BE HAPPY!

大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

Counteraction(4)

2007-02-08 22:47:11 | Angel ☆ knight

「これがビームサーベルよ」
「そんなにカッコつけなくても…」

 自分でも何をしているのだろうと思いながら、ウルフは対策本部が置かれている刑事局ビルを訪ねた。
入口で、彼は二人の警官に誰何された。身分証を見せると、若い方の警官は「あ、ウルフさんでしたか。失礼しました」と敬礼したが、もう一人は訝しげな表情を変えない。
「客員技官のシルフィードに会いたい。ナイト捜査官に聞いてきた」
と言うと、その警官はナイトを呼び出して確認を取った。「堕ちたイカロスが対策本部の技官に何の用なんです?」と言うのが、ウルフの耳にも届いた。堕ちたイカロスか。たしかに、今の自分はそうだろう。電話を切った彼がそっけなく「どうぞ」と言うと、シンという若い警官が先に立ってウルフを科学技術室に案内した。まだ訓練所(ヤード)を卒業したばかりの新人のようだ。
ちょうど実験が始まったところだったので、二人はドアの小窓から中を覗き込んだ。
白衣姿のシルフィードと志摩が、実験ブースのガラス壁の前に立っている。車椅子の青年がその隣でパソコンの画面に向かっていた。科学技官のアレフだ。ブースの中には鉛の円筒がセットされ、一方の端にビームサーベルが固定されていた。
ビームサーベルは、対テロセクションがまず試験導入し、その後、他の部署にも制式採用が決まった新兵器だ。柄の部分を携行し、スイッチを入れるとレーザービームの刃が出力される。防弾ガラスや強化合金を貫いて犯人に切りつけることができ、出力を最大にすれば致命傷を与えることもできる。
実験はいたって静かで、音も光も円筒の外ヘは出てこない。パソコンの画面に、輝線の波が何本も流れて行くだけだ。
「すまんが、ちょっと通して貰えるか」
背後から声をかけられて、ウルフとシンはドアの両側に身を引いた。バックアップセクションのチーフ、ジュンだ。二人はさっと敬礼し、ジュンは手がふさがっているので会釈だけを返した。右目を縫い取るように顔半分を貫いた傷跡、先端がフックになった右腕。刑事局の捜査員だった頃、整備不良の武器の暴発で負傷したという。
鉱石が標本のように並んだガラス箱とグラインダーを左腕に抱え直すと、ジュンはフックをドアノブにひっかけて開けた。
「そら、宝石屋ができるぐらい磨いてきたぜ」
志摩達にそう声をかけると、ジュンは手近なデスクにガラス箱を置いた。志摩が手袋をした手で中の一つをつまみとり、それを予備のビームサーベルにセットした。
「今度はこれでやってみて」
「これが、ビームサーベルのレーザー発振源になるんですか?」 
続いて部屋に入ったシンが、ジュンに訊いた。
「ああ。あの二人の注文通りに、磨いた、磨いた。ダイヤモンドカッターもすり減るかってほどのフル稼働だぜ。なんせ、正確に位相を正反対に合わせなきゃならないからな」
爆弾が何個あるのかわからないので、ビームサーベルも複数本用意しておかなければならない。バックアップセクションも大忙しのようだ。
「あの、でも、それだけじゃ、核融合を引き起こすレーザーは相殺できても、いったん始まった核融合反応を止めることはできないんじゃないですか?」
遠慮がちな口調ながら、シンがさらに質問する。物事をきちんとつきつめて考えるタイプのようだ、とウルフは思った。
「だから、この石じゃなきゃダメなんだよ」
見ると、ケースに並んだ石はどれもリラ・ストーンだ。この石で干渉派を出すと、相手の波動を相殺するだけでなく、周囲のエネルギーを吸収する「エネルギーのエアポケット」を作り出すという。シルフィードと志摩は、これまでの研究を通じてリラ・ストーン・レーザーのこの性質をつきとめていた。だから、『怒りの雷』がレーザー起動だとわかった時に、これなら核爆発を止められるかも知れないと言い出したのだ。
「ただ、エアポケットができる位相の範囲はごく限られてる。ビームサーベルの出力もそんなに大きくはねえから、ミクロン単位で正確に削らなきゃならねえんだよ」
と言うジュンの左手の先は、ところどころ血がにじんでいる。手袋をしていては微妙な加減がわからないので、素手で触れたのだろう。グラインダーを持ってきたのは、ここで研磨の微調整をするためのようだ。
はぁ~、と息をつくシンの肩を、ウルフは軽く叩いた。
「おれたちはもう失礼しようぜ。ここにいたって邪魔なだけだ」
そう言って踵を返した時、シルフィードが二人を呼び止めた。振り向くと、あの青い瞳が自分を見つめていた。
「ああ、すまねえな。邪魔するつもりはなかったんだが」
彼は、シルフィードが傷ついた心身に鞭打って働かされているのではないことを確かめたかったのだ。警察は何のかんのいってもマッチョな組織だ。特に、こんな大事件が起きた時は、個人の事情など徹底的に無視される。
「こんなところで言うのもなんだが、あんな目にあった後で無理することはないんだぜ。人間は案外繊細なんだ。自分でも気づかないうちにひどいダメージを受けていることがある。おれは救助隊にいたから、そういうのを色々見てるんだ」
ウルフはシルフィードの顔をじっと見て、PTSDの徴候が現れていないか確かめようとした。彼を見上げるシルフィードの瞳は、快晴の空のコバルト・ブルーだ。その目に吸い寄せられそうになって、彼はどぎまぎと視線をそらせた。
「この実験、おれには説明を聞いてもさっぱりわからねえが、間に合いそうなのか?」と、照れ隠しのように訊ねる。
「試行錯誤で不具合を修正していくしかありません。タイムリミットの1時間前までには仕上げてくれと言われているんですが」
もちろん、捜査本部は全ての爆弾を起動前に回収するつもりであろうし、仮に起動してしまったものがあっても、30分あれば、救助隊のシルフィードや対テロセクションの最新鋭マシン・ロードマスターで安全な場所に遺棄することは可能である。改造ビームサーベルが必要になるような事態にはまず至らないだろう。
「だから、捜査本部もわたしたちにはあまり期待していないみたいなんです。そんなにプレッシャーもかけられていないから、大丈夫ですよ」
と、シルフィードは笑った。
「それならいいが、とにかく無理はするなよ。自分の体の声をよく聴いて、きついと感じたらすぐ休むんだ。あんたが一人でこの街を守る義務なんてないんだからな」

階段の踊り場で、今度は志摩がウルフを呼んだ。階段を駆け下りるのももどかしげに手すりを滑ってくる。いい年をして相当なお転婆のようだ。
「そんなに慌てなくても…危ないぜ」 ウルフはようやく言った。
「わたしからもお礼を言わなくちゃとずっと思っていたの。あの子を助けてくれて、本当にありがとう」
「仕事だからな」 ウルフはそっけなく言った。
「あの列車には、彼女の親しい人間も乗っていたのか?」
ウルフはさっきシルフィードには聞けなかったことを訊ねた。彼が救出できたのはシルフィードただ一人だった。一緒に乗っていた人間は命を落としたことになる。
「彼女は一人で大学の私の研究室に向かう途中だったの。もっとも、あのテロでは大学の関係者も何人か亡くなったわ」
「あんたは、大丈夫なのか?」
「まったく平気だといえば嘘になるわね。でも、じっとしているとかえってよけいなことをぐるぐる考えてしまうから、何かしていた方がいいの。それに、やられっぱなしなんて腹が立つじゃない。何とかギャフンと言わせてやりたいわ」
「…て、テロリストをか?」 ウルフはあきれ顔になった。
「そうよ。多分、あのビームサーベルは出番がないだろうし、その方がいいんだけど、それでもできることがあるならした方がいいでしょ。でも、心配しないで。シルフに無理はさせないから」 志摩はきっぱりと言った。
「私はあの子を大切に思っている。あの子の才能じゃなくて、あの子自身を」

志摩と分かれてビルの玄関に向かう途中、シンの携帯が鳴った。彼が応答すると、「まだかかりそうなのか?」という、もう一人の警官の不機嫌そうな声が聞こえた。
「5分で戻ります」 シンは言うなり電話を切った。
「とに感じ悪ィったら。さぼってるんじゃないかって言わんばかりで」
「そう言うな。ここであんな実験をしてることを『ライオン・ハート』がかぎつけたら、襲ってこないとも限らん。しっかり見張っててやれよ」
ウルフはそう言って、シンの背中を叩いた。

 アパートメントに戻るとすぐに携帯が鳴って、シンからのメールが届いた。別れ際にアドレスを教えてくれと言われたので教えてやったのだ。

『今日は憧れのウルフさんに会えて感激でした。実を言うと、ぼくはちょっとくさっていたんです。こんな大事件が起こっているのに、自分はぺーぺーで対策本部の見張りしかさせて貰えないって。でも、ウルフさんに、組織が襲撃してくるかもしれないからしっかり見張っていろと言われて、自分もすごく重要な仕事をしているんだと気づきました。今は燃えています。ありがとうございます』

ウルフは読みながら笑ってしまった。随分久しぶりに笑ったような気がした。
シンはそれ以来、定時報告を寄越すようになった。ウルフがシルフィードのことを気にかけていたので、様子を知らせてくるのだ。ウルフはいつも「了解」とだけ返信した。
その度に、いやがおうにも時刻を意識する。タイムリミットは刻一刻と迫っていた。

(続く)