(素手のまま下水道の清掃をするディラワル・シンさん(中央)ら=2018年11月、ニューデリー【2019年3月21日 SankeiBiz】)
【IT産業にも存在するカースト制差別】
インドにカースト制という身分差別が存在するのは周知のところ。
もちろん、話はそんなに簡単ではなく、必ずしも「差別」というものでもない・・・といった側面もあるのでしょうが、そうは言っても、カースト制のもとで苦しんでいる人、不利益を受ける人が多く存在するのも事実でしょう。
カースト最下位層のダリット女性への性暴力や、それを警察の不問視する対応などについては、10月1日ブログ“インド 相も変らぬ「闇」 貧困・レイプ・カースト、そしてヒンズー至上主義”でも取り上げました。
また、やはりこういう生まれで決まる固定的な身分制度は民主的価値観からすると受け入れがたいものがあります。
社会変化とともに薄れていくというならいいのでしょうが、いつも取り上げるように、インドはモディ政権のもとで、ヒンズー至上主義が強まる傾向にあります。
ヒンズー至上主義は、インドに伝統的なカースト制という価値観とは馴染みやすいもののようにも思われます。
カースト制は職業選択と密接につながる概念ですが、よく「表向きのカースト制廃止後、新たにできた産業であるIT産業は身分に関係なく働くことができる。そのため人材がIT産業に集まり、それがインドがIT大国になったひとつの理由」と言われます。
確かにそういう面はあるのでしょうが、IT産業においてはカーストの差別がないか・・・と言えば、そんなこともないようです。
****インド企業社会、今もはびこるカースト差別****
あるインド企業の広報担当幹部で、業界賞も受賞したことのあるスネハプー・パダバターンさん(仮名)は、出世の階段を駆け上がるべき人材だが、たった一つだけ問題があった。ヒンズー教の身分制度であるカーストで、パダバターンさんはダリットと呼ばれる最下層に属している。
南部チェンナイ在住のパダバターンさんは、どこへ行っても付いて回る差別から逃れるために仕方なく転職を繰り返し、ストレス性の健康問題と闘っている。
インドの人口13億人のうち6分の1を構成するダリットは、先祖代々社会的地位が低いために日ごろから暴力や虐待にさらされている。
現大統領のラム・ナート・コビント氏やインド憲法起草者の故B・R・アンベードカルはダリットだが、今も企業社会にはカーストに付随する偏見がはびこっていると、研究者や人権活動家、企業の人事担当者らは明かす。
何百年も続くカーストの弊害は、米シリコンバレーにも及んでいる。米通信機器大手シスコシステムズはカーストに基づく差別があったとして、訴訟を起こされている。
コミュニケーション学の修士号を持つパダバターンさんは2008年、国内で最も歴史あるコングロマリット(複合企業)の1社に入社。出世コースに乗ったように見えた。
しかし、パダバターンさんがかつて「不可触民」といわれたダリットだと気付くや否や、上位カーストの同僚らによるあざけりが始まったという。
「インドはカーストと共に生きている。自分が気付くかどうかにかかわらず、カーストは誕生と同時に付いて回る」とパダバターンさんはAFPに語った。
フォークを落としたことで先輩から「百姓」とからかわれ、伝統的に菜食主義が多い上位カースト、ブラフミン(バラモン)の同僚たちからは牛肉を食べることを非難された。
■上位カーストの支配
上位カーストほど純潔だとみなす考えは、宗教的儀式や食習慣、差別的慣習を通じて長い間、ヒンズー教の中核を成してきた。ダリットは寺院や学校への立ち入りを禁止され、ごみ処理など「不浄な」仕事に就くことを強要されてきた。
経済的機会における上位カーストの支配はいまだ根強い。2009年にインドと米国の研究者らが行った採用実験では、上位カーストの姓を持つ応募者は、ダリットの2倍近く面接に呼ばれる可能性が高いという結果が出た。
カナダに拠点を置く研究者らが2012年に実施した調査では、インドの上位1000社の役員のうち93%が、人口全体では15%に満たない上位カーストに属することが明らかになった。
さらに昨年の米国の調査では、インドの主要企業4005社の管理職約3万5000人のうち、ダリットなど下層カースト出身者はわずか3人だった。
多国籍企業でさえ同じ問題を抱えていると、インドとフランスに拠点を持つソーシャルメディアのスマッシュボードでカースト制に関する相談役を務めるクリスティーナ・ダナラージ氏は言う。
「こうした企業における多様性や包括性は、外国からの観点からしか語られないことが問題だ」とAFPに語った。
多国籍企業は「ジェンダーと性のあり方には着目するが、カーストには着目しない」と指摘する。
ダリットの多くは報復を恐れ、声を上げることをためらっている。AFP取材陣はダリットの有職者への取材を試みたが、ほぼ全員に断られた。 【12月6日 AFP】AFPBB News
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【耐えがたいダリットの現実】
差別はあるにせよ、こういうIT産業に職を得たダリットは、レイプされても警察も相手しないような女性、下記のような下水処理に従事する男性などに比べたら、まだましでしょう。
下記は読むのも耐えがたいものがありますが、インドの現実でもあります。
下記のような下水労働者の大部分は、カースト制度の最下層で不可触民とされた「ダリット」の人たちです。人間の排泄物も、それを処理する人も「汚いもの」として忌み嫌われ、ほかの職に就く道は実質的に閉ざされています。
****素手で汚物を、清掃中命綱が外れ落下…インドの「トイレ」を支える下水道労働者30万人の“窮状”****
(中略)共同通信社の記者である佐藤大介氏が著した『 13億人のトイレ 下から見た経済大国インド 』(角川新書)より、下水道労働者の窮状を紹介する。
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ニューデリー郊外のロヒニ地区。低所得者層向けの集合住宅が建ち並び、舗装されていない道路を、いっぱいの荷物を積んだリヤカーや自転車が行き来し、土埃とともにトラックが通り過ぎていく。住宅街の一角にある雑貨屋の前で、ディラワル・シン(46)と会ったのは2018年11月のことだった。(中略)握手をしながらあいさつをするが、しきりに左目を気にしている。何度もまばたきをしている左目は赤く充血していた。
「2週間ほど前から左目の痛みがあったのですが、3日ほど前からひどくなって、ずっと目がこんな感じになっているのです。作業をしている時に、なにかバイ菌が入ったのかもしれません」
シンはそう話しながら、決して清潔とは言えそうにないタオルを何度も左目に当てていた。そして、雑貨屋の横にある小さな物置小屋に向かい、中から長さが2メートル以上ある竹の棒を取り出した。
先端にはボール状に丸められた布が巻き付けてある。「これが仕事道具です。スコップやロープを使うこともありますが、機械は使いません」。やはり左目が気になるのか、時折顔をしかめて目をつぶりながら説明をする。シンは、地区の下水管の詰まりなどを直す清掃人だ。
強烈な悪臭が立ち上り、鼻をつんざいた
道具を用意していると、仕事仲間という男性が現れ、2人で近くの住宅地に向かった。目当ての場所には、道路にマンホールの蓋が埋め込まれている。
持ってきたスコップやツルハシでマンホールの周辺を掘り返し、蓋の取っ手にロープをかけて2人がかりで引っ張った。重そうな蓋がゆっくりと開くと、中からはこもった空気とともに強烈な悪臭が立ち上り、鼻をつんざいた。
「近くの建物から出た排水が、この下にあるパイプを通って下水管に流れていくのです。メインのパイプではないですから、流れる量も少ないですし、臭いもそうきつくはありませんよ」
私が思わずタオル地のハンカチを鼻に当て、表情をゆがめていると、シンは仲間と笑いながら話しかけてきた。中をのぞくと、灰色に濁った水が2メートルほど下をゴボゴボと不気味な音を立てて、ゆっくりと流れている。
どこかの家庭が排水溝にまとまった水を流したのだろうか、時折水流が急に勢いづき、水しぶきが飛んできそうになって思わず身を引いてしまった。
ロープ一つでマンホールの中へ……
「この水は、キッチンやシャワー、そしてトイレで使われたものが流れてきています。下水管へつながるパイプは細いので、ビニールなどのプラスチックや生ゴミがよく詰まります。そうすると私に連絡が入るのです」
「では、いまマンホールの下にあるパイプが詰まっているのですね。どうやって作業するのですか」
そう尋ねると、仲間の男性がロープを取り出し、道路に移動させたマンホールの蓋の取っ手に結びつけた。シンは、もう片方の先端をズボンのベルトループに通して結び目をつくり、サンダルを脱いでマンホールに両足を入れ足場を探り、慎重に中へ入っていく。
胸のあたりまで入ったところで仲間から竹の棒を手渡してもらい、先端部分を流れの先に押し込んでいた。その間、仲間の男性は、もしシンが足を滑らせても下まで落ちないように、固定している蓋の上にしゃがみながらロープを握っている。シンが棒を中に押し込む度に、ゴボッゴボッという音とともに悪臭がただよってきた。
首まで汚水につかることもある
(中略)シンは、作業中にしぶきを足や腕に浴びていたが、持参したペットボトルに入れた水で手を洗い、足や腕に軽くかけた程度で、仲間とともにマンホールの蓋を閉じて周囲を埋める作業にとりかかった。
「いまは乾季なので、下水を流れる水の量が多くないから、作業がまだ楽なのです。雨季になれば、家庭からの排水だけではなくて、周囲の排水溝からも水が大量に流れ込みます。そうなると、すぐに細いパイプが詰まってしまう。下水管そのものが詰まってしまうこともあります。そうしたときは、マンホールの蓋を開けると水でいっぱいになっていて、首まで汚水につかって作業をすることもあります」
手袋もせずに汚物をかき出す
スコップで掘り返した土を再び戻しながら、シンは淡々と答えた。だが、排水を扱ったあとの手でタオルをつかみ、痛む左目に押し当てている姿を見ると、余計に悪化するのではないかと心配になってしまう。手を洗ったとはいっても、もちろん石けんは使っていない。
「手袋やマスク、ゴーグルなどはしないのですか? 裸足で作業をするのも、転落やケガをして傷口からバイ菌が入る危険性があると思うのですが」
竹の棒を手に、次の現場へ向かおうとするシンにそう言葉を投げかけても、私を見て不器用そうな笑みを浮かべるだけで、何も答えようとしない。(中略)
シンがかき出したゴミを素手で集め始めたのには驚いた。ゴミといっても、それは汚物そのもので、人間の排せつ物も混ざっている。私が驚いているのに気付いたのか、シンは「この方が早いから」と話し、黙々と作業を続けていた。
手袋などをしないことの理由を尋ねた私に、素手で汚物をかき出している作業を見せることで、一つの答えを示そうとしたのだろう。
どんな仕事でも、働かなければ生きていけない
乾季はパイプの詰まりも比較的少なく、1日当たりの作業は5、6件程度だが、マンホールの中に入るといった危険なことをしていることには変わらない。
1日の稼ぎは200ルピー(320円)ほどで、手袋やマスクなどを使おうとすれば、そのわずかな賃金を使って買わなくてはならない。雨季になれば仕事量も増え、稼ぎは500ルピー(800円)ほどになることがあるものの、それだけ危険も増すことになる。
近くの低所得者向けアパートにある二間の部屋で、妻や義母、3人の子どもと6人で暮らしているシンは言う。
「病気やケガが怖いけれど、休めばカネになりません。この仕事をしていくしかないのです」
目の痛みが気になるが、無料の公立病院は診察を待つ人が長い列をつくっており、通えば仕事にあぶれてしまう。もちろん、私立病院に行くのは懐事情が許さない。
「体調を崩す仲間は多いです。でも、とても悪化しない限り、休む人はいません。何の補償もないですから」
シンは、仲間とともにまた不器用そうな笑みを見せた。(後略)【8月18日 佐藤大介 文春オンライン】
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【仏教への改宗を主導する日本人僧侶 ヒンズー至上主義で増す風当たり】
IT産業でもカースト制から逃れられないなら、カースト制のくびきから抜け出す残された方法がヒンズー教から仏教への改宗です。
インドでは、仏教へ改宗する人々が目立っており、その動きを主導しているのが日本人僧侶の佐々井秀嶺氏です。
****インドのカースト最下層、ヒンドゥー教捨てて仏教へ 日本から来た僧が後押し****
仏教が生まれた土地ながら、人口の8割がヒンドゥー教徒というインド。最近はカースト制度の最下層にある人たちの中で、仏教に改宗する動きが目立っている。導くのが日本から来た老僧だ。
■「新しい人生が始まった」
「私はすべての人間が平等であると信じます。今日、新たな人生を手に入れたと信じます」
昨年10月下旬、刺すような日光を遮る天幕の下で、数百人が手を合わせ、僧に続いて唱和した。改宗の儀式だ。終わると、仏教徒になった証明書を受け取る。
「インドのへそ」とも呼ばれ、国土の中心に位置するナーグプル。毎年9〜10月の数日間、改宗をする人やそれを祝福する仏教徒ら数十万人が集まる。
約900キロを鉄道でやってきた大学生ラワン・パル(23)は、「不可触民(ダリト)」と呼ばれてきた、カーストで最底辺層の出身。両親の希望で、改宗式にやってきた。「家を借りるのが難しく、ヒンドゥー教寺院に入ることも許されない。学校では教師から避けられ、警察からも嫌がらせ。犬のような扱いだった」
2007年に改宗して以来、毎年この地に来るナラヤン・アムテ(69)は「犬の方がまだいい」とさえ言う。「犬は村の井戸水を自由に飲める。でも、私たちは飲むことさえ許されなかった」。不可触民が井戸を使うと、不浄になると信じられているためだ。改宗後、生活が一変したわけではない。それでも、「新しい人生」が始まったことで希望が持てるようになったという。
以前、ヒンドゥー教の聖地バラナシ郊外にある不可触民の集落を訪ねたことを思い出した。トイレの汚物を素手で処理する職業の人たちで、安全な飲み水が手に入らず、のどが渇いた少女が汚水を飲んで亡くなった。
住民のマルフ(80)は高位カーストの家などで汚物処理の仕事を50年以上やってきたが、仕事中に嘔吐が止まらず、「近づくな」と雇い主から言われた。「いくらお金を出されても、あんなことはしたくない。子供にも絶対にさせたくない」と話していた。
カーストは、紀元前にインド亜大陸を征服したアーリア人が先住民を肌の色で差別したのが始まりとされる。上からバラモン(僧侶)、クシャトリア(軍人)、バイシャ(商人)、シュードラ(隷属民)に分けられ、その下に不可触民が位置づけられる。さらに世襲の職業に基づくジャーティに細分化され、親の身分が子に引き継がれていく。
現世の人々は、前世の報いでいまの身分に生まれたので、その役割を果たすことで、来世の幸福がもたらされるという徹底した宿命観。これがヒンドゥー教の「浄と不浄」や「輪廻(りんね)」の考え方と深く結びついている。
カーストによる差別は問題視され、憲法でも禁じられた。だが、人々の強い帰属意識はあまり変わっていない。
これに対し、カーストを批判してきた仏教は、イスラム教の勃興などで13世紀にインドからほぼ姿を消したとされる。それが近年は再び勢いを増している。
改宗式会場には、ブッダと並んで大きな肖像画が掲げられていた。カースト差別を禁じたインド憲法の起草者で、元法相のビームラオ・アンベードカルだ。人々は手を合わせて大声をあげた。「アンベードカル万歳!」
不可触民の出身だったアンベードカルは、猛勉強して英米に留学し、独立後のインドで法相にまで上りつめた。万人の平等を説く仏教の力によって差別から人々を解放しようと考え、1956年には約50万人の不可触民を率いて、集団で仏教に改宗させた。その大改宗式が行われたのが、ナーグプルだった。
いま、その遺志を受け継いで大改宗式を率いているのは僧侶の佐々井秀嶺(85)。インド国籍を取得し、インド仏教界の最高指導者の一人でもある。(中略)
佐々井がインドに来たのは67年。「頑張っても生活が変わらない、目的や向上心を持つことさえ許されない人たちがいると知った。仏教の力で闘わなければならないと思った」。だが、当時はインドの伝統社会を破壊する危険人物だとして、石を投げられたり、毒殺されかかったりしたこともあったという。
各地で寺院を建て、仏教の教えを説き続けた。ブッダが悟りを開いたとされる聖地ブッダガヤの大菩提寺を仏教徒の手に戻そうと、92年に奪還運動を始め、5000キロをデモ行進したこともある。
2011年の国勢調査では、インドの総人口のうち、仏教徒は840万人、0.7%だったが、佐々井は自らの経験から、実際には5000万から1億人以上いる、とみている。ただ今年は新型コロナウイルスの影響で、改宗式を「開催できないだろう」と残念そうに語った。
■政権を支えるヒンドゥー至上主義
同じ日、ナーグプルの別の広場でヒンドゥー至上主義団体「民族奉仕団(RSS)」の集会も開かれ、制服を着た数千人の団員が街を行進した。RSSはヒンドゥー教文化の価値観によってインド社会の統一を目指す組織。与党インド人民党の支持母体で、モディ首相も所属した。ナーグプルが創設の地で、いまも本部がある。
ヒンドゥー教では、ブッダもヒンドゥー神の化身の一つとされ、「仏教は一つの宗派」という認識がある。そのため、ヒンドゥー至上主義者の矛先は「侵略者の宗教」であるイスラム教やキリスト教に向かうことが多いが、佐々井は「モディ政権の発足後、改宗への風当たりが強くなった」と感じる。「改宗式はおもしろくないのだろう」
インドのイスラム教徒やキリスト教徒も、下位カーストからの改宗者が多いとされてきた。近年、ヒンドゥー至上主義者が強制的にヒンドゥー教に「再改宗」させる事件も散発する。RSS幹部は取材にこう語った。「インドに住み、その文化を信じる者は、みなヒンドゥーなのだ」【9月11日 GLOBE+】
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こうしたカースト差別がある限り、インドが中国と並んで将来の大国へ・・・というのは困難でしょう。
もっと言えば、こういう差別を抱えたまま世界をリードする国になってはいけない・・・と。