BE HAPPY!

大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

狼の条件(2)

2007-02-26 17:11:54 | Angel ☆ knight
     
「この、ちびクマたん、あんたの弟か?」
「違いまーす。子供の頃のボクがドッペルゲンガー出演してるんだヨ」
「ドッぺルクマたんがカムイ役で出演している新シリーズをヨロシク!」

 刑事局長・麻上永遠子のオフィスで、エンジェルとナイトもカムイの写真を見せられていた。
「その子の行方だけがどうしてもわからないの。あの家はまるでからくり屋敷のように、あちこち隠し通路が作られていた。そのうちのどれかから逃げ出したようなんだけど」
永遠子はけだるげに髪をかき上げた。そういう仕種がぞくっとするほど色っぽい。いざとなれば色仕掛けも厭わないと噂されるだけのことはある、とナイトは思った。
「組織犯罪対策課のベーオウルフが、自腹でバウンティハンターを雇ってその子を探しているわ。メッシーナのジェミニに見つかる前に安全に保護するためだとか、対立勢力にかつぎ上げられて抗争のもとにならないようにとか、お題目は色々唱えているけれど、正直、腹の底がわからない」
エンジェルとナイトは顔を見合わせた。彼らもベーオウルフの噂は色々と聞いていた。それでなくとも、マフィアの取り締まりは持ちつ持たれつというところがある。多少の癒着は必要悪と考える捜査官は多い。ベーオウルフもそう公言してはばからない一人だった。自腹でこっそりカムイを探し出し、組織に取引を持ちかけることも考えられないではない。
「ベーオウルフより先に、カムイを見つけて保護してちょうだい。わたしは子供に弱いって言われてるようだけど、それには理由があるの。大人の勝手な都合で逆境に陥るようなことになれば、その子は必ず世の中を恨むようになるわ。そうなったら、またわたしたちの仕事が増えるでしょ」
未来の犯罪者を作り出さないようにするのも警察の仕事だというのが、永遠子の考えだった。
「あなたたちはマフィアの内情にはそれほど詳しくないでしょうから、局長権限でアクセスした組織犯罪対策課のデータをまとめておいたわ」
永遠子はデータのプリントアウトを二人に渡すと、抗争に至る経緯を簡単に説明した。
『草薙』の先代ドン・サトルは、メッシーナ財閥の令嬢アルメリーナと関係を結び、アドルという男の子を産ませた。メッシーナ家ではこれを恥じてアドルを使用人夫婦にひきとらせ、アルメリーナはその後、何食わぬ顔で一族の決めた相手と政略結婚した。
「でも、こういうことはどんなに隠しても、いつかは本人に知れるものだわ。アドルも、成長して自分の出生の秘密を知ってしまった」
彼は自分を排除したメッシーナ一族への恨みを胸に、腹違いの弟にあたるタケルを頼り『草薙』の一員になった。しかし、組織に貢献する能力を持たなかった彼は、次第に窓際へ追いやられ、ここでも不遇をかこつことになる。
「ディアナとロミオは、おそらく父親から、メッシーナと草薙双方に対する恨みつらみを聞かされて育ったんでしょうね。アドルの死後、まずはメッシーナの株を買い占めてバイオテクノロジー部門を乗っ取った。続いて草薙をも手中にすべく、今回の抗争を仕掛けたのよ」
メッシーナの直系でありながらその存在を闇に葬られ、『草薙』からも疎外されたアドルの恨みが、次の世代に連鎖したというのが、この事件の構造らしい。
「わからないのは、ファミリーの中ではほとんどカヤの外だった二人が、なぜ並み居る幹部を押しのけて組織の実権を握れたのかということよ。たしかに今は、きったはったの武闘派よりも、いわゆる経済ヤクザが幅をきかせている時代だけれど、メッシーナのバイオテクノロジー部門を手土産にしたぐらいでは、『草薙』のトップにはなれないでしょう」
「二人は何か、別の切り札を持っていた、と?」 ナイトが訊いた。
「多分。もしかしたら、ベーオウルフはカムイを駆け引きの材料にして、その切り札を取り込むつもりなのかもしれないわ」
エンジェルとナイトは再び顔を見合わせた。事は思った以上に急を要するようだ。

永遠子のオフィスを出た途端、事件発生を知らせる警電が鳴り響いた。
―第2方面区、7番ストリート、538番地で、銃撃事件発生。』
―E258号。付近を警邏中。現場に向かいます』
―RM38号。現場に向かいます』

「ウルフの住所だわ」 先に気づいたエンジェルが叫んだ。
現場に到着した警察官から、次々に情報が飛び込んでくる。組織犯罪対策課の捜査員達が「抗争だ!」と色めきたった。ナイトはそのうちの一人を捕まえて訊ねた。
「抗争というのはたしかな情報ですか? あのあたりにマフィアの人間は住んでいないはずですが」
「黒づくめの男女がマシンガンを一斉射撃して行ったんだ。間違いねえよ。『草薙』の連中がかちこみをかけたんだ」
ファミリーの人間が理由もなく一般人の住宅を襲撃するはずがない。
「エンジェルさん、行きましょう。もしかしたら、そこに行方不明の子供がいたのかもしれません」

 「おれもすっかり警察御用達になっちまったな。ナイトに続いて、あんたにもボディガードを頼まれるとは」
簡素な家具付きのレンタルルームは、ダンテが時折、週ぎめ・月ぎめで利用している部屋だ。油断なく窓から通りに目を配り、追っ手らしい人間がいないことを確かめると、彼はクライアントを振り返って頷いた。ウルフは疲れ果てた様子でソファに座り込み、カムイはその胸に顔を埋めている。ここへ来るまでずっとウルフにしがみついていたが、今は眠っているようだった。
「しかし、よくあの弾雨の中から逃げ出せたもんだな。さすが、元救助隊だ」
ダンテは感心したように言った。ニュースによると、表通りからマシンガンの斉射を受けて、ウルフの住居は蜂の巣状態だという。玄関からも二人を挟み撃ちにすべく侵入された形跡がある。
「邪魔だてしにきた奴がいたんだ。おれの獲物に手を出すなって」
ウルフは言った。
「獲物? 殺し屋か?」 おれのような、とダンテは胸の内で呟いた。
「いいや。バウンティハンターだ」 ウルフはソファに体をもたせて、ぐったりと目を閉じた。

近づいてくる黒い車は霊柩車のような不吉な気配を漂わせていた。理屈よりも先に直感が働いて、ウルフはカムイを抱いて床に転がった。直後に、耳を聾する銃声と共に窓ガラスが砕け散り、電球が割れた。壁にも床にも弾痕が走る。玄関ドアからも銃を持った男女が現れた時は、ウルフももうだめかと思った。仲間の銃弾に当たらないようものかげに隠れながら、二人は慣れた身ごなしで近づいてくる。リビングの床にはいつくばったウルフとカムイに銃口が向けられた。その時―
「おれの獲物に手を出すんじゃねえ」
声がしたと同時に、二人は呻き声を上げてくずおれた。背後からの闖入者にまるで注意を払っていなかった様子だ。視界が開いたと感じた瞬間、ウルフはカムイを抱えて脱兎のごとく駆けだした。倒れた二人の体を飛び越えざま、三人目の顔にバスタオルを投げた。
「貴様!」と叫んで、その男が顔に覆い被さったタオルをひきはがす時間があれば十分だった。ウルフは廊下の窓から裏庭へ飛び出し、そこに停めてある自分の車に飛び乗った。

「タオルを投げつける寸前、そいつの顔を見た。おれが昔いた福祉施設のファーザーだった」
「福祉施設のファーザーがバウンティハンターをやってるのか?」
ダンテはあきれ声で訊いた。
「ああ。おれん頃のファーザーが死んで代替わりしたんだ。仏教の僧侶らしいが、とんでもねえ生臭だぜ」
ウルフは先代ファーザーの葬儀に出席して、江流に会った。経は上手かったが、ウルフは香典をもっと寄こせとせびられた。
「いいのか。そんな奴にガキの養育を任せて」 ダンテが言う。
「大人なんざ、九割は反面教師さ。違うか?」
「否定はしないよ」 ダンテは苦笑混じりに頷いた。
「おまえさんが、自分の職場に駆け込まず、おれにボディガードを頼んできたのは、そのせいか?」
「ああ。メッシーナのジェミニがバウンティハンターなんか雇うはずはない。現に、組織の人間におれの家を銃撃させてる」
「おまえは誰が雇ったと考えてるんだ?」
「知らねえよ。ただ、そういうことがもっとはっきりするまでは、警察にも届けない方がいい。そんな気がするんだ。これもただのカンだがな」
「おまえさんのカンなら信用できるよ」 ダンテは言った。
「さて。あやしい奴らもいないみたいだし、買い出しに行ってくるか」
カムイがウルフのもとにいることがファミリーに知れたのは、おそらく、コンビニから子供服をデリバリーしたせいだろう。ダンテは着替えも食糧も、少し離れたところにある大型デパートで調達することにした。
ソファの上で目を閉じている二人に、彼はそっと毛布をかけてやった。

 ウルフはその夜、発作を起こした。あの家から逃げ出した時に持ち出せた物は3つだけだった。携帯電話と、デリバリーの支払をすませて尻ポケットにねじこんだ財布、そして、このところずっと手放せず服のポケットに入れていた吸入器。
ダンテが吸入器に水を入れてくれ、ウルフはそれを口にあてがった。胸を波打たせて喘いでいると、背骨のあたりに小さく柔らかな感触を覚えた。いつのまにか起き出してきたカムイが背中をさすっているのだ。
「おまえまで起こしちまったか。悪かったな」
「お薬」と、カムイはウルフの胸のペンダントを指さした。
「こいつは飲む時間が決まってるんだ。今はまだ時間じゃねえ」
カムイが背中をさする感覚は不思議に心地よかった。
「ああ、おかげで楽になった。ありがとうよ」
そう言ってカムイの頭を撫でると、カムイは花の蜜を吸う小鳥のようにウルフの胸に顔を埋めてきた。

(続く)