引く戦争・紛争の中で経済、医療が荒廃しているところへ、昨春、コロナ禍が襲い、民主化プロセスは試練を迎えている。
3月初めに最初のコロナ感染者が確認された後、中旬からスーダン政府は、すべての学校、大学を閉鎖し、礼拝や集会、行事を禁止した。3月下旬からは午後8時から午前6時までの外出禁止令を発出した。
人道物資・貨物便以外の国際線、国内線も停止し、さらに国内で県をまたぐバス移動を禁止するなどの措置をとった。当初の規制は1カ月間の予定だったが、さらに延長され、7月に一部緩和されたものの、外出規制が解除されたのは9月だった。
新型コロナの感染状況は、1月14日時点で世界保健機関(WHO)に報告された確認陽性者が2万5730人、死者は1576人。人口4380万にしては非常に少ない数字になっている。
しかし、英国のインペリアル・カレッジ・ロンドンのコロナ研究チームが2020年12月1日に出した報告書では、4月から9月までに報告された死者は実際の2%であると推計した。
さらに、11月20日の時点で、報告されなかったコロナによる死者は「1万6090人」だという。その時点で公式に発表された死者は「1193人」であり、実際にはその13倍の死者がいるという推定になる。
国連の資料によると、スーダンは全国で7カ所のPCR検査センターを設立し、1日に800件の検査をしている。7月初めまでに計約1万8000件のテストを行ったが、そのころの陽性者は約9700人で、陽性率は54%という極端に高い数字だった。これは感染者の増加に対して、PCR検査が追い付いていないということである。
国連人道問題調整事務所(UNOCHA)の2020年12月の資料によると、スーダンでは自宅から2時間以内で医療機関に行くことができない人口が、全国民の約81%いるという。
首都ハルツームだけでも医療機関の半分が医師不足や資金不足などで閉鎖になった。WHOによると、集中治療室(ICU)は全土で184床しかなく、そのうち人工呼吸器を備えているのは160床という。ICU専門の医師は、ハルツームに3人、地方に1人の計4人しかいない。
コロナ感染を防止する公衆衛生もひどい状況で、人口の63%は安全な水や下水道など基本的な衛生環境にない。
また、23%は手を洗う石鹸や水が家になく、40%は飲料水がないという。
さらに200万人近い国内避難民と、周辺国のエリトリアや南スーダン、エチオピアから来ている110万人の難民は、過密な集団生活を強いられ、感染リスクが極めて高くなっている。
世界銀行によると、国際的な貧困の基準である収入が1日1.9ドル以下の割合が16.2%いる。人道支援を必要としているのは930万人で、コロナの蔓延によって、それが960万人に増加したという。(後略)【1月16日 川上泰徳氏 論座】
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先進国では「医療崩壊」の危機が叫ばれていますが、スーダンのような国では、そもそも十分な医療設備が存在しておらず、しかも、衛生環境は非常に悪い・・・そういう状況で先進国同様に感染が拡大すれば、結果はおのずと推測でします。
テドロスWHO事務局長の怒りも、そういう現状を憂えてのことです。
【民主化への道を歩み始めた暫定政権 経済状況や軍との関係で不安定要素も】
スーダンの政治情勢などについては、2020年10月5日ブログ“スーダン ダルフール紛争の和平合意調印 「テロ支援国家」指定の解除のために米が求めるものは”でも取り上げました。
バシル独裁政権の崩壊、民主化へのあゆみ、ダルフール紛争の終結、アメリカ・トランプ政権の「取引」によるテロ支援国家指定解除等々。
上記の貧弱な医療状況は、こうしたスーダンの多難な政治状況の結果でもあります。
昨年8月に、バシル前大統領を失脚させた軍の暫定軍事評議会(TMC)と反政府デモを組織してきた市民組織連合「自由と変化宣言」(DFC)が軍民共同の暫定政府樹立で合意し、2022年までに民政移管することが決まりました。
この合意を受けて、経済学者で国連出身の文民ハムドク氏を首相とするテクノクラート内閣が発足しています。
今後については、民主化の道をあゆみ始めたことへの期待もありますが、新型コロナ禍の試練に加え、厳しい経済状況や軍との関係などで不安定な要素もあります。
****暫定政権の中で、軍と文民が対立****
暫定政府にとって2020年-21年は民主化の成否がかかる重大な時期であるが、いきなりコロナ禍の試練を受けることになった。政府のコロナ対応については、PCR検査の不足や医療施設の不備など根本的な問題はある。
だが、2020年5月末、アラブ世界の民主化を支援するサイト「アラブ改革イニシアティブ」でスーダンの公衆衛生専門家は、「スーダンで初めて保健省が国民に真実を語る政府ができた。保健省は毎日、コロナ情報を公表し、重要なことは大臣が国民に訴えている。国民も政府の対応に協力している」と書いている。
さらに、外出禁止や政治集会を規制する対策についても「市民革命を進めようとする勢力は政府の都市封鎖や社会的距離をとる政策に協力している」としている。
感染が始まった2020年3月に医療関係者や技師、市民が「コロナ撲滅スーダン・プラットフォーム」(SPCC)を組織し、保健省と協力して、コロナ対策の市民啓蒙や募金運動などをするような、市民から政府に関わる動きが出てきたことも紹介している。
この寄稿を読むと、コロナ禍の前に独裁体制が倒れて、市民勢力が参加する暫定政府ができたことで、コロナ危機と政治危機が重なる最悪の事態が避けられたことが分かる。
しかし、感染対策としての経済活動の規制もあり、経済危機は進行した。通貨の下落と、食料や燃料の不足で物価は高騰し、スーダン中央統計局によると、2020年10月のインフレ率は前年同月比で229.85%増、11月は254.23%増という危機的状状況となっている。
ニュースサイト「アイン」の11月中旬の記事によると、暫定政府は10月末にガソリンやディーゼル油への補助金を削減し、価格がほぼ2倍になったという。
記事ではガソリンなどの値上げは2020年度予算で予定されていたが、コロナ禍によって延期されていたという。補助金削減は財政赤字を減らすための経済改革を求める国際通貨基金(IMF)の助言によるものという経済専門家の見方が出ている。
ただし、市民組織連合(FFC)は補助金削減に反対する声明を出し、「市民生活への影響を考慮し、第一に経済の安定化を達成すべきだ」と求めた。補助金削減による燃料値上げがバシール政権崩壊のきっかけとなる民衆デモの引き金になったことを考えれば、今後、経済的な苦境の中で暫定政権に対する民衆の不満が高まる可能性もある。
さらに暫定政権の中で、軍と文民の対立がある。FFCの中にはバシール体制を支えた軍が政権にそのまま残っていることに強い批判があるとされる。
暫定軍事評議会のブルハン議長は2020年2月にウガンダでイスラエルのネタニヤフ首相と会談し、国交正常化に向けて話し合いを始めることで合意したと発表した。
当時、FFCは「何も相談を受けていない。イスラエルへの方針変更は国民の決定でなければならない」とする声明を出し、「パレスチナ独立国家の樹立を支持する」としていた。
この会談を仲介したのはスーダンの主要な財政支援国であるアラブ首長国連邦(UAE)とされ、UAEは8月にイスラエルとの国交正常化を発表した。
そして10月下旬、スーダンは米国の仲介でイスラエルとの国交正常化に合意したが、この時も軍民の亀裂が見えた。国交正常化に前のめりの軍に対して、FFCの主要勢力の中にも合意への反対の声が強く、ハムドク首相自身も「暫定政府には国交正常化を決断する権能はない」として難色を示していた。
しかし、大統領選挙を前に外交得点をあげようとするトランプ大統領の圧力と、UAEの強い働きかけを受けて、国内のコンセンサスができないまま押し切られた形だ。
アラブ世界ではUAEやサウジアラビア、さらに軍主導政権の隣国エジプトが、ブルハン議長を支援し、スーダンでの民主化プロセスが進むことを望んでいないとされる。コロナ禍が2021年も続き、さらに経済危機が進めば、軍が危機に乗じて民主化プロセスを反故にする懸念さえ出てくる。【同上】
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【ダルフールで再び大規模な部族間衝突 死者130人】
更に、昨年10月に和平合意が調印され、国連PKOも終了したダルフールで、再び大規模な部族間衝突が報じられています。
****PKO終了したスーダン・ダルフールで戦闘、2日で83人死亡****
情勢が不安定なスーダン西部ダルフールで戦闘が続いており、16日からの2日間で83人が死亡、160人が負傷した。地元医療従事者の団体CCSDが17日、明らかにした。同地域では、長年続いた平和維持活動が2週間前に終了したばかり。
今回の戦闘は、スーダン暫定政府と反政府勢力が和平合意に調印した昨年10月以降に報告された中で最も激しい。この和平合意によって、広大な西部地域が武器のあふれる場所と化した長年の内戦に終止符が打たれると期待されていた。
戦闘では、西ダルフール州の州都エルジュネイナのアラブ系住民と非アラブ系の部族間で対立が起きているとみられる。地域的な紛争がより規模の大きな戦闘に発展したと報告されている。
国営スーダン通信はCCSDの話として、戦闘が続いているため死傷者が増える可能性があると報じた。
スーダン当局は、西ダルフール州全域に夜間外出禁止令を出しており、政府は状況を封じ込めるため、代表団を現地に派遣した。 【1月18日 AFP】
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“隣接する南ダルフール州でも18日、対立する部族の衝突で47人が死亡した”【1月19日 時事】とも。
合計で死者は130人・・・こうした戦闘が現在のスーダンにとってどれだけの問題なのかはわかりませんが、このまま戦闘が繰り返されることになると、軍部の発言力が増すこともあって、暫定政権の民主化への道は更に険しくなりそうです。