夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

『節分の日』、つたない私なりの現役サラリーン時代の頃を思い馳せれば・・。

2011-02-03 08:15:27 | 現役サラリーマン時代の想いで
私は東京郊外の調布市に住む年金生活の66歳の身であるが、
早朝にカレンダーを眺めていたら、『節分の日』と朱字で明示されて、
私は苦笑したのである。

私の住む地域に於いては、
古くから煎(い)った豆をまき、その人なりの年齢の数だけを食べると、
邪気を追い払い、病気にもならない、と伝えられている。

私は年金生活の高齢者2年生の体力も衰えた身であり、
齢を重ねるたびに人出の多い神社・お寺で『豆まき』で人の多い所は苦手となり、
自宅で豆まきをする元気もないのである。

せめて、日中のひととき、スーパーで『福豆』を買い求め、
私は夕食の時、66粒は多すぎるので、6プラス6で、12粒ばかり頂く予定である。

このように思ったりしていると、私の現役のサラリーマン時代の頃が思いだされた・・。
10数年前の頃だった。


私はある民間会社の中小業に勤め、サラリーマンで数多く人と同様に多忙な身であり、
特に40歳前後は、情報畑に在籍し、システム開発と運営業務が重なり、
睡眠時間を削りながら、奮闘していた時であった。

この『節分の日』には帰宅できたのは、夜の11時30分過ぎだった。
そして、今日は終電にも乗らずに良かったよ、と心の中で呟(つぶや)いたりした。

私達夫婦は子供に恵まれなかったので、たった2人だけの家庭であり、
私は疲れた表情で冬コート、スーツを脱いで、ネクタイをはずし、
ワイシャツ姿で、いつものように洗面所で顔を洗ったりした。
この後、私はパジャマに着替えて、冬のガウンをはおると、深夜の12時近かった。

家内が
『深夜ですので、年の数だけ豆を、頂きましょうね』
と云った。

私ももっともだ、と思ったが、仕事で遅くなったんだから、
と素直に何かしら納得出来なかった。

『今からでも、遅くないよ・・』
と私は云って、私は雨戸を開けた。

『福はう~ち! 鬼はそ~と!』
と私は大きな声で、庭に向って連呼した。

周りの一軒が台所の窓が開き、
そして、まもなくもう一軒のお宅では、ベランダのガラス戸が開いた。

XXさんの所、今頃何をやっているんだ、
いうようなしぐさが、私なりにぼんやりと解かった。

しかし、良きことの行事に対しては、
ご近所の皆様からは、幸いにクレームがなかったと、
私は後日に、家内から聴いたりした。


このようなことを思いだし、過ぎ去ってしまえば、あんなことがあったよなぁ、
と独りで微苦笑したりしている。


☆下記のマーク(バナー)、ポチッと押して下されば、幸甚です♪
にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へにほんブログ村

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 シニア日記ブログ 60歳代へにほんブログ村


コメント (1)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« いつの日にか私が命を果てた... | トップ | 『節分の日』、いじけていた... »
最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
おはようございます (ロッキータイガー)
2011-02-03 10:17:02
お父さん

節分は豆まきから恵方巻きあれなら

よごさないし何時のまにか年越しそばも

お鮨になってたり。世の中変わってきている。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

現役サラリーマン時代の想いで」カテゴリの最新記事