備忘録として

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言霊

2014-01-04 12:35:53 | 万葉

 

昨年クリスマスの25日に先輩Kさんが73歳で亡くなった。癌だった。Kさんは、シンガポール、インドネシア、マレーシア、オーストラリアで海外駐在経験があり、会社を退職するまでに49か国を歴訪した海外業務のプロである。読書家で博識で話題が豊富だった。30年程前シンガポールで一緒に仕事をしていたころ、外回りで霊柩車に出会うとKさんは必ず、「今日はいいことがある」と声に出していたことを思い出す。そして日本には言霊(ことだま)の文化があるのだと話してくれた。言霊とは、言葉には霊魂があり、良い言葉を発すれば良いことが起こる、いわゆる言霊信仰である。

犬養孝によると言霊は万葉全体に通じ、万葉の中で言葉は生きていて言葉は命だという(犬養孝「万葉の人びと」)。犬養孝は例として舒明天皇の「大和には、群山あれどーーーーー、うまし国そ、蜻蛉島(あきづしま)、大和の国は」という国見の歌をあげ、統治者である天皇が「うまし国そ (いい国だなあ~) 大和という国は!」と声に出して国をほめる言霊だという。万葉歌は声に出して初めて歌になり言霊になるのだ。

下は万葉集の編者である大伴家持が759年に赴任先の因幡で詠んだ万葉最後の歌である。

新しき 年の始の 初春の 今日降る雪の いや重け吉事   巻20-4516

あらたしき としのはじめの はつはるの けふふるゆきの いやしけよごと

家持が赴任先の因幡国庁で新年を迎え”降り積もる雪のように新しい年は良い事が続きますように”という願いを歌に詠んだものである。言霊信仰に従い、この歌を声に出して詠み、今年いいことが起こることを願った。”新しき”は”あたらしき”ではなく”あらたしき”でなければならないと犬養孝は書いている。当時の読み方で詠めというのだ。家持の言霊だけでは足りないので、2日に水天宮に初詣に行き”いや重け吉事”を重ねてお祈りした。水天宮の社殿は改築中で写真の仮宮でのお参りだった。一昨年の西新井大師ほどではなかったが長い行列をつくっての参詣になった。犬を連れた参詣客が大勢いた。

水天宮は地下鉄半蔵門線の水天宮駅近くにある。九州の久留米水天宮の分社で、祭神は天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)、安徳天皇、その母の建礼門院(平徳子)、徳子の母の平時子である。8歳の安徳天皇は壇ノ浦で敗れた平家一門といっしょに入水し崩御した。水天宮はその怨霊を鎮めるための神社である。鎮魂慰霊の意味が込められた”徳”の字を抱く天皇たち、非業の死を遂げた安徳天皇、日本最大の怨霊とされる崇徳院、佐渡に流され崩御した順徳天皇、承久の乱に敗れ隠岐で崩御した後鳥羽上皇(顕徳院)らは神社に祀られている。梅原猛は有名な「隠された十字架」の中で、徳の字を持つ聖徳太子もその一人で法隆寺は怨霊封じの寺であるとする。「水底の歌」では柿本人麻呂も病死とする定説とは異なる流刑ののち死罪(水死刑)になったという仮説を立て、人麻呂の鎮魂のために全国に柿本人麻呂神社が建てられたとする。徳島の天神さん亀戸天神湯島天神など全国の天満宮に祀られる菅原道真は左遷された大宰府で死んだあと朝廷に祟ったことは誰もが知っている。祟りの強い怨霊ほど逆説的により大きな幸をもたらす福の神になるとされる。そのため庶民による信仰は篤く、天満宮と同じように水天宮も九州から北海道まで全国に分社がある。


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