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大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

Counteraction(3)

2007-02-07 22:15:43 | Angel ☆ knight
       シティの命運を握る二人
   

  ガリル・テロから二週間後、ついに『ライオン・ハート』からエスペラント市長に要求が出された。

「世界連邦発足会議を永久に凍結せよ。72時間以内にその発表が行われなければ、われわれは『怒りの雷』をシティの頭上に落下させる」

「やはり、狙いはそれか」
対テロセクションのコマンダー・ユージィンはスクリーンに向かって呟いた。
エスペラント市長が提唱者となっている世界連邦発足会議は、今月末、その第一回をシティで開催する予定だった。そこへガリル・テロが起きたため、市長は会議の延期を発表していた。
市長室のスクリーンに流れているこのメッセージは、世界中に衛星中継されているはずだ。続くニュースの中では、「市長があんな会議を提唱しなければこんな恐ろしいテロは起きなかったのに」というガリル・テロの被害者遺族の声や、会議の永久凍結と市長のリコールを求める署名運動の様子が放送されていた。おそらく『ライオン・ハート』のメンバーが煽動しているのだろう。本来、テロリストに向けられるべき憎しみを、市長に転嫁しようとしているのだ。
「くそぅ、レーヴェのやつ。自分の持ち株会社を使って、いいように番組を編集してやがる」 ユージィンは歯噛みした。
市長はじっと目を閉じて腕組みをしており、その隣には刑事局長の麻上永遠子(アサガミ・トワコ)がこれも厳しい表情で座っていた。
『ライオン・ハート』はレーヴェという武器商人が、極端なナショナリスト、民族主義者、宗教の原理主義者に金と武器を供給して作り上げた組織である。他にも、産軍複合体の大株主や、頑迷な保守主義者がスポンサーに名を連ねている。
軍事産業で利益を得ている者にとって、世界平和は歓迎すべき事態ではない。世界連邦が実現して戦争がなくなったりすれば、途端に斜陽産業に成り下がってしまう。
もっとも、このようなことをあからさまに主張するわけにはいかないので、レーヴェは、エスペラント・シティで顕著に見られる既成概念の崩壊と、新たな行動・生活様式の生成を、「悪しきカルチャー」と弾劾して保守層の心をつかんだ。特に、一夫一妻制の夫婦や血縁で結ばれた親子という概念にとらわれない新しい家族共同体や、特定の国家に帰属することを拒否する世界市民層の出現は、頑迷な保守主義者ならずとも反発や危惧を覚えるものだろう。
国家と家庭という人類の基本単位に立ち返り、古き良き道徳と秩序を取り戻そう。レーヴェの掲げるキャッチフレーズに魅せられ、彼が死の商人(ブラック・マーチャント)であることも、『ライオン・ハート』の黒幕であることも知らぬままに、彼をエスペラント市長に推そうという動きも出始めた。レーヴェはその波に乗って政治の表舞台に躍り出るべく、革新派の現市長を一気に失墜させようと今回のテロを打ったようだ。
「72時間か」 市長が目を閉じたまま呟いた。
市長、永遠子、ユージィンの三人が囲んでいるテーブルには、小型のDVDプレイヤーのような物体の写真と設計図のコピーがのっている。刑事特捜班がハルの線を辿って組み立て場所をつきとめ、爆弾の設計図と組み立て途中の現物を一個押収してきたのだ。もちろん、組み立てに関わっていたメンバーも逮捕したが、これまた断片的な情報しか持っていないピースだった。
「爆弾の破壊力からいって、『ライオン・ハート』はこれ一個で『怒りの雷』を実行するつもりではないでしょう。おそらく、同時並行的に複数の爆弾が作製されているものと思われます。捜査本部では現在、全力をあげて爆弾の探索と回収にあたっています」 永遠子は言った。
科学技術室の分析によると、爆弾はちょうどDVDを見る時のようにポロニウム・ディスクをセットすることで起動する。時限装置はなく、起動後30分で爆発する仕組みになっている。途中で装置を開けたり、ディスクを取り出そうとすれば、センサーが働いて即時に爆発するという。
「いったん起動したら、止める方法はないのか?」 市長は訊いた。
「それについては、対策本部が爆弾をさらに分析して検討中です」
対策本部は、捜査本部とは別に、テロ被害を最小限にくいとめることを目的として立ちあげられた。刑事局の科学技術室や、バックアップセクションが主体となっているので、永遠子が対策本部長を兼任している。
「それよりも、問題は、爆弾が全部で何個使用されるのかということです」
永遠子は言った。
爆弾が起動後30分で爆発する仕組みになっていることから、『ライオン・ハート』は、回答期限の30分前にいっせいにディスクをセットするものと予想される。そこを一網打尽にすべく、捜査本部は爆弾が仕掛けられそうな場所すべてに入念な監視体制を敷いた。この72時間以内に市庁舎や議会に納品予定のOA機器は全てチェックされ、アメイジングモールのような人が大勢集まる場所にも人員が配備された。上空からは人工衛星が定期的にシティを精査している。
しかし、爆弾を何個回収しても全部の個数がわからなければ、市長は要求をのまざるをえない。未回収の爆弾が一発でも残っていれば、テロを防げなかったことになるからだ。これまでに逮捕されたメンバーの供述からは、作戦の全体像はまるで見えてこない。
部下を部品か歯車のように扱い、自分以外の人間には決して全容を明かさないレーヴェのピース方式が、これまでのところは功を奏していた。

 ウルフはその夜もカウンターのいつもの席で酒をあおっていた。
「お嬢ちゃん、いいじゃねえか、おれたちにつきあえよ。いくら待っても彼氏は来そうにないぜ」
後方のテーブルから、下卑た声が聞こえた。フィリップの店はマナーのいい客が多いが、時には困った連中も入ってくる。
からまれているのは、まだ十代のように見える娘だ。あどけない顔と清楚な服装が場違いで人目を引く。
「勘定。おれとあの子の分だ」
ウルフは数枚の札を無造作にフィリップの方へ押しやると、席を立った。娘を取り囲んだ男達を押しのけ、
「悪いな。この子はおれの連れなんだ」
と彼女の手を取り、店の外へ連れ出した。大きく見開かれた娘の瞳のあまりの青さに胸を衝かれる。光の加減で、快晴の空の色にも群青の海のようにも見える。どちらも、シルフィードを駆って自在に疾駆した場所だ。
通りに目を遣ってタクシーを探しながら、
「誰と待ち合わせてるのかしらんが、今日はもう帰りな。何なら、マスターに伝言を頼んでやろうか?」と言うと、娘は意外にも、
「違うんです、ウルフさん」と呼びかけてきた。
「わたしはあなたに会いに来たんです。助けて頂いたお礼を言いたくて。病院へも一度行ったんですが、面会謝絶で合わせて貰えませんでした」
今度はウルフが目を見張る番だった。メトロの瓦礫の下から彼が救い出したあの娘なのか。そういえば、ロゼットを飲んで症状がおさまるまで、一時面会謝絶になっていた時があった。看護師が、女の見舞客から花束を預かったと持ってきたが、心当たりがないのでそのまま忘れてしまった。
「そうかい。そりゃ、わざわざありがとうよ」
ちょうどタクシーが来たので、ウルフはまだ何か言いたげな彼女を後部座席に押し込んだ。
「この子のいう住所まで。料金はこのクレジットにつけてくれ」
運転手はウルフのクレジットカードをスロットに通すと、また返して寄越した。
「気をつけて帰りな。未成年がこんなとこうろつくもんじゃないぜ」
タクシーが走り去ると、いつのまにかナイトがすぐ後ろに立っていた。彼がフィリップの店で食事をしていたことは知っている。互いに声をかけるでもなく、離れた席に座っていた。
「彼女は未成年じゃありませんよ。もう二十歳になっています」
「二十歳ィ?」 ウルフは思わず声を上げた。セーラーカラーのワンピースという服装のせいもあって、ローティーンのように見えていた。
「て、あの子、あんたの知り合いなのか?」
「知っています。彼女の名はシルフィード。現在、『ライオン・ハート』事件対策本部の客員技官として、彼らの次の作戦阻止に協力して貰っています」
「シル…フィード?」 
その名前の運命的な響きに、ウルフは目眩を覚えた。海のような空のような瞳が脳裏に甦る。
「彼女は、12歳で薬学、化学、物理学、工学の博士号を取得した天才です。現在、エスペラント大学の志摩(シマ)教授と共に、大気中の二酸化炭素を分解してオゾンを生成する研究をしているんですが、この研究には色々興味深い副産物がありましてね。それをうまく使えば核爆弾を無効化したり、ガリルのようなたちの悪い毒ガスを中和することができるかもしれないんですよ」
「ちょっと待てよ」ウルフの声が尖った。「彼女はこの間のメトロのテロで死にかけたんだぞ。なのに、もうそんな仕事に駆り出してるのか?」
「弁解させて貰えるなら、彼女の方から言い出してくれたんですよ。メトロの地下に貯留したガリルを中和できるかもしれないと」 ナイトは言った。「もちろん、メディカル・チェックは行いました」
「精神面はどうなんだ? PTSDなんかは大丈夫なのか?」
「事件後、悪夢に悩まされたり、閉所恐怖症気味になったりはしているようです。それについては、医務局の心療スタッフがカウンセリングや薬の処方を行っています」
「危機一髪ガリルから生還したばかりのあの子に、またガリルをいじらせるのか」
「われわれが、今お二人にお願いしているのは、『怒りの雷』を無効化する装置の作製です」
「何だってェ?」 ナイトの言葉に、ウルフはまた頓狂な声を上げた。
「『怒りの雷』は、小型のDVDプレイヤーのような核爆弾でした。放射能は出ないタイプですが、水爆ですから破壊力はあります。ひとたび起動してしまうと、通常爆発物処理班が行うような方法で解体することはできません。しかし、シルフさんと志摩教授は、われわれが押収した設計図と実物を見て、これなら爆発を止めることができるかもしれないというんです」
爆弾は、内蔵のレーザー発生装置で核融合反応を引き起こす仕組みだという。その起動レーザーに干渉して相殺するような位相のビームを当てれば爆発を止めることが可能だと二人は言う。
「最近警察に導入されたビームサーベルがあるでしょう。あれのレーザー発振源を変えて位相をカウンターに合わせれば…」
「もっと、おれにわかるように説明しろ」
「無理ですよ。わたしにもわからないんですから」
「あのお子ちゃまがね」 ウルフは頭を振った。
「ここに来ればおれに会えると彼女に教えたのは、あんたか?」
「いいえ。わたしも、彼女が入って来た時には驚きました。でも、あなたが毎晩フィリップの店で飲んでいることは、けっこう噂になっていますから」
はっと息を吐いて、ウルフはナイトに背を向けた。
「何だかしらけちまったから、今日はもう帰るよ。あんたも迎えに来なくていいからな」
そう言ってナイトに手を上げると、ウルフは足早に歩き出した。

(続く)