BE HAPPY!

大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

Counteraction(2)

2007-02-06 18:15:56 | Angel ☆ knight

「なぜ、カップルのふりして尾行や張り込みをする時は、必ずあなたとわたしなんでしょうね」
「さあ。エルシードじゃ目立ちすぎるからじゃない?」

 ガリル・テロを決行したのは『ライオン・ハート』と名乗るグループだった。彼らは犯行直後に次のような声明を発表した。

「怠惰と自由と利己主義の街に神の警告を伝える。まずはこの街の腐った地下茎を浄化する。国家というルーツに背を向け、家族の絆を断ち切って地下道を彷徨する根無し草ども、メトロが運ぶ自堕落、無責任、自己中心的な人間共は、神の嘆きの吐息を浴びて倒れ伏した。行いを清め、姿勢を改めよ、悪しきカルチャーの発信者たち。さもなくば、次は怒りの雷(いかずち)が愚か者の頭上に落ちるだろう」

抽象的な文章だが、『ライオン・ハート』はいつも、テロ被害の甚大さ、悲惨さが人々の胸に浸透した頃合いを見はからって、具体的な要求をつきつけてくる。
対テロセクションと刑事局は合同で『ライオン・ハート』のアジトを摘発し、メンバーを検挙していった。声明文に予告された次のテロ行為、「怒りの雷」の内容をつきとめ、それを未然に阻止すべく、不眠不休の捜査活動が始まった。

最終の捜査会議が終わるのは、毎日午前3時。それから夜明けまでのわずかの仮眠が、捜査員達のつかのまの休息だった。
ナイトは会議が終わると、いつものようにフィリップの店に車を走らせた。ちょうど閉店時間になる店のカウンターには、酔いつぶれたウルフが突っ伏していた。救助隊を除隊になったウルフが毎夜この店で飲んだくれているという噂は、すぐにナイトの耳にも届いた。ウルフは有名人なのだ。
「さあ、帰りましょう、ウルフ」
ナイトはウルフの腕を自分の肩に回して立ち上がらせた。フィリップも手伝って、彼を車に乗せる。
アパートメントにウルフを送り届けると、ひどい二日酔いで目覚めるであろう彼のために、ナイトはベッドサイドのテーブルにミネラルウォーターとフレッシュジュース、ペースト状の健康食品を並べて、部屋を出た。ウルフの部屋の鍵はホテルと同じオートロックになっていて、ドアを閉めると自動的にロックされる。ナイトは疲れた体をひきずって捜査本部の自分の寝場所に戻った。

 アメイジングモールはどうしても好きになれない、とハルは来る度に思う。店はどれも大型店でどこに何があるかわからないし、何より人が多すぎる。ハルは人混みの中に来るといつも頭痛がした。
だが、今日はそんなことは言っていられない。自分は選ばれたピースなのだ。
ミュージックショップに入ると、視聴コーナーでアベックが互いの腰に手を回して新譜を聴いていた。いい年していちゃいちゃしやがって。ハルは鼻に皺を寄せて1番カウンターへ行き、店員に予約票を差し出した。
店員は背後の棚の鍵を開けてクラッシックのCDを出し、ハルに手渡した。この男もピースなのだろうか? ハルは声をかけたい衝動にかられたが、もちろん、そんなことは禁じられている。
ハルはCDをカバンに入れると、晴れがましい気持ちで店を出た。
1階ロビーへ降りたところで、一組の男女が両脇に並びかけてきた。さっき視聴コーナーでCDを聴いていたカップルだ。男の方が身分証を示す。ナイト捜査官だって? 走り出そうとするより早く、ナイトに腕をとられた。
「すみませんが、さきほど4階で購入されたCDを見せて頂けませんか?」
ハルは喉がからからになった。そんなことはありえない。警察にマークされるなんて。組織では、作戦を細かい断片に分解して、それぞれをピースと呼ばれる構成員に担当させる。一つ一つの行為は些末で犯罪性もないため、捜査の対象になどならないはずだ。
「何だよ。CD買ったのが悪いことなのかよ」
「それがごく普通のCDなら、何も問題はありません」 ナイトは穏やかに言った。
「それを確かめるために、中身を点検させて頂きたいのです」
「これは…自分用じゃないんだ。だから、開けられない」
ハルは精一杯頭を働かせて言った。CDを包装している透明フィルムはけっしてはがさないよう指示されていた。しかし、ナイトは落ち着いたものだ。
「署まで来て頂ければ、フィルムを切り開いて、また元通りに接着できる用具があります。どうかご協力下さい」
やりとりの間にも、ハルの体は両脇を固められてどんどん警察署の方向に進んでいった。

ハルの持っていたCDケースには、ポロニウムでできた薄い円盤が入っていた。
ポロニウムは、核爆弾の起爆装置に使用される貴金属である。
「てことは、『怒りの雷』は核爆弾なの?」 エンジェルはナイトに訊いた。
「おそらく、スーツケースに入れて運べるような小型のものでしょう。このタイプは薄型軽量で放射能も出ませんが、1キロ四方を吹き飛ばす威力があるので、近距離に接近するのが難しい要人の暗殺に使われることがあります」
「1キロ四方…ということは、都市を破壊するには十分じゃないわね。爆弾は複数なのかしら」
ハルにCDを渡した店員も『ライオン・ハート』のメンバーだった。ハルとほぼ同時に逮捕され、ミュージックショップと自宅が家宅捜索されたが、成果はあがらななかった。『ライオン・ハート』のメンバーは「ピース」と呼ばれ、その名の通り、ジグソーパズルの一片のような断片的な任務しか担当していなかった。店員は予約票を持ってきたピース(ハル)にCDを渡すだけ、ハルはCDを受け取って、それを駅のコインロッカーに入れるだけ。それ以外のことは一切知らされていない。
エンジェルとナイトは、ハルが受け取ったCDケースを、彼の持っていた鍵のコインロッカーに入れると、またしてもカップルのふりをして、それを取りに来る人間を待った。エンジェルは手早く髪をまとめ直して、ミュージックショップにいた時とはまるで違う髪型になっている。
「次のピースは爆弾を組み立てている場所まで案内してくれるかしら」
「そう期待したいですね。向こうだって、あまり中継が多いと手違いが起こりやすくなる。せめて起爆装置だけでも次の所で押さえたいですね」
そう言って、ナイトは珍しく人前でため息をついた。この「ピース方式」のせいで、何人メンバーを逮捕しても、捜査は遅々として進展しない。
「どこかで、少し休んでいらっしゃいよ。別に待ちぼうけくわされてる女って設定でもいいんだから」 エンジェルは目の下を黒ずませているナイトに言った。
「今日もまた捜査会議の後でウルフを迎えに行くんでしょう? 体がもたないわよ」
「エンジェルさんだって、疲れているのは同じじゃないですか」
ナイトは微笑んだ。途端に下まぶたがぴくぴく痙攣する。たしかに、疲労が溜まっているようだ。
「ウルフに負い目を感じているの?」 エンジェルが訊く。
あの時、自分が一瞬早く壁の崩落に気づいていたら、ウルフはあのガスを吸わずにすんだかもしれない。そのことを一度も考えなかったといえば嘘になる。だが―
「そんなものを感じたら、あの人は怒りますよ」 ナイトは言った。
「おれがせっかく助けたのに、つまらないことで苦しんでるんじゃないって」
「何だか、ウルフがそう言う声が聞こえるようだわ」
エンジェルも笑った。
「フィリップの店に迎えに行くのは、わたしの勝手なお節介です。あの人があまりに痛々しくて、どうにも放っておけないんですよ」
「ナイト」
まるでキスをするように彼に寄り添って、エンジェルは囁いた。
「あのサラリーマン風の男、あのロッカーをあけるつもりみたいよ」

(続く)