年金受給者の日々へ 悪戦苦闘の記録から

自分のXデーに向かってまっすぐに走る日々
   年金受給前の悪戦苦闘の日々より

マジメにやりますってか

2016-06-30 00:00:00 | Weblog

 8月開かれる西日本医科学生体育大会・サッカー大会に出場する4男は、勉学に部活にまじめにやっているらしい。


 月日も同様に事なきを得て?2016年狂想曲もお中日を過ぎる6月の最終日。雅楽を演奏するように1日の最後の曲には祝言の意味から必ず「千秋楽」を演奏したという古い風習を持って来ることもなく、 6月千秋楽今年もこれにて中日をマジメに通過する。しかし早すぎる。

 今朝の相談室にて。。出所したら真面目に働きたい。。と云った青年がいる。この言葉をどのようにとらえるかによって支援する方法が異なるんだろう。なぜなれば、矯正施設にはマジメでない人が入る施設であり、不真面目さが当たり前の世界になっている日常を過ごした故に捕まった人たち数百人がいて、その中でいかようにマジメな生活態度を作るかなどは、有期である刑期の期間中を表の顔して、つまり何事も反抗することなくハイハイと受け流すことにして、刑期終了後、満期にて別の顔で本音が現れることが常であったりすると如何に支援することがいいんだろうかと・・頭を悩ます。

 青年は、自分は何をやってもダメな人間ですから・・という。このような受刑者のまっとうな話は聞くに値する。ここから私の力量が問われるような気がする。
コメント

人を見るってか

2016-06-29 00:00:00 | Weblog
 一昨日県中病院を退院した妻を連れて今朝は、朝1予約で抜糸のために手術を担当していただいたT女医の診察室へ伺うことになった。
 縫合手術をしたところは左右のこんな個所。
 もちろん今は痛みも失せて普段通りの日常。
 抜糸も痛みが伴うのかと・・私も診察室に入り観ておると・・アララ簡単に先生は糸を抜いておる。しかも雑談をしながらである。先生は、大変な事故だったですから、よく〇〇さんは頑張られましたね~、度胸が据わっておられますね~などと幾分かのお褒めの言葉あり。隅っこでこの作業を見ている私にも・先生は大変だったのは奥さんよりもご主人さんの方でしたか・・・などと雑談をしながら手はせわしなく糸を抜いておる。

 3年前の大きく損傷した顔のことも理解していただいておるだけにお互いに理解しあえるような信頼関係が妻と先生との間にある。損傷した耳、広く皮膚移植をした額を手術したのもT先生である。

 私もこのような診察室の空気があったので・・ついついT女医さん、年齢は40歳前後の先生に尋ねた。なぜ先生は数多い医療の科の中で形成外科を選択したのですか?っていう自分がだれにでも質問したがる内容である。

 私の問いに対して先生は、好きとか自分に合っているとかではなく、自宅の近くに形成外科がなかったこと、研修医時代に尊敬できる先生がいたこと・・ですと答えてくれた。そして続けて、人によって自分の進路が決定されることは多いんではないでしょうか・・と話してくれた。

 この先生は一番信頼できる先生だろうと、その答えを聞きながら思った。
 施術後奥さんからは、トーサンは失礼なことを先生に聞いてなどと
 私のような失礼な質問をする患者さんはいないと思う。だから聞く前に失礼ではありますが・・と断ってお聞きしておる。だから思ったワケ・・このT先生は傷を見る前に「人」をよ~く診ておる医師やなぁ・・と。
コメント

花言葉に乗せてみた

2016-06-28 00:00:00 | Weblog

 ささゆりの花から強い香気が、明け放すドアの隙間から居間まで漂ってくる。この花の花言葉に清浄・上品とある。

 清浄の意味を問えば、少しもけがれがなく清らかなことであり、仏教でいえば、煩悩(ぼんのう)や罪のないこと。とある。酔うように香ってくる匂い。

 清らかな場にいたいと思うも、今盛りのアジサイの花言葉は、移り気。

 この移り気に自分は、振り回されてしまった。自分たちの支援チームが撃沈したこと。

 失敗しないように、念には念を入れて仮釈放者のNの就職を事業主や関係官庁出席の中での面接会で決めたにもかかわらず・・・作業着や靴など予算で購入していたにもかかわらず、突然出社日の前に・・「行かない」だと・

 何を今頃言うトンじゃ・・
 あったまにきた。。 刑余者の気ままな移り気に振り回される。チーム全員意気消沈する。犯罪者が再びの社会に出ることの難しさを考える。
 強い雨の中今治地区の造船所に出かける。今日の新しい相談者は塀のない刑務所で就職相談のこと。
コメント

退院です

2016-06-27 20:58:11 | Weblog

 9時半から始まった「こころ塾」の理事会は、いつものように四半期のチェックを行うが収支報告を受けたところ大きな問題点はなさそう。かえって今後の展望について話し合いの時間を多く持ったくらい。午前中で終了したので帰り道に県中病院へ顔を出すことに。

蓮の花が咲いている。

丁度昼ごはんも終わっている頃だろうと、病院1階のコンビニで食後のための熱いコーヒーを部屋まで持っていくと・・・
 あ~ちょうどよかった・・夕方に帰ろうと思っていたけど・・今から帰るよ・・と奥さんが言うではないか・・。

 エッ。。もう退院許可が出たの?ウン・・もう帰ってよろしいと先生が言ってくれたから・・などとさっさと帰り支度をしているではないか・・。



 術後の痛みもなく、一日中ベッドに寝転んで本を読むくらいで背中が痛くなった・・早く帰って家の用事がある・・などと独り言を言っておる。え~っもう退院するの?

 で、あっけなく病室から退散となる。
 事故後3年目の形成外科の手術は両目の下側に損傷を受けた個所の手術であった。
一方母親が入所した介護施設では、認知が進んでいる利用者さんと一緒に過ごしているもののほとんど会話ができない周りの人がいて一緒に食事タイムとなるも

 いつもの病院食であれば遠慮なく看護師さんに、ご飯が不味い・・と意見できていたが、ここ介護施設においては今までの数多い施設虐待事件のニュースをよく覚えていて、そのニュースの影におびえているためか、そばに座った私に美味しくない・などと小声で気まずそうに話しておる。

 出されるご飯を撮る。美味しいか美味しくないかは一緒にご飯を食べる会話が豊かなものになっているかどうか・・に関わるんだろうと思うが。
コメント

ある無名戦士の詩

2016-06-26 20:48:35 | Weblog
〈ササユリ〉の香りがすごい。iさんが自分の山から採ってきたササユリを頂いた。

本日の牧師の説教の中から

「南北戦争を生きた一人の兵士の詩」

私は、目的を達成するために神に力を求めた。
しかし、私は謙遜を学ぶため、弱い者とされた。

私はさらに偉大なことをするために神に力を求めた。
しかし、私はさらによいことをするために、病弱を与えられた。

私は幸福になるために、富を求めた。
しかし、私は賢くなるために貧しさを与えられた。

私は人々の賞賛を得るために、権力を求めた。
しかし、私は神の必要を覚えるために、弱さを与えられた。

私は人生を楽しむすべてのものを求めた。
しかし、私はすべてのものを楽しむために、命を与えられた。

私は自分の求めたものを何も与えられなかった。
しかし、私は望んでいたものをすべて得た。

私の祈りは、知らず知らずのうちに応えられた。

私はすべての人のうち、もっとも豊かにされたのである。


                              AUTHOR UNKNOWN(作者不詳)


 この詩は、ニューヨーク大学の壁に掲げられていて、140年前 にアメリカの南北戦争に従軍した南軍の兵士が記したものといわれている。


 60も過ぎると大切なことは・・キョウイクとキョウヨウの二つだとか。つまり今日行くところがあること、今日は用事があること。。だとか。


 しかし行くところと用事ごとが目の前にいつもあって、しかもそれが増えているってのはいいことなんだろうか。毎日それほど生産性が上がるとか効果があるとかの目標は何もないが・・疲れてしまったようで。晩飯は何も食いたくないほど。冷蔵庫に奥さんが買い置きしていた竹輪をかじるのみ。介護施設と病院と久万高原教会のキョウイクとキョウヨウのこと。
コメント

孫から便りあり

2016-06-25 00:00:00 | Weblog
 次月末に子供たち4人と3人のお嫁さんに孫たち5人全員集合の笛が鳴る。で、アレしようコレしようと子ら孫たちは考え、迎えるバァ様は病室にいて・・何を食べさそうかと、ウッシッシ(*⌒∇⌒*)テヘ♪ 顔して考えておるようで・・。

 形成外科での手術後、頭痛と吐き気に襲われ水さえも喉に通らなかったバァ様は、昨日から病院食も完食、私が1階のコンビニで買ってきた100円コーヒーも、飲みたかったよ~・・などと嬉しそうに飲んだり、さらに食前のナッツチョコレートも口に入れたり(看護師さんから叱られるかなぁ)しながら5時半夕食を待つほどに回復した。

 バァ様の薬となる孫からの便りに奮起、早く退院しなければ・・などとニコニコ顔して話している。
 一方、J病院から県中病院の東にある介護施設に移動した母親の方も、11時半の昼ごはんは完食していたが、これまたお菓子も食べたい・・口さみしさあるも施設職員さんからフロアで食べることを禁止されているにつき、ものたりなさそうではある。いかし、母親にとってみればひ孫にあたる私の孫たちの写真を数枚、施設の居住室に持っていくと、うれしそうな顔をして先ほどまでの不満不安顔を一発で解消させる薬となった。
 ジィ様も考えておる。孫たちに是非とも体験させたいスイカ採り。

 デモあと1ヶ月もすると・・これあるかなぁ・・動物や鳥が狙ってくるんだろうと思うが・

 頭痛もない吐き気もない、なぁ~んもすることなく病室のベッドでゴロゴロしている奥さんは、障害を持ちながらの家事や野菜作りの屋外作業から離れることが許されていることがうれしくてたまらないのか、今日私に持ってきて欲しいメールのリストに本があった。
 は移動図書館で申し込んでいた本6冊と 
 誰にも邪魔されることなく楽しみ・・だと。で、どうして大原総一郎の本?と訊けば私倉敷に行ったことがない・・らしい。今度連れて行ってよ~と言われるが・・倉敷美観地区や隣接するクラボウ跡のアイビースクウェア―は現職時代に嫌になるほど歩きまわった仕事場でもあり・・まったく行き気になれず。でも大原総一郎さんの考え方、「官僚主義ほど発展を毒するものはない」は大賛成。この漫画は面白いの?と聞くと・・これはトーさんにはわからんやろね・・といわれてしまったワイ・・トホホ。
 本日ECCAの総会あり。年々停滞、今季急速に落ち込み。英国のEU離脱による株価急落よりさらに大きな落ち込み。何をやっているのかさっぱりわからん。
 お役所相手に官僚に擬して民間人が何かやろうとしているが言語道断。
コメント

ピンチはチャンス

2016-06-24 00:00:00 | Weblog
 なかなか思い通りには行ってくれない※※※の3点。

 今日一日のスケジュールを一人朝飯食べながら考えた。朝飯っていうほどのものではないが、キャベツ千切りプレート山盛りわが庭で突然大きく生ったキューリのモロキュウご近所さんに配った妻生産残り物玉ねぎ卵炒めの野菜を中心にした皿をテーブルに並べ、それはアカンやろ・・と思うもののたまにゃいいだろうよ・・と大メロンパンをオーブンでこんがり焼き色を付け、冷たい牛乳で流し込み作業を行いながら考えた。※8時30分自宅スタート9時に母親のいるJ病院へお迎え、病院の清算関係は妹の役目、大雨がさらに叩きつけるような中をJ病院からT介護施設へ移動する。

 先方のワーカーさんからの指示通りに10時前に到着。説明などに2~3時間かかる予定・・と聞くと自分は時間が無いにつき妹にその説明を聞いてもらうよう交代。※今日の刑務所での講演をするのに10時半までに所内に入ることを言われておる・・時間が無い・・早くいかねば・・大雨の中、車が少しスピードオーバー気味となる。
 ジツハ今日の話はあまり考えることなく昨年の資料を取りだし昨晩アレンジしただけのハンパもん。でも許せ・・と。

 多くの受刑者を前にして、可能な限り教える立ち位置から降壇し、罪を犯す背景について彼ら自身に感じてもらう、気づいてもらえるような時間をどのように作るか・・を私自身が学んでいくことに・・・

 ・・とまぁ、私自身を棚に上げての話になる。私の前にいる人の犯罪名は財産犯が多い。働かないから食えないのだ。じゃ働けよ~と言ったところで事は簡単に進まない。精神論など通用しそうにもない。本日も苦戦した・と反省しながら終了。いつものように昼飯抜きでPC作業が待っておる。所内にあるカウンセラー用のPCを立ち上げるのにも毎回苦戦する。ガードが非常に固い。個人情報が抜けないように高いセキュリティを持つ。何度もパスワードを入れないと、しかもしょっちゅうそれが変わるからやっかいだ。老人の頭では突破が難しい。
 早く母親のところに行かねば・・と少々フライング気味でのやっつけ仕事、3時前終了。

 妹とうどん屋瓢月で待ち合わせを遅いヒルメシをかきこみながら介護施設のことで打ち合わせした後に施設へ行くと、母親がいつもの母親とは違っていた。新しい環境について行かないようで、ハヤク連れて帰れ~、窓から飛び降りる~などど声を上げている。「せん妄」が突然降って湧いてきた。ナダメすかし、あやしながら昔話や孫たちの話ができるころ、やっと気持ちが落ち着いてきたのだろうか・・スタッフさんにもごめんね~と自ら謝っておった・・。
 次・・の予約はSさんから指示された18:30の店 百貨店裏に急ぐ。 
 ※塾長との3人で経営会議。どうしよう・・どうするか・・の打ち明け話をヒソヒソと。家に戻ると10時を過ぎていた。今の時間静かになり暗くなっているだろう県中病院病室にいてまだ眠っていないと思う奥さんに、本日顔を出す時間なく申し訳ない、とメール送信後、バッタンキュース。ピンチが続く14時間。明日は逆転できるようなチャンスが来るか?
コメント

今日の病院報告

2016-06-23 00:00:00 | Weblog
 昨夜は頭が痛くて一睡もできなかった。飲み薬をもらってもすぐに吐いてしまうので胃の中には入らないから痛み止めの座薬を6時間おきに入れてもらった。朝も昼もご飯は喉を通らない、すぐもどしてしまう・・・などと少しだけ頭痛が治まったらしい夕方の時間に喋っている奥さんは、ややぐったり状態。

 でも術後翌日の今日の夕食は出されているバナナ3分の1だけは喉を通過したようで戻すことはなかった。他はふたを開けたのみで箸をつけることはなかった。よって・・・口で食べることができないときには目で食べなさい・・などの指導をしたり・・・と。目で味わうことを教えてくれたのは、昔よく読んだこの漫画。

 この1年の間に接した病院食は4か所。みんな違う、何が違うかの代表はアジ、そして器、次いで違うことに上げ膳のマナーのこと。たぶん看護師補助員さんの担当であろうが、みんなそれぞれの病院によって上げ膳や下膳の雰囲気が異なる。担当する人が異なるから違うのではない。決定的に違うのに看護師補助員さんを雇い入れるための採用決定する人、例えば事務長であったり人事担当であったり、はたまた院長であったり・・の人のものの見方考え方が決定的に異なる理由により採用される人も違う。年齢であったり仕種であったり知的レベルであったりして。自分たち患者側は、最前線で動く従業員に接することが一番多い。そこで動いている人たちの仕種や接遇マナーを通して、雇用者側のお偉いさんの力量を推し量る。不遜にも。

 食事の大切さを頭で知っている。さらに明後日はJ病院を出ることになっている母親が、このところ朝昼夕と出されるご飯は完食・・それに従い元気になっている様子。今年入院していたN病院やI病院ではほとんど食べなかった代りに点滴で補完したり、エンシュア飲んで生きながらえていたような按排であったものが先日大阪からやって来た妹家族の顔を見たり友だちが病室にやってきたり介護施設のなじみのヘルパーさんが顔を見せたりすると、食事も進みリハビリに一段と気合が入るようで、上向きスパイラルの好循環。

 ここは19時までがお見舞いの時間よ~、もう時間が来るから早く帰って~の奥さんからの呼びかけで病室を出ることにした。私の方は夕ご飯は食べたくない。昨日今日と1日2食。朝食べたあと昼は2時半まで刑務所の塀の中にいるとついつい昼食タイムをやり過ごし、3時過ぎに昼・夕ご飯が一緒になってしまう。それ以上に面倒くさい、何もかも。風呂に入るも面倒くさい。酒も飲まない。だから荒んだことではないが、不潔にして無欲、無欲にして恬淡。一人生活ともなれば4畳半あれば十分、掃除する気持ちは湧かない代わりに、4畳半くらいだとごろんと横になって足と手を使って掃除ができるやろうから。
コメント

手術が終わる

2016-06-22 21:59:49 | Weblog
 形成外科の手術あり無事終了。

 形成外科・顎顔面外科の手術を受けた患者さんが退院するのは早そうだ。妻が3年前に入院していた病室とは違うものの同じ11階の4人部屋、同室者が2~3日前に入院したとお聞きしたが今日はすでに二人が退院されたとか。
 
 1時~4時の手術予定の説明を受ける。前の患者さんの手術に時間がかかったのだろうか、20分遅れて連絡があった。病室から前のようなストレッチャーに乗せられることもなく、車いすに乗るでもなく右手に点滴中の輸液ポンプスタンドを転がしながら歩いて手術室に男看護師さんとおしゃべりしながら入って行くのを4階まで見送り、「気合い入れていこうぜ」と試合開始前のエールを奥さんの背に送ってみたが、本日見送る方が腰を曲げながらの、いⓦゆる猫背のさらに曲がった上半身のようだから、奥さんから早く休んでおくようになどと指示される始末。なんだかおかしいが・・。
 終了予定時間通り4時に連絡ありオペ室前までお出迎え。担当のT女医さんは、執刀の疲れもなさそうにこともなげにオペ室から出てきてエレベーターの前で術後の説明を簡単にしてくれる。「奥さんが用事があるから早く帰りたいと云ってますので今週末くらいに退院を考えてます・・」だと。何度かT女医と私も話しているけれど、この女医さんは患者の目線できちんと話をすることができる医師だと思っている。どのようにすれば患者さんが高質な生活を送ることができ得ようかと考えている節がある。反面、私の印象として外科系のDrは話し方の稚拙な人に出会うことが多かった。秀逸なる国家資格を保有する医療技術のサービス提供者として自分は医師を見ている。でも人としての高潔な人格を持っているかどうかは知らない。今まで私の家族を数多い病院に送り込みたくさんの医師からそれぞれの説明を受けた経験から言えば、話し方説明の仕方など学ばなければならないだろうと思う医師に時々出会った。医師の権威もしくは権力行使が出来なければ、この人はどうなんだろう・・などと不遜に思ったりして・・・。
 妻は手術室に入る前に、美人になるやろか・・などと云いながらオペ室に入って行ったが、もちろん3年前の事故手術と違っておしゃべりができることに少しは安堵しておる。このような気持ちを作ってくれたのはT女医であろう。
 貧で粗で野であるも潔であり、賎でもなく卑でもなく、ただ品や格を目指すような・・・

 手術が終わった4時頃の窓の外は雨が小降りになったみたいで遠望することができた。さぁ、早めに帰って60分お喋り会の資料を作らねばならないゾ。
コメント

また・・よろしくお願いします

2016-06-21 00:00:00 | Weblog
 11時入院予定のところ、私の方の都合で県中病院へ行ったのは9時であった。私の9時半出勤の仕事も放ったらかすことができないために早めにいくことに。奥さんに2時間どのように過ごすのかと聞くと、おもむろに鞄から移動図書館から借りている山崎豊子本の不毛地帯を取り出した。コーヒー飲みながらコンビニ横のガラス窓に設えている椅子に座り読書タイムとするのだそうだ。
 入院前の昨日は、入院中は散歩ができないから・・などと云いいつもの公園へ。すると高校総体の決勝戦が行われていた。どうも設定が仰々しいではないかと思い。テントにいる受付嬢に尋ねると来年開かれる国体の予行演習も兼ねているのだそうで各行政機関のテント、プレスなどの報道機関のテントに飲み物やさんなど、これほどまでに・・と思えるようなテントが設営されていた。
 で・・・試合の方は・・










 夕方県中病院へ寄ると

 ご飯の時間。明日の手術後はご飯が出ないそうだ・・よってしっかり食べておこうと・・完食。手術時間は午後を予定している。
 帰り道には母親の病院へ立ち寄ることに。・・・・オ~そうっだった・・久し振りの病院めぐりが始まったゾ。
 でも一昨年まではこれに弟の入院があったから2ヶ所くらい・・楽だろうと・・でも、でも3年前に比べて自分の体力が・・重なるボディブローを受けていた手前・・体力がかなり落ちておるゾ・。
 3年前に親切に看護していただいた看護師さんがいられた。また来ましたのでよろしくと挨拶するとN看護師さんは明日は〇時までには来ること・・などと前と同じように優しく云われた。
コメント