年金受給者の日々へ 悪戦苦闘の記録から

自分のXデーに向かってまっすぐに走る日々
   年金受給前の悪戦苦闘の日々より

ECCAの役員会

2015-02-28 00:00:00 | Weblog
 夜行バス利用での奈良の往復より、船内のお風呂目当てにフェリーに乗ることを選んだ。

 特に荒れる海での航行は湯船がローリングやピッチングで揺れる。その揺れる湯に入ることをなぜか好んでおる。でも行きも帰りも揺れることがなかったのは残念。しかししゃべり口を持つ自分は、行きの船内では同室の客と中高年の日常の処し方について情報交換で盛り上がる。客は二人だけだから話がついついはずんでしまう。客は大阪南港から関空に行き台湾に行くのだそうだ。

 昨夜は二人の同級生を呼んで森ノ宮駅横の茶店でおしゃべり。中高年高齢期を前にして健康問題や毎日の過ごし方をいつものようにバカ話。カトー君にテーヤンの二人。テーヤンとは50年振りに会うも面影が残っているのですぐにわかる。2年前の脳梗塞によりリハビリの毎日だとか・・。で、考えた。二人とも故郷を離れること50年余り。懸命に生きてきたんだろうと。大阪の地に根を張り生きている。故郷を離れる決心をしたのは、高校に上がる経済的な負担を親にかけたくない一心とハタラクことで自分の経済的物質的な夢をかなえたいと思ったからだと云う。そうか、そうだったのか・・・私はその年齢で高校や大学に行くことを当たり前のように考えていたが・・そのような同級生と比べて自分の幼さを思い知る。彼らと同じ教室の机で受けるテストが何点やったとか、宿題がどうだとか50m徒競走で勝ったとか負けたとか、何と軽かったことか。

 キャリアコンサルタント研修会のあと理事会あり、ECCAの問題点や今後の話をする。次年度の役員等についての議題もある。私が提案しているのは、改革として若い人と女性の理事長を含めた役員にしようと。自分は何もしない役員だから今回で降りようと考えている。

アニキと呼ばれていたが

2015-02-27 00:00:00 | Weblog
 今日まで威張れるほどの大した人格を持っていない私に対して“アニキ”と呼んでくれる身内が数人いる。そのうちの一人は昨年11月に亡くなった弟である。亡くなる前には“オニイサン”などと上品に呼ばれてもいたが、それでもベッドに横たわり自分の意思を手足に伝えることができない身体につき、私が弟の家に行くと鈴を鳴らしながら、アニキ~などと呼ばれて用事ごとを頼まれていた。

 二人目の奈良に住む従兄弟の5歳下のM君からも“アニキ”と呼ばれた。母の兄弟姉妹の内で私が最初に生まれていることもあって従兄弟の中で自分が最年長の従兄弟頭となる。幼少のころからよく行き来をしており仲の良い従兄弟である。例えば小学生の時など、ハンカチに書かれた住所氏名の名札を胸に付けてもらい、当時関西汽船の「にしき丸」や「るり丸」に乗船し、子どもだけのM君兄弟で夏休みの1ヶ月の間遊びに来ることが夏の行事ごとであった。まるで伊予市の海岸傍の我が家が海浜学校と化していた。

 M君は難関中学に入学し高校に上がる頃、私をニイチャンと呼んで相談されたことがある。地元中学ではなく遠方に電車通学をしていた体験である。毎日満員電車に揺られて学校に行き様々な経験をする過程で、疑問に思ったそうだ。「人間とはいったいなんだろう」ってこと。M君は、ある日、朝自宅を出て学校には行かず大阪の道頓堀の橋に座り込み、目の前を通り過ぎる人を上目使いに長時間眺めたそうな。なぜ人は生きてるんだろうか・・などと考えたそうな。それを私に話しかけられても皆目わからない自分は、M君はおもろいやっちゃナァ・・程度の返答であっただろうと思う。
 M君は将来の仕事ととして航空機のパイロットを夢見た。だから大学は航空機の操縦ができるところを選択した。九州にあるその学校では、仲の良かった先生と、例えば昼ご飯を食べに長崎のちゃんぽん食べに行こうか・・とか、高松のうどんを食べに行こうか、などと誘われ、「セスナに乗せてもらって行ったよ、上空から海水浴をした海岸も見たよ~」と楽しそうにしゃべってくれたこともあった。愉快なM君は、学生のその当時、癌で闘病中の叔母(M君の母親の妹)の病室を見舞い、千羽鶴の房のように荷物タグが取っ手に莫大についたままの旅行鞄をおもむろに開けて、航空機内でCAさんから大量に貰ったキャンディを病室内の患者さんにも大きな笑顔のままお土産として配ったそうな。それを点滴チューブのついたままの叔母が、M君が来ると静かな病室がいっぺんに嵐に見舞われたようであった・・などと今はすでに亡くなったH叔母が話していたことも懐かしい。
 ライセンスを目指していたけれど身体を壊したM君は、方向転換せざるを得なかった。パイロットから技術者の道へ進みやがて会社を興した。
 オムロングループや堀場製作所を取引先に持ち、医療機器の制御装置組み込みのソフトウェアを開発する会社として京都で操業をしている。

 社長であったM君も病に勝つことはできなかった。2年前から入退院を繰り返していて、昨年も弟が亡くなった際には電話をもらい、Yアニキ(私のこと)とは違って、すべてに優しかったKアニキが死んだ、と電話で涙を流してくれた。つい2ヶ月前のことである。
 そういえばM君の工場を中国に作ろうと計画していた当時、入札しているライバル会社に大手の日本商社があったけれど、M君が、(諸説があり結論が出ていない)日本軍による虐殺行為の犠牲者数30万以上とも10万以上とも言われる南京大虐殺事件において、記念館での思わず出た涙が中国担当者の目に映り、以後取引を円滑にすることができた・・などと思わぬ効用のことを話してくれたことも懐かしい。
 今日のお葬式は取引先の影がなく内々だけ、家族だけの10数人だけでの家族葬であった。
 
 奈良公園の鹿を車中から眺めながら斎場へ行く。何もM君の力にもならなかった私を“アニキ”と呼ぶことは二度とない。合掌。

100円コーヒー

2015-02-26 00:00:00 | Weblog
 酒を飲みたくてたまらない・・などと思ったことは一度もない。体質に合わないんだろう。だから、お付き合い程度に少々たしなむレベル。しかしコーヒーは好きなんだろう、一日に6杯以上は飲んでおる。近頃ドリップ式で飲むことが増えたのは、戴きものの炒ったコーヒー豆の袋が溜まっているからである。賞味期限もあるだろうし。paperフィルターが少なくなったので買っておかねば。若い時はカリタコーヒーメーカーで淹れる時間がゆったり流れていくのを感じるのが嫌いではなかった。
 さらにジャマイカ豆をやはり同じカリタコーヒー手挽ミルでゴ~リゴ~リと挽くときの薫りも捨てたものではなかった。
 それは、まだまだゆっくりの時間があったときのこと。今は面倒くさくなりせいぜいドリップで淹れる。それでもさらにさらに面倒くさい時は、大瓶特売580円のネスカフェが多い。奥さんが通常スーパーで800円足らずの品の特売日にいつも2個買っているのである。
 外出中に飲みたくなればやっぱりコンビニ100円コーヒーに限る。友人にどこが好きかと尋ねると、みんな意見が違うのも面白い。私は、これらの中で美味いと思う好みは

 が1番
2番に  3番が
4番が   次に  と
 それと今後の研究課題として、次男達の住む札幌を中心に展開している の舌触り&味覚のチェックをやらねばと思う。
 今日は南予の拘置所へ出向き相談し終えたあと、奈良での葬儀出席のために出発する。

アタマに入らない

2015-02-25 21:17:51 | Weblog
 集中力がないようだ。根を詰めて考える力が衰えているようだ。なぜならば読書をしてもたいて3~4ページめくればとっかえひっかえしながら他の本を読んでいるような按排である。例えば、好きな作家の一人、宇江敏勝さんの
などは、「山びとの記」や「山に棲むなり」の作家初期の作品のインパクトを引きづったまま読んでいるので小説ともなるとちょっと違和感があったりして、3ページ読んで本を交換し、次の  を今度はななめ読みしながら、お受験関係の本を多数出している作家さんは精神科医でもあり、ウツに関しての考え方に数ページだけフムフム感を抱き、次
  また3.11を考える自分の「支援の思考回路」のチェックを4ページほど行い、次 
 もう一度読んでみたいとソローを出すも、これは2ページ限定ですぐに飽きてしまう。でも、まだ眠気が来ないので、次
  ・・・とまぁ・・何読んどんじゃい・・状態で。
 このように枕元にある本を適当にとり、つまり読みくさしの本を常に数冊もちながら、一気に読むほどの集中力も失せたアタマで枕元に置いている。そして眠気が来るのを待ち構える毎夜の日常。これでいいのかと・・・
 昼間の「こころ塾」ではちょっと気になっている人に仕事のこと・家庭のことなど気持ちを聴いてみた。懸命に生きている人の話はつねに楽しく触発される。

なんでこうも・・

2015-02-24 20:52:41 | Weblog
 昨日からの黄砂が空を覆い尽くしておる。

 いつものように9時過ぎには刑余者との面談に入る。今日は40歳の人。DVによる問題行動が何年も続く。内妻が受傷した顔面や身体の打撲は重症であった。女性との結婚離婚を数人との間に反復していたがDVに至る行動には自らの生い立ちの不遇に起因するのかもしれない。実父の不倫により愛人との間に生まれたのが自分である。実父と不倫相手の実母とは籍が入っていないが認知されている。このことが影響しているのかどうか、自分にはわからないが人の温もりを強く求めつつも、被害感や孤独感に苛まれ、粗暴で安定しない女性関係を多く作った。7人との女性とのかかわりがあり子供も作ったがそれぞれ元妻も内妻も子供を引き取り養育しているけれど以後つながりはない。面接中の私に対する態度は、異常にペコペコする。すぐ「ハイ、スイマセンスイマセン」などと人との関係で対等に話し合う自信に欠ける。面談者に対する位取りが奇妙なほど。人との関係性においてやるか・やられるか、するか・されるかのような二者択一的な上下関係で人とつながる点に特徴があるように見える。青年時にはリスカの経験あり。全体的に自信のなさをカバーしようと仕事においては20をゆうに超える資格を保有していることも特徴の人である。本人の広汎性発達障害を疑っている。計算ができない、数に関する仕事は難しいなどと述べたからである。対応として、今後の動き方を心療内科、療育手帳、障害手帳、障害登録でのハローワーク利用といくつかのキーワードをアドバイスする。
  面接を終え、鍵を次々と開けてもらって外に出る。車に乗りスマホを見ると着信履歴が何度かあった。すぐ電話をする。もしや、と思っていたことがその通りであった。ジツハ、奈良の従兄弟が今朝亡くなった、という報せであった。

難儀やナァ

2015-02-23 18:47:06 | Weblog

 ネコヤナギも陽光の中で光っている。菜の花は盛りで

 三日ぶりのお散歩は、本日に限りなぜだか足腰とも立ち止まるほどの痛みはなく60分間歩きとおすことができた。めずらしいこと。

 この2月中旬は次年度の就労雇用契約に向けてヒアリングや面接などが予定される行政機関が多い。ハローワークしかり。この前ハローワークのSAさんや障害担当のNさんに、来期はどう?と尋ねると、来年度は雇用が決まってます・・などと安堵した声が返ってきた。ハローワークとて求職者の相談が前提であり、本人においても仕事が決まっていないと安心できないだろうと思う。このようなハローワークの仕事の業務にしがみつく姿勢の人いれば、私も同じではあったがハローワークの仕事に生活の安定を求めることなく、むしろきれいさっぱりと足を洗いたいと考える私の周りの友人知人もいる。ハローワークの相談ブースに長らくいると上から目線で人を見る癖がつく人をしばし見かけるが、そのような彼女彼らを見ていると、しんどいことやってるなぁ・・と思ってしまう。国家公務員さんと同じくらいの人数で日常業務をこなしている相談員さん達である。

 で、私の方、先日刑務所の職員さんに、来年も来ていただけるんでしょうね・・と念を押された。もちろん来年度も刑余者の就労支援を考えており途中でやめることは考えていない。現在全国78ヵ所の刑務所での就労支援について他所ではやっていないことを先んじて次々とやっている。もちろん私が提案したことも含めてトップが理解をし応援をしてくれるからである。でも・・問題が・・実は、毎年履歴書を出さなければならない。月初に言われていたことがまだ提出できずにいた。午後履歴書を書いた。が肩が凝ってしまった。歯が疼く。

正しい朝ごはん~正しいお母さん

2015-02-22 00:00:00 | Weblog

 ニッポンの正しい朝ごはんは、卵に海苔に焼き魚、味噌汁に漬物に米粒が立っているごはんでもあれば100点。昨夜の疲れもそこそこに、朝風呂に浸かった後に腹に収めることに。
 東京から来られた旅館の女将さんの趣味は面白い。館内に招き猫がいれば

森の妖精もいるようで館内は自作の芸術作品が方々においてある。

 同じ理事でもある中小企業家同友会会長も昨日からテーブルにつき議論の中に入って頂いたし、実り多い合宿をジャスト12時に終了。帰宅すれば我が家の庭の片隅にも春を見つける。

 いろんなところに顔を出していればお誘いの連絡も多種多様。しかし今日の午後のお誘いは3男から。トーサン、友達が個展開いているので一緒に行こうか・・と誘ってきた。作家さんは3男の小中の同級生の林さん。妻と3男と3人でお出かけ。

 作家さんの作品に対する情熱を思う。



 多数展示されている作品の中で自分はどれが好きかと作家さんに指を指してもらったのはこれ。

 解説が愉快である。自分が産んだ子供との関係を離れたくもあり放したくもない距離の中で描きおえた時の感情は、便秘が続いたあと、ある日突然大きなうんちが出たような開放感があったのはこれです・・と。

「こころ塾」の合宿

2015-02-21 10:00:00 | Weblog
 設立後7年目を迎える「こころ塾」は、度々泊り込んでの研修合宿が恒例になっている。場所は島の民宿であったり、ユースホステルや青少年センターなどで泊まり込み、自分たちが練り上げた理念、経営方針、今後の活動計画などを徹底して各人に落とし込んでいく作業を今まで何回も繰り返した。つまり全員で共有し得る哲学であり目標であり具体的な方策の実行であろう。何しろうつ病に関わる治療ではなく、医と連携しながらウツで苦労する人をいかに傍らに立ちながらどのようにサポートすることが大切なんだろう・・とモデルのない領域で自分たちが手作りをすることに特長がある。で、今回の合宿は初めて、温泉旅館でやることに。鈍川温泉の美賀登旅館である。伊予の三名湯の一つに数えられる温泉である。効能は神経痛とあれば行かざるを得ない。川に沿って建てられているこの旅館は、黒部の宇奈月温泉で泊まった旅館を思い出した。道路上には平屋に見える建屋もいざ湯船に向かうともなれば地下何階かに降りて川底に近い所まで行かねばならない構造は宇奈月のそれと同じ。

 今日の天気は遅くに雨が降るとの予報、石鎚もぼんやりと近くに見える。

 出発する前にタカシちゃんがやってきて彼岸桜とエゴノキの剪定を

 そして午後現地に10人が集合しての研修開始。

 進捗状況のチェックをしたり、 問題点の整理のためにKJ法での問題点をあぶりだしたり気づきを考えたり・・と。

 今年の12月から50人以上の事業所には、一般健康診断に加えてストレスチェックが加わる。そのチェック診断の受け皿を我々が担って行きたいと考えている。さらに忙しくなりそうだ。それには人材がいる。専門家集団である我々には人材が不足している。何とかしなければならない。スタッフの一人が前職の医局時を思い出して、年に何時間か以上の外部研修を義務付け、スタッフが各人自分の必要な項目に関して県外での学習をすることを含めて、組織の成長に伴う“学び”を入れようとしたことも(現在は産業保健推進センター主催の研修は各人数コマ参加してはいるが)目新しい。かなり教育研修の費用が膨らむだろう。

癒される

2015-02-20 21:15:59 | Weblog
 一日中ブルースカイ、文句なし、アッパレ。
朝の石鎚、

 天晴れ。

 次は昼の石鎚

 次も、時間をおいて

しばらく佇み眺める。

 文句なし。
 いつものコースを歩くと白梅


 に桃の紅色が・・

 な~んも考える頭からエスケイプ。スッコ~ン・・・でも・・

 おとといのラジオ深夜便4時台の「明日への言葉」の登場者が話す言葉に二度寝ができなかった。“ものづくりアドバイザー”の川端政子社長さんの唱える3S運動のこと。整理・整頓・清掃の三つのSが業績を上げるなどと云ってる。単なる在庫の整理であったりゴミを捨てることではなく、川端さんの主張は“今まで当たり前にやっていた日常的な仕事をいったん壊してみる、必要とか、重要とかを捨て去ってもう一度物を作ることの意味を「考える」こと・・につきる。だから業績が上がるんだと。つまり仕事に慣れないことが考えることにつながるとでも癒えようか。

ヒイバァにバァバにジイジに

2015-02-19 21:52:35 | Weblog
 母親がまだ3男ちの曾孫の顔を見ていないという。身体の調子を見て外出が出来そうであれば連れて行く約束をしていたもののまだ実行していなかった。午後に3人で会いに行くことにした。寝てるところしか見てなかったけど今日は目がぱっちりと開いていてご機嫌の様子。
姫を見てみんなニコニコ。赤ちゃんも3人をそれぞれ見つめてニコニコ。赤ちゃんは共通して大人から笑顔を引っ張り出すことの出来るマジシャンのようだ。先週は埼玉で二人の幼児から元気をもらった。今度は北の大地で暮らす二人の幼児にも会いに行かねばと思っている。
  今日の相談室。判決が懲役刑7年の青年。間もなく満期釈放を迎える。眼光が異常に鋭く感じられる。でも私を威嚇してくる光線ではない。むしろ今後の社会生活に適応できるかどうか、の自己葛藤によるものだと思われた。帰住地は4年近く前に震災に遭った東北の地。本人は当時そこにはいなかった。関西の拘置所にいた。実母が小さく営む居酒屋も便りでは閉鎖されたままだという。何とか実父と離婚をし女手一つで苦労しながら高校卒業まで育ててくれた母親を、今度は自分が面倒を見たい、とはにかみながら私に述べた。小学生時に実父は女を作って自分たち家族を捨てた。だからこのような勝手な父親を許すことができなかった。やがて本人は高校を卒業し都会に出て就労生活に入った。
   ここまでは本人から聞いたこと。以後は私の想像・・
 だから許すことができなかったんだろう。婚約者と自分の先輩と3人で飲みに行き、盛り上がり二次会でカラオケに行ったまでは良かったが、本人がトイレに行ってた数分の間に先輩が婚約者の身体に乗っかかろうとした瞬時の出来事を見て、先輩をついつい・・・。そしてそのまま逮捕となった。深層の意識の中に、小さい時に出て行った実父の幻影が表れたのだろうかと想像をした。
 心理的な療法として認知行動療法とか論理療法、交流分析にフォーカシングに来談者中心療法等々。自己一致やら傾聴やら様々な言葉で賑わっている。近頃自分は、カウンセリングなどの言葉や漢字、カタカナに辟易しておるようだ。アサーションなどとアサーティブな表現しようが、口先だけが大きい人間の顔を見てしまうからである。こころが感情に瞬間移動し顔にマークされ、そしてそれを横の人が表情を読み取り・・・などとネガティブな作業は、人として生まれてから人が物体となる80数年の間の出来事のなかで、さほど大した問題ではなかろうが・・と思ったりもする。コミュニケーション力アップなど詮無いこと。そんなことより一途に自分を磨くことを優先したいと・・対人関係人間関係・・のテクニック中心はなんだか小賢しい。良い点を取るための一夜漬けの勉強のようで面はゆい。
 ましてやそんなことを仕事として稼ぐとは仕事の中では高貴の場所からほど遠く思ったりもする。人との意思疎通の必需品アイテムだとしても、自分を改造しレベルアップを図るなど人とのドロドロとした交流を想像する。ソロー「森の生活」のような誰にも邪魔されず町を離れて自然の中で動植物を眺めながら読書をし、着飾ることも贅沢な食べ物を欲することもなく、パワハラやセクハラも受ける環境になく、威張リ散らす相手も存在せず・・のごとく、つまり、引きこもることの重要な時間が否定されている時代が、ちとしんどい。