透明タペストリー

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「ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか」

2012-05-13 | A 読書日記



 タイトルに「なぜ」がついている本はつい手に取ってしまう。

先日丸善でじっくり本を探すという幸せなひと時を過ごした。その時買い求めた数冊のうちの1冊がこの本、『ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか』 鈴森康一/講談社ブルーバックス。

著者は書名の問いに対する答えを本書の中で何回か書いている。**私たちは確かに、日々自分たちの頭で考え抜き、知恵を振り絞っている。だが、行きついたところには、常に神様のデザインが先回りしている。生き物のからだもロボットのからだも、力学的・幾何学的な制約条件の範囲でしか成り立たない。その制約条件下で最適な設計を追及して行く限り、ロボットは生き物が待ち構える同じゴールに向かわざるを得ないのだ。**(222頁)

自然は「力学的・幾何学的な制約条件下での最適解」を示している。

本書には設計に関する興味深い指摘がいくつもある。技術者の設計手法と神様の設計手法とは全く異なるというのもそのひとつ。

「形の最適化」で技術者が採る方法は **エンジニアが行う最適形状設計では、全体の変形や力の情報を1つのコンピュータにすべて集め、計算を繰り返しながら、望みの特性を得られるように形状を変えてゆく。**(176頁) となる。

この方法は建築構造設計の分野でも行われていて、佐々木睦朗さんが『FLUX STRUCTURE フラックス・ストラクチャー』TOTO出版でその高度な解析法を紹介している。


最適化手法による形態解析過程(「FLUX STRUCTURE」 124頁)

では、コンピュータを持たない神様は、例えばヒトの大腿骨の形状をどのような設計手法で最適化し、創造したのか?

これを具体的な問いに置き換えると**精緻な計算の裏付けなしで、力がかかり過ぎている箇所の寸法を大きくし、さほど力がかかっていない箇所の寸法を削る最適化が行えるのはいったいなぜか?**(177頁)ということになる。

本書に書かれている説明が興味深い。少し長くなるが本書の要点でもあるので引用する。

**エンジニアが構造物全体の情報をコンピュータで処理して最適形状を導いてゆくのに対し、生き物の最適形状設計は局所的な情報に基づいて行われる。各造骨細胞は、直接的には骨全体の情報を持っておらず、自分自身とその周辺の情報のみ(骨の圧電効果によって発生する電流の情報のみ)に基づいて、造骨の速度を決めているのである。各造骨細胞があくまで分散的な処理に基づいて行動する結果、骨全体が自然に最適な形状へと進化するのは全く驚くべきことだ。**(178頁)

ところで本書はロボットと生き物との構造的・機構的な比較検討を工学的な視点から行っているので、植物は出てこないが、建築構造という視点で樹木を見ていると興味深い。とても建築的には実現できそうにない「不安定な」形態をしてる。

樹木が「全体のバランス」を察知し、生長してゆくのは、原理的には骨の成長と同じ方法によるのかもしれない。でも不思議だ。それに重力や風圧力、積雪荷重に耐える強度をどのように確保しているのだろう・・・。


竹は節という名前のダイヤフラムのところから枝を出す 

また、技術者の設計の最適解は自然が既に用意してあるということについて、思い浮かぶのは竹だ。

鉄骨構造の柱と梁のジョイント部分にはダイヤフラムを設けるが、竹は節という名前のダイヤフラムのところから枝(持ち出し梁)を出している!自然は優秀な構造設計者だ。

著者は本書の最後に**私たちロボット設計者は、引き続き神様のデザインに学ばせていただくという謙虚な姿勢を持ちつつも、生き物とは異なる、ロボット独自の進むべき方向も考えていくべきであろう。**と書いている。

全体の論理構成が分かりやすく、読み易い本だ。




類書 『進化の設計』佐貫亦男/講談社学術文庫