BE HAPPY!

大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

Counteraction(1)

2007-02-05 01:01:51 | Angel ☆ knight


 エスペラント・シティ警察バックアップセクション。捜査官が携行する銃や手錠、特殊警棒の修理と補充、警察車両のメンテナンス、特別な任務に使用されるライフルやシールド、ガスマスクなどの管理を担当する、縁の下の力持ち的な部署である。
花形的な最新鋭機を擁する救助セクションや対テロセクションにはそれぞれ整備部門が設けられているので、メカニック志望の若手は皆そちらを希望し、バックアップセクションはどちらかというと窓際的な印象があった。
ウルフはそこを新天地に選んだ。

 ウルフは救助セクションのエースだった。陸海空全てにおいて走行可能なSRFシルフィードを駆って、どんなに困難な救助活動もやってのける。超音速で目的地に飛行し、逆巻く洪水の濁流や、土石流、溶岩の流れくる現場からでも生存者を救い上げた。どんな状況でも希望を捨てるな。必ず、ウルフの乗るSRF777(トリプルセブン)が助けに来てくれる。その捨て身の救助活動を称えられると、ウルフはいつもこう言った。
「わが身一つの気楽な人生なんでね。どんなことでもやれるわけ」
彼はその名の通り、天涯孤独の一匹狼だった。愛機777が、彼の唯一のパートナーだった。777のコックピット以上に自分にしっくり馴染む場所を、彼は知らない。人機一体。それは、彼とシルフを表す言葉だった。

彼の運命を変えたのは、エスペラント・シティを襲った毒ガステロだった。メトロの全駅に毒ガスが流され、駅構内にいたものはことごとく窒息した。異変に気づいて扉を開けなかった列車内の人間はかろうじて無事だったが、運転士がガスを吸ってしまった車両が次々に衝突、脱線事故を起こし、シティの地下は地獄に変わった。
直ちに救助セクションが出動し、ウルフは防護服に身を包んで線路上の生存者の救出にあたった。
列車がぶちあたって崩れた壁で、線路上は瓦礫の山だ。いつ残った壁や天井が崩れ落ちてくるかもわからない。ウルフは一番危険な先頭に立って進んだ。
「隊長。地上からの指示です。この先は生体反応が感知できず、天井が崩落する危険も大きいので引き返せとのことです」
後方から部下が無線で連絡してきた。そこは駅と駅のちょうど中間地点で、脱線した下り線が仕切壁をぶち破り、ちょうどすれ違うところだった上り線に側面から衝突、二台が折り重なるように脱線していた。
「わかった。全員退避」
踵を返そうとした時、視野の端に何かが引っ掛かった。瓦礫の間から細い糸のようなものがのぞいている。人間の髪の毛だ。ウルフは瓦礫の山に近づくと、注意深くその上に乗り出した。細い隙間からマイクロスコープを差し入れると、その下にぽっかりあいた空間に少女が一人閉じこめられていることがわかった。下り線の窓から放り出され、仕切壁にもともと開いていた穴に瓦礫で封印されてしまったらしい。ごくわずかだが胸が上下している。生きているのだ。駅から離れていることもあって、ガスはまだこの空間内に侵入していないようだ。しかし、岩盤を外して外に出せば、この子は毒ガスにさらされてしまう。無線でガスマスクを持って来てくれと連絡しようとした時、天井が不気味な音をたててひび割れ始めた。マスクを待っている時間はない。ウルフは自分の体で少女が閉じこめられている空間を覆うようにして岩盤を取りのけると、大きく息を吸って呼吸を止め、マスクを少女に装着した。

ウルフは間一髪崩落から逃れ、少女を背負って線路上を走った。十代前半とおぼしい女の子だ。体重は軽いが、気を失ってぐったりした少女を救助ザックに背負い、呼吸をせずに走るのは、さすがにきつかった。肺が空気を求めて喘ぎ出す。口を開けられないので、無線で助けを求めることもできなかった。頭上のひび割れがびしびし音を立てながら追いかけてくる。
なかなか戻らない彼を案じて無線の声が飛び込んできた。最寄りの出口から外へ出ろ。その区間は天井が崩れ始めている。
ホームまではとても息が続きそうになかった。左右の壁に目をやって、点検用の出入口を探す。視界が一層暗くなったようだ。ブラックアウトか?
不意に、横手からライトの光が差し込んだ。
「ウルフ。こっちです。早く」
聞き覚えのある声。刑事特捜班のナイト捜査官だ。防護服に身を包み、救助活動を手伝っているようだ。壁の通路を懸命にライトで示している。その頭上の壁が剥がれ落ちようとしているのに、ウルフは気づいた。
「下がれ! 壁が落ちるぞ!」
叫んだ瞬間、死のガスが肺に吸い込まれた。

テロに使用されたのは、ガリルという毒ガスだった。肺機能を麻痺させて窒息させる作用を持つ。厄介なのは、少量でも吸い込むと、いかなる方法でも代謝されないことだ。肺に貯留して、真綿でしめるようにじわじわと冒してゆく。
「まだ臨床実験の段階だが、ガリルを中和させる薬がある」
医務局のドクター・ホーネットは言った。
「効果や安全性が保証されているわけではないし、どんな副作用があるかもわからない。実験段階なので、服用した人間には細かくデータを取らせて貰う。同意するか?」
ウルフは同意書にサインして、ロゼットというその薬を飲んだ。ラムネのような錠剤を口に含むと、気泡を発して溶け、成分が肺にしみわたる。一部は消化器官から血中にとりこまれて細胞を浄化するそうだ。
数回服用すると症状が消えたが、時間が経つと再発した。どうやら、一時的に症状を抑える効果しかないらしい。それでも、48時間ごとにロゼットを服用すれば生存し続けることができる。
そこまで判明した時点で、ウルフは退院した。10回分のロゼットが入った特殊容器をペンダントのように胸にさげて。これさえあればごく普通に生活することができるが、シルフィードのパイロット資格は失った。突然体が変調をきたす可能性がある以上、高性能機シルフィードを操縦することはできない。救助セクションからも外れねばならなかった。
「あなたは英雄です。転属にあたっては、あなたの希望を最優先します。どこでも希望のポストをおっしゃって下さい」
本部長のスターリングは言ったが、他のポストなどウルフには考えられなかった。
「今はそうでしょうね。三か月の特別休暇が出ています。その間にゆっくり考えて下さい」
本部ビルを出ると、快晴の空に三機のシルフィードが編隊飛行するのが見えた。もう二度とあれには乗れないのだ。愛機だった777号機は別のパイロットを乗せて飛ぶ。ウルフは激しい喪失感に胸を噛まれた。

 フィリップの店が開くとすぐに、ウルフはカウンターに座って酒を呷った。何も考えたくない、感じたくない。体にしっくり馴染んだシルフィードのコックピット、そこにはもう座れないこと。今はもう、生きている一瞬一瞬が苦痛でならなかった。アルコールという麻酔で頭と心を痺れさせなければ到底耐えられなかった。

フィリップは何も言わず、言われるままに酒を出した。
そんな飲み方は体に良くないとか、もうそれくらいにしておいてはどうかとか、せめて何か食べろとか、説教がましいことを言えば、ウルフは別の店に行って飲むだけだろう。それならば、こうして目の前で飲んだくれている方が安心だ。
ウルフは閉店までひたすら飲み続け、酔い潰れてカウンターに突っ伏した。

(続く)