透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

年越し本「アノニム」を読む

2024-01-04 | A 読書日記

 正月早々悲しくつらいことが続く。元日の夕方4時過ぎに能登半島で震度7の大地震が発生、テレビに映し出される火災映像に恐怖感を覚えた。2日の夕方には羽田空港で日航機と海上保安庁の航空機の衝突事故が起きた。昨日3日の信濃毎日新聞の1面に災禍を伝える黒地に白抜きの大きな見出しが二つ。初日の出に平穏な日々を願ったばかりなのに・・・。

被災された方々に心からお見舞い申し上げます。

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さて、年越し本。

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 年越し本のつもりで読み始めた朝井まかてさんの『眩』は年末に読み終えてしまった。大晦日の昼過ぎ、所用で塩尻へ出かけたついでに中島書店に立ち寄り、年越し本をあれこれ探し、原田マハさんの『アノニム』(角川文庫2020年7月25日初版、2022年7月30日5版)を買い求めた。で、この本が年越し本となった。

書名のアノニム、anonymeを調べた。フランス語で作者不詳という意味だ。このアノニムの意味が小説の最後の一文にでてくる。なるほどね、こういうことなのか、と原田マハさんの仕掛けに納得。

この小説は香港を舞台に、オークションに出されたアメリカの抽象表現主義の旗手ジャクソン・ポロックの1枚の絵「ナンバー・ゼロ」を競り落とそうとしているゼウスという魔のコレクターから「本物」を守り(どうやって?)、その「本物」によってアートの力、アートの可能性を若者たちに伝えようとする窃盗団、でも悪の集団とは言えないアノニムの活躍を描くエンタメ。サスペンスフルなストーリー。

窃盗団のメンバーは8人。リーダーのジェットを除く7人の名前の頭文字を並べるとanonymeになるというのは原田さんらしい。メンバーで日本人は真矢美里(ミリ)という若き女性建築家のみ。彼女がanonymeのm。『楽園のカンヴァス』(新潮文庫)にはP I A S S O にあと一文字、Cを加えて並べるとるとP I C A S S Oになり、Nを加えればP A S S I O Nになるという物語の謎解きの遊びというか仕掛けがあったことを思い出す。

虚実織り交ぜたアート小説を創作してきた原田さん。「ナンバー・ゼロ」(カバーの絵はポロックの「ナンバー 1A」)という作品は実在するんだろうか。調べると、どうやら存在しないようだ。原田さんは読者(と一般化してしまっていいのかどうか)がこの作品の存在を全く疑わないような説明をあっさりとしている。

「ナンバー・ゼロ」のオークションの場面はドキドキもの。アノニムの目論見通りある人物のところに落札されるのか・・・。落札される。で、その金額は二億三千万USドル! そして「ナンバー・ゼロ」輸送。贋作と本物とを入れ替えてしまう作戦はハリウッド映画の原作にもなりそう。オーシャンズ8だったか、11だったか、あのような雰囲気の映画。

小説の結末は具体的には書かないが、あっけなくというか物足りなく感じてしまう読者もいると思う。私は娯楽作品として十分楽しむことができた。

この作品には原田さんのアートに対する考え方がストレートに表現されている。アートの力を信じているが故に書き得た作品だろう。