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大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

Counteraction(5)

2007-02-13 17:23:18 | Angel ☆ knight
     
       「おねえさんに全部話してごらんなさぁい

 少し間があいたので、前回までのあらすじを
『ライオン・ハート』の毒ガステロに襲われたエスペラント・シティ。組織は、市長に「世界連邦発足会議」の永久凍結を要求。さもなくば、次なるテロ『怒りの雷』を決行するという。
組織のメンバー・ハルを逮捕したエンジェルとナイトは、『怒りの雷』が小型の核爆弾であることをつきとめる。爆弾は複数個あると推察されるが、正確な個数は不明。タイムリミットが近づく中、捜査本部は必死の探索を行い、対策本部は『怒りの雷』を無効化する改造ビームサーベルを突貫工事で作製する…


母親が取調室に現れても、ハルはさほど驚かなかった。警察に呼ばれて身柄を引き受けに来たのだろう。ガキの頃、万引きで捕まった時もそうだった。あの時はこっぴどく叱られた。二度と盗みにも薬にも手を出す気がなくなったほどだ。
母親とは16歳の時に別れたきりだった。もっと仕事に専念したいので別々に暮らそうと言われたのだ。生活費は出してくれるというので、ハルは二つ返事で応じた。時々メールで金の無心をすることが、母親との唯一のつながりになった。
母親は高収入を得ているらしく、いつもハルの言うがままの金額を振り込んできた。彼女は有能なキャリア女性なのだ。シングルでハルを育てたのは、彼の生物学上の父親が人生のパートナーにふさわしくなかったからだと言っていた。「あんたはあの人にそっくりね」というのが、母親の口癖だった。
数年ぶりに顔を合わせた母親は、夜叉のような形相をしていた。顔は涙でべとべとで、手にはくしゃくしゃになった一枚の紙を握りしめている。ハルが一番最近彼女に送ったメールをプリントアウトしたものだ。
「あんたのせいで、あたしのキャリアはおしまいよ。このろくでなし」
母親は言うなり、ハルの頬を張った。
「対テロセクションの捜査官の息子が『ライオン・ハート』のメンバーだなんて、笑い話にもなりゃしない。このメールを見た時、よっぽどあんたを殺しに行こうかと思った。あんたも、このメールも葬ってやろうと思った!」
ハルはこの瞬間まで、母親が対テロセクションのオペレーションセンターに勤務していることを知らなかった。ハルを捕まえたナイトという捜査官が、母親を制してなだめた。
「落ち着いて下さい。あなたはご立派だった。私情に流されずに、息子さんのことを捜査本部に知らせて下さった。おかげで、われわれは、『怒りの雷』の正体をつきとめることができました」
彼は泣きじゃくる母親を抱きかかえると、その背を撫でながら、部屋の外へ連れ出した。ハルは二人の後ろ姿を呆然と見送った。

母親との短い面談は、ハルの心を激しくかきみだした。
―ろくでなし! あんたを殺してやろうかと思った。
なぜだ。なぜあんな罵声を浴びせられなければならないのだ。
あの女はいつもおれをうすのろと馬鹿にしていた。おれが生物学上の父親―平凡で鈍重で、人生のパートナーにはとても選べなかった男にそっくりだと、見下し続けた。おれが素晴らしい組織から優秀な人材と認められ、崇高な使命を任されたことを知っても、あの女は自分の不明を恥じる気配すらなかった。どこまでも頑なで、狭量で、高慢な女。
それなのに、あのナイトという男はあの女を立派だと言いやがった。あの女のおかげで『怒りの雷』の正体がつかめたと。そんな馬鹿なことがあるか。『怒りの雷』が何かなんて、このおれでさえ知らないのに。任務の具体的な内容だって、メールには何一つ書いていない。
おれはただ、自分がかくも高い評価を受けたことをあいつに思い知らせてやろうとしただけだ。おれは混乱した世界に正しい秩序を取り戻すための栄光のピースに選ばれた。おまえなんかより、はるかに素晴らしい仕事を任されたんだ。自分がいかに人を見る目がなかったか思い知れ。そして、恥じ入るがいい、愚かな女よ。おまえがまだ嘆きの吐息を浴びていないなら、怒りの雷に恐れおののくがいい。
このメールから『怒りの雷』の正体がわかっただと? ふざけるな。ナイトもあの女の同類だ。おれを不当に貶め、悪いことは全ておれにおっかぶせようとする。
「ナイトに会わせろ」
翌朝、取調室に入るなり、ハルは怒鳴った。昨夜は腹の中が煮えくりかえって眠れなかった。もうたくさんだ。直接問い質してやる。
「ナイトと話させろ。あいつを呼んでこい」
喚き続けていると、ナイトと一緒に自分を逮捕したエンジェルという女がやってきた。
「ナイトは今、手が放せないの。わたしで良かったら話を聞くわ」
そうだ、こいつでもいい。こいつでもわかるはずだ。
「おまえらは、なぜおれに目をつけた」 ハルはエンジェルをにらみ据えて訊いた。
「あなた、お母様にメールを送ったでしょう? その中に『嘆きの吐息』とか『怒りの雷』という言葉があったので、あなたが『ライオン・ハート』のメンバーであることが推測できた。だとすれば、タイミング的にいって、あなたが組織に任せられた任務は、『怒りの雷』に関わっている可能性がきわめて高いわね。それで、わたしたちはあなたを監視下においたの。あなた宛の郵便物も令状を取って開封させて貰ったわ。その中に、CDの予約票とコインロッカーの鍵が入った赤い封筒があった」
聞いているうちに、ハルは膝がガクガクしてきた。張り込みや尾行を受けていたことも知らず、彼はのこのことアメイジングモールに向かった。その報告を受けたエンジェルとナイトが、ミュージックショップで彼を待ち伏せていたのだ。そして、CDケースの中身を調べ、コインロッカーにそれを取りに来たピースを追跡して、『怒りの雷』をつきとめたという。
では、やはり、おれのメールが原因だったのか。自分のヘマで崇高な使命が瓦解したのか。おれはやはり、何をやってもダメな奴なのか。
「自分のことをそんな風に思っているから、つけこまれるのよ」
どうやらいつのまにか思いを声に出して呟いていたらしく、エンジェルが言った。
「もっとも、自己評価の高低は周りにどういう人がいたかに大きく影響されるから、本人を責めるのは酷なんだけどね。あなたのお母様はどうやら自分と同じタイプの人間しか評価できない人みたいだし、調書を読んだ限りでは、学校の先生や友達の中にも、あなたの長所を見出してくれた人はいなかったみたいね」
「その通りだ」 ハルは勢い込んで言った。
「組織に入るまで、おれは何をやっても誉められたことがなかった。たとえば、人に何かをやれと命じられたら、おれは言われたことをその通りにやる。すると、『こいつは言われたことしかしない奴だ』とか『もっと頭を働かせて色々工夫しろ』とかいってけなされる。でも、組織は違った。おれのことを素直で忠実だと評価してくれた。おれより気の利く奴や、頭の回転の速さをウリにしてる奴らの方が、勝手なことをすると叱られていた」
ハルたち新人の教育係だったキール班長は、いつもマニュファクチュールの高級時計を持っていた。裏蓋がスケルトンになっていて、精巧なムーブメントを覗き見ることができる。
―この部品のたった一つでも自分の考えで勝手に動き出したら、時計は正確な時を刻めなくなる。それぞれの部品が己を消して歯車の一つに徹しているからこそ、全体が見事に機能を果たせるんだ。
「おれは理想の部品だと言われた。組織に入って間もないのに、『怒りの雷』のピースに選ばれた。こんなことは生まれて初めてだった。このおれが、大勢の中から栄光の任務に抜擢されるなんて」
「『怒りの雷』というのは、少数精鋭だけに任された任務だったの?」
「そうだ」 
ハルは椅子の上で胸を張った。キールでさえ、今回のピースには組み込まれなかった。彼はイプシロンというコードネームの男が束ねる「赤の系統」に組み入れられた。予約票と鍵が入った封筒が赤だったのはそのためだ。
―赤いメッセージが届いたら、速やかに動け。
イプシロンの部屋にただ一人呼び出され、ハルはそう指示を受けた。その時彼が掲げ持っていたプリズムに分散された美しい光を思い出す。自分はこの赤い光の粒子になるのだ。
この記憶は、ハルをわずかながら元気づかせた。そうだ、まだすべてが終わったわけではない。赤い光はさえぎられてしまったが、まだ何本もの光の線が、怒りの雷となってこの都市を直撃すべく進んでいる。そうとも知らず、勝手にいい気になっているがいい、ナイト。

「プリズム?」 ナイトはエンジェルに言った。
「ええ。話している途中で、何かを思い浮かべるような表情になって、ニヤニヤ笑い出したの。それで、何を考えているのか聞き出したら…」
「リーダーが任務の説明をする際に、プリズムを見せたと言ったんですね。そして、彼は『赤の系統』だった」
要求がつきつけられてからこれまでの間に、対テロセクションは二つの組み立て場所を特定し、メンバーと完成前の爆弾を確保していた。
「彼らはそれぞれ、『青の系統』『紫の系統』と称しています。どちらも可視光のスペクトルに含まれる色ですね」
「一つの系統ごとに一つの爆弾。そして、系統は七つあるってこと?」
「爆弾の破壊力と作製プロセスの双方から見て、7個というのは妥当な個数でしょうね。任務の説明を受けた時の状況を、他のメンバーからも詳しく聞いてみましょう。ハルと同じように、何か手がかりになるものを示されているかもしれない」
「厄介なのは、それが罠かもしれないことね」 エンジェルは言った。
「メンバーに任務を説明する際にリーダーがプリズムを見せる。そのうちの誰かが捕まってそのことを話せば、わたしたちは爆弾が7個だと思い込む」
「その可能性は視野に入れておかなければなりませんが」 ナイトは言った。
「ただ、『ライオン・ハート』ではメンバーを教育する時に物を示すことが多いようですね。ハルの直属の班長は時計を見せていたようですが、青や紫のメンバーも似たようなことを言っています。オートバイやら、カメラやら、リーダーが愛用している精密機械を引き合いに出していたようです」
「ということは、プリズムもその習慣が出たのかもしれない?」
「全員がプリズムを見せられたのなら少々わざとらしいですが、とにかく、もう一度彼らに話を聞いてみましょう」

「エンジェルさん、わかりましたよ。青の系統のメンバーは、カレンダーの写真に写っていた虹を、紫の系統のメンバーは7色キューブという立体パズルを示されたそうです」
「どれも違う物だけど、色は7色ね」
とりあえず、爆弾は7個だと考えて良さそうだ。既に、赤、青、紫の3個は捜査本部の手中にある。残りは4個。
市長、ユージィン、永遠子は緊急ミーティングを開き、7個の爆弾が回収されて、その系統が光のスペクトラムに一致することが判明した時点で、要求をはねつけることを決定した。
タイムリミットまであと24時間である。

(続く)