孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

核先制不使用宣言の破棄を示唆するインド 逆に「核の先制不使用」に言及するパキスタン首相

2019-09-04 22:55:54 | 南アジア(インド)

(【7月10日 SEAnews】 パキスタンのカーン首相(右)とインドのモディ首相(左))

 

核軍縮が迷路に入り込むなか、“核先制不使用”の意義】

「相手が核攻撃してこない限りこちら(核保有国とその同盟国)は核を使用しない」という“核先制不使用”という政策があります。

 

核保有国のなかで、現在この“核先制不使用”を明言しているのは中国とインド。

 

「そんなものは言葉のうえだけの話にすぎず、現実的にはなんの役にもたたない」という反応もありますが・・・・。

 

****核先制不使用宣言のすすめ INF全廃条約失った今こそ****

被爆74年を迎えるこの夏、核軍拡から核軍縮への転換点を歴史に刻んだ重要な条約が失効した。史上初めて核兵器の削減を義務付け、冷戦終結への導線ともなった米ロ(米ソ)間の中距離核戦力(INF)全廃条約だ。

 

1987年に当時のレーガン米大統領と条約の署名式にのぞんだゴルバチョフ元ソ連大統領は8月1日、次のような声明を発表した。

 

「この条約の抹消は国際社会に何の利益ももたらさない。欧州だけでなく、世界全体の安全保障を危うくする」「(条約破棄を選んだ)米国の行動は、国際政治における不確実性を高め、混沌(こんとん)をもたらすだろう」

 

ロシアに条約違反の疑いがあったとは言え、条約破棄に突き進んだトランプ政権の選択はまさに「世紀の愚行」だ。

 

しかし、そう嘆くばかりでは先へ進めない。混沌の中にあっても、あるいは混沌にのみ込まれそうな今だからこそ、核戦争を防ぐための「次の一手」をうっていくことが不可欠だ。

 

さまざまな英知を結集して考える必要があるが、ひとつの方法は、核保有国が核先制不使用を決めることだろう。

 

先制不使用とは、相手が核攻撃してこない限りこちら(核保有国とその同盟国)は核を使用しない、核保有はあくまで相手の核使用を抑止することのみを目的とする、との考え方である。

 

INFはもともと「使える核」として登場した。しかし、INFで角を突き合わせれば核戦争の危険が高まるばかりだった。そこで、いっそのことゼロにした方がいいと米ソ双方が判断した結果、INF全廃条約が誕生した。それは冷戦末期に核先制使用のリスクを一気に低める英断でもあった。

 

こうした経緯を考えると、INF全廃条約を失った今こそ、核戦争リスクを低減させるために、核先制不使用を真剣に検討すべき時ではないか。

 

この考え方はここ何十年も繰り返し議論されてきたもので、決して目新しくはない。だが、この条約なき世界において、核戦争を防ぐ重要な政策ツールとして優先順位を高めるべきではないだろうか。

 

そんなふうに思いをめぐらせていたら、米国の知人たちも同じようなことを考えているのを知った。かつて核ミサイル基地で勤務し、今はプリンストン大学で研究生活をおくるブルース・ブレア氏と、オバマ政権で大統領特別補佐官を務めたジョン・ウォルフスタール氏がワシントンポスト紙に、先制不使用宣言のすすめを連名で寄稿していたのだ。

 

いわく――核先制使用をやめる選択に踏み切れば、核使用の敷居を高くできるうえに、米ロ間の危険な核競争の制御にも新たな突破口を見いだせる。米国がこの選択を採用すれば、他の核保有国にも同調するように求められる。

 

そもそも、核先制使用が米国や同盟国の短期的、長期的な国家安全保障に資するよう事態など、実際には考えもつかない。

 

核軍縮のみを望んでこう言っているのではなく、核先制使用のオプションを残しておくことに伴うリスクを、核問題の専門家が冷厳な視点から分析した末の結論だ。

 

現実の世界を見てみよう。「言葉の上だけのことだ」との批判もあるが、中国とインドは核先制不使用を宣言している。

 

この2カ国が態度を変えないうちに米国が同様な宣言をし、互いにその宣言を信頼できるようなシステムを構築していけばいい。米中印が「核先制不使用の輪」をつくってロシアを囲めば、ロシアへの同調圧力も強められる。

 

ブルースとジョンも寄稿に書いているが、米国民主党の大統領候補選出に向けた討論会で、エリザベス・ウォーレン上院議員は核先制不使用支持を強調した。ジョー・バイデン前副大統領も核保有の「唯一の目的」は相手の核使用を抑止することだとの立場で、事実上、核先制不使用に共感を示している。

 

核軍縮が迷路に入り込むなか、米国の有力政治家の間でこうした意見があることはきちんと認識しておく必要があるだろう。(後略)【8月6日 朝日】

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【“核先制不使用”は状況次第とインド国防相 「核のドラム」を叩くモディ首相】

「言葉の上だけのことだ」「中国の“核先制不使用”が日本にとってどれだけの意味があるのか」とは言いながらも、やはり“核先制不使用”を明言するのとしないのとでは、それなりの差もあるでしょう。

 

特に、これまで“核先制不使用”を掲げていた国が、今後は“核先制不使用”をやめる・・・と言い出したら、やはり危険な兆候でしょう。

 

上記記事は“2カ国が態度を変えないうちに”と書いていますが、現実には“態度を変えそうな”発言が、カシミール問題で核保有国パキスタンとの対立が深まるインドから出ています。

 

****核の先制不使用「状況次第」=パキスタンけん制か―インド国防相****

インドのシン国防相は16日、ツイッターに「インドは核の先制不使用方針を固く守っている。将来どうなるかは状況次第だ」と投稿した。

 

インドは、パキスタンと領有権を争う北部ジャム・カシミール州の支配強化を図り、パキスタンの強い反発を招いた。投稿には、ともに核保有国のパキスタンをけん制する意図があるとみられる。【8月16日 時事】 

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“状況次第”が意味するものは?

 

****「核の先制不使用」をインドが捨て去る日****

<インドとパキスタンの緊張激化で揺れ動く核抑止力の限界 インドとパキスタンの緊張激化でモディ政権による核ドクトリン修正はあるのか>

 

核攻撃を受けない限り核兵器を使わない「核の先制不使用」の原則を採用しているインドだが、ある発言を機に、その核政策が改めて注目されている。

 

インドのラジナト・シン国防相は8月16日、98年に地下核実験を行った西部ラジヤスタン州ポカランを訪問。インドは先制不使用を「固く守ってきた」と述べた上で、こう続けた。「将来どうなるかは状況次第だ」

 

03年にインドが発表した核ドクトリンを直ちに覆すわけではないが、「今や揺らいでいる核ドクトリンの柱を守り続ける気があるのか、疑問を投げ掛ける」発言だ。

 

南アジアの安全保障の専門家でニューヨーク州立大学オルバニー校のクリストファー・クラリー助教とマサチューセッツエ科大学のピピン・ナラン准教授は、インドの有力紙ヒンドゥスタン・タイムズでそう指摘している。

 

クラリーとナランが安全保障の学術誌インターナショナル・セキュリティーに投稿した論文で述べているとおり、インドの高官たちは長年にわたり、公私の発言で核の先制不使用に疑問を呈してきた。

 

98年に核実験を強行したアタルービハリーバジパイ首相(当時)は00年に、「爆弾を落とされて破壊されるまで私たちが待っていると(パキスタンが)思っているのなら、彼らは勘違いしている」と語った。

 

ただし、クラリーとナランがヒンドゥスタン・タイムズで述べているように、シンは03年の核ドクトリン以降「インドの政府高官として初めて、先制不使用の政策が永続的でも絶対的でもないと明言した」のだ。

 

今回のシンの発言は、パキスタンと中国が抱き続けてきた疑念を裏付けることになるだろう。共に核保有国でインドと敵対する両国は、インドの先制不使用の政策を信用したことは一度もない。

 

同じようにインドも、中国が64年に先制不使用を採用して以来、疑問を抱いてきた。

 

発言がニュースをにぎわすと、シンはすぐに政府の立場を繰り返すツイートを投稿した。

「ポカランはアタルジ(バジパイの敬称)が、インドは核保有国になるが『先制不使用』の原則は固持すると、決意を固めた場所だ。インドはこのドクトリンを忠実に守ってきた。将来どうなるかは状況次第だ。インドが責任ある核保有国の地位を獲得したことは、この国の全市民にとって、国の誇りになった」

 

武力衝突の現実を前に

バジパイの時代に先制不使用を宣言したことは、中国とパキスタンに対する核抑止力を意識しただけではない。インドが核拡散防止条約(NPT)の枠組みの外で核大国の仲間入りをするという、より広い外交戦略を踏まえたものでもあった。

 

その外交努力は00年代半ばに、ほぼインドの狙いどおりに実を結んだ。アメリカとインドは05年に民生用の原子力協力協定の基本合意に達した。08年には国際原f力機関(IAEA)の承認を経てインドの「特例扱い」が認められ、晴れてNPTの枠外で核保有国として承認された。

 

つまり、昨年8月に死去したバジパイの一周忌に合わせたシンのこの発言は、「責任ある核保有国の地位を獲得する」基盤を築いた元首相の遺産をなぞるものでもあった。

 

シンが示唆した「状況」がどのようなものかは定かでないが、ナレンドラ・モディ首相の現政権が既にその「状況」を見据えているかもしれないことは、想像に難くない。

 

パキスタンが小型核兵器を開発していることは、インドが通常兵力で軍事行動に出る余地を狭めている。

 

今年2月、インドとパキスタンが領有権を争うカシミール地方をめぐり、インド軍がパキスタン領内を空爆した。パキスタンを拠点とするイスラム過激派組織ジャイシェ・ムハマドが、インドの治安部隊を自爆テロ攻撃したことが引き金たった。

 

カシミール地方でインド軍が数十年ぶりに越境したことは、核の先制不使用の原則の下でも、インドが武力衝突の危機を高められることを示した。パキスタンが代理勢力を動かしてインド人の血を流し続けるなら、核兵器の裏に隠れ続けることは許さない、という警告だ。

 

現政権で大胆な決断も

一方で、クラリーとナランがインターナショナル・セキュリティーの論文で詳細に説明しているとおり、インドの歴代政権は、精密誘導兵器と諜報や偵察能力の強化に莫大な投資を続けている。核ドクトリンのあらゆる変更に備えているのだろう。

 

問題は、モディ政権が先制不使用の原則をどこまで本気で変えようとしているのかだ。(中略)

 

モディは5月に行われた総選挙で、「核のドラム」をたたいて国家主義者の支持基盤をあおり立てた。4月20日の集会では支持者にこう語り掛けている。

 

「彼らは毎日のように『自分たちは核のボタンを持っている』と言ってきた。では、私たちは何を持っているか? ただの飾りなのか?」

 

選挙戦の景気づけにすぎないのかもしれない。しかし、モディの最側近の1人で現職の国防相が、あえて先制不使用に言及したことと重ね合わせると、その不気味さが増す。【9月3日号 Newsweek日本語版】

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【パキスタン・カーン首相の「核の先制不使用」発言】

一方、これまで「核の先制不使用」を政策としてこなかったパキスタンのカーン首相は、逆に「核の先制不使用」ともとれる発言をしています。

 

****パキスタンは核先制攻撃しない、首相がインドとの緊張受け発言****

パキスタンのカーン首相は2日、インドとの緊張の高まりを受け、核兵器による先制攻撃は行わないと言明した。

インドが北部ジャム・カシミール州に特別な自治権を与える憲法370条を廃止、領有権を主張するパキスタンとの間で緊張が高まっている。

首相は、東部都市ラホールでの講演で「両国とも核武装している。緊張がさらに高まれば世界が危険にさらされる可能性がある。わが国が先に(核兵器を)使用することはぜったいにない」と述べた。

一方、外務省のファイサル報道官は後に公式ツイッターで(首相の)発言について、文脈を考慮せず引用されたものであり、パキスタンの核兵器政策の変更を意味するわけではないと説明。「首相は、パキスタンの平和へのコミットメントと、核武装国である同国とインドが責任ある行動を示す必要があることを繰り返したにすぎない」と投稿した。【9月3日 ロイター】

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パキスタン政府は、今回のインドとの緊張激化に関しては、軍事的緊張は避ける対応をとっています。

 

****カシミール問題で国際社会に訴えるパキスタン 軍事的緊張は回避****

インドが北部ジャム・カシミール州の自治権剥奪を決めた問題をめぐり、カシミール地方の領有権をめぐって争うパキスタンは対印批判を強めつつ、国際社会に解決を訴える手法を採用している。

 

国際通貨基金(IMF)から巨額の支援を受けるなど財政的な苦しさもあり、軍事的な緊張の高まりは避けたい構えだ。

 

「まるでナチス・ドイツのようだ」

パキスタンのカーン首相は14日の独立記念日の演説でこうインドのモディ政権を批判。カシミール地方のインド支配地域で「市民への抑圧や人権侵害が起きている」と指摘した。

 

ジャム・カシミール州の自治権剥奪を決め、実効支配を強める構えを見せるインドに対し、パキスタンは「一方的な措置だ」と激しく反発。カーン政権はこれまでに在パキスタンインド大使の国外追放や、両国間の貿易停止に踏み切った。

 

パキスタンの要請を受け国連安全保障理事会は16日に非公開会合を開催。パキスタンのクレシ外相は20日、インドを国際司法裁判所(ICJ)に提訴する方針を明らかにした。「インドがカシミールの広範囲で、人権侵害を行っている」と主張する見通しだ。

 

一方、パキスタンはカシミール地方での事実上の印パ国境である実効支配線(停戦ライン)付近への軍隊の集中配備など軍事的動きは「視野に入っていない」との見方が強い。

 

パキスタンの政治評論家、カムラン・アンワル氏は「今回、戦争はパキスタンの選択肢ではない。国内問題が片付いていないのに外に打って出られない」と話す。

 

その1つが財政上の問題だ。財政難に苦しむパキスタンは7月にIMFから約60億ドル(約6400億円)の支援が決まったばかり。パキスタン自ら軍事的な緊張を高めれば、支援の手も引きかねない。

 

パキスタン外務省関係者は「政治的、外交的に当たっていく」と説明しており、今後も国連などで自国の立場を主張を展開し、国際社会の関心を集めていきたい考えだ。

 

ただ、インドとの緊張関係で求心力を保っているとも指摘されるパキスタン軍の動きは不明。動向次第では事態が緊迫の度を増す可能性をはらんでいる。【8月23日 産経】

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2日のカーン首相の「核の先制不使用」発言は、こうした軍事的緊張は回避したいパキスタン政府の姿勢を反映したものでしょう。

 

ポピュリズムとか軍の傀儡といった評価もある元クリケット有名選手のカーン首相ですが、モディ首相やトランプ大統領など攻撃的スタイルが多くなった現在の政治家のなかでは、インド軍パイロットの速やかな解放など、冷静な対応が可能な政治家でもあるようです。

 

****カシミール問題で露呈、印パ首相「格の違い」****

本当に問題を解決したいのはどちらか

 

(中略)モディ氏はこうした現実を無視し、パキスタンに非難を浴びせている。今回の対立を政治的な人気取りに利用するつもりなのだ。(中略)

 

若者から圧倒的支持を得るカーン首相

この間、パキスタンのカーン首相は一貫してテロへの関与を否定し、対話を呼びかけてきた。拘束したパイロットも解放した。

 

実際、同氏はカシミール紛争をあおってきたこれまでの首相とは、かなりタイプの異なる政治家だ。

 

カーン氏が党首を務めるパキスタン正義運動(PTI)は若者から圧倒的な支持を得ている。平均年齢(中央値)が24歳というパキスタンでは、有権者に占める若者の割合が高く、そうした若い有権者の実に6割がカーン氏のPTIに票を投じた。彼らはカシミール問題には関心はなく、教育、医療、雇用の改善を求めている。(中略)

 

カーン氏もこの点は理解しているように見える。同氏はテレビ演説でインド政府に対し「双方が手にしている兵器の性格からして、はたして判断ミスは許されるのか」と問いかけた。

 

印パはこれまでも衝突を繰り返してきたが、今回はパキスタンが先に和平に踏み出している。選挙を前にした短絡的な計算を脱して緊張を緩和できるかどうかは、モディ首相次第なのだ。【3月23日 東洋経済online】

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ただ、軍事的には劣るパキスタンがインドと対等に対峙するためには核兵器をちらつかせることが必要との認識がパキスタン軍部には根強く、「核兵器政策の変更を意味するわけではない」といった外務省の火消対応を見ると、今回のカーン発言はそうした軍部への根回しを行ったうえでのものではなかったようです。

 

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