旅のプラズマ

これまで歩いてきた各地の、思い出深き街、懐かしき人々、心に残る言葉を書き綴る。その地の酒と食と人情に触れながら…。

菅政権の発足に思う

2010-06-08 14:57:18 | 政治経済

 

 本日菅直人政権が発足する。毎日新聞の世論調査によれば、「期待する」が63%に達しているようだし、大方の調査でも内閣支持率は50%代に回復しそうだ。それはそううであろう。
 昨年秋、国民は長年の自民党の悪政に決別を告げて、「大いなる期待を寄せて」政権交代を実現した。ところが発端から首相と幹事長の「政治とカネ」の問題にさらされた。加えて小沢幹事長の「陰で操る非民主的二重政治」や、それらが絡まった政策の行きづまりでウンザリした。と言ってあの自民党政治に帰りたくはない。内閣・民主党ともジリジリ支持率を下げ、その分は政治不信を表す「支持政党なし層」に堆積して行った。

 ここに来てようやく鳩山・小沢の辞任となり、昨年秋、国民が想定していたような体制が整いかけたかに見える。政治と金の問題は、本人たちの説明不十分で決着しないまでも、少なくとも小沢政治から手を切るのなら、何とか、少しでもいい政治を進めてくれよ、と言うのが国民の真情で、それがそのまま支持率などに現れているのだろう。
 普天間問題にせよ、財源問題にせよ、政策遂行の問題はいろいろあっても難しさなど説明されれば分かる。しかし「薄汚れたカネの問題」と「非民主的な政治運営」だけは許せない、と言うのが真意ではないか。

 もう一つ。このご祝儀相場的高支持率の間に参院選をやって票を掠め取ろうという意見があるようだが、これはいただけない。首相初め代表質問時間も十分取れない日程などとんでもない。せめて1~2週間会期を延長して新内閣の方針だけは十分討議し、重要法案も討議して欲しい。そこでまた強行採決などしないで審議不十分なものは継続審議などにしても、内閣の支持率は上がりこそすれ下がることはないと信じる。
 メッキは剥げるのである。祝儀相場などに頼ってはダメだ。菅――仙谷――枝野ラインに自信があるのなら、メッキではなくて純金(せめてイブシ銀ぐらい)であることを見せて欲しいと思う。


思い出深き「高校生の造った酒」

2010-06-06 13:46:10 | 

 

 あまり知られていないが、つい先年まで新潟県吉川町(現上越市)の吉川高校には醸造科があり、高校生が酒を造っていた。日本唯一の高校醸造科として、また日本酒造史の上からも非常に貴重な存在であった。
 因みに吉川町というのは、新潟県南西部の頚城平野のど真ん中にある町で、米の生産地、中でも新潟が誇る酒米「五百万石」の生産地である。その上、酒つくりに欠かせない杜氏の町で、つい10年ぐらいまでは100人近い現役杜氏が住んでいた。つまり吉川町は、酒の原料たる酒米の産地、酒を造る杜氏の里、加えて全国唯一の高校醸造科を有して酒造界の後継者を育てるという、正に酒の申し子のような町であった。

 私は、その魅力ある町にひかれ、数年に及ぶ取材を重ねて『高校生が酒を造る町』という本を出した。200010月のことであったので、既に10年前のことである。しかしその頃から醸造科の応募者は減り続け、2004年を最後に募集を打ち切り、2007年をもって醸造科は閉科となった。日本は偉大な歴史的文化的遺産の一つを失ったと思っている。
 その最後の高校生が造った貴重な酒を、吉川町の友人に頂き昨夜飲んだ。それは決して美味しい酒とは言えないものであったが、私の脳裏を様々な思いが過(よ)ぎった。私は前掲の自著をめくりながら、櫂棒をかきまわす高校生の写真や、彼らが修めるカリキュラムなどを追った。中でも最後の卒業生たちは、どんな思いでこの酒を造ったのであろうか・・・と思うと切なさが胸をふさいだ。

 もう一つ。私は「それは決して美味しい酒とはいえない」と書いたが、実はこの酒は正確には清酒ではない。原材料には「米、米麹、醸造用アルコール、酸味料」となっており、現在の基準では清酒を名乗れない。瓶には正しく「雑酒」と表示されている。
 問題は、どうして高校生に「清酒」を教えなかったのだろうか? 純米酒とまでいかなくても、せめて「清酒を名乗れる本醸造」を教えなかったのだろうか? と言うことだ。そばで聞いていたオペラの宣伝活動をやっている娘が、「オペラ歌手にマイクを使わせて歌わせるようなものだ」と言っていたが、その通りだ。オペラ歌手の声を鍛えようとすればマイクを使ってはだめなように、混ぜ物で増量したり味をつけようとすることで、よい酒が出来るはずはないのではないか。それこそ教育の原点ではないのか?
(吉川町の人には申し訳ないが、今の教育の問題点を指摘する意味で、思いのままを書かせてもらった)

   


「信州佐久の美酒を楽しむ日本酒探訪」に参加して

2010-06-05 14:38:20 | 

 

 京王プラザホテル多摩が主宰する「第3回日本酒探訪」は、佐久の酒13蔵が出品、広い宴会場「白鳳」の間に100名強の参加者で、着席、料理つきの落ち着いた会であった。
 お酒もゆっくり飲めたし、各蔵のブースを回るのも、そう混雑することなく、蔵の方がたとゆっくり話ができて楽しかった。われわれの主宰する「純米酒フェスティバル」は、年を追うごとに参加者が増え、前回(750人参加)あたりは50蔵の出展とはいえ混雑でゆっくり出来ない雰囲気が生じてきた。13蔵出展の「日本酒探訪」が7500円で、わが「純米酒フェスティバル」が50点出展で、かつ4号瓶お土産付き6300円という割安感から、混雑もやむをえないか?

 久しぶりに飲んだ『寒竹』のキレのよい飲み口をはじめ、佐久には中々いい酒が多い。美山錦を中心に、八ケ岳山系、千曲川の伏流水という軟水で育て上げた酒は、味もあり柔らかくて好きだ。
 このような利き酒会的要素をもつ会には、従来から大吟醸を中心にした出品が多かったが、昨夜の出品酒は純米吟醸、純米酒を中心にした蔵がほとんどであった。普通酒や本醸造も出されていたが、どこの蔵も中心には純米吟醸を置いており、わたしとしても嬉しかった。最後に残るのは純米酒だ、と言う空気が造り手の側にも浸透してきたのではないか?

 普通酒で面白かったのは、『井筒長』という酒を造る黒澤酒造の「柱焼酎仕込み」という酒だ。しかもそれを“生もと造り”で造っている。この蔵は約30%を“生もと”で作っているらしく、昨夜の出品酒も、純米吟醸、特別純米、純米酒、普通酒とすべて生もとつくりであった。しかもその普通酒は、自社の米と酒粕で造った焼酎を添加した、いわゆる「柱焼酎仕込み」で、世に言う醸造用アルコールを添加した酒とわけが違う、と胸を張っていた。面白い試みだと思った。

 最後にくじ引きがあって、木内醸造㈱の『大吟醸十年古酒』が当たった。これは嬉しかった。ブースを回った際に飲んで、豊かなまろみとふくよかな香りの古酒の印象が強かったが、まさかその酒が自分に当たるとは思ってもいなかった。
 何だかすっかり“割安感”を抱いた会となった。


半年遅かった、鳩山・小沢の辞任

2010-06-03 22:02:26 | 政治経済

 

 鳩山首相、小沢幹事長の辞任で号外が飛ぶ大騒ぎをしている。このようなつまらないニュースで、わがブログを汚すことはないが、日記の性格を持つブログには後日への記録として触れるだけは触れておこう。

 わたしは既に昨年暮れの1226日付ブログ「鳩山首相のブレ」で、「鳩山は小沢と共に辞めるべし」と書いている。当時から普天間問題などで「鳩山の発言はブレている」という指摘が多かったが、私は、「本来“駐留なき安保論者”である鳩山とすれば一貫している」とそのブレは問題としてこなかった。
 しかし「政治とカネの問題はダメだ。秘書の罪が確定した以上、それを知っていようが知るまいが『秘書の罪は自分の責任』としてきた従来の主張どおり、ブレないで辞任すべし・・・」と、当該ブログにも書いてある。付け加えて「辞めるときは、同じくカネの問題にまみれる小沢幹事長もともに辞めるように・・・、その点でもブレないように」と書いた。
 それが半年を経てようやく実現した。今更、冷め切って伸びきった蕎麦のようで、何の味も魅力も無いが。

 鳩山は半年前に辞めていれば、「力はなかったが、政権交代を果たした清新な首相」として、その名を後世に残したかもしれない。しかし、小沢などという汚れた政治家と命運を共にして、「短い中で晩節を汚して」その政治生命を終えた。これが政治というものであろう。
 ただ、私は鳩山を一面で評価している。彼は戦後初めて一国の首相として「日米安保体制はこれでいいのか?」という課題を国民に示したのだ。保守勢力とそれを取り巻く御用学者も含めて、「パンドラの箱を開けた!」と大騒ぎであるが、これぞ! 日本国民が一番考え行動を起こさなければならない問題ではないか?

 沖縄はこのままでいいのか・・・
 日本人は、異常な基米軍地のもとで21世紀も生きるのか・・・
 半世紀を経た日米安保体制を、そろそろ真剣に考えようではないか・・・

 鳩山はこれを日本国民に提起してくれたのだ!
 辞任は半年遅かったが、それだけに残すものもあったのかもしれない。


六月を迎える ・・・ 意外にあわただしい六、七月

2010-06-01 14:20:04 | 時局雑感

 

 早くも六月だ。今年も半分が過ぎて行こうとしている。
 六月などという月は、あまり特徴のない月だと思っていたが、今年は色々なことが重なった。まず、結婚式が二つある。以前は若者の多い職場であったので、仲人も含めて結婚式に出る機会が多かったが、さすがに最近はトンと縁がなかった。ところがそれがひと月に重なってしまった。
 一つは会社の社員が名古屋で、もう一つは息子が逗子の葉山で。そもそも息子は43歳、突如として結婚することになり、このような特殊要因が発生すればこその「重なり」であろう。

 社員の方では主賓挨拶を仰せつかり、これはそれなりに緊張ものだ。息子の方は、その結婚式場が「酒の持ち込み」を許すとあって、持ち込む酒の選択を任された。純米酒普及推進委員の面目にかけても、全国1300の蔵から「これぞ!」という酒を選びたいものだ。これもそれなりに緊張する。
 この齢になって相応の緊張を与えてくるなんて、結婚式と言うものはいいものだ、とつくずく思っている。

 4日には京王プラザホテル多摩の「日本酒探訪第3回~信州佐久の美酒を楽しむ」に参加して、佐久13蔵の美酒を楽しむ。バラエティに富んだ料理も出るというので酒の飲めないワイフと参加し、私が酒、ワイフが料理という分担だ。中旬には秋田の会社の株主総会出席のため、一年ぶりの秋田だ。
 秋田といえば、月が明けた7月2~4日、『みちのく、津軽・下北2大半島と五能線・仏ケ浦遊覧ふたり旅』という長い名前の東北の旅がある。平泉中尊寺から十和田湖、奥入瀬渓谷を経て仏が浦(下北半島最北端)、竜飛崎(津軽半島最北端)、最後は五能線まで乗れるという盛りだくさんの旅。新幹線は全てグリーン車かつ費用は「お二人様合計10万円」と言うのが気に入ってワイフが申し込んだもの。

 旅から帰ると7月10日は娘のコンサート・・・、諸準備を含めて、なんだかあわただしくなってきた。

 


投票ボタン

blogram投票ボタン