年金受給者の日々へ 悪戦苦闘の記録から

自分のXデーに向かってまっすぐに走る日々
   年金受給前の悪戦苦闘の日々より

趣味は?と聞かれると

2016-04-30 00:00:00 | Weblog
 今まで趣味は“焚火”ですと答えていた。 しかし問題はどこでも火をつけることは出来ないこと。しかも最近は消防署からも野原であろうと安全が確認できる場所であろうと焚火は禁止と云われている。だから趣味は焚火です、落葉を集めて焚火することです、などと云うことが憚れる。

 学生時代のキャンプは、ファイアストームなど焚火が付き物であったけれど設えたキャンプ場以外の場所で調理などで火を燃やすことはなかった。さらにさかのぼって私が小学生の時の子供会では、例えば夏のキャンプに牛之峰に登って空き地で木を集めて飯盒炊飯をするときは、杉の木の枯れ枝を集めて火を燃やしていたことを覚えているが、今はそのようなことは出来ない。
 登山するのに学生時代に初めて購入しよく使っていたコンロは、白灯油利用の「ラジユス」 
 空気を圧縮するためにボンベを押す必要があり何度も何度も空気を送り込んでいた。
 次は通称ブスと呼んでいたホエーブス。これは確か青缶と赤缶があり、自分は買った記憶はない。青缶を部活動では使っていたと思う。

 そしてガス利用のキャプテンスタッグは便利な道具、このコンロは子供の小さい時は山行用に2台も買っていた。

 自宅にはこれ以外にも子どもが残していたスノーピーク  もある・・・はず。
押入れの一番奥に山道具一式を大きな段ボールに入れ込んでいるもののここ最近使ったことはない。しかし、地震のことを考えると、テントなどすぐに取り出せるように屋外に置いておかねば・・と思う。これらのコンロは山では焚火ができないために利用していた。

 で、なぜ趣味が焚火となるのか・・とにかく何もかも一切のものが白い灰になるから。いつだったか研修会において自己紹介をすることがあり、その時、たき火は木々と一緒に昔の嫌だった思い出、辛い出来事も一緒に燃やしてくれる感じがするから、たき火を趣味としています・・・などと喋ったことがあった。そのような焚火が出来なくなった。  しかし、バレエ駐車場に炉が設えているのでしばしば使わせてもらっている。昨年まではMさんがきちんと整理整頓されていたのできれいであったところが今は主のいない炉のようになり、さらにレッスン場も薪ストーブの煙突を掃除する人がいないために、外国製の高価なストーブを今年の寒い時期に利用することがなかったそうだ。で、使われなくなった薪など焚き付けにしていた小さな木々を燃やして欲しいとH先生から頼まれたもんだから朝から夜まで丸太を燃やすことに。昨年までMさんがせっせと薪ストーブ用に作っていた木切れである。さみしいものだ。

そして白い灰が

 白い木灰はまた畑に撒けば有効利用となるんだろうが・・ウラン285やプルトニュウムを燃やして熱を出しても白い灰になることはないもの・・怖いもの。
 人類が生き延びるのに“火”は空気と同じように必要。暗闇の中を照らすもの、暖を取るもの、さらに身体を動かすためのエネルギーを溜める腹を満たすための調理に必要なもの。

楽しみの一つに

2016-04-29 00:00:00 | Weblog
 家庭菜園に集中する奥さんが机の上で広告紙をひっくり返して裏の白いスペースに何やらぶつぶつ言いながら書き込んでおる。覗き込んでみると野菜の植える時期と種類であった。

 一方、私の方は花関係と果樹関係。ブルーベリーの管理に柿の木の手入があり昨年からブドウの幼木も植えている。当分は収穫にはならないだろうがどのようなブドウができるか楽しみである。しかし柿については昨年も実が一杯生ったにもかかわらずすべてに虫が入り食えるものにはならなかった。毎年同じように赤く熟れては落下してしまう。これを反省として今年こそたくさん収穫できるように、しかも農薬など散布せずになんとかできないものかと考えて対策している。それとどっからか飛んできて自生しているキウイフルーツの蔓も伸びてきているが毎年刈り込む愚を犯している。今年は花を咲かせて実のなることを考えたいなどとまぁ、下手の考え休むに似たりの様子でもあり、バカの考え休みに似たりとも云われるかもしれないが・・・。
 将来の楽しみ、やがて来る近い未来のワクワク感で植えているし管理しておる。今即成功の実を願いもぎ取ることより将来どのようになるんだろうか、に焦点を中てることに素人農業の幸福にも似た楽しさを求めておる。

 ホウレン草が思いのほかよく育っている。人参もすくすく勢いよく育ち来来月?の収穫が見込まれる。ジャガイモや玉ねぎも、奥さんが、コイレデモカ~コレデモカ~と化成肥料を中心に追肥しているので、これらの野菜は、もう・肥料は勘弁してよ~という声が聞こえそうなほど。そして今日は畑の斜面に私が雑草を刈り取った後を利用してかぼちゃの苗を植えておった。かぼちゃはこの地でウマいと思うものにめったに出会うことなく、トンガのそれの方がうまい。これを覆すことができるかどうかと奥さんがガンバル。またキューリの苗も5本植えたのは、玄関前にサラダ菜と春菊を植えていたのを引っこ抜いた跡の小さな菜園地。苦土石灰を混ぜ込み堆肥を鋤き込み、肥料を振り込んでから植えた。さて、できるかなぁ・・・。

 私の方は、それらの野菜の苗とともに買ったカリフォルニアローズを縦細長い鉢に植え、生花を活けた擬せる姿を出来上がり図として考えている。またペチュニアは広い鉢に植えた。夏の定番ポーチュラカはデージーの花が終わった後に植える予定・・と次々と植え替えを待っている。
 ところで昨年までMさんが管理していた所は様変わり状態。Mさんへ通信を兼ねた画像をアップ。








休みが続く

2016-04-28 00:00:00 | Weblog

 明日からGWが始まる。気がついたのは先週。いつの間にGWの連休がやって来たんだろう・・そのような感覚が近頃増えてきた。いつの間にか年末が来たとか、新年を迎えたとか、アレレという間に春が来てしまったりする。この調子だと、いつの間にか夏を通り過ぎて秋が突然やって来る・・そして今年も終了となる。。感覚的にはそのようになるんだろうと思う。

 いつもの公園、昼ごはんはなぜかここに足が向く。そして景色を眺める奥さんが唐突に、自然が作る緑の色はさまざまにあるね・・と云う。一字の緑の漢字で表す色の中の種類の多さに途惑っている。黄色を帯びた緑色から青色を帯びた緑色や優しい生まれたばかりの緑色は和毛を伴っている。これらの緑色の中に居ると目に優しい色どころではなくなり、すべての色味のちがう緑色が向こうから突き刺してくるような錯覚を受ける。

 そして花

 花は気持ちもうきうきさせる

 でも、今朝から自分は調子が悪い

 昨夜は眠ったかと思うと1~2時間後に起きてラジオ深夜便をつけて聞きながらまた眠りに入ったり、また起きて今度はタブレットを開いてやすきよの漫才をユーチューブで見たりの繰り返しで朝になった。レムとノンレムのバランスが悪いんだろうか。身体と頭がナマ状態。

 ソファに横になり気がつくと毛布が掛けられていた。

 今夜は刑務所の歓迎会がある。分類部門、教育部門と合同の歓迎会。横に座ったのは美祢社会復帰促進センターから異動されてきた統括さんである。美祢社会復帰促進センターは官民協同施設としてセコムの職員さんが国の職員さんと同じように働いていて、刑務作業の中にミキハウスから提供された子供服をタンザニアに送る作業をしたり、小学館集英社プロダクションなどの民間会社も社会復帰をする受刑者に一役担うなど民間と国とが協同で運営される矯正施設である。そこでのお話を統括さんからお聞きすることに。そして生まれた年をお聞きするとアリャリャ、長男と同じ年・・これはこれは・・もう時代のリーダーが自分の子たちの年代に代っていることを再認識させられた。

今日も休みなく

2016-04-27 00:00:00 | Weblog
 昨年の12月に労働局会議室で刑務所所出所者等連絡会があったのに続いて今日が新年度の最初の会である。最近急速に刑余者の社会復帰の支援に関するニュースや通達に接する機会が増えた。

「 刑務所出所者等の社会復帰支援対策に関する
行政評価・監視  結果報告書」による


 このような背景が我が国にあり 位置づけとして 各県で協議会が設立されており、その協議会に続いて担当者レベルの連絡会がある。



 自分がこの会に参加して8年になる。いつも思うことに各行政ごとの壁がぶ厚く一致協力しようという空気を作ることに苦労する。ついでながら連絡会の出席者14人、そのうちで私が最長老?・・よって、なぜか静かに事の成り行きに身を任せて終わる時間を待つ・・ような姿勢を放棄して、もっとしっかりみんなでやろうよ・・とハローワーク側に意見を出してしまった。結果、またまた嫌われてしまったようで。帰りのエレバーターの中で、私たちはあなたの言うようなことはようせん・・、優秀ではないから・・などと皮肉たっぷりに言われてしまったョ。オイオイ。私に仕事をしない人とレッテルを貼ったのは、そちらだというのにネ。一方でこのようなバトルをやって喜ぶ人もいたりして・・。

 水曜日は「こころ塾」出勤日。塾に休みたいと連絡すると、予約が入ってますよ~だと。しゃ~ない。

この白い花は何じゃろか?「ナンジャモンジャ」です。ロープウェイ街通りに今満開。
 午後にある連絡会のために相談時間を午前に変更。Wさんの相談2回目。前回は昨年の4月だから1年振りとなる。
そして夕方からは「こころ塾」の新人歓迎会あり。

 飲みながら塾長とカウンセラーのSさんと3人で相談窓口としての「こころ塾」では、午前に私が受けた離婚相談のようなことが増えたことについての話合いをすることに。

ぐんぐん気温が上がる

2016-04-26 00:00:00 | Weblog

 これからどんな仕事をしたいと思ってるの?/「あまり考えてないですけど・・」/そうですか。今まで夜間の高校を卒業して東京のボーカル専門学校へ行ってたよね!歌が好きなんですか?/「ハイ、できれば音楽関係の仕事があればいいと思います。」/舞台に立って歌うことですか?ウ~ン、AKB48のセンターを狙うような・・ウ~ン仕事としてはあるけどハローワークには求人票があるかなぁ・・他にはどんなこと考えていますか?今までやってた仕事はあるかなぁ?/「ハイ、100均やコンビニでアルバイトしてました。」/あら・そうでしたか。おもしろかったですか?「イジメにあって辞めました。」/そうでしたか。どれくらい勤めたの?/「併せて3年くらい・・」ホ~頑張ってたんやね・・

 久しぶりの女子刑務所内での相談である。前に女性に対するカウンセリングでの注意点は何だろうかと、ジョブカフェ愛ワークのOさんに尋ねると、女性は善悪正義不正義のことより、私の気持ちを理解してほしい、わかって欲しい度数が高い・・などと教えてもらったことがある。なるほどと自分も注意をしながら相談を進めることにする。
 女性の男性に対するストーカー行為により犯罪を犯した若い女子受刑者との相談が今日の仕事。

 女子刑務所に行くと困るのがトイレ。男子トイレが一つしかない、しかも鍵を開けてもらって外に出なければならないので難儀なこと。前立腺投薬治療中の自分としては。

 奈良の義母にも呼びつけられると東に走り、西に入院中の姑にも気を配る日常の妻の息抜きの一つは農業。野菜作りに気合いが入る。人参やホウレン草は種から植えてすくすくと成長しておる。ホウレン草は間引きしながら数回食卓に上がったし、人参も知らぬ間に若い芽が朝の味噌汁の具材となっておった。

 玉ねぎも収穫が待たれるし、さやえんどうも少しづつ芽が伸びてきた。男爵もメークィーンも種イモから芽が出て大きくなっている。これら一切は奥さんの手仕事の領域につき私はただの傍観者、だからたまに怒っておる。手伝ってよ~などと。

病院から電話あり

2016-04-25 00:00:00 | Weblog
 昨日今日の二日間は母親が入院しているJ病院に顔を出していない。何だかんだと用事があり行くことができなかったが明日は顔を出さねばと思っていた時、スマホに着信音が鳴った。「こちらJ病院の3階ナースセンターです。」と。

 アッチャ~・・なんかあったかなぁ・・。でも妹からは何も連絡がなかったしなぁ。

 続いて看護師さんからの話では、お母さんが家族さんに来てもらいたいと云ってますよ・・とのこと。今までは、私や妻や妹が病室に顔を出すと、私の頭の中がぐちゃぐちゃになっている。いつまで病院室に閉じ込めているのか、早く本宅に連れて帰って頂戴、と云ってくる。そしてどうして私は入院しているのか、何があったのか・・などといつも言っている。だから毎回、今月2日に食卓椅子から立ち上がろうとした時にヨロヨロと後ろに座り込むようにしてしりもちをつき骨折したこと、救急車で病院に運ばれたこと、痛い痛いとわめいていたこと、そして手術をしたことを話すと、ア~それで手術した後に抜糸したんやね・・そうだったん、私はバカになってしまった・・などとわめきながら理解しているようだ。

 今年に入って母親は、1月の下旬に大学病院に入院した。3月の中旬にも近くのN病院に入院した。前者は喉の狭窄により食べ物水分が胃に入らなくなったこと、後者は白血球数の異常値が出たことによる入院。そして今月は骨折によるJ病院の入院である。可哀そうだと思うが高齢者となれば入院ごととセットになるのだろうかと自分で慰めておる。母親だけでなく90歳となる奈良の義母も入院・転院を繰り返している。そのたびごとに妻も義母の元に駆けつけている。駆けつける妻も、自分の事故後の治療のために病院から離れることができない状態である。今年で事故から3年が来るというのに。

 東に入院したと聞けば、駆けつけて怖がらなくてもよいと言い、西に入院したと聞けばガンバレと励まし続け、北の家族を案じて、心配することないよ、と子らの家族を思い、南の子には地震のことを心配しながら、逃げることの大切さを告げる。なんだか賢治の詩を思い出す日々が続く。

 近頃トンと集中力が失せている。まとまった時間を取って本を読みたいのにところどころの飛ばし読みが哀しい。
 枕元には完読していない本を積む。

 読書の大切なことは、固まる頭の中を壊すこと。確固たるメガネを通してみることへの懐疑。人を理解するためには自分の殻をたたき割ってみるように。でも自分が読む本なぞ所詮底が浅そうで・・今朝も散歩の途中に奥さんから意見された。オトーサンは意見がまとまってないのよ~、一本化されてないから軸がないのよ・・混沌としてるね~頭の中が・・と。そうかそうか・・意志が弱いのはそこら辺からか・・意見が意思につながることにならないのは・・。
 今までも混沌・カオスのことは私に対して誰か数人から云われたことがあったなぁ。入院中の母親は、頭がバカになった、頭がグチャグチャよとも言っておるが・・これもDNAを受け継いでいるのか。でもね、混沌=カオスは有限ではなくて無限の宇宙空間のことよ。
 ところで、私の糖尿検診日につきかかりつけ病院に行っていた時に、先に母親のいるJ病院に行った奥さんからメールあり。看護師さんから早く来て欲しいと連絡があった内容は、補聴器の電池が切れたから単3電池を買ってきて欲しいというものであった。私の病院を終えてのちデオデオで電池を買って行くことに。

身体が重い

2016-04-24 00:00:00 | Weblog
 近頃頭がボ~ッとすることが多い。眠っているのか動いているのかわからないような状態が続いており、自分で倒れるのんとちゃうか・・と心配する。元来切れ味鋭い頭ではないにしろ、様々な自分の周りの変化のことに対応するのに体が伴ってないことが主因だろうと、あたふたとしている。

 自然は今緑が全開となっている。

 花が咲き

 その花が実をつける。
 あたかもメガネに薄緑色のシールを張り付けているようで、頭の中も緑一色。これがさらに疲れを誘因しているのかもしれない。
 メタセコイアの山道も新緑。

 ゴルフ場の真っただ中にある久万高原教会も新緑の中。
 でも、説教中は居眠りをすることが多いようで・・・。

 4人の息子の中で唯一独身の4男は、やっとこの4月から4年生に進級できたそうだ。でもあと3年の学業期間が残っている。よ~やるよ・・などとあきれるが、その4男から久しぶりに連絡がある。今回の熊本地震により毎年開かれる九州・山口地区のサッカー大会が延期になったそうだ。それで、ゴールデンウィークの予定行事が無くなった。実家に帰る選択肢もあるんだろうけれど、電話口で報告するのに、ゴールデンウィーク中は友だちと熊本へ行き、ボランティア活動を申込みしている・・んだとか。まだ医療活動は出来ないから肉体労働をするんだろうと。4男は3年前にはカリタスジャパンでのボランティアで南三陸で泥かきやワカメ作業をやっておったが、今回は熊本へ行くらしい。これに賛成。

葬列に立つ

2016-04-23 00:00:00 | Weblog
 昨日の夕方妻から連絡があった。今から帰る、と。Mさんが亡くなった・・と。告別式が今日の午前中に予定されている。で、あわてて早朝に港までお迎えに。薄明りの石鎚連峰は墨絵。

 Mさんは、義父の妹さんのご主人さん。89歳になる。今年の2月7日に今治市の病院に入院中のおじを二人で訪ねたおり面会できなかったので気になっていた。

 労働組合から出て市議会議員となり市議会議長を20年ほど前に勤めていたことはお聞きしていた。その後は政界から遠ざかり奥さんと二人で仲良く旅行したりしていることもお聞きしていた。また妻の3年前の事故入院についても、退院後我が家にお見舞いに来て頂いたけれど私どもが留守にして会えなかったので、波止浜のご自宅にMさんご夫婦を訪ねてお伺いしたこともあった。その奥さんも一昨年亡くなられた。その時にもご主人のMさんが葬儀のあと片づけなどのことで仏壇に飾られる奥さんの写真を見ながら寂しそうにしていたことを思い出す。そしてMさんにお会いした後すぐに脳梗塞で倒れられて意識のないまま病院内の施設で1年と1ヶ月過ごしていられた。私ども二人でお見舞いに行ったのが2月7日。でも施設の職員さんに面会をなぜか拒絶されお会いすることができなかったことに悔いが残る。そして昨日奥さんのあとを追うようにご主人のMさんが亡くなられた。私どもの夫婦にまで気を使ってくれてよくしていただいたMさんであった。
 妻と二人で葬儀の列に入る。初めて行った今治市の斎場。少しびっくり。
 きれい、陰湿な雰囲気ではない。

 どなたの設計だろうか?光りの入れ方にびっくりした。
 帰り道はゆっくりと
 貝を取ってる家族を見ながら一時休憩。

 年々周りの知人が他界している。

今求められるもの

2016-04-22 00:00:00 | Weblog
 連日の地震の映像が飛び込んでくる。痛々しくやり切れない気持ちが襲ってくる。

 東大阪の花園にあるケア施設に一時入居している義母の所に行っている妻が、何もすることがない、ただぼんやりと入居部屋で母親とお話をすることのみ・・などと話しているが、それでも昨日は奈良・吉野の家に帰り、義母の衣服や必要なものを宅急便で送る用事をしているが、場所が離れているだけに疲れた・・・などと言っている。
 入居している施設は義兄が開発した介護ロボットが夜間うろちょろする施設らしい。映画ターミネーターに出てくるようなロボットが定期的に夜中に部屋に入ってきて異常がないかチェックをするんだとか。そして話しかけて来るらしい。
 作った義兄から、ロボットが夜中に睡眠を邪魔しないように各部屋に入室するにはどのように入ればいいもんだか、例えば静かな音楽を流して入るとか、ノックしてこんばんわ!・・などと声をかけて入る方がいいものか・・と相談があった・・などと面白そうに話している。しかし、製作者と性格がよく似ているんだとか・・ロボットは一切無駄な話をすることはなく用事が済めばすぐに帰るロボット・・と笑っておる。妻が言うのに理系の義兄は、昔から例え吉野の家に暮らす義母の用事で帰っても、用事が済めばすぐに離れて暮らしている自宅に帰るんだとか、ものの5分といないんだとか、無駄な世間話は一切しない、お買物等頼まれごとの用事が終わるとすぐに帰る・・などと憤懣やるかたない口調で私にしゃべっておる。それはそれでいいのではないか・・私のようにところかまわず男のくせに?ベラベラしゃべる性格も問題があると思っているだけに、求められる必要なものが充足出来ると、無駄口をたたくことなく立ち去るのもありかなぁと思ったりする。

 被災地に続々と救助隊が入っている。全国からは言うに及ばず外国からも支援の手が入っているとニュースで報じている。昨日までは日常生活には大きな問題点がなかったが突然何もかも困っていること、食べるもの、眠ること、トイレのこと、衛生のこと…物質的には対応できる。できると云っても、困っている人全員に平等にうまく全体にいきわたる様なシステムは、先例があるとはいえ行政側では混乱する。一方で今までの様々な被災地での支援ボランティアで学習されたソフトがあり、決定的な大きい問題点を指摘されることが少ないように見える。最初の復旧作業では、自衛隊や警察、消防隊などハード主体、次いで精神的にも安定出来る元の生活に早く戻ることができるようにソフトの方が重視される。人と人とが柔らかくうまく絡むことができるようシステムができるソフトの確立。ふと思い出す・・この間の賢治の詩。


いつまで続くのか

2016-04-21 00:00:00 | Weblog
 いっこうに止まらない地震情報のこと。どれだけ痛めつけられれば許されるんだろうか、どれほど耐えると安心が出来るんだろうか。
 
地方紙に「ガンバレくま本」とスポーツ欄で云ってくれたところで当事者でない場所にいる自分達に向けてチームジャパンとしては意気高揚が求められるのかもしれない。
 今年度から刑余者就労支援相談員に新しいメンバーが加わった。Yさんというベテランの方である。早く戦力になり、戦いの戦列に入って欲しいと願っている。

 「あらゆる悩みは対人関係の悩みである」というアルフレッド・アドラーの心理学によると、
 今の自分が生きづらいのは『幼い頃に親の愛が足りなかったからだ』とか、『親から虐待を受けたからだ』と、過去に親から受けた教育を原因だと考える人は少なくありません。しかし、過去の経験が私たちの何かを決定しているのではなく、私たちが過去の経験に『どのような意味を与えるか』によって自らの生を決定している」:岸見一郎、と考える。
 それに照らし合わすと、数多く私たちが接している刑期刑名のついた罪名を持つ受刑者が、一応に仕事のことで相談室に現れて、しかも本音を出すことにおびえながらも、数か月後の自分のさしあたっての過ごし方の話を聞く時、いかなる態度で聞くことが良いのであろうかと考える。
 
 犯罪を犯し逮捕され送検されて裁判所から矯正施設送りとなる。以後の施設内処遇についての書類を見るにつけ、例えば幼少時からの成育記録があり、家庭環境が記されている、そのような文章を読む時、アドラーが言う意味付けのことに途惑ってしまう。
 親からの虐待であれ、愛情不足の側面であれ、それぞれの家庭や親御さんの性格とか条件の相違があるだろうが、それをどのように意味づけするのか、といった視点で話を聴くことは少ない。

 異口同音に自分は惨めな生活を送っていた・・などと話す人はいない。いないがついついこちら側で想像をしてしまうことがある。だから想像をすることで予定調和のごときに意味づけする危険性をもっている。