紹興でも上海でも、毎日文字通りの中華料理を食べ、紹興酒を飲んだ。そして当然のことながら「中華料理には紹興酒が一番良く合う」ということを実感した。あの材料と脂っこい料理には日本酒、特に端麗辛口の吟醸酒などでは太刀打ちできない。酸味の利いた山廃純米の無濾過生原酒なら何とかなるか? まあ、やはり紹興酒だろう。
前記した紹興縣酒廠でご馳走になった料理は、「紹興酒で食べる料理」の典型であった。その蔵の料理人たちが、私たちを歓迎してくれるために精一杯の気持ちを込めて作ってくれた料理で、中には口にするのにかなりの勇気を要するものもあったが、中華料理の粋を見る思いであった。そのメニューは以下のとおり。
・ 茹でたカニ(上海蟹のシーズンではなかったが、中国で
は客をもてなす最高料理)
・スッポンの姿煮(ゼラチン状)
・カエルの揚げ物(白身であっさり味、鳥のささみの感じ)
・油炸臭豆腐(ヨウジャーチョウドゥフー)豆腐の腐った
奴。くさや、鮒鮨の比でない
・孵化寸前のアヒルの卵(卵を割ると、毛が生え、血管の
走った鳥の姿が出てきた)
・田ウナギの醤油煮(数センチの鰻の丸煮)
・その他、車えびのから揚げ、キュウリと鳥ささみの油い
ため などなど
中でも最高の勇気を要したのがアヒルの卵。隣に座っていた英愛子夫人が「中から鳥が出てきたらぶん投げるから・・・」と言いながら、恐る恐る割る・・・そこには「ぶん投げる」に値する形状が現れたが、それを投げ捨てる勇気もまた持ち合わせず、半分べそをかきながらとにかく食べた。美味しさと気持ち悪さの交錯する不思議なムードの中で。
このような料理と共に飲む酒は、あのトロリとした濃醇な紹興酒以外にない。これだけは万人が認めるだろう。
もう一つは油炸臭豆腐(ヨウジャーチョウドゥフー)。私はくさやも鮒鮨も食べることが出来るが、この豆腐の匂いだけには参って、どうしても食べることが出来なかった。蔵を離れ紹興の街にでて、「ここだけは行きたい・・・」と、魯迅の行きつけの店『咸亨酒店(かんきょうしゅてん)』に行った。ところが、店に100mも近づくと、早くもこの「豆腐の腐った匂い」が漂う。勇気を出して店に入り、豆などで紹興酒を飲んだが、やはり油炸臭豆腐は食えなかった。日本にある中華料理店で出る油炸臭豆腐は食べることが出来る。本物とは匂いの強さが格段に違い、日本人に合うように作られているのであろう。
われわれは外国料理の「本物」をどれだけ食べているのだろうか?