さて、私は、古い玄関を6メートルぐらい離れた場所で内側から見ると、すぐさま新しい玄関へ走っていって、ドアを開け、そのお客を呼び込みました。二つの玄関は外で計れば、4メールトル、13.5尺離れています。そこを歩いてくる彼に合わせ、大急ぎで二階にいる主人を呼びました。
上から降りてきた主人と、外から入ってきた外人は、新しい玄関で鉢合わせをしました。そのとき、外人は、『あれ、』という顔をしませんでした。つまり、一人で待っていてねと、頼んでいたのに、その願いを聞いていない私に対して、普通だったら、『約束破ったでしょう。どうして?』という不満の声が上がるはずなのに、・・・・・何も言わないし、顔にも出しません。で、私は、彼は、事前にすべてを知っていて、納得の上で来ているんだと、さらに確信を重ねました。
となると、私と彼とは、これからさき、虚々実々の駆け引きの応酬となり、どちらがどれだけ、狸となり得るかの勝負です。居間に彼が座ると、顔の間は、1メートルも離れていません。初めて正対してみると、年齢は思ったより上であり、40歳代だと思われました。
大根の葉と油揚げのおしょうゆ煮など、試食してくれましたよ。
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ところで、ちょっと席をはずした主人が、私の絵や版画を持ってきてくれました。そのとき、何と彼が人がよいのだろうと、内心で考えました。その時点までで、15分以上会話を交わしていましたが、外人が、絵や版画に対して何の関心も持っていない人であることが、私にはわかりました。私の版画は、初めてみた人は、『あっ』と言う人が多いのです。それを見せただけで、ニューヨークの美大の大学院へ入学許可が出たほどです。
それが、毛一筋も動かさないのですから、この外人は美術には何の関心も無い人です。私の二番目の予測どおり、銀座の画廊ビルで、であったのは、単に誰かから、教唆をされていて、そこで待ち伏せしていたに過ぎないと、それもまた、納得のいくところでした。でも、日本語で、主人に『無駄よ。何をしても、この人はやはりCIAで、画商ではなかった」というわけにも行きません。外人を前に、日本人が、日本語で話し合うのは、タブーです。だから、私は主人を気の毒に思うものの、そのままに、その親切を捨て置きました。
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狐と狸同士として、神経を使い切った対応しながらも、頭はまたぶっ飛んで、ほかの事を考えていました。それは、『私たちはなんと、似たもの夫婦になってしまっているか』ということです。
さきほど、主人の人の良さを述べました。私が事前に話した二つの、予想のうちの善意にあふれている、『画商かもしれない』というほうを優先して、次から次へと私の作品を持ってきて披露をしてくれている主人の善人ぶりに、内心で深く感動していました。
だけど、ある意味で言えば、私の方こそ、善人なのです。その外人のことを、『きっと、画商でしょうね。CIAだとしても、絵を描かせるためにやってくるのよ。そういう形で、私が自分の考えを発表できなくするのが目的でしょう』などと、考えるなど、なんて甘かったかと感じます。まるで馬鹿ですが、でも、善意の方向で考えていることは確かです。
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その私の内心の思いから離れて、目の前の外人へ戻りましょう。
彼は上手に箸を使って、あげびたしを食べてくれたのですが、やはりなお、名前も明かさなければ、メルアドも明かしません。私は、メルアドだけはせまって書いてもらったのですが、もちろん深追いをするつもりも無いので、それを使っていません。
でもね。先ほどから、黒いウールのコートを脱がないのが不思議でした。ふと、胸に秘めたるピストルが入っているのではないかと感じました。それで、どうして、「お脱ぎに成らないの」と問い合わせましたが、ここらあたり、彼はすぐ私の本心をわかって、「辞去したい」といい始めました。私は、引き止めませんでした。
彼が、苦しい(自分が見破られてしまっていて、ただ、CIAではなかったという弁明に役立つ証拠を残すために、来てくれていた)状況を我慢して、いるのを察知していましたから、それ以上の深追いをする気持ちも無かったのです。
被害を食い止められれば、それでよし、です。
私は今、67歳です。大満足の人生でもないですが、それでも、夫婦として、二人が生きていくにあたって、これほど、主人の存在をありがたく思った日もありませんでしたので、それだけでも、収穫となりました。災いを転じて、福となすの典型でした。
よく、『どうして、絵を描かないの?』と、問い合わせを受けますが、家族として、二人と一匹がひとつの単位として暮らしている場合、その内部が有機的に、楽しく生き生きと運営して行かれるようにするのは、構成員の義務です。
私は・・・・・今の生活で、当分、よし・・・・・と納得をした次第です。
では、長い文章と成ってしまった、ことをひとまずお詫びして、このエピソードも、ここで、終わります。
前報で、チラッと述べた・・・・・井上ひさし氏、および、伊藤玄二郎氏が、CIAの日本における、第二位または第三位クラスのエージェントである・・・・・という話と、その傍証については、また、天が、私の体内へ文章をおろして下さった時に、書きましょう。それが、いつのことになるかはまったく今の所、不明ですが・・・・・
では、2009年1月21日 雨宮舜
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