銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

新聞記者を全部追い出す映像・・・・・日本のマスメディア2

2009-02-14 11:53:28 | Weblog
 私は池田勇人首相の前の首相である、岸信介氏をわざと抜かしております。ちょっとね。ブログで触れるような単純な存在ではないからです。妖怪と呼ばれるほど、複雑な人間です。満州の経済政策に辣腕を振るい、例のA級戦犯合祀問題で、いつも、トップの在任として取り上げられる東条英機氏の閣僚でありながら、戦後復権し、総理大臣にまでなっている。

 で、岸信介をwikipedia で、基本的に予習をすると、さまざまなブログで、ティム・ワイナー著、LEGACY OF ASHES を取り上げ、彼が、CIAのエージェントだったとする説を載せております。自宅の隣に、統一教会の本部があると聞いては、それもありだろうと、私は考えます。

 ところで、日本の現代史においてもっとも大きな項目である、安保改定、およびその反対闘争が、反復検証をされておりません。A級戦犯合祀問題が、これほど、頻繁に反復検証されるなら、そちらも、丁寧に反復検証をされなければなりません。

 それは、旧・ソ連、と、毛沢東の威力に抵抗するために設定された条約だと公的には、言われておりますでしょう。その側面もありましょう。しかし、私が思うに、それをきっかけとして、・・・・・日本の有為な若者を、ふるいにかける側面があったのではないか・・・・・と思うほどです。あれで、日本は、決定的に変りました。真面目であることを、忌避する方向へ流れるようになったのです。

 そして、あの安保反対闘争、学生運動、(安田講堂篭城事件、革マル派、中核派など) 赤軍派の浅間山荘事件他、三里塚闘争、等々に巻き込まれ、世の中に出られなくなった、人々が大勢いて、中小企業のオーナーとか、何かをやって、生活のたつきを得ていればよいほうで、若くして亡くなった人も多いのです。
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 それは、アメリカと言うか、あの東京裁判を行使した勢力が、どれほど、日本人と、その実力の復権を、怖れているかを示しております。上記の本の中にとても面白い部分があります。それは、(池田信夫 blog) http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/ 07-9-4と言うところからの孫引きですが、

・ ・・・・CIAの資金供与は1970年代まで続き、「構造汚職」の原因となった。CIAの東京支局長だったフェルドマンはこう語っている:「占領体制のもとでは、われわれは日本を直接統治した。その後は、ちょっと違う方法で統治してきたのだ」・・・・・

 と、あります。その手の一種としての、学生運動と言う捉え方です。ことは、非常に複雑であり、右翼とか、左翼と言う分類が、よじれ・ねじれ曲がり、昔の規定では、表せなくなっていて、日本と言う国の自主性を求める勢力と、そうではない勢力と言う風に、分けるべきだと、私は、考える次第です。

 そして、首相をからかうのも、その一種ではないかと、私は考えるのです。それは、日本人の真面目さを根幹から崩していくからです。モラルハザードが、企業にとって、危機であることはビジネスマンならよくご承知のことでしょう。それは、一企業に限らず、一国家でも同じ事が言えるのです。

 ところで、その点では岸信介首相は、マスメディアに、からかわれたという記憶が、私の方に、ありません。当時はひとコマ漫画と言うのが優勢で、市川昆氏とか、横山泰三氏が新聞の一面に健筆をふるい、政治風刺を遣っておりましたが、それは、あくまでも漫画ですから、笑いを取り、対象者をからかうものなのは、基本です。それに、目くじらを立てるほど、私も日本人も、幼稚ではありません。 

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 さて、記憶に残る、そういう映像として、新聞記者を全部追い出した佐藤栄作総理大臣と言うのがあります。こちららも予習をすると、CIAのエージェントであったとする説さえ、あります。でもね。兄の岸信介氏よりは、やっていることは、ぐっと明るく見えました。日本国も経済的な上昇が、右肩上がりの時代だったのです。

 佐藤総理大臣は、池田勇人首相の高度経済政策路線のゆがみを是正する政策をとろうとしたが、実際には、日本は経済的に発展を続け、政権は安定し、その力を借りて、沖縄返還交渉に成功しました。これは、日本国の総理大臣としては、花マル・ジルシ級です。それこそ、A級総理大臣です。日本人はそのころ、本当に明るかったのです。庶民一人一人は、今よりもずっと明るい毎日を過しておりました。

 今の方が暗いのは、ちょっと出口が見えない程度に、将来像が読めないからです。日本の将来像が、庶民大衆には、読めないからです。ドルと円の将来像とか、株価の将来像予測は、あります。だけど、何を信じて生きていいのかの基本が、定まっておらず、心理的な、不安要素が強いからです。

 真の国益を考える総理大臣が、出そうにも無く、また、国民のためを思ってくれる政治家もいそうでいません。それも、国民の閉塞感を強めております。

 私はそれが、長年にわたり積み重ねられてきた、さまざまな要因で、そうなったと考える次第ですが、特に一番警戒をされているのは、日本人の能力でしょう。それが、高い事が心配をされております。それで、そういう高さを生み出してきた機能をあらゆる意味で、破壊しようとする性向を、感じます。

 住所地名の変更等、大蔵省と言う名前の廃棄、等々は、近・現代史の研究、そして、それを、大衆社会へ浸透させるのに、大いに、マイナスになっております。それで、国民は正しい判断をする権利を奪われており、マスメディアの報道に、踊らされ易い傾向を生んでおります。
 
 そして、そんな風にうかうかとしている隙に、本当に大切な、働いて蓄積したお金を、何とは、なしに、よく判らない形で奪われております。

 さて、今日はここまでに、致しましょうね。私が今、この文章群で問題にするのは、『首相をからかうという現象が、どれほど、国民、一人、一人にとってマイナスであるか』と言うところに特化していきたいと考えておりますので。それは、大海の一滴でしょうが、少しでも、状況を改善したくて、取り組みます。

  2009年2月14日   川崎 千恵子 (雨宮 舜)
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