■ 『草の花』福永武彦(新潮文庫1956年、1981年45刷)
冬
第一の手紙
第二の手紙
春
結核に侵された肺の摘出手術を自ら強く希望し、手術中に死亡した汐見茂思が残した2冊のノート。そこには二つの愛の記録が綴られていた。
初読は1981年、40年近く前のことだった。なんとなく記憶に残っていたのは、「第二の手紙」に綴られている、汐見の藤木千枝子との恋と「春」の千枝子の手紙。小説には読むのにふさわしい年齢があると思う。あの頃の私は、孤独を志向する汐見の恋愛物語に共鳴できた(*1)。
汐見に召集令状が届いた。汐見は夜行列車で郷里に帰る予定の日の晩に開催される演奏会の切符を千枝子に送っていた。だが、千枝子は演奏会の会場に来なかった・・・。**彼女に切符などを送った子供っぽい僕の芝居げを憐れんだ。もし会いたいのならば、堂々と彼女の家を訪ねればよかったのだ。(後略)**(232頁)
なぜ彼女は来なかったのか、その真相が「春」の章で明かされる。汐見に2冊のノートを託されていた私は汐見の訃を彼の友人たちに伝えた。既に結婚していた千枝子にも手紙を書いて知らせていた。ノートを読む意志があるならば、送ることも。だが返事はなかなか来なかった。ようやく届いた千枝子からの長い手紙。
**なお汐見さんのお書きになりましたものは、どうぞあなたさまのお手許にとどめておいて下さいませ。わたくしがそれを読みましたところで、恐らくは返らぬ後悔を感じるばかりでございましょうから。**(254頁)
*1 敢えて内容は書かないが、私には「第一の手紙」の章は不要。