孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

バングラデシュ  総選挙を控えて波乱含みの情勢

2013-12-14 23:09:46 | 南アジア(インド)

(イスラム原理主義的な要求を掲げる「ヘファジャット・イスラミ」による示威行動 “flickr”より http://www.flickr.com/photos/auniket/8662483267/in/photolist-ectutM-e9h4oN-e9bvxv-ea326i/)

二大政党の政争とハルタルによる混乱
明後日12月16日はバングラデシュの独立を祝う戦勝記念日です。
バングラデシュ社会の政治的混乱については、これまでも何回か取り上げてきました。

****成長を阻害してきた激しい政争****
ここ数年は6%台の成長が続き、今後が期待されてもいるバングラデシュ経済ですが、これまでバングラデシュの成長を阻害してきた大きな要因のひとつが“混乱を招く政治的争い”と“身内・関係者の利害を優先した政治”であり、その根幹はハシナ首相率いるアワミ連盟(AL)と、ジア前首相率いるバングラデシュ民族主義党(BNP)の争いでした。

2007年1月には、軍を後ろ盾とする暫定政府が全権を掌握、政治的混乱を招いてきたハシナ、ジア両氏が汚職容疑で相次いで逮捕され、各政党では党内改革も同時に実施されましたが、有力指導者が現れず、結局、ハシナ、ジア両氏とも釈放されています。 (後略)【2月21日ブログ「バングラデシュ 独立戦争当時の残虐行為に関連して、最大イスラム政党の非合法化を検討」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130221
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政権を交互に担当してきたALとBNPの両女性党首は、よく似た経歴・境遇とも言えます。
現首相であるアワミ連盟(AL)のシェイク・ハシナ氏は初代大統領であるシェイク・ムジブル・ラーマンの娘です。一方、野党第一党のバングラデシュ民族主義党(BNP)の党首であり前首相のカレダ・ベグム・ジア氏は、ムジブル・ラーマンの暗殺後に就任した二代目大統領ジアウル・ラーマン氏の妻です。

ハシナ首相の父も、ジア前首相の夫も政治的な非業の死を遂げており、二人の女性リーダーは、それぞれ相手のことを「自分の父親と家族を殺した」、あるいは「自分の夫を暗殺した」と憎みあう犬猿の仲だと言われています。

二大政党が政権を交互に担当するという“一見民主的な”政治動向にもかかわらず、政争による混乱が収まらないのは、背景に両女性リーダーの間の根深い“私怨”が存在していることもあります。
もちろん、政権交代が経済的関係の一掃に直結するという基本的構造があるのは、日本の土建屋政治と同じです。

また、政治手法の面でバングラデシュ社会を混乱に陥れているものとして、“ハルタル(ホルタル)”と呼ばれている慣習的政治運動があります。

ハルタルは、ゼネラルストライキと解説されることが一般的ですが、バングラデシュのハルタルは野党勢力が政権転覆を目指して、暴力を伴って行う街頭行動です。
主な活動方法は、「バスや列車、タクシーなどの乗り物の通行を自粛せよ」、「商店や学校、オフィスなどの活動を停止せよ」というものですが、そうした要求を金で雇った若者らを使った暴力的妨害行為で実行しています。

****バングラデシュの政情不安、治安悪化に歯止めがかからない*****
・・・・政党あるいは宗教団体が大掛かりなデモを実施するために街全体を「シャット・ダウン」するのだ。

具体的には、移動中の車やバス、オートリキシャを見つければレンガや火炎瓶を投げつけて動けなくし、燃やしてしまう。線路の枕木をはずし、列車を脱線させる。停車中の列車を爆破する。
幹線道路に丸太を大量に転がして物流網を遮断する。
そして、こうした行為を止めに入る警官隊や機動隊等と衝突するなど、手段を選ばない。

今年3月以降、ホルタルにより100名を超える死者が出ているが、これにはデモ隊だけでなく、応戦する警察や、巻き添えになった一般市民も含まれる。(後略)【4月9日 池田洋一郎氏 「バングラデシュの混乱と政情不安はどこまで深まるのだろうか?(その1)」http://ikeikeyouichirou.blog.fc2.com/blog-entry-100.html
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多くの死傷者は出てはいますが、
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ホルタルで暴れている多くの暴徒は、双方の政党が追求するアジェンダに心酔しているハード・コアな支持者という訳では決してなく、「一日ホルタルに参加したら100タカ(約100円)」、「カクテル爆弾を見事爆発させたら2,000タカ」という政党からの「求人広告」に応じて動員された、暇をもてあまし不満を抱える若者たちだからだ。

彼らの多くは「選挙管理内閣の復活」や「政権交代」に青春をかけている訳では必ずしもなく、単に、バイト感覚で憂さ晴らしが出来る、ということで、ホルタルに参加している訳だ。 この点、ホルタル期間中に、バスや列車が襲われているテレビの中継や新聞報道などを注意深く見ると、石やレンガなどをバスに投げつけ、乗客や運転手が急いで逃げ降りた後に、カクテル爆弾を投げつけて火をつけていること、列車の爆破に関しても、乗客が降りたことを見計らって火を放っているケースが多いことに気付かされる。【同上(その2)http://ikeikeyouichirou.blog.fc2.com/blog-entry-101.html
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ということで、自爆テロなどの市民殺傷を目的としたものとは異なるようです。

政権側は社会機能を麻痺させる野党による暴力的なハルタルを非難しますが、その政権与党も野党時代には盛んにハルタルを実施して当時の政権を揺さぶっています。

来年1月の総選挙実施を控えて状況は悪化しているようです。

****野党連合、選挙不参加=争乱で22人死亡―バングラ****
バングラデシュの野党連合は2日、現政権下では選挙の中立性が保証されないとして、来年1月に予定される総選挙への不参加を表明した。

同国ではハシナ政権が選挙日程を発表して以降、反体制派が手製の爆弾を爆発させたり、列車を脱線させたりする抗議活動を展開。AFP通信によると、これまでに22人が死亡するなど混乱が続いている。【12月2日 時事】 
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野党側が“現政権下では選挙の中立性が保証されない”としているのには、それなりの法的背景があります。

従前の憲法には、与党・政府が職権を乱用して公正な選挙活動を妨害したり、結果を操作したりしないよう、前最高裁判所の長官をトップとする選挙管理のための暫定内閣を議会解散後に任命することを定める条項がありました。

しかし、現政権は議会内での圧倒的多数を背景に、この「選挙管理内閣設置条項」を廃止してしました。
そのため、野党側はその復活を求めている・・・という事情があります。

バングラデシュの政治情勢の対立軸のひとつは、これまで述べたようなハシナ首相率いる与党「アワミ連盟(AL)」と、ジア前首相率いる野党「バングラデシュ民族主義党(BNP)」の争いがあり、ハルタルという暴力的な形態で展開されています。
この争いは、来年1月の総選挙を控えてピートアップしています。

【「バングラデシュ人としての一体性」対「イスラムの連帯」】
もうひとつの対立軸は、独立時の戦争犯罪を巡る、「バングラデシュ人としての一体性」を大義とする勢力と「イスラムの連帯」を大義とする勢力の争いです。

****バングラデシュ、イスラム政党幹部を処刑 独立戦争時の戦争犯罪で*****
バングラデシュは12日、1971年の独立戦争時に集団虐殺などを主導したとして、同国最大のイスラム政党「イスラム協会(JI)」の幹部の一人、アブドゥル・カデル・モッラ死刑囚(65)を絞首刑に処した。

同戦争での戦争犯罪で死刑が執行されたのはこれが初めて。クアムルル・イスラム法務副大臣は、同死刑囚の絞首刑を、首都ダッカの施設で同日午後10時1分(日本時間13日午前1時1分)に執行したと発表。

イスラム氏はAFPに対し、「歴史的瞬間だ。1971年の解放戦争から40年を経て、集団虐殺の犠牲者はようやくある程度の正義を実現することができた」と語った。さらに、パキスタンからバングラデシュの独立を勝ち取った戦勝記念日が間近であることに触れ、「12月16日の戦勝記念日を祝うに当たり、国民には最高の贈り物となった」と述べた。
独立戦争時の戦犯を裁くバングラデシュ国内の特別法廷「国際犯罪法廷」は、モッラ死刑囚を含むイスラム主義者5人とその他の複数の政治家に死刑判決を出している。

この法廷で最初の判決が出た1月以降、バングラデシュでは独立後最悪の暴力行為が相次いで230人以上が死亡しており、死刑が執行されたことでさらに緊張が高まる恐れもある。

すでに死刑執行の発表直後に、数都市で新たな衝突が発生したという報告もある。野党は、この法廷はイスラム主義勢力指導者の根絶を目指しているとして強く批判している。
モッラ死刑囚は、バングラデシュの独立に反対する親パキスタンの民兵を率い、同国の高名な学者や医師、作家やジャーナリストを殺害したとして、今年2月に死刑判決を受けていた。

同死刑囚の罪状には、レイプや350人以上の非武装の民間人の集団虐殺なども含まれていた。同死刑囚はその残虐行為の大半が行われた地名から「ミルプールの虐殺者」の異名を取っていた。

大統領からの恩赦を拒否した同死刑囚の処刑は、当初10日に予定されていた。しかし執行の90分前になって、判事が執行の一時保留を命じていた。その後同死刑囚は死刑判決の見直しを最高裁に求めたが、最高裁は12日にその求めを退け、同死刑囚はその数時間後に処刑された。【12月13日 AFP】
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この問題に関しては、8月1日ブログ「バングラデシ イスラム原理主義と世俗主義のせめぎあい」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130801)でも取り上げました。

“イスラム原理主義”という言葉を使用しましたが、もともとは独立時の“戦争犯罪”に関する問題です。

****正義」をめぐる 分断***
あらゆる戦争の背景には、対峙する双方が掲げる正義がある。

42年前、バングラデシュはパキスタンからの独立を果たした。9ヶ月にわたる戦闘で約300万人もの同胞を失うという途方もない犠牲を伴いながら手にした独立だった。

独立に当たって作られた憲法には、バングラデシュ人としての一体性(Nationalisim)、民主主義(Democracy)、そして政治と宗教の分離(Securalism)といった、独立戦争を戦う上での精神的支柱となった正義が、バングラデシュという国民国家の精神として謡われた。

独立戦争を戦い抜いたフリーダム・ファイターは英雄となり、国のあちこちにその像が建てられた。一方、独立戦争に際して、ムスリムの連帯重視という別な正義を掲げていたグループが、当時東パキスタンだったバングラデシュの領土内に存在した。

「イスラム共和国」としての一体性を重視していた、例えば「ジャマティ・イスラム(Bangladesh Jamaat e Islami:イスラム協会)」といったグループは、バングラデシュのパキスタンからの独立に反対し、「インドの回し者である分離主義者」を駆逐すべくパキスタン軍に加担した。

彼らは1971年12月16日までは官軍だったが、パキスタンの敗北により「ラザカー(裏切り者)」の汚名を着る賊軍となった。

独立戦争から42年を経た今、当時ぶつかり合った二つの正義が再び表面化し、バングラデシュの社会に亀裂を走らせている。「戦犯問題」という名のパンドラの箱が開いたためだ。(後略)【4月17日 池田洋一郎氏 「バングラデシュの混乱と政情不安はどこまで深まるのだろうか?(その3)」http://ikeikeyouichirou.blog.fc2.com/blog-entry-102.html
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死刑執行を「12月16日の戦勝記念日を祝うに当たり、国民には最高の贈り物となった」とする法務副大臣のコメントは、挑戦的に過ぎる過激なものにも思えますが、約300万人もの同胞を犠牲とする独立戦争を戦った初代大統領であるシェイク・ムジブル・ラーマンを指導者とした与党「アワミ連盟(AL)」としては当然のスタンスかもしれません。

こうした独立戦争当時の戦争犯罪を糾弾する若者ブロガーらの行動、政権・司法による断罪に対し、当然ながら「ジャマティ・イスラム(イスラム協会)」側は激しく反発しています。
指導者の生命、組織の存亡がかかっていますので、そのハルタルも通常の政争絡みのものとは異質の激しさとなっています。

イスラム協会は、野党「バングラデシュ民族主義党(BNP)」とは前政権で連立を組んでいたように近しい関係にあります。
BNPはイスラム協会側を支持していますが、その思惑としては、社会の混乱が行き着くところまで行って、軍が介入して選挙管理内閣を作る・・・というシナリオを想定しているとも指摘されています。

このようにこの第2の対立軸に、第1の対立軸であるAL対BNPという政争が絡んできます。

更に、問題を難しくしているのは、裁かれているイスラム協会ともつながりがあるとされるイスラム原理主義的な宗教グループ「ヘファジャット・イスラミ」が、イスラム協会の戦争犯罪を糾弾するブロガーを「ムスリムを冒涜する無神論者」として死刑にするよう求め、政府にはイスラム原理主義的施策を求める大衆行動を大規模に展開していることです。

****イスラム冒とくに死罪要求、大デモ隊が警察と衝突 28人死亡 バングラデシュ****
バングラデシュの首都ダッカで5日、神に対する冒とくに死罪を設けるよう要求する数十万人規模のデモが行われ、警官隊との衝突で少なくとも28人が死亡した。警察当局と医療関係者が6日、明らかにした。

デモはイスラム強硬派のヘファジャット・イスラミ党(Hefajat-e-Islam)が主催したもの。デモ隊は「アッラー・アクバル(アラーは偉大なり)」「要求は1つ、無神論者に絞首刑を」などと叫びながら、ダッカ周辺の高速道路6本を封鎖。首都と郊外と結ぶ交通機能をまひさせた。

デモ参加者の多くは、地方の農村部出身者だという。警察発表によれば、ダッカ中心部まで20万人が行進し、治安部隊と衝突。デモ隊が警官隊に向かって投石し、警官隊側が警棒で応酬した。また、警察当局はゴム弾のみを使用したと発表したが、目撃者や地元メディアによると、警察署に放火したデモ隊を解散させるため治安部隊が実弾数百発を発砲したという。

最近結党されたばかりのヘファジャット党はイスラム原理主義を掲げ、イスラムを冒とくした者に死罪を科すよう要求している。
今回の大規模デモについては、13点の要求項目の推進を掲げて行ったと説明しており、この中には男女が公共の場で自由に同席することを禁じたり、憲法にアラーへの誓いの言葉を復活させることなどが含まれている。【5月6日 AFP】
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「ヘファジャット・イスラミ」に関する最近の動向はよくわかりません。

“「我々バングラデシュ人とは、“パキスタン・イスラム共和国”から独立を勝ち取った者である」と自らを定義する人々”と“「我らバングラデシュ人とは、ムスリムであり、バングラデシュはムスリムの国家である」と自らを定義する人々”の間で、アイデンティティーの分断が生じているとも。

後者の人々は、“バングラデシュという同じ空間を共有しているヒンドゥー教徒やクリスチャンよりも、数千キロ離れたパキスタンやサウジアラビアにいるムスリムのほうが「同胞」としての意識を強く感じる。”人々です。
【池田洋一郎氏 「バングラデシュの混乱と政情不安はどこまで深まるのだろうか?(その4)」http://ikeikeyouichirou.blog.fc2.com/blog-entry-103.html

こうしたバングラデシュの政治・社会混乱については、このブログでも何回も引用したように池田洋一郎氏のブログ「バングラデシュの混乱と政情不安はどこまで深まるのだろうか?(その1)」http://ikeikeyouichirou.blog.fc2.com/blog-entry-100.html~「同(その5)」を読んでいただければ、はるかによく理解できます。
ただ、ちょっと分量がありますので、かいつまんで上記のように紹介しました。

来年1月の総選挙に向けて、野党側のボイコット、軍の介入を含めてひと波乱もふた波乱もありそうなバングラデシュ情勢です。
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