孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

オーストラリア  今月末総選挙 イラク派兵・温暖化で政策転換

2007-11-06 18:08:50 | 国際情勢

(夜明け前、干ばつが続くオーストラリアの草の消えた大地で、餌を待つ羊たち “flickr”より By Andrew C Wallace)

最近、“大連立”騒動で日本の政局が馬鹿馬鹿しいけど面白く、つい関心がそっちへ行ってしまいます。
さて、南半球オーストラリアでは今月24日が総選挙投票日です。
5期連続の政権維持を目指すハワード首相(68)率いる保守連合に対し、最大野党・労働党が優位に戦いを続けているそうです。
労働党は昨年12月に若手ホープのラッド氏(50)が党首に就任して以降、着実に支持を拡大しており、約11年半ぶりの政権交代の可能性が高まっています。

先月23日に公表された世論調査では、支持率は労働党が51%、保守連合は38%でした。
労働党は、ハワード首相の選挙区にTVの人気キャスターだった女性を“刺客”として擁立。
ハワード首相の落選の可能性も指摘されているそうです。【10月25日 毎日】

この記事は“与党に起死回生の策がない限り、政権交代は現実味を帯びそうだ。”と締めくくっていました。
その“起死回生”になるのか、殆ど影響はないのかよくわかりませんが、ラッド労働党党首にかかる“珍事件”が先月末評判になりました。

******
【10月25日 AFP】次期オーストラリア首相の呼び声高い野党・労働党のケビン・ラッド党首が“耳垢”を食べている映像が、動画投稿サイトのユーチューブに投稿された。動画は20万回以上再生される大ヒットを記録しているが、同国では大きな議論を巻き起こしている。
******

問題の動画は8年ほど前のもののようで、ラッド氏は議会で答弁を行う野党議員の後ろに座り、人さし指を自分の耳にいれ、何度かひねった後に指をくわえてかむしぐさをするところが映っています。
確かに自分の“耳垢”を食べているように見えます。
この「胸が悪くなる」映像が「どんな失策よりも(ラッド氏の)選挙戦にダメージとなる可能性がある」との指摘もあります。

米ワシントン・ポスト紙のコメンテーターは、「いつも食べているのかたまたまなのか、問題はそういったことではない。カメラに囲まれているにもかかわらずこれほど油断している人物が国家の最高職責につくことについて、国民は自問自答するべきだろう。」と指摘しています。
しかし、日本の国会中継でも、ひな壇にも議員席にも“油断している”人間が大勢いますので、これはちょっと厳しすぎる意見にも思えます。
アメリカのブッシュ大統領なんて大事なスピーチを間違えたり、油断だらけです。

もちろんオーストラリアでも「8年前に撮影されたものが選挙の1か月前に出てくるなんて」とその背景をいぶかる声をあるし、「ものすごく気持ち悪いけど、候補者の癖と誰に入れるかは別だ。」といった意見もあるそうです。

ところで、もしこのまま労働党が勝利するとオーストラリアだけにとどまらない影響もでそうです。
ラッド労働党党首は、イラクに派遣しているオーストラリア軍(1600人がイラク南部などに駐留)の撤退を来年にも進めると言明、米ブッシュ政権と共同歩調を取ってきたハワード路線からの転換を打ち出しています。
日本の小泉政権、イギリスのブレア政権に続き、ブッシュ大統領の「テロとの戦い」を支えてきた最後の“盟友”が消えることになります。

9月にオーストラリアで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)に出席したブッシュ米大統領は、ラッド党首と会談しイラク駐留継続を要請したと伝えられています。【9月6日 毎日】
日本もテロ特措法で、日米関係を損ねると日本の安全保障が根底からひっくり返るようにも議論されていますが、日本はその立場・国内事情をアメリカにきちんと説明すべきだし、それで問題が起きる関係ならその関係そのものを見直すべきでは・・・と青臭く感じてしまいます。

青臭い議論ついでに、自衛隊の海外派遣について言えば、“対米追随”は言うまでもありませんが、“国際貢献”という言葉も、“上から見る”ようなおざなりな感じがあってあまり好きではありません。
派遣の一番根底にあるべきものは、外国の仲介・支援を必要としている国々の住民の苦境に対するシンパシーだと考えます。

内乱・紛争・ジェノサイドなど、あるいはそれらの直後の混乱で無辜の人々の命が多数奪われようとするとき、状況によっては(ルワンダのジェノサイドのように、)どうしても直接的な“力”で今起きている事態を制御するしかないケースがあると考えます。
誰かが“力”で止めないといけない・・・という状況を認めるなら、やはり「自分の国はできないけど、他の国でよろしくお願いします。後方支援はしますから。」というのはいかがなものでしょうか?
日本にとって負担(制度的な整合性も含め)が重いものは、あるいは自国民の血を流したくない、他国民との争いいに巻き込まれたくないということは他国にとっても同様であって、それでは苦しんでいる人々を見殺しにするのか?ということです。

そういう場面に派遣すれば、当然に日本人の、自衛隊員の血が流れることもあります。
それは止むを得ないことと考えます。
日本人の10人、100人の血で、“同時代を生きる同じ人間である”現地の1万人、10万人の命が救われるのであれば、その血を日本人として誇りに思うべきであって、決して厭うべきではないと考えます。

もちろん、そうは言っても無原則に出ていっていいというものでもないでしょうから、例えば“話題の人”小沢さんの言うような国連を基準にした線引きというのもひとつの考えでしょうし、また別の考えがあるかもしれません。
また、憲法との整合性についても考慮する必要があるでしょう。

ですから、現実論としてすぐに“あそこへ行け、ここに行け”というものでもないでしょうが、議論の前提には“同じ人間へのシンパシー”というか、“人道”というのか、“義”というのか・・・先ずはそういうものがないと、ただアメリカとの関係、国際的なパワーゲームの中での日本のプレイの仕方・国益の追求という観点だけではむなしい議論に思えます。

アフガンにしても、イラクにしても、どれだけそういった現地の状況、困窮が論議されているのでしょうか。
日本がかかわることで現地においてどういう未来を可能にしていけるのかという議論がなされているのでしょうか。
そんなことには関心がないのであれば、派遣などする必要もないし、国民一人ひとりがそういった問題に向き合えば、「なんとかしないと」という声がでるかもしれないし、もしそういう声があれば諸現実の制約のなかでも何らかの方策が出てくるのではと思います。
そういった国民的な議論をリード、ガイダンスするのが政治やマスメディアの役割なのでは。

随分青臭い議論に話がそれてしまいましたが、オーストラリアで労働党が勝利した場合の影響の二番目は温暖化対策です。
ハワード保守党政権はアメリカと並んで京都議定書には批准せず、温暖化対策には背を向けてきました。
国土が海面上昇(だかなんだかの理由)により水没の危機に瀕しているツバルなどの南太平洋の国々には、議定書を批准しないアメリカ・オーストラリアを国際裁判所の提訴しようとの声もありました。(これは当時のツバル首相のパフォーマンスだったとのことですが。)

ところがオーストラリアはここ6年間にもわたり干ばつが続いており、ワインの生産が半減するとか、農家収入がここ10年で最低水準とか、農業関係者に自殺者が相次いでいるとか、コアラが絶滅の危機にあるとか、はては再処理水を上水にまわさないと飲料水も確保できないとか、白人入植以来、ここ2世紀では最悪の状況だそうです。

こういうニュースを読むとオーストラリア社会全体が存亡の危機にあるような感じも受けるのですが、必ずしもそういう訳でもないようですから、かなり地域差みたいなものがあるのでしょう。
それにしても、わが身にも降りかかってきた大問題であることには変わりなく、温暖化の問題が選挙の大きな争点になっているそうです。
ラッド労働党党首は京都議定書批准を公約としており、またゴア前アメリカ副大統領とも連携するなど、環境政策の転換を掲げています。

ラッド党首は中国語が堪能で、1980年代北京に外交官として滞在した経歴を持つそうです。
また、息子さんふたりも中国語を勉強しており、娘さんは中国系男性と結婚したという、親中家だとか。
胡錦濤国家主席の9月初頭の公式訪問時には、その達者な中国語で胡主席を魅了したとも言われます。【10月31日 AFP】

オーストラリアにとって、いまや中国は最大の貿易相手国であり、中国の鉱物資源需要がオーストラリアの長期的な好景気を後押ししてきたと言われています。
ハワード政権は好調な経済状況を成果として掲げていますが、その実態は大きく中国に依存したものになっています。
親中国のラッド党首の政権になればこの両国関係は更に緊密なものになることも想像されます。
その場合、中国の抱える人権問題などにどう対応するのかが問われることにもなるのですが、「オーストラリア政府は人権問題よりも経済問題を重視することで知られている」とのことで、実利優先ということなのでしょう。

また、オーストラリアは国民約2100万人の4人に1人が海外生まれという、日本からは想像できないような“移民の国”でもあります。
かつては欧米系白人以外は移民を許さない“白豪主義”で悪名が高い国でした。
(その頃を懐かしむ人もいますが。)
正面きって中国や日本からの有色人種を拒否すると国際的に差しさわりがあるので、移民申請者のヨーロッパ言語理解能力を試す資格試験を課して実質的にアジア人流入を阻んでいました。(アジア系移民を意図的に締め出すため、誰も知らないようなゲール語とかトランシルバニア語で試験がなされたりすることもあったとか。)

しかし、経済上の必要性から移民政策の制限を徐々にゆるめざるを得なくなり、特に第2次世界大戦後の経済復興と、急速な経済発展の時期には、人口の少ないオーストラリアでは、海外からの労働力を必要としました。
そこで未熟練労働者を移民として積極的に受け入れ始めました。
移民の増加、多様化に伴って差別政策も次第に撤廃され、今では中国やベトナムからのアジア系移民も多く存在するようになっています。

もっとも、移民が社会問題を引き起こしやすいことは他の国々と同様で、この10月からオーストラリアは市民権の取得を希望する人に同国の歴史や文化に関するテストを課し、国民としてふさわしいかどうかを評価する市民権テストを開始しています。問題には例えば、国歌の歌い出し部分を問う問題などもあるそうです。【10月1日 ロイター】

圧倒的な“移民の国”ですから、このような移民問題も重要な争点です。
ハワード首相は1988年に「アジア系移民の“削減”は国益にとって必須」と発言したことがあるそうで、少なくともアジア系有権者の票はラッド陣営の方にながれそうです。

“耳垢”動画の影響がどの程度なのかわかりませんが、大きな影響がなければ今月末にはオーストラリアから政権交代・政策転換のニュースが伝わりそうです。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする