備忘録として

タイトルのまま

オリンピックその2

2008-08-31 22:30:21 | 話の種

ソフトボール決勝は宇津木前監督のおかげで感激が倍増し、NHKの上野投手の裏話を見て4倍増した。
ソフトボール中継は、予選の数試合と決勝戦前日のアメリカ戦とオーストラリア戦を見たが、宇津木前監督の解説は、ヒットの場面や大飛球が飛んだ時などの「あー」とか、相手の凡退やストライクの場面での「オーケー」など、監督をしているかのような発言が多いのと、ぼそぼそとしたしゃべりが聞きにくいこともあって、へたな解説者を選んだなという感想しかなかった。決勝では前監督の感情移入はさらに倍加し、7回裏2アウトの場面では「よし!、やったー!、うー!」で号泣して最後は解説にならなかった。ところが、この試合では自分も宇津木前監督と一体となって完全に感情移入し、最後は同じように「やったー!」と叫んでいた。
日本の選手たちは、前日のオーストラリア戦の延長ではミスを連発し、何度も勝機を逃していたが、決勝のアメリカ戦では見違えるような魂のこもった戦いぶりだった。逆に、アメリカの選手のほうが硬いように見えた。前日の2試合の疲労が残り、それが逆に硬さをほぐしていたのかもしれない。とにかく上野はすごかった。山田のホームランは完全にボール球だったが魂がこもっていた。三科の大会初安打のレフトオーバー2塁打は出会い頭だったが球にくらいついていた。7回表の吉本は倒れながらピッチャー前に転がしピッチャーの悪送球を誘った。
延長のタイブレークは、息子の少年野球やソフトボールで何度も見ていたので、あの場面の心臓が締め付けられるような感覚(選手の父親として、観客としての感覚)を思い出した。ピッチャーをしていた息子は何度もこのきりきり心臓が締め付けられるような場面の中心にいたが、よくやっていたものだと思う。もちろん結果はいい時ばかりでなかったが、いい経験をしたと思うし、付き添っていた自分もたくさん感動をもらったことに感謝している。だから、オリンピックはそのころの感動をよみがえらせてくれたのである。
シンガポールのソフトボールや野球大会では、1死満塁のタイブレークが採用されていたが、自身息子のチームの監督やコーチとしてこれを経験した。とにかく一球目からフルスイングである。シンガポールアメリカンスクールの野球では、オリンピックと同じ無死2塁で始まるが、こちらはオリンピックと同じく先攻はバントがセオリーである。オリンピックでのアメリカチームはページ戦の一試合目のタイブレークではセオリーを無視してヒッティングを成功させ大量点を奪ったが、これは本来ギャンブルである。

前回のブログで柔道の石井の決勝での戦いぶりをこき下ろしたが、昨日、NHKの”スポーツ大陸”を見て、石井のJUDO(漢字の柔道ではない横文字JUDO)での戦法を知り、勝つJUDOだったことを知ったので、”決勝戦はしらけた”という言葉は撤回しておく。


オリンピック

2008-08-19 23:19:29 | 話の種
北京オリンピックは後半に入り連日熱戦が繰り広げられている。お盆休みはどこにも行かずオリンピック観戦に明け暮れた。卓球では男子も女子も選手たちの神経をとぎすました一打一打から目が離せなかった。北島選手の百m平泳ぎや柔道の内柴、谷本、上野の一本勝ちには歓声をあげた。ほとんど手中にしていた金メダルが残り10秒で塚田選手からするりと逃げていった最後の10秒。なんであと10秒我慢できなかったんだと罵ったが、そのあとの塚田選手のインタビューで見せた涙と表彰式での晴れやかな笑顔はさわやかだった。格闘技は攻める姿勢が見る者を感動させるのであって、ポイント稼ぎでの勝利には何の感動もない。石井の準決勝までは素晴らしかったが決勝戦はしらけたし、レスリングの伊調姉妹の技のでない数試合はつまらなかった。負けはしたが対戦相手のほうが意気込みと勇気で優っていた。観客のエゴかもしれないが、卓球の韓陽選手が”オリンピックは勇気のあるものが戦う場だ”と言った言葉は深い。

私のオリンピック最古の思い出はもちろん小学校4年生のときの東京オリンピックである。聖火リレーは学校近くの西大工町の沿道でクラスメイトたちと小旗を振って応援し、その夜は誰と行ったか覚えてないが徳島県庁で一夜を明かす聖火を見に行った。学校の体育館に置かれたテレビを通してクラス交代で観戦したが、その時見た競技種目は覚えていない。三宅選手の重量挙げだったかもしれないしそうでないかもしれない。何分にも三宅選手の重量挙げのシーンと表彰式で金メダルを誇らしげに掲げて見せたシーンは、その後テレビなどで何度も脳裏に焼き付けられているから、いつの記憶か分からなくなってしまった。何年か後、おそらく中学生のときに、徳島ホールで映画”東京オリンピック”を見たが、その時の記憶とすり替わったかもしれない。その時はこの”記録映画”に単純に感動したが、この映画の監督が市川崑だということを知ったのは、今年2月に監督が亡くなったあとで見たNHKの番組であった。映画”東京オリンピック”は、脚本にもとづく立派な”ドラマ”で、単純な”記録映画”ではなかった。

ほんの数日前、札幌オリンピックの日の丸飛行隊の一人である青地選手が亡くなったという記事が新聞の片隅に載っていたが、札幌は高校2年のことで鮮明に覚えている。その日は県の駅伝大会で、中継地点にあった喫茶店のテレビで放映されていたジャンプを窓越しに見ながらタスキを待ったことを思い出す。陸上部で長距離を走る選手が足りないための助っ人だったのだが、翌日が実力テストだったので気もそぞろで出場した。不真面目な助っ人頼りだったチームの成績は後ろから数えたほうが早かった。試験前日の追い込みが頼りだった私の実力テストの成績も散々だった。

私のオリンピックベスト(順不同)
柔道最後の砦、斎藤仁が金メダルを取ったときの涙(ソウル)
古賀が負傷しながら金メダルを取ったシーン(バルセロナ)
円谷がヒートリーに抜かれたシーンと”父上様、母上様---美味しゅうございました。”という痛切な遺書(東京)
体操の加藤沢男の個人総合2連覇のときの床の演技(ミュンヘン)
ジャネットリンの転んでもフリー最高得点(札幌)
橋本聖子の転んでゴールシーン(アルベールビル)
塚原月面宙返りの衝撃(ミュンヘン)
男子バレーボール対東ドイツ戦の大逆転Liveは寝てしまいVTRで観た。(ミュンヘン)
ジャンプ団体で金を逃した原田の大失敗ジャンプと次回の舟木の金メダルジャンプ(リレハンメル、長野)
コマネチの10点(モントリオール)



仏像のこころ

2008-08-13 00:56:37 | 古代

中学1年のときの社会科のテストで、上の仏像の写真の名前を答える問題が出たことを今も覚えている。写真を載せて名前を答えさせる問題が珍しかったこともあるが、何といってもまぐれで正解したことと、友人の家に遊びに行ったときにこの問題の話になって友人の母親が観音像は冠を被っていると教えてくれたことなどが重なり覚えているのだと思う。正解:百済観音像(写真はWikiより拝借)

梅原猛”仏像のこころ”は、仏像の分類、仏教の真髄、梅原の宗教論、人生論、世界観など盛りだくさんで知的好奇心を満足させてくれた一冊であった。曰く、

  1. 仏像は、如来、菩薩、明王、天の四部に分けられる。如来はすでに悟りを得た真の仏であり、菩薩はこれから仏になる候補者であり、明王は如来か菩薩を守る力を持った守護の神であり、天部は仏教以外のバラモン教などから移入された神々である。日本では仏格の高い仏が仏格の低い仏より、より熱い崇拝を受けていたわけではない。
  2. 自然に死んだ釈迦と殺されたキリスト。ヨーロッパ文化圏では不正に殺された人間に対し、正義のために復讐しようという論理がある。そこには憎悪や怒りがあり、人間を激しい行為に駆り立てる。キリスト教は、死-絶望-怒り-復讐-審判という感情の論理であるのに対し、仏教は、死-悲しみ-諦め-微笑という感情の論理を展開する。
  3. 叡山の根本中堂に坐す薬師如来と地方で民衆の尊敬を受けている薬師如来は、あまりにも違う。政治の中心にいる貴族の薬師だけが潤って、地方の薬師が貧困と苦悩に悩む民衆の無理な願いに苦労するようなことがあってはならないのである。
  4. 現世への絶望や死への不安をいやし、美や善へのあくことない憧憬の心をおこさせることが、神や阿弥陀なくしてできるか。
  5. 大乗仏教の仏である観音菩薩が菩薩であるという意味は、観音が仏になろうと修業中の身であるという意味ではなく、むしろ本当は仏でありながら、衆生救済のために、わざと仏の位を放棄して、一段下がって菩薩の位で現世へ下ってくるという意味なのである。
  6. 天台の中心教説は一念三千である。瞬間の中に、全世界が宿るという認識である。地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間、天、声聞(しょうもん)、縁覚(えんがく)、菩薩、仏の十界のそれぞれにまた十の世界が属している。この十かける十の世界は十の様相をもち、同時に五陰、衆生、国土という三世界を持つというのである。すなわち、十かける十かける十かける三の三千世界である。この三千世界をあまねく観想する知恵によって、人間のとらわれを脱し静かな悟りに入れというのが天台の教えである。
  7. 阿弥陀浄土を想像する東洋人の粘り強さに驚嘆するが、極楽の想像図よりも地獄についての想像図がはるかに強烈である。源信の”往生要集”はダンテの”神曲”に形而上学的深さにおいて一籌(いっちゅう)を輸する(遅れをとる)とはいえ、その地獄のイメージの強さ、苦悩の分析の深さにおいて、はるかに”往生要集”の方が上であろう。

北京オリンピック6日目現在
金3(柔道男子=内柴正人、競泳平泳ぎ百=北島康介、柔道女子=谷本歩実)、銀1(体操団体)、銅2(柔道女子=谷亮子、中村あゆみ)
北島の決勝は力が入った。



桃花源記

2008-08-11 11:58:26 | 中国

北京オリンピックの開会式について朝日新聞の天声人語は、陶淵明の描いた”桃花源記”の桃源郷のようだったと評し、ロシアとグルジア(今はジョージア)が戦争を始めた現実とを対比させていた。”桃花源記”は陶淵明が戦乱のつづく世の中に幻滅して描いたという。

桃源郷から、トーマス・モアの”ユートピア”やジェームズ・ヒルトンの”Lost Horizon”のシャングリ・ラを思い出す。15世紀のトーマス・モアが描いた”ユートピア”は、共産主義のような社会で住民は財産を私有せず、共同の倉庫にあるものを使う。人々は日頃農業にいそしみ、空いた時間に芸術や科学研究を行う。ただ、規則に従わないものは奴隷にされるなど規則ずくめの窮屈な社会として描かれている。20世紀初頭のジェーズ・ヒルトンの描くシャングリ・ラは、現世から隔絶され穏やかで平和で中庸を重んじる世界として描かれている。

桃源郷という言葉の語源になった陶淵明の”桃花源記”は、先祖が秦の時代の戦乱を避けて移り住み外界との接触がないまま何百年か(秦の時代から物語の4世紀末まで約600年)が経過した村に漁師が迷い込んだ話である。陶淵明の短い漢詩からは、村の社会体制や村人の思想は不明だが、村人が穏やかに幸せに暮らしている様子だけはわかる。

陶淵明といえば”帰去来辞”で、大学4年のころ自身の進むべき道に迷ったときに出会った。帰去来辞の本来の意味をよく理解はしていなかったが、この漢詩を読んで「とにかく一歩踏み出そう」という勇気をもらった記憶がある。吉川幸次郎著『陶淵明伝』は、陶淵明の作った漢詩だけでなく、後人である朱子や李白の詩を参照しながら作品が作られた時代背景を明らかにして作品の理解を深めようという文学に着目した本で、陶淵明の生涯や思想を追求したものではなかった。帰去来辞もどちらかと言えば役人勤めに厭いて、または失望して故郷に帰るのであり、意気揚々としたものではないと解釈している。ただ、吉川によると楚の屈源とは異なり詩が平坦で透明感があるということなので、私のような一見の読者は希望や躍動感を感じたのだろう。

陶淵明(365-427)中国東晋の人。41歳のとき役人職を辞して帰郷し、二度と復帰せず隠遁生活を続けた。


テラビシアに架ける橋

2008-08-03 21:14:34 | 映画
先週末はビデオを3本借りて観た。

”ライラの冒険 黄金の羅針盤”The Golden Compass、原作フィリップ・プルマン、監督クリス・ワイツ、出演ダコタ・ブルー・リチャーズ、ニコール・キッドマン、ダニエル・クレイグ、2007
★★★★☆
いずれの出演者も、この作品だけでは役割が見えないので評価のしようがない。本来ファンタジー物は大好きなのだが、最近は豪華だが嘘くさいCGに辟易している。続編以降でのクリストファー・リーや親父やエバ・グリーンの活躍とニコール・キッドマンの悪役ぶりに期待して、少し甘いけれど★四つ。

”魔法にかけられて”Enchanted、監督ケヴィン・リマ、脚本ビル・ケリー、出演 エイミー・アダムス、パトリック・デンプシー、ジェームズ・マースデン、スーザン・サランドン、2007
★★★☆☆
主演の可愛い女優とスーザン・サランドンの魔女に★三つ

”テラビシアに架ける橋”Bridge to Terabithia、原作キャサリン・パターソン、監督ガボア・クスポ、出演ジョシュ・ハッチャーソン、アナソフィア・ロブ、2007
★★★★★
これは良かった。主人公の二人も魅力的だった。
誰もが思春期に経験することが凝縮されていた。単純にはいかない学校生活と友人関係、ぎくしゃくした親子関係、ユニークであることと孤高を保つ難しさ、現実逃避になりかねない想像力・空想力、信仰、命、”あの時こうしておけば、あんなことは起こらなかったのに”という悔恨、悲嘆と自責、苦しみは時間だけが癒してくれるのか、克服から成長へ。
主人公の父親は「思い出を大切に心の中にしまっておけ」と言ったが、人間は大人になり、いつしか日常に忙殺されピーターパンやトム・ソーヤーの心を忘れてしまう。でも、忘れたころに、このような映画や小説に出会い、当時の夢や苦悩を思い出すのだろう。ところで信仰心がないと地獄へ行くのだろうか?
誰が言ったか忘れたが、「僕は青春が素晴らしいものだなんて誰にも言わせはしない。」という言葉を思い出した。