銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

野見山暁治氏と、山口みつ子さんの死・・・前篇・・・△

2011-08-19 14:45:03 | Weblog
 皆様、今は22日になりました。メモだけなら、14日ごろ書いているものが、延々と、一週間かかっています。

 出、副題三のところまで、推敲ができておりますので、独立をさせます。その続きは今鋭意書いていますが、全部一緒にすると、2万時を超えて、新しい制限にも引っかかりそうなので、これを独立させます。

 副題4以降は、推敲がすみ次第、公開させていただきます。

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 私は大変、今厳しい状況の中で、難しい文章を書き続けています。何が難しいって言ったって、一時期親しかった人たちが敵に利用されて寝返ったことを書かないといけないことほど、つらいことはないからです。

副題1、『山口千里さんの人生と、子育てのこと』
副題2、『野見山さんが、山口みつ子さんに命令した(?)こと』
副題3、『小沢一郎、20日に出現する?。細野大臣は福島県知事と会ったが?』
副題4、『山寺重子展が、ニッチギャラリーであることの不思議』

副題5、『山口みつ子さんは、他殺か自殺か?』
副題6、『山口みつ子さんの、カナシミに満ちた目を忘れられない私』

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副題1、『山口千里さんの人生と、子育てのこと』

 その筆頭としては、野見山さんの秘書をしている山口千里(せんり)さんを、あげないといけません。千里さんが、秘書になれたのは、私と親しかったから、そして、私に、野見山さんの、大ファンであると電話口で言ったからだと、私は感じています。
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 ここで、挿入として、なぜ、山口千里さんと、私が親しい(または、親しかった)かを述べないといけません。千里さんは聖心女子大出身です。私は、国際キリスト教大学の出身です。これは、国画会内部では、ごみみたいな立場です。あそこは、芸大が、絶対的な力を持って、大派閥を形成していて、他の大学の出身者は、苦しい立場ですが、それでも、反芸大で、結束するとか、いろいろ、生きる手法があるわけですが、千里さんの立場を難しくしていたのが、彼女が、芸大派閥だとみなされていたことなのです。芸大派閥に入っていても、結局は芸大出身者が優遇されるので、千里さんは割を食って不利になっていると見えました。

 そのことに、深い同情をしてあげていました。これはね。私が嫉妬心がないタイプで、しかも、広い心を持っている類の人間だからです。彼女は上品で、知的な美貌を持っている人で、目上の女性からは、嫉妬心を抱かれて、サポートを得られないであろうと言うのも見え見えでしたし。

 私の方は、1993年、つまり、今から20年は前から、『こう言う世界は合わないなあ』と思いながら、内部へ入ってしまうと出られない趣があって、それなりに、苦しんでいましたが、出世など軽くあきらめたので、誰のことに対しても、冷静に公平に見る事ができるので、黙って耐えている千里さんを気の毒に思っていたのです。

 私はストレスを、もっぱら歌うことで晴らしていました。何百人も出席している大パーティで、一人で、舞台で歌わしてもらっていましたよ。度胸付けのために。それが目的で、国画会へ、出品していたとも、いえます。『人間としての、訓練にはなるなあ。その総費用は、作品の搬出入他を全部勘案すれば、年間10万円にはなるけれど、まあ、それで、いいわ』といったところでした。

 と、言うわけで、私側の同情から始まった、縁ですが、それなりの、交流はあったのです。
 で、この挿入から元へ戻ります。
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 私を弾圧しようとしている(最終的には、心理的に追い詰めて、自殺させようとしている)、敵方は、私の住所録を盗んだり、そのほか、電話を盗聴したり、メールをハッキングしたりして、私がどういう人と交流しているかを調べ上げています。

 そして、今回の山田啓貴さんもそうですが、親しいと見える人は、徹底的に引き剥がしていきます。その手法は、その知人の方に、ご褒美をあげます。文章を書く人だったら、企画出版を持ちかけます。

 絵を描く人だったら、良い画廊での、グループ展、時には個展、を、提案したり、時には新聞社や、美術館主催のコンクールの大賞を与えたりします。そして、その余波で、私の悪口を言えば、完璧に、私からその人を引き剥がすことができます。たとえば、懇親会などで、ちらっと、与える側(これは、たいていの場合は大権威です)が、「川崎千恵子には困っている」とでも言えば、即座に友情を壊す事ができます。チラッと、暗喩的に言うだけでも効果があります。

 その引き剥がされた方が、きつい性格だったら、もろの敵と変化していきます。深い断絶が起こります。が、優しい性格の人だったら、敵はそれなりに、利用法を変えます。できるだけ、接触を長引かせて、友達とさせ続けておいて、なぶり殺しをするのに、役立てます。友達の方に、いいことを、永続的に与え続け、じわじわと、影響力が及ぶようにさせます。腐れ縁としての苦しみを与えられ続けます。

 千里さんは、結構なレベルで、性格がきついので、今では、100%の断絶状態です。そして、後ほど出てくる小林ひさ子さんは、後者です。ひさ子さんの方は性格が非常にやわらかいので、裏で何を聞いても正面切っていじめてくることはありません。しかし、それが、じわじわと、真綿で首を絞めるような攻撃に利用をされてしまっているのですが、それは後で語ります。特に西村富弥さんのニッチギャラリーに導入した人が、小林ひさ子さんだから、大変に重要な人物ですが、ここは千里さんに集中をしましょう。

 千里さんは、奥様であり、お子様もいて、申し分のない環境の中で絵を描いていて三越で個展ができるレベルまで到達しています。その上、50を過ぎてから、新たに社会的にも目立つ職業・・・・・・野見山さんの秘書にまでたっしました。
 野見山さんは、エッセイの中で、千里(せんり)が千里が、と書いておられますので、その職業生活が、世間一般に知られているところとなっています。

 だけどね。千里さん、それは、女の人生において、欲張りすぎというか、果報を持ちすぎているということにあたります。私がひどく心配をしているのは、お子様のことです。お子様とは、絶対量の愛情が必要な存在です。母親が画家であること。それ自体が、子供にとっては迷惑なことなのです。画家は自宅で仕事ができます。で、学校から帰った子供を家で迎えられます。一見すると何も問題がないように見えます。

 だけど、画家の心と言うのは絵筆を持っていないときでさえ、画家なのです。絵の発想と言うのは、9時から5時までで、終わると言うか、限定できるものでもありません。

 宮部みゆきさんは、それができるそうですが、ひとつにはパソコンを使って文章を書いておられることと、二つ目は、エンターテインメント系の文章の世界へ入ってすでに長いので、作文方法の、一種の手練手管を獲得済みだと、いえる事の二つがあいまって、それが、可能なのでしょう。しかも、宮部さんは主婦でもなければ、母でもない。

 が、千里さんが、取り組んでいる世界は、激しい心理的な競争がある世界(国画会内部のこと)でもあり、絵はパソコンで、下書きしたら、覚えられると言うものでもないのです。で、坊ちゃんも、ご主人も言外に出さないとしても、もともと、とてもさびしがっているはずなのです。それなのに、ここで、さらに忙しくなる要素である野見山さんの秘書を引き受けてしまった。それでは、家族のひそやかなカナシミを察してあげる時間さえないのですよ。相手が紳士や、いい子で、何も反抗してこなかったりしても、安心し続けて、彼らのカナシミを、無視し続けているとすると、後で、影響が出てきます。

 お子さんの方が、結婚をするときとか、親になって千里さんにとっての、孫を育てるときなどに、影響が出てきます。母親になった限り、絶対量の、愛情と、手当てを子供に注ぐことが必要なのです。画家であることだけでも、家族に負担をかけているのに、その上、野見山さんの秘書ですって。それは、無理がある。

 こう言う、一種の母として、または、預言者として、権威ある教え諭す、側面を、現実に対面してる時は見せないので、あなたは私のことを馬鹿に仕切っていますね。特に最近は、野見山さんの虎の威を借りているのか、威張り方がすごいです。
 私は、あなたが、野見山さんの秘書として、働いている姿を野見山さんが、エッセイ内で書くことは、ご家族に対しては、非常にまずいことだと思っているのですよ。
 自分たちを放っておいて、そちらに、時間やエネルギーを割いていることを、目に見える形で、つきつけられてしまうからです。

 絶対にまずいです。私は、自分が、40代のときに、子供に反抗をされて、上のことに気が付いて、一回画業を捨てています。特に私は子供が二人いますから、一対二で、自然に子供優先となりました。千里さんは、お子様が一人だから、大丈夫って思っていらっしゃるのではないかな?

 前進だけでも、人生はうまくいきません。私は千里さんと、個人的な会話を交わすときはいつも、褒めてあげています。だけど、今は苦言を呈します。野見山さんの方が、ご主人やお子様より、輝かしく見えても、そちらに傾倒しすぎてはいけません。あなた以外は、二人しかいない家族でも、その二人に、カナシミを与えているとしたら、それは、弱い人に対する罪なのです。そして、それは、一見すると、鎌倉には直接関係がないように見えても、私との、電話の内容を、察知した敵が、お膳立てをして、あなたが、野見山さんの秘書になったと感じるから、それは、千里さんと私を引き剥がそうとする、鎌倉在住のエージェントたちや、その上の、エージェントたちの、影響下の出来事ですから、一種の悪です。というのも、彼らが、私を抹殺したい動機が、
   私が真実を書き続けているところにあるからです。
   だから、野見山さんが、秘書に千里さんを、雇い、その千里さんが、私を小ばかにしまくる事が、鶴岡八幡宮の、大銀杏が倒れることへつながります。

 あなたは、私との電話の中で、『月刊ギャラリー、それって何?』と、大変傲慢な軽蔑振りをお示しになったけれど、そういう態度も、よくないですよ。月刊ギャラリーを信じている若い作家さんたちが聞いたら、なんと思うだろう。

 あなたが、依拠して、依存をしているであろう、『美術の窓』は、作家紹介の裏で、お金を取っていることは、作家連中はみんな知っていることであり、お若い作家は、軽蔑をしています。価値は一元化されてはいないのです。

 そして、ギャラリー山口内部でも、あなたは、わたくしに面と向かって、軽蔑の声をあげましたね。あれは、よくないです。神様に見放されるよ。私は、世間的には弱いし、メディアの有名人でもないけれど、常に、神様が見方についてくださっている人間です。こんな私を正面切って、足蹴になさっていたりしたら、神様は当然、それを見のがしては、下さらないわよ。ずいぶんと怖い言い方ですが、数年前からこれは感じていたことです。
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副題2、『野見山さんが、山口みつ子さんに命令した(?)こと』

 私は、ギャラリー山口のオーナーみつ子さんの急死を深く悲しんでいる人間です。ずっと、私なりの供養を続けています。

 で、今日、はじめて、それを、はっきりといいますが、山口みつ子さんの急死の原因は、その60%の原因は野見山さんにあったと信じています。

 ある日、画廊の事務室で、みつ子さんと楽しく話していると、『ギャあ、ギャあ騒いでいるのは誰よ』とだみ声を上げて、千里さんが、入ってくる気配がしました。千里さんは野見山さんの秘書になってから極端にがらが悪くなりました。

 でも、そのだみ声を、聞いて、すぐ、千里さんの背後に、野見山さんが、私の悪口(を言っているからだと、悟って、千里さんは、問題にせず、入ってくる野見山さんを、じっと見つめたのですよ。すると、明らかにおびえた目で、私をご覧になった。

 それは、良心のやましさの、こもった目で、鎌倉駅で、(二度目のこととして出会った)、井上ひさしの、それとそっくりでした。あなたと、井上ひさしは、ふたりとも、
『ばれていないと思って、数々の嫌がらせといじめを行っている』のですが、それが、私に出会った途端に、『人間として派、恥の行為であり、悪でもある』ことを思い出すので、私に出会うのが、非常に怖いのです。

 一方の千里さんは、さすが女子大、しかも、お嬢様大学の出身だから政治のことの本質はわからず、ただ、ただ、野見山さんの言うなりだから、だみ声を上げて、私を脅かすのです。これほどの、下品な方への、千里さんの変化を見ていると、野見山さんが、炭鉱経営者の息子だったということを、如実に思い出します。彼女は歯医者さんの奥様であり、こんな種類の声を出すことは、以前なら、信じられないことでした。『炭鉱経営者って、たとえ社長といっても、品が悪いのだろうなあ。弟子を見れば、師がわかるの典型だ』と感じます。

 ところで、その日の用事ですが、野見山さんは、山口さんに、『川崎千恵子とは付き合うな』といいに来たのではないですか? 

 私は馬鹿ではないのです。
 すぐ、ぴんと来ました。山口さんの命を守るためには、アノ日、すぐ、目の前で、「野見山さん、こうこう、こう言うことを山口さんに、言いに来ましたね」と、言えばよかったです。今ね、非常に遅ればせながら、言っています。

 そして、さらに言えば、山口さんの急死は他殺ではなかったかと思うほどです。彼女はスタッフに後始末を任せて、先に、飛び降り自殺をするようなタイプではありません。絶対に違います。

 私は13日に彼女に画廊で会っています。彼女は、それから、死までの数日間に、私に対して、メモつきの、紙袋入りの、本が残されていました。そこまで丁寧に気を使う、山口みつ子さんが、1月30日に終業する予定の画廊の、後始末を、若いスタッフの白川さんに任せて、先に、死んでしまうことはありえないのです。

 ここらあたりは、過去に一回描いています。

 その日付だけは、今、調べてみました。別にそれも、お読みくださいとは言わないけれど、本当に気にかかっていることなのです。
   左側のカレンダーを頼りにそれに入れば、(それは、トラックバック機能が効かないからですが)
   2010年3月4日、『山口みつ子さんの栄光と挫折』
   2010年3月6日、『磯良さんのしのぶ会と比較して、かわいそう過ぎる、山口さん』
2010年3月7日、『もし、彼女が小説を書いていたら(山口さんの3)美術の窓』等があります。

 書くことは、いっぱいあります。それに、歳月を経ていて、さらにしっかりと見えてきていることもあります。

 たとえば、西村さんの、ニッチギャラリーで、山寺重子さんの個展をやった事があります。それが、もしかしたら、この野見山暁治、山口千里の、二人組みの震源で、ニッチギャラリーが取り組んだことだとしたら、この三人は、そのころから、裏工作に励んでいたことになります。

 何だ。何だ。この三人って、そのころから、国際的軍産共同体の、エージェントとして、私に牙をむいてきていたのだと、はっきりしてきます。

 だけど、そんなことを、彼らにやられていい、ゆえんがありません。山口千里さんの事だって、山口みつ子さんに、死が訪れ、それが、野見山、千里、合同チームのせいだと、感じるまでは、ブログの世界で書いたり、していませんよ。

 西村さんからだって、じくじくじくじく、ひどいいじめを受け続けていますが、今まで、はっきりと、彼が、国際的軍産共同体の回し者として、それをやっているなどと描いたことはありません。

 今回の、山田啓貴さんと、枝香庵を使った、策略があまりにもあくどいし、それと、連動した、宇留野隆雄さん、岡崎こゆさん、中沢たい子さん、とうとうも同時に、教唆して、使って来たこと。それから、展示している作品の画風が、現代アートとはかけ離れいている重厚なものが多い、高輪画廊さんへも何らかのアタックがありましたから、そこまで、やられるのなら、こちらも、ここまで書かざるを得ないのです。

 これは、政治的な弾圧で、個人間の戦いではないのですが、基本構造としては、個人的ないじめを、利用して、かかってきているわけですから、いじめは放っておいてはだめなのです。学校社会でも同じ、丁寧に、本人が戦わないとだめなのです。できるだけ、戦うこと。お互いのそこに依存をしている価値観が違うし、お互いが乗っている土俵も違うのですが、『あれらは、汚いのよ。燕雀、いずくんぞ、鴻鵠の志を知らずんや』と、こちらが取り澄ましていても、物事は解決しません。こちらは被害者です。
 損をしている方です。で、こちらの方が、事態を放っておいたら、どこまで、損失が大きくなるか、計り知れないのです。


’’’’’’’’’’’===ここは、推敲の最前線です。だが、最後の方はまだ、付け加えるべき文章が残っています。===’’’’’’’’’’’

  2011年、8月19日から公開していて、22日に、一応、上の部分だけを完成とする。以降は、今、鋭意推敲中。雨宮舜(本名、川崎 千恵子)
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3 コメント

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Unknown (アガサ、シオラン)
2023-10-08 21:11:07
山口千里検索してたら?驚きの文章に遭遇!
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Unknown (雨宮 舜)
2023-10-12 20:25:46
私はね。千里さんとは、三越銀座店B2(しかし、リフォーム前です。1990年代でした)で、チョコレートを飲んだ間柄です。チョコレートって、ココアより濃い目のココアとお考え下さい。

コメントを頂いたことには気が付きませんでした。ごめんなさい。
返信する
Unknown (雨宮舜)
2023-10-12 20:39:24
アガサ シオラン さんからコメントを頂いた模様なので、この文章を読み直してみました。この後、もっとはっきりした、文章を書いて居ます。そして、登場人物が秋山祐徳太子、保坂航子、ギャルリーユマニテと、変わってきます。しかし、リンク先を今示すことが出来ません。山口みつ子さんは、本当にお気の毒です。千里さんは、たくましいです。しぶといです。どういうご実家の育ちか知りませんが。一方山口みつ子さんは、文房具製造会社・社長のお嬢様です。
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