備忘録として

タイトルのまま

Footprints of Gods

2011-05-07 14:07:16 | 近代史

 南方熊楠 (その2)、は、英国の「Notes and Queries」という雑誌に、Footprints of Godsというテーマで何度も寄稿していたということが、今読んでいる鶴見和子の「南方熊楠」に書いてある。その後、熊楠は中身を少し変えて「神跡考」と題する日本語の論文も出している。Footprints of Godsとは、神様の足跡で世界各地にある。13世紀のマルコポーロの東方見聞録や14世紀のイブンバトゥータの旅行記二人の旅程地図)にも記されているスリランカのAdam’s Peakにも巨大なFootprintがあるが、仏教徒は仏陀、イスラム教徒はアダム、ヒンズー教徒はシバの足跡だと主張している。

http://sacredsites.com/asia/sri_lanka/adams_peak.htmlより拝借

 誰のでもいいのだけれど(不謹慎か?)、世界中にあるそんな足跡や足跡信仰の起源などを「Notes and Queries」に不特定の読者が寄稿し論争する。「Notes and Queries」は、あるテーマに対し専門家もアマチュアも関係なく寄稿し議論する場を提供する雑誌で、今のネット上の掲示板のようなものである。熊楠は自分が日本人・アジア人であることを利点として日本、中国、インドにある足跡を紹介し、足跡信仰がなぜ同時並行的に世界中に存在するかについての自説も披露している。後年、神跡考を読んだ柳田国男が”外国人の東洋研究者が一人多くなった”だけだと熊楠に忠告するのに対し、熊楠は”東洋人の世界研究者がひとり出た”と自己評価した手紙を返している。柳田国男との交流は1911年から1926年まで続くが、熊楠のあっせんで知り合いの娘が柳田家で働くようになったころに”何か面白くないこと”があり、その娘が柳田家を去ってから絶交する。しかし、柳田は熊楠死後も彼の才能と業績を高く評価していたらしい。逆に、有名な植物学の泰斗・牧野富太郎は邦文での論文発表がないことと、外国での発表は熊楠が英国在住中のことで、帰国後はこれといった業績はないという憶測により、植物学者として熊楠をまったく評価しなかったらしい。鶴見和子は、熊楠が帰国後も長くNatureやNotes and Queriesの雑誌に投稿していたことをあげ、牧野が熊楠の死後憶測でこのような文章を残したことをFairじゃないと言っている。鶴見はそれに続けて、死んだ牧野を、自分がこうして批判するのも公平じゃない。と、きわめて抑制的な文章で結んでいる。梅原だったらボロクソに書いただろうに。

 柳田国男は日本人の枠から抜けられず、日本人とは何かを問い続けたが、熊楠は人間とは何かという問いへの解決にまで踏み込もうとした。という谷川健一の評価を鶴見和子は載せている。熊楠の英文の一部をネットで探して読んだが、格調高く日本語よりわかりやすい。

 ところで南方熊楠は東大予備門を中退しているが、同期生に正岡子規や夏目漱石がいる。後年、夏目漱石はロンドンに留学(1900~1902年)しほとんどノイローゼになりわずか2年ほどで帰国する。これに対し熊楠は、1886年二十歳でアメリカに単身渡り、15年後に帰国するまで、キューバ、ハイチやドミニカなどの西インド諸島を曲芸団の一員として放浪したのち、1892年にロンドンに渡り、主に大英博物館で勤務する。その間、孫文と知己になったり、大英博物館でけんかしたり罷免されたりがある中、前出のNatureやNotes and Queriesに投稿を続け、1900年夏目漱石とは入れ違いで34歳で帰国する。柳田や夏目漱石とは視点が違ってあたり前なのである。

 さて、足跡にもどって、身近にFootprintはないものかと考えたがない。似たものは、娘が幼稚園の時に粘土に押し付けて作った手形のついた彫塑の板ぐらいのものだ。ところがネットで調べると、あるわあるわ、特に釈迦の足跡を石に刻み信仰の対象とした仏足石は日本だけでなくインド、中国、タイなど山ほどある。タイでは、涅槃の仏陀像の足が体に比べやけに大きいことに驚いたが、足が信仰の対象になっていたとは知らなかった。日本では奈良の薬師寺の仏足石が有名らしい。また薬師寺では仏足石の脇に仏足跡歌碑が立ち、5,7,5,7,7,7の仏を礼賛する和歌が刻まれている。同じ形式の歌は古事記、万葉集、播磨風土記にも1首づつあるという。万葉辞典が今手元にないので確認できないのが残念だ。薬師寺の仏足跡は唐からわたってきたものだと紹介(Wiki)されているが、熊楠の論文にも日本の足跡はインド・中国からわたってきたと書いてあるということだ。福井県にも神の足跡があった。大きな岩盤が足跡に似ていることで観光地にしているようだが、こちらは信仰とはあまり関係なさそうである。


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