備忘録として

タイトルのまま

提婆達多(でーばだった)

2016-03-27 13:24:14 | 仏教

中勘助の小説『提婆達多』の中の提婆達多は、堂々とした風采で武術に優れ、若き日に負けるはずのない試合で従兄のシッダールタに負け屈辱を味わう。その上、手に入れられると思っていたヤショダラをシッダールタが妃にしたことで深い怨みを抱く。一方、人生について悩んでいたシッダールタは妃ヤショダラが息子ラーフラを生むとまもなく出奔する。提婆達多はあとに残され悲しみにくれる夫人のヤショダラに言葉巧みに近づき籠絡する。年月が過ぎ、シッダールタが悟りを開きブッダとなって戻ることを聞いたヤショダラは自分を恥じて自殺し、提婆達多はそのことでさらにブッダを恨むようになる。

後編、ブッダに復讐する機会を待つため提婆達多は仏弟子となり、ブッダの弟子たちを大勢取り込んでいく。その勢いで教団を禅譲するようにブッダに迫るが、ブッダは提婆達多の未熟さを理由に即座に拒絶する。拒否されさらなる屈辱を味わった提婆達多はブッダを傷つけることを画策し、ブッダ教団の守護者となっていたマガダ国のビンビサーラ王の王子であるアジャータシャトル(アジャセ王)に巧みに取り入り父王殺しをそそのかす。父王を殺し王位についたアジャセ王は提婆達多を守護し、提婆達多は再び教団の分裂を画策する。しかしブッダの弟子たちの説得で提婆達多に従っていたものたちの多くはブッダの元に戻る。さらにアジャセ王までもが仏弟子になったことを知り提婆達多は絶望の中で死んでいく。

提婆達多は増上慢心であったがゆえに自分を滅ぼした哀れな人間であった。しかし、そんな彼こそ救われるべきだというのが小説の最後に記される。「提婆達多が救われずば、我々の誰が救われるであろうか。」

法華経・提婆達多品』によると提婆達多は、仏法の重い罪である五逆罪のうち3つの大罪を犯したという。五逆罪とは、(1)父殺し、(2)母殺し、(3)阿羅漢殺し、(4)和合僧破り、(5)仏身より血を出すことであり、これを犯したものは無間地獄に落ちるという。提婆達多はそのうち(3)阿羅漢(仏僧)殺し、(4)僧団を分離しようとして和合破り、(5)ブッダに石を投げて足を傷つけ血を出した3つの大罪を犯した。そのために提婆達多は無間地獄に落ちたという。しかしブッダはそんな彼を憎まず、彼のおかげで自分は悟りを開き、衆生を救うことができるようになったというのである。そして彼こそ成仏できるとするのである。法華経のこの教えを知ってはじめて小説『提婆達多』のテーマが判明する。

鎌田茂雄『法華経を読む』の『提婆達多品』の章では、道元の『正法眼蔵随聞記』を引用し、悪人の提婆達多が救われる意味がわかりやすく解説されている。道元のことばは、”人間の心に本来善悪はなく、善心を起こすのも悪心を起こすのもすべては縁による。善縁に会えば善心になるし、悪縁に会えば悪心になる。人間には決定的な悪人はいない”というものである。

親鸞の悪人正機説によると、悪人が成仏できるとしても父親殺しは除外されるが、彼を導く師がいれば救われるとする。父王を殺したアジャセ王はブッダを師として仏弟子になったために救われるのである。

玄奘三蔵の『大唐西域記』に、祇園精舎の近くに、提婆達多が毒薬で仏を害しようとして失敗し生身で地獄に陥ちこんだとされる深い坑があることが記されている。大唐西域記の提婆達多は、釈迦のいとこで、「精勤すること12年、すでに八万の法蔵を暗誦していた。後に利のために神通を学ぼうとし、悪友と親しく交わり、---(中略)---仏の僧団を破壊分裂することを企てた。シャーリプトラとマーウドガリヤーナは仏のお指図を奉じ、仏の御威勢を受け、仏の教えを説き教え諭したところ、僧たちは再び仏の僧団と和合することとなった。提婆達多は悪心去りやらず、猛毒の薬を指の爪の中に入れ、仏足を礼する際に仏を傷害しようと思った。まさにこの計画を実行しようとして遠くからやって来て、ここまで来るや、地は裂けてしまった。生きながら地獄に陥ちたのである。」と解説されている。玄奘三蔵はさらに提婆達多の遺訓である「乳酪を食わず」を遵奉する人々にカルナスバルナ国(カルカッタ付近か?)で会っているので、提婆達多派の人々が7世紀まで残っていたことになる。

中勘助の『提婆達多』は彼を主人公にブッダの物語を借りて小説にしたものだが、ブッダやその周辺人物に対する提婆達多の愛憎が卑屈すぎて彼の行動に納得できなかったし必然性も感じられなかった。残念ながら、『銀の匙』のレベルには程遠い小説だと思った。ただ、悪人正機説の元ネタを知ることができたのは収穫だった。

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PS カーリング女子World Cupの試合をYoutubeでずっと応援している。予選2位でプレイオフに進みスイスに敗れたが、セミファイナルでロシアに勝ち銀メダル以上を確定させた。入場のときロシアチームは固かったけど、日本チームは笑顔でダンスするほどリラックスしてた(下の写真)。明日の決勝で再びスイスと戦う。明日も笑顔でがんばれ!!!

上の写真はYoutubeをCaptureした。

日本チームはLS北見(Lead吉田ゆりか、Second鈴木ゆみ、Third吉田ちなみ、Skip藤沢さつき)、本橋まりがキャプテンでサポート役、コーチはカナダ人のJ D Lind。会場はカナダ・サセカチュアンのSwift Currentという町ですごい田舎(上の写真)だけど、さすがに立派なCurling場がある。

 


Good Friday

2016-03-25 18:23:44 | 話の種

今日シンガポールはGood Fridayの祝日である。復活祭(Easter)前の金曜日で、キリストの受難日、すなわちキリストが十字架に磔られ死んだ日で、その3日後に復活する。前日の木曜日に最後の晩餐をする。マグダラのマリアはキリストの最期から復活までを目撃している。マグダラのマリアのことを書いたのはもう9年も前のことで、広島の古本屋で買った『マグダラのマリア』をもとにしている。その後、キリスト教については、日本の中世のキリシタンだった高山右近、細川ガラシャ、支倉常長、宣教師のザビエルや、明治初期のニコライ、十字軍、聖書、ウラジオストクで見たギリシャ正教会、フィリピンのカソリック教会などをブログで取り上げている。しかし、それらはキリスト教に関連する歴史、映画、教会、美術、習俗などのキリスト教の側面であり、宗教的な教義についてではなかった。

キリスト教の教義をネットや手元の本で探してみたが、以下の大辞林の解説がもっともしっくりと理解できた。

イエスを救済者キリストと信じ(1)、イエスの行動(2)と教えを中心に神の愛(3)と罪の許しを説き(4)、旧・新両聖書に基づき(5)個人と社会の再生(6)を促す。

池上彰の宗教がわかれば世界が見える』の池上彰とクリスチャンである山形孝夫の対談の中から言葉を選んで、上の解説の一字一句を自分なりに分解してみた。

  1. キリストはイエスの苗字ではなく救済者(メシア)のことである。
  2. イエスは家族との絆を断ち切って、村から村へ病者をたずね歩き、手を差し伸べ癒しを行った。
  3. 神の愛とは悲しみを知ることであり人々の悲しみに寄り添うことである。仏教の慈悲に似ている。
  4. イエスの十字架の血(イエスの犠牲)によってすべての人の罪がゆるされ、新しい世界の歴史が始まった。人間はみな死ぬけれど、その苦しみの代価をキリストが十字架の死をとおして支払ってくれた。
  5. 信者は聖書を読み、聖職者は聖書をもとに説教を行う。
  6. イエスは神の下で人類がみな兄弟として相愛する「神の国」の実現を目指した。最後の審判がくだり救世主が現れ、人類と世界は再生する。

池上は、”現世は(辛く)厳しければ厳しいほど、人々(クリスチャン)は最後の審判を持ち望み、「神の国」の到来を待ち続けます。そこには現世の生、老、病、死の苦しみから抜け出したいと考える仏教徒の思いと重なる部分があります。これが宗教というものでしょう。”と結ぶ。村上春樹『1Q84』の”Every one, deep in their hearts, is waiting for the end of the world to come. ”のEvery oneとはキリスト教徒のことだったのか。

キリスト教の教義について何も知らないということに気付いたのは、Good Friday祝日のおかげである。


民主社会主義

2016-03-23 23:26:28 | 映画

アメリカの民主党の大統領候補指名争いで健闘するバーニー・サンダース上院議員は、民主社会主義者(Democratic socialist)であると自称している。彼の提唱する政策の中心は、格差社会の是正で、そのために富裕層への課税強化、巨大銀行の解体、公立大学の無償化、最低時給の値上げ、医療保障と社会保障制度の拡大などを行うとする。TPPは工場の海外移転が進み雇用機会が喪失し大企業だけが利益を得るとして反対の立場である。

映画「The Big Short、邦題:マネーショート」は、サブプライムローンで沸騰する金融市場の破たんを看破し先物取引や損害保険で金儲けをする男たちの話である。サブプライムローンは住宅を抵当とする高金利ローンで、信用情報の低い中級以下の所得層(subprime)を対象としたため返済できない焦げ付きが急増していた。一方、サブプライムローンに派生する金融商品も市場にあふれていた。ローンの焦げ付きが増えているにも関わらず住宅価格が高騰しているという理由で、格付け会社はそれら派生金融商品にAAAという最高度の信用格付けを行い、世界中で販売されていた。当然のごとく、ある日バブルははじけ、住宅価格の下落とともに金融商品の価値は暴落し、投資銀行や証券会社は大きな債務を抱えることになった。一般庶民は借金で自己破産し、無軌道に住宅販売を勧めた不動産屋は廃業に追い込まれ、サブプライムローンを大量に扱ったリーマン・ブラザーズは倒産したが、他の大銀行は潰すと社会に与える影響が大きすぎるということで公的資金が注入され救済された。日本のバブルでも大銀行は公的資金で救済された。結局、傷つくのは弱者である庶民なのである。

行き過ぎた資本主義はアメリカだけの話ではなく、日本でも格差社会は深刻な問題になっている。金持ちの年配者の社会保障は守られるが、低収入の若者の将来には保障がない。浮利を追わず地道に働いた対価がきちんと手にできる社会であってほしいと思う。日本にもサンダース候補のような政策を提唱する人や政党が出現すれば選挙に行かない若者の支持を得て、既得権益を守るだけの既存政党と戦えるのではないかと思ったりする。

「The Big Short 邦題:マネーショート」2015、監督:アダム・マッケイ、出演:クリスチャン・ベール、スティーブ・カレル、ライアン・ゴスリン、映画の冒頭、以下の文言が出てくる。

  • It ain’t what you don’t know that gets you into trouble. It’s what you know for sure that just ain’t so. Mark Twain 
  • 問題は知らないことではなく、知りもしないことを知っていると思いこむことだ。マーク・トウェイン 
  • 知りもしないことを知っていると思いこんだのは、目の前の現象を直視せず巨大な損失を出した投資銀行や証券会社と根拠のない格付けを行った格付け会社のことである。何も知らないのは借金して持ち家を望んだ無垢な庶民たちだ。
  • Every one, deep in their hearts, is waiting for the end of the world to come. H. Murakami 
  •  誰もが心の底では世界の終わりがくることを待っている。村上春樹 1Q84 
  •  映画の主人公たちのことである。 

バブルが崩壊し浮かれていた人たちが窮地に落ち、市場を冷静に分析した主人公たちは大金を手にする。いつも金欠(Money Short)の自分とは縁遠い世界の話で爽快感は味わえなかった。★★★☆☆

「007 スペクター」2015、監督:サム・メンデス、出演:ダニエル・クレイグ、クリストス・ワルツ、リー・セイドックス、アンドリュー・スコット(「Sherlock」のモリアーティ教授役)、列車の中での格闘では昔の「ロシアより愛をこめて」を思い出した。James Bondと幼馴染みだったという悪の元締めスペクターの詰めの甘さはありえないレベルだった。派手なアクションを加算しても、★☆☆☆☆

「The Hunger Games MockingJay 邦題:ハンガーゲーム Final」2014・2015、監督:フランシス・ローレンス、出演:ジェニファー・ローレンス、ジョシュ・ハッチャーソン、がっかりするのは予想できたが、これまで見続けた行きがかり上、見届ける義務があった。★☆☆☆☆


チリクラブ

2016-03-06 11:44:20 | 東南アジア

チリクラブは、チリ(Chile)のクラブ(Club)じゃなく、チリ唐辛子(Chili)のカニ(Crab)のことである。甘辛い唐辛子ソースでカニを煮たシンガポールやマレーシアの地元料理で海鮮料理屋で食べることができる。カニはMud Crabと呼ばれるシンガポールやマレーシアの海岸沿いのマングローブに生息するハサミの大きなカニだが、例にもれずシンガポールのマングローブは消滅寸前のため地元のカニは少なくなり、マレーシアやスリランカやベトナムから輸入されている。アラスカから来る高価な別種のカニもチリクラブに使われるようになった。チリソースの味が勝っているのでカニは肉が豊富なら種類は問わない。Mud CrabはBlack Pepperでバーベキューとして食べるのも美味しいがどうしてもチリクラブを選んでしまう。

チリクラブは、シンガポール東部マリンパレードにあるRolandという店が、「The Year 1956, Founder of Chili Crab」(1956年、チリクラブ創始者)と主張しているが真偽は不明である。店の創業者はカラン川のほとりの屋台で炭コンロを使って調理したSeafoodを売ることから始め、その後Upper East Coast Roadで店を持ったという。自分が初めてシンガポールに来た1980年頃にはUpper East Coast Road沿いに多くの海鮮料理屋が軒を連ね何れの店もチリクラブを出していた。そのいずれもが屋外レストランだった。ポンゴールやウビン島にもチリクラブを出す店があったが、区画整理により街中の地区に移り、現在、チリクラブレストランはクーラーのあるこぎれいな高級レストランと庶民のフードコートである屋外レストランに分けられる。

これまで食べたチリクラブの場所リスト

  • 1980年頃 Upper East Coast RoadのRed House、ポンゴール、旧国立競技場下のレストラン、ニュートンサーカス、マレーシアのKemaman
  • 1990年代 East Coast ParkのRed Houseとその周辺、マレーシアのPort Klang
  • 2000年以降、Jumbo、Red House、Long Beachなどのチェーン店、Marine ParadeのRoland、EsplanadeのNo Signboard、Joo Chiat RoadのUbin、各地フードコート

東京にもチェーン店のひとつが店を出しているが行ったことはない。店によって使っているチリソースが違うので味が微妙に異なる。外道だがカレー味のチリクラブを出す店もある。

チリクラブをきれいに食べ尽くすためには、丁寧に殻からカニの身を取り出さなければならない。大きなハサミの部分は簡単だが、足とその付け根の部位は難しく手をソースでべとべとにしなければきれいに身を取り出せない。そのため手を洗うFinger BowlとHand Towelが欠かせない。カニ肉をたっぷり満足するまで食べるには我慢強さが必要である。友人家族は日本で買ってきたMy カニフォークを持参していた。チリクラブにはパンが付き物で、チリソースをつけて食べるパンがまた美味である。むかしは食パンを数センチ角にぶった切ったパンが出されたが、いつの頃からかしゃれた揚げパンや蒸しパンが付くようになった。

チリクラブは味が濃厚で、その後に食べる料理の味がわからなくなるのでその日のメーンとして最後に食べなければならない。この順番を取り違えた店に苦情を言ったところ、”最後に出せと言わなかったじゃないか”とウェイターが言いかえしてきたので二度と行かなくなった老舗がある。いつも通っていた店で、料理を出す順番はいつも同じだったため暗黙の了解があると思っていた。その後、事情のわからない観光客に目が飛び出る程高価な貝料理を出した話や、自分と同じような経験をした知り合いがいて、経営が傲慢になってしまったのか有名店だったがあっという間に評判を落とし店じまいに追い込まれた。客は店の対応に敏感なのだ。

チリクラブを食べるために毎年シンガポールを訪れる友人夫婦や、食べ残したソースをビニール袋に詰めて持ち帰った日本からの客もいる。若い頃はそうでもなかったがカニ一匹を老夫婦二人で食べるには多すぎるので、日本から客が来た時や会社の同僚と食べに行くのが定番だ。殻を取るときにソースが飛び跳ねて白いシャツに赤いシミを付けて家に帰り妻に「またやったネ!簡単に落ちないんだよ!」と叱責されたことは数知れない。最近では紙のエプロンを出す店が増えてきたので叱られることが減った。