年金受給者の日々へ 悪戦苦闘の記録から

自分のXデーに向かってまっすぐに走る日々
   年金受給前の悪戦苦闘の日々より

3年が過ぎた

2016-06-12 00:00:00 | Weblog

 2013年6月12日伊予市・三秋峠の坂を午後5時半過ぎにバイクで左端白線上を通行中、反対車線から普通乗用車が居眠り運転でハンドルを切るところを切らずに中央ラインを越え、そのままバイクに斜め前から時速4~50キロで衝突しバイクに乗っていた妻を大きく負傷させた。一命は取り留めたが身体の損傷はひどいものであった。

 この日を境にして私も妻も生活を変えなければならなくなった。

 事故を起こした相手の女性は泣きながら何度も病室にやって来たそうだ。しかし私も妻も相手への怒りは、なぜか小さかった。どうしてだろうか。
 大震災の渦中にいて怒りをぶつける対象を探すことより、あの時、もし、妻の手を放すことなくしっかりと握り続けていれば助かったのにもかかわらず黒い波の中で苦しくて苦しくて妻の手を放してしまった自分が許せなかった・・と涙を見せることもなく淡々と時には苦笑いの表情を見せて私に話してくれた50歳半ばの男性に石巻市の仮設住宅でお会いしたことがある。あの時自分が○○すれば妻が助かっていたのに・・などと自分を責めていた。大きな波を相手に自分一人で戦うことができなかったと云う。

 自分には、3年前の事故が天災ではなく人災だと理解をしてはいるが、仮設住宅にいるWさんが波を呪うより自分を攻め立てるのと同様に、3年前のあの日のことを思い出す時、自分がもう少し時間を遅くしておけば現場で事故に遭遇することがなかっただろうなどと自分を責めることの方が多い。

 あれから今日で3年が過ぎた。自分を攻め立てるのはもういいだろうと・・妻と散歩をしていても私より早く遠く杖の2本を持って歩いている今日、自分は妻と引き換えるように左足が痺れて力が入らず、お~いちょっと待ってくれ~・・などと私の方が事故の後遺症を持っているみたいで苦笑しておる。
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