年金受給者の日々へ 悪戦苦闘の記録から

自分のXデーに向かってまっすぐに走る日々
   年金受給前の悪戦苦闘の日々より

中学校の同級会

2017-09-30 00:00:00 | Weblog
 どうしてみんな仲がいいんだろう・12時に始まり、2次会が終了したのが21時。その間、飲む・喋る・喰う・笑う・喋る・笑う・喰う・飲む・笑う・喋る・笑う・ほとんどの時間笑ってる、みんな。連続する笑い声が絶えない時間をかつて経験したことはない。

 幹事長のユタカさんの挨拶から、もうみんな笑ってる。

 ワイワイの轟音が鳴り響いてるような

 男女関係なく下の名前で呼び合える同級生。私もヨッちゃんと皆に言われるのも久しぶり。

 2年に1回集まることにしている。関東方面から5人、関西方面から6人の遠路から来られた人含めて56人。なんだか毎回参加人数が増えているような・・。
 
 古希の祝いとして
 紅白饅頭と赤飯。これはオーシタ君からのプレゼント。
 出席者のお土産持参もうれしい。
 埼玉のサナエさんからはプリントタオル。
トモ子さんやキョウ子さんの手作り作品は毎回手が込んでいる。

 ハルやんからは、 神戸のおはぎ120個。

 そして考えた。どうしてみんな、全員が笑顔になり楽しくしゃべっているのだろうかと・・考えてみた。

 それぞれにできたいくつかの輪の中にいれてもらって話を聞いた。昔々15歳当時のこと。時計の針を戻す。

 一つ、将来がどうしてよいかわからない、不安と希望の入り混じった、でも体力があり食欲もあり腹さえ満たせば、ただただ一生懸命にやれば、もしかして何とか生きていけるのではないかと、もがきあがきながら青春時代を送った自分たちを知っている者同士だからこそ、古希を迎えた今の「私」が「15歳の私」に出会える時間が有ることの嬉しさと懐かしさではなかったか。
 二つ、子も巣立った、孫もいる、仕事がなくなった、主人が亡くなった、妻が亡くなった、親も亡くなった、健康もおぼつかなくなった今、喪失したもの、捨て去ったものの方が入ってくるものや獲得したものより圧倒的に多くなったわれわれの今の姿である。横を見れば同世代は云うに及ばず同級生も次第に亡くなっている今、先行きどうなるんだろうかと・・「不安」のこと。孤独感に苛まれている。子や孫や配偶者に囲まれていても孤独感がつきまとう。だからお互いに理解し合えるかつての友人とつながっていたいの気持ちが湧き起る。誰か社会とつながりを持ちたいと最初に考えるのは昔の同級生であり友人ではないか。
 そして三つ目にわかったこと。同級生の15才時、何人かの友人の家に遊びに行ってた。畳ではなく藁を敷き詰めた部屋で数枚縫い合わせて拡げた麻の肥料袋に刻んだ藁を入れてかけ布団にしていた家が少なくない時代である。その家庭の子女に「高校に進学し勉強をする」余裕などなく、日本が高度経済成長する初期の頃、中学卒業後集団就職せざるを得ない。
 総理府統計局調査資料では現代には確かに貧困家庭があり、例えば生活困窮者自立支援制度に乗っかる人も多いが、のぞいて今のようにもし教育に目を向ける余裕があったとすれば、学業成績優秀な頭のいい人が、今日の出席者の中に何人もいただろうと思った。彼ら彼女たちの中には、頭はイイが家庭の経済的理由に因り勉強を放棄した者が少なからずいるだろう。このような人は同級会には出席してるんだろう。反面頭が悪い?にもかかわらず教育熱心な親に脅迫されつつ嫌な学業生活を中途半端に送ったように思われる人は出席していない、とおもわれたこと。

 まとめると、衰退するわが身に抗うかのように伸び盛りの盛んであった自分を懐かしんで昔々机を並んで座っていた当時の自分を再発見する・・・そのことが楽しい・・ということではないか。

 腹が出てる、髪も薄くなってる、顔のしわが多いとはいえ、一人一人の笑い顔は、15歳の顔と同じ顔である。男も女も。その笑い顔で15歳の同級生を見つけることができた。

 今日は晴れ。会場から見下ろす瀬戸内海の波穏やか。
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病院から病院へ

2017-09-29 19:50:43 | Weblog
 自分は昔から夜の町でもハシゴ状態で飲み歩く習慣はあまりない。40歳くらいまでの若い時には体力があったのか、赴任先でウロウロしていたことはあった。しかし体力もなく、興味もなくなった今12時過ぎまで遊ぶことはほとんどない。

 そのかわり、病院のハシゴは機会が増えた。今日は泌尿器科クリニックと内科のいつもの病院へハシゴ。
 前立腺の薬が切れて1週間が来る。と同時に夜のトイレ回数が増えてきた。例えば今日は、0時半、2時、3時、4時と1~2時間ごとに尿意をもようし目が覚め起きる。よって熟睡時間が減少する。それと血糖値の管理のために、さらに高血圧管理のために・・・と。薬が切れたのを合図に行くことにした。

最初の泌尿器科クリニックは、Dr.から「調子は?どんな?」〈薬が切れてるから夜起きる回数が増えましたね・・〉「早め早めに来てよ~」「ほんじゃ薬出しとくよ」と・・・ため口会話。今日の患者さんはいつもの日に比べるとガランガラン、私の前にお二人だけだから診察室に入るのも早かった。だから〈せんせい//今日は人が少なさそうだから、こんなヒマな日もエエなぁ・・〉などと余計なことを云うと、「いつも昼前から忙しくなるんよ・・」と反論してくるのが何となくおかしい。ヒマなクリニックを現わしたくないんだろう。
 10時にクリニックを出て、次は生協病院へ。
 マテヨ・・・さっき尿検査コップに出したばかりではないか、生協病院でも同じように検査コップを出さねばならないのに、果たしてすぐにオシッコ出るんかナァ?

 採血時には自分の趣味にもなっている看護師さんへの一言。〈〇〇さん(名札を見て)は採血に自信がある方だと思う?〉と寸前のプレッシャ~をかける悪趣味。「イヤ~うまくない方だと思います」とほとんどのナースが答える。〈であれば私が採血される代わりに採点をしてあげるよ・・〉・・・評判のよくない患者だろうと思うが・・でも今日の看護師は下手なほうだった。痛かったから。しかし採点は〈ウン合格・自信持ってやってよ・・〉などと嫌われながらも、これも患者が良い看護師を作るための努力義務だろうと・・思っておる。

 生協病院の内科はたいてい2~3人のDr.がつめている。私は毎回どのセンセーを指名しようかと考える。いつも同じDr.に見てもらうことより様々な先生の意見や考え方を聞きたいという理由に因る。しかし病院側は、先生を決めてくれと注文を付けて来るが、無視。自分の病気は自分が責任持たねばならない。だからいろんなDr.の意見を聞いておきたい。
 今日の内科担当の先生は5人もいる。その中で知らない先生の名前を見つけた。〇〇みずき医師、と知らない名前があった。オ~女医さんではないか・・じゃ・お願いしたところ・・・診察室に入れば後期研修アルバイト医師・男性

  しかしここ10年の間では最も詳しく説明していただいたと思う。わからないことはわかりませんというところが気に入った。Hba1cがこの1年右肩上がり状態。そのことについての意見聴収。「まだこれくらいのレベルだと高血糖値に因る足のしびれはないと思いますよ。むしろ痺れの部位を見れば脊柱管狭窄症によるものだと思いますよ。」〈だから今自分はスポーツジムに通って腹筋・背筋・腿の表裏の筋肉を鍛えていますので、運動すれば痺れが取れるのではないか・・〉すると若い研修医は「いや~関係ないでしょう、それは気の持ち方でしょう。まぁ悪いことではないので運動してください。」〈ウ~ヌ〉
 
 で、またまた新しい若い先生に最後の質問。〈先生は、なぜ内科を選択したんですか?〉すると将来のある若い先生は応えてくれた。「ボク手術が苦手なんです。だから医の中心は内科ですから選んだんです。」・・・と名札を見れば内科・家庭医療科と書かれたあった。
 病気と闘うのは自分、それを補佐するのが医師。
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24節気72侯

2017-09-28 00:00:00 | Weblog
 24節気では「秋分」、72侯では「蟄虫培戸」=(虫隠れて戸をふさぐ)。
 ラジオ深夜便を明け方布団の中で聴いてたらアナウンサーが72侯の話をしていた。解説によれば今まで活動していた虫たちが土に潜り入口の戸をふさぐ頃。冬籠りの支度をする時期である、と。

 その自然の移ろいになぞって戸の外でウロウロしていた自分もそろそろ土に潜って戸を締めて冬籠りの準備をしなければ・・冬眠する前は熊のごとく栄養を取らねば・・

 伊予市議会議員を降りた中学校同級生のヒロスケは長年の議会場出入りを辞めた代わりに農業にいそしみ、その合間に商売として蜂の駆除作業をやっている。今時が忙しいらしい。そこで先日、電話で蜂の子を喰いたいから持ってきてよ・・とお願いをしておいた。


 で、一昨日さっそく大きなナイロン袋にどさっと大きなスズメ蜂の巣を入れて持ってきた。ウウウウなんじゃいな蜂の子だけを取って持って来てくれるのかと思いきや・
 袋の中は羽化した蜂が動いてるではないか

 今年の夏は私が1回、奥さんは3回あしなが蜂に攻撃された。私は今も刺された個所が痒いほど。 
1日置いて蜂が動いていないことを確認した上でさっそくピンセットでとる作業に集中。


 ・・怨念を込めて・・・
   蜂の子の佃煮を作ることにした。もっぱら作るのも食べるのも自分一人、見るのも作るのも嫌だと奥さんが云う。

 30年ほど前に養蜂家の知人から頂いた蜂の子を食べて以来、久しぶりのゲテモノ食い。ウマイ ホワイ 冬眠前の栄養蓄養だからウマイまずいと言っておれないワケよ。

 刑務所内で受刑者のキャリアカウンセリングした後、ジムへ行く前の小1時間蜂の子取りに没頭した理由は、今日東京拘置所と川越少年刑務所へ出張に行ってくれないかと・・上役さんから相談を受けたこと、どうやってお断りをしようかと考える時間を作りたかったため・・出張は疲れる、遊びだったら即OKなのに。 
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新園舎の新築工事

2017-09-27 00:00:00 | Weblog
 うちの子供たち4人とも通った北梅本幼稚園の新築工事の槌音が喧しい。この地区の幼児が増えたのだろうか、園舎が大きくなるそうだ。




 今日の釈放前所内面接に来ていただいた事業主さんは、今まで来られて面接をしていただいた事業主さんの中でも、厳しく芯を突くようなざっくばらんな暖かな印象を受ける面接であった。お願いする身柄は60歳を超えている、何度も職を転々としている。身寄りはいない天涯孤独の身。私が数回面接を担当して感じたことにIQ等の知的障害を感じるが、最近の仕事はそれでも10年以上継続していた。それまで転々としていた職業はクラブなどの飲食業やコンビニ、タオル製造やパチンコ店など。うまくいかなかった原因にイジメに似た環境があったに違いない。それまでのきれいな仕事に就いていた職場環境に比べて最後の仕事は、工場内粉じんで顔が真っ黒になような仕事。そこで一人黙々と仕事をしていた。そこに本人の居場所を見つけて就労していた実績がある。


 「煤や粉じんで顔が真っ黒になる」「一人で黙々・・」のキャッチコピーの中に浮んだのは産廃処理業。ゴミの山をかき分け臭いや汚れも乗り越えられるだろうと。。。本人に相談したところ、ぜひ受けたいと申し出があった。



 うちは頭のいい人はいらない。マジメに遅刻しないように毎日来てくれる人、黙々と頑張ってくれる人が欲しい・・・などと事業主さんに説明してもらうと・今日の受刑者は働かせてほしいと願った。

 即採用決定。
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自然からのお報せ

2017-09-26 00:00:00 | Weblog
 昨年までと違うのに金木犀の香りが漂う日時のこと。私の脳内記憶にあることは、例年10月2~3日に金木犀の香りが辺り一面に漂い始める・・のに今年は1週間早いってこと。

 我が家の両隣の家の庭にある大きい金木犀から朝に昼に夕に香りが伝わってきている。


 そして椿の実も風に吹かれて地面に落ちる

 近所のHさんがやって来た。柘榴を食べようよ・・と

 割ってみると・・チト早かったなぁ・・などと云いながらむしゃむしゃと口に入れて種を飛ばしている。

 久しぶりに神戸の従兄弟からラインでお報せあり。文学賞受賞のこと。
 
 一昨年は神戸新聞社文芸賞、先日は日本リスクマネジメント学会からの受賞。対象になったのは、亡くなられた従兄弟の奥さんのK子さんを偲んでの遺稿集「神々の丘」に対して。
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次は

2017-09-25 00:00:00 | Weblog

 先週で「塀の中の就活プロジェクト」は終わった。余韻に浸る時間が無い。今日も大阪の力協力雇用事業主さんが忙しい合間をぬって飛行機で飛んでこられた。滞在時間50分間、この間に身柄の面接を終え本人に納得してもらったうえでたぶん次週から就労することとなるんだろう。私が今までに大井造船作業場、いわゆる「塀のない刑務所」と呼ばれるところに数回訪問し面接を重ねた相手である。偏差値の非常に高い国立大学を5年生で中退してから、彼の人生が変わった。ギャンブル依存症による、お金の問題に直面し、窃盗、建造物侵入、住居侵入・・・の罪名が付く。事業主さんに内定のハンコをもらう。

 次の釈放前事業主面接は明後日の予定。この流れは全国の矯正施設の中でも上位に位置するものと思われるが・・・、それがどうした?・・の自問が自分には突き刺さっている。
 
 30日の中学校同級会の最終打ち合わせをユタカちゃんと待ち合わせ。会場のイスなど室内のこと、それとお土産のこと。紅白まんじゅうと赤飯、旧中学校校章入りタオル・・に同級生が道の駅などに出品し販売している小物などなど、すべて同級生から皆さんにと・・プレゼント。

 ビールやお酒のこと。昔に比べるとずい分消費量が減った。もうすで楽しく飲むというよりみんなで楽しくお話をしながら・のような。だから〇〇くらいで足りるだろう、と胸算用。
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故郷の空

2017-09-24 00:00:00 | Weblog

 宇和島市出身の大和田建樹作詩「故郷の空」の歌がラジオから流れてきた。

夕空はれて、秋風ふき
つきかげ落ちて、鈴虫鳴く
思えば遠し、故郷の空
ああ、わが父母、いかにおわす

すみゆく水に、秋萩(あきはぎ)たれ
玉なす露(つゆ)は、すすきにみつ
おもえば似たり、故郷の野辺(のべ)
ああ、わが兄弟(はらから)、たれと遊ぶ



 今月末から国体が始まる。いつもの公園のグランドではソフトボールが開催される。その準備を大勢の人たちがやっていた。
 


 の~ん~びりとその中を散歩。




 ところで、20年以上も前の開けずの箱を整理したところ、大事にしまってた年賀状や暑中見舞い状の束がどっさりでてきて、当時の私のお付き合いをしていた人たちが、こんなにも大勢いたんだと懐かしく思い出された。一枚一枚炉に入れる前に名前を確認すると・・・多くの人がそれ以後亡くなられていた。親類の方たちは云うに及ばず、後輩や同僚に先輩の方々・・・。思いを寄せながら炉に投げ入れること1時間以上もかかってしまった。

 それにつけても・・・情けない奴や・・大相撲の豪栄道・・・奥さんと二人で大憤慨
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故きを温ねて

2017-09-23 00:00:00 | Weblog
 古いものを整理して捨てたいと思う。そう思いながら年月が経った。とりあえず自分の埃をかぶった宝物箱のふたを開けることに。20数年ぶりに光が入った箱の中にあったものは、子供たち3人がボーイスカウトをやってた時代のもの。

 ビーバースカウト・カブスカウト・ボーイスカウト・ベンチャースカウト・ローバースカウトの年齢別によるスカウトが在籍していた当時の団の人数は指導者を含めて70人近くいただろうか。もちろんわが子も上の3人が入っていた団である。その中で自分が担当していたのは、小学校3年生から5年生までの間の子供がいるカブスカウト隊。

 当時30人ほどの子供たちを5つの班に分けて活動していた。カブスカウトの目標として「自分で考え自分のことは自分でする」「みんなでルールを作り仲良く遊ぶ」「自然や社会とふれあうこと」など掲げて日常の活動を計画していた。

 その活動計画を週ごとに考えていた・・古い資料が出てきた。
  私が40歳台だったろうか・・懐かしい・・・手旗やらコンパスなどゴミとして出すことにした。
 

 お彼岸の中日。奥さんは朝からおはぎを作っておる。昨日こしあんではなく粒あんを注文した。作り終えるとお墓へ。
 ぐずついたお天気、山も海も曇空。



そして帰宅途中に母親の部屋に立ち寄り、手作りおはぎを

 一個食べているところを眺めていると、食欲は十分にある様子。
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塀の中から就活

2017-09-22 00:00:00 | Weblog

 雨が降る前に大慌てで稲刈りをしている。コンバインの音が方々から大きく聞こえてきた。

  大阪から、広島から協力雇用事業主さんがやって来られた。市内からも旧知の事業主さんがやって来られた。またいつも面接をお願いしている事業主さんも・・・

 午後の時間、体育館に集められた受刑者50人ほどが各社のブースの前でそれぞれの仕事の内容などを説明し始めると受刑者たちは目を輝かせながら聞き入っている。なぜなれば、出所しても自分は仕事先がないだろう・・の気持ちを強く持つ彼らに対して何らかの明るい希望をもたらせる光景ではないだろうか・・

 その場所を取り巻く来客、各行政機関にプレスの取材で体育館内は異様な雰囲気が流れている。

 



 紅白の曼珠沙華が咲いた。奥さんが明日お墓の掃除行こう・・とお誘いあり。
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まっしぐらに

2017-09-21 00:00:00 | Weblog
 「塀の中の就活プロジェクト」と名を付けたイベントを明日計画している。今日はその準備。

 昨年までは募集参観と名前を付けて各協力雇用事業所さんに来所いただき所内の各工場見学や、職業訓練の様子を見ていただくイベントはあった。しかし今年はさらに受刑者自ら直接就職活動の機会に触れてもらおうと就労に対する意欲の喚起のためにも機会を作ることとした。このことは昨年12月に出来た再犯防止に関する推進法の第14条にある「就労の機会の確保等」に基づくものでもある。

 再犯のことを考える。



 数字は下がっているが再犯率が上がっている。

 内訳を見ると

 働いていない人が犯罪に走る割合が高い。


 会場設営などは職員さんにお任せするとして(体育館が2時以降でないと使えないので)、私は足腰鍛錬のためにジムへ。汗を流すこと80分

 この調子だと、次の血糖値調べは、Hba1cの値もきっと6の中ごろまでは下がっているだろうと希望を持ってやっている。・・・と、なると本当のところ自分はもっと長生きしたいと無意識に思っているんやろうなぁ・・。



 老人ホームの母親の部屋に入ると、何もすることのない母親はいつも布団に入って目をつむり口を開けて眠っている。弟が数年前までそのようであった。ただ違うところは突っついて目を覚まさせ、起き上がらせてお菓子を出すと、美味しい美味しいと言いながら食べたうえで、早くオトーサンとケンちゃんに迎えに来てもらいたい・・長生きし過ぎた・・とわめくことか。
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