晴れ、ときどき映画三昧

映画は時代を反映した疑似体験と総合娯楽。
マイペースで備忘録はまだまだ続きます。

「マイ・ブックショップ」(17・スペイン/英/独)65点

2019-07-30 12:35:03 | 2016~(平成28~)


・ 英国好き、読書好きにはピッタリなヒューマン・ドラマ。

英国のブッカー賞作家ペネロピ・フィッツジェラルドの原作をイザベル・コイシェ監督が脚色した、50年代英国の保守的な街で書店を開業する女性を巡ってのヒューマンドラマ。

エミリー・モーティマー主演でパトリシア・クラークソン、ビル・ナイが共演。小品ながら心に染み入る佳作でゴヤ賞を受賞している。

’59年、英国海岸地方で書店が一軒もない街で、16年前戦死した夫との夢である書店を開業しようとしたフローレンスは、保守的な考えの街の有力者・ガマート夫人から反感を買い、冷ややかな目で迎えられる。
女性がビジネスをすることが土地の風土には相応しくないと思うマガート夫人は、彼女の書店を軌道に乗せることを阻止しようと何かにつけて邪魔をするが・・・。

港町の風景・邸宅・衣装・小道具がとてもリアルで、英国好きの人には目を楽しませてくれる。

ヒロインE・モーティマーは自身も文学に造詣が深く、監督のお眼鏡にかなった女優。はにかんだ様な笑顔で純粋無垢な人柄で芯が強く実行力がある女性を自然体で演技しているよう。

表向きには反対しないが裏ではあの手この手で書店をつぶそうとするマガート夫人にはP・クラークソンが扮し敵役を一手に引き受けている。優雅な物腰態度だが、高圧的な物言いや権力保持のためには尽力を惜しまない女性を好演している。

ヒロインをバックアップするのはこの40年間邸宅に引きこもり毎日読書している変人の老紳士ブランディッシュ(B・ナイ)。最近TVドラマ・アガサクリスティ原作のミステリー「無実はさいなむ」でもお目にかかったB・ナイは老紳士をやらせたら右に出るものはいないほどのはまり役。イギリスの笠智衆か?

フローレンスがブランディッシュに選んだ「華氏451度」は<本とはカケガエノない出会い>であり、問題作「ロリータ」を扱うか相談するなど、ふたりのぎこちない交流が微笑ましい。
浜辺で出会い<別の人生で出会いたかった>というブランディッシュの精一杯のメッセージは、まるでおとぎ話の世界だ。

フローレンスに関わる主要な人物にバイトの少女・クリスティーン(オナー・ジーニシー)とBBC職員ミロ・ノースがいるが、20世紀半ばの出来事とは思えないドラマの展開は、意外な終焉を迎える。

読書嫌いだったクリスティーンが「ジャマイカの烈風」を手に佇みフローレンスを見送るエピローグは、ヒロインに肩入れしていた観客の胸の痛みを解消してくれる。
ナレーターを務めたのが「華氏451度」の映画の主人公ジュリー・クリスティだったのも監督の拘りのひとつだった。


「ビール・ストリートの恋人たち」(18・米)75点

2019-07-27 12:11:10 | 2016~(平成28~)


 ・ 叙情的で美しい映像と音楽で描かれたビターなラブ・ストーリー。


 独特の感性とストーリー・テイリングから一躍注目を浴びた「ムーンライト」のパリー・ジェンキンス監督が、公民権運動で精神的支柱となった作家ジェームズ・ボールドの小説・「ビール・ストリートに口あらば」を脚色して映画化。
 70年代NYハーレムに住む若い黒人カップルの一途な愛と理不尽な差別を描いたラブストーリーで、母親役で好演のレジーナ・キングがオスカー助演女優賞を受賞した。
ビール・ストリートはメンフィスの繁華街だが<アメリカで生まれた黒人はみな、ビール・ストリートで生まれた>という原作の精神は、ジェンキンス監督によって美しく哀しいラブ・ストーリーとして映像化された。

 19歳のティッシュ(キキ・レイン)は幼なじみの恋人22歳のファニー(ステファン・ジェームス)と幸せな日々を送っていた。ある日ファニーはティッシュに近づいてきた男をかばい白人警官の怒りを買ってしまい、近くで起きたレイプ事件で容疑者として逮捕され、ファニーは無実を証明するため家族共々奔走するが・・・。

 プロローグで静けさと美しい街並みをゆっくりと歩くしあわせそうな二人をカメラがゆっくりと追い、別れ際に真俯瞰のカットで終わった直後、アクリル板に隔たれた留置所の面会シーンにカット変わりしたりするユニークな構成。

なぜ逮捕されたのかが分かるまで徐々に種明かししていく展開は、若いふたりの心情が高まっていくシーンを挟みながら進行していくため、なお一層理不尽さが何倍にも増幅されていく。

ジェンキンス監督は声高に黒人差別を訴える手法ではなく、若い二人を見守る家族や友人・マイノリティたちを通してアメリカ社会の根深い人種差別問題を提起する。

そのためには適材適所のキャスティング、登場人物の感情にリンクした衣装やメロウな音楽、それに美しい街並みや部屋やレストランなどの配色、さらに逆光や一気にクローズアップする映像手法などあらゆる要素を駆使した監督の手腕が発揮されている。

カップルは勿論、それぞれの家族がささやかながら必死で生きていく普通の人々であることがとても切ない。
ティッシュの妊娠を知った家族同士の対立、ユダヤ・イタリア・ヒスパニック系の隣人たちの温かい関わりなどを描きながら、プエルトリコへ帰国した被害者のやるせない対応など、今も変わらぬ困難さがひしひしと伝わってくる。

出番が僅かでセリフも少ない白人ベル巡査(エド・スクレイン)のインパクトの強さが半端ではないのも本作ならでは。

エンディングに流れるビリー・プレストンの「マイ・カントリー・ディス・オブ・スリー」が心に染み入ってくる秀作だが、観終わって理不尽な想いが払しょくされず持って行き所がないのがとてもつらい。




「リバー・ランズ・スルー・イット」(92・米)80点

2019-07-23 12:01:12 | (米国) 1980~99 


 ・ モンタナの自然が美しいR・レッドフォードの監督3作目はB・ピットの出世作。


 「普通の人々」(80)で監督として高評価を得たロバート・レッドフォードが監督に専念、ノーマン・マクリーンの自伝「ノーマンの川」を映画化。グレイグ・シェイファーが主人公ノーマンを演じ、弟ポールに扮したブラッド・ピットがブレイクしたヒューマンドラマで、モンタナの雄大な自然を美しく切り取ったフィリップ・ルースロがオスカー・撮影賞を受賞した。

 厳格な牧師のマクリーン一家の真面目な長男ノーマンは、幼い頃から厳格だが慈愛に満ちた父(トム・スケリット)から自由本奔放な弟ポールとともにフライフィッシングの極意を教わってきた。
 モンタナの自然で生まれ育った兄弟は、やがてそれぞれの人生を歩み始める・・・。

 映画化を渋るマクリーンをレッドフォードが口説き落とし映画化したため監督に専念。ただしナレーターとして、ノーマンの人生を辿るその熱い想いを観客の心に語りかけている。(若干、語りすぎの面も)

 モンタナの風景は、雄大な自然と美しい川の流れがとてもマッチしていて、そこで穏やかで慎ましく暮らす4人家族がとても羨ましくなってくる。釣りに興味がなくてもフライフィッシングが神聖なものだという父の言葉に幼い兄弟がそれぞれの解釈で馴染んで行く様が丁寧に描かれる。

 一家はキリスト教長老派の教えを忠実に守る父と心優しく控えめな母(ブレンダ・ブレシン)の両親から性格の違う兄弟を描き、理想の教育を示唆するようなところもあった。
 決して何事も押しつけず兄弟を平等に愛しながら、父は弟を母は兄がより愛しているのでは?と感じさせるシーンがある。

 長じてノーマンが愛した雑貨やの娘ジェシー一家との家族の違いが描かれているのも興味深い。

 ゆったりとしたテンポで描かれるそれぞれの逸話は丁寧だがメリハリがないともいえる。とくに若い頃本作を観ると退屈でブラピの金髪と少年のような屈託のない笑顔しか記憶に残らなかったという人も多かろう。

 筆者のような高齢者には、美しい川の流れと人生の教訓に満ちた数々の言葉とともに懐かしく味わう作品として楽しめた。

 とくに父が最後の説教「ひとは家族であっても完全に理解することはできない。でも完全に愛することはできる。見守ることは可能だ。それこそが家族の役目である」が印象的。

 俳優業を引退するのでは?というレッドフォードが今後も監督として映画作りに関わってくれることを願っている。
 

「ニュースの真相」(15・米/豪)70点

2019-07-19 12:09:53 | (米国) 2010~15


 ・ ジャーナリズムの影の部分を描いた社会派エンタテインメント。


 大統領軍暦詐称事件を流したTV報道番組「60ミッニッツⅡ」のプロデューサー、メアリー・メイプスのスクープを巡って、その舞台裏を描いたドラマ。
 「ゾディアック」(07)のジェームズ・ヴァンダービルト監督が、M・メイプス原作「大統領の疑惑」をもとに書き下ろし、ケイト・ブランシェット、ロバート・レッドフォードが共演。

 04年、米国大統領ジョージ・W・ブッシュが再選を目指していた。米国最大のネットワークを誇る放送局CBSで長年アンカーマンを務めるダン・ラザーの人気番組「60ミッニッツⅡ」が大統領の軍歴詐称疑惑を報道した。
 それは、番組プロディーサー、メアリー・メイプスが00年から追っていたスクープだった。
 しかし放送直後に証拠文書に偽造の疑いがあるとの保守派勢力からの反撃メールが多数寄せられ、TV局はその信憑性を問われることに・・・。

 「インサイダー」(99)もA・パチーノ扮する「60ミニッツ」の名プロデューサー役で製薬会社の不正疑惑を描いた作品だったが、類似作品だろうか?と思いながら鑑賞した。

 ネット社会の象徴的事件として<21世紀最大のメディア不祥事>といわれた事件をメイプス自身が出版した内容をドラマ化しているため、TV局やジャーナリズムの影の部分を捉えメディアとは?を改めて考えさせる実録ドラマのテイストはとてもよく似ていた。
 同時に、主人公メアリーに扮したK・ブランシェットとダンのR・レッドフォードの疑似親子とも思われるような深い絆が色濃いものとなっていて、エンタテインメント仕立てのドラマでもある。

 このあたりで真相を追究する実録ドラマを期待したら肩すかしを喰らってしまう。元来軍歴詐称の真偽からキリアン文書の正疑にすり替ってしまうのは本末転倒であるからそこに焦点を当てて欲しかった気がする。

 とはいえメアリーが一途に自分の信じることに邁進する勇気は、ダン・ラザーでなくても疑いを持たず信じたいと思わせ、演じたK・ブランシェットの魅力に引き込まれてしまう。彼女の苦境をTV局という組織が救えないところを観るにつけ、社会の現実を思い知らされる。おまけに実の父親との不仲までスキャンダルになってしまう。

 嘘をついたのは誰なのか?真実の追究の難しさとフェイクニュースの危うさは今日の日本やに世界に蔓延していて、メアリーの<自分が信じたいことを事実と見なすという行為>はセンセーショナルと誤報のリスクが表裏一体であることを教えてくれている。


「家へ帰ろう」(17・スペイン/アルゼンチン)80点

2019-07-16 12:29:35 | 2016~(平成28~)


 ・ アルゼンチンからポーランドまで、老人ひとりのロード・ムービー。


 アルゼンチンに暮らす88歳の老人が、高齢者施設への入居を嫌い70年ぶりに故郷ポーランドへ一人旅するロード・ムービー。アルゼンチンの脚本家パブロ・ソラルスの長編2作目監督作品。自身の祖父の体験やホロコ-スト生存者の息子のハナシをもとに映画化。主演は「タンゴ」(98)のミゲル・アンヘル・ソラ。

 長年ブエノスアイレスに住む仕立屋のアブラハム。自分を高齢者施設に入れようとする子供たちから逃れ、故郷であるポーランドのウッツ目指して一人旅立つ。
 その旅は、第二次大戦でナチスの手から救ってくれた親友へ自分が仕立てた最後のスーツを届ける再会の旅でもあった。

 ホロコーストといえば悲惨な戦争の歴史で、どうしても暗いハナシになるが、本作は回想シーンを挟みながら、軽妙なユーモアを伴う感動的なストーリー。

 主人公は頑固でしたたかだが、どこか憎めない愛嬌ある風貌でオシャレな老人。若い頃痛めた右足にツーレス(デイッシュ語でトラブルという意味)と命名、手術を進められても拒んでいる。老けメイクの主人公がイメージぴったりだ。
 
 ブエノスアイレスからマドリードへ飛行機で、マドリードからフランス経由ワルシャワへは列車での旅は出逢いによる人間賛歌とちょっぴり哀しい別れ。
 マドリードで出会ったのはホテルの女主人・マリア(アンヘラ・モリーナ)とミュージシャンの青年・レオナルド(マルティン・ピロヤンスキー)、それにマドリードに住む末娘クラウディア(ナタリア・ベルベケ)。
 無愛想な女主人とのヤリトリはまるで男と女の恋の駆け引きのよう。スペイン女優A・モレーラの大人の色気は60を過ぎても衰えず、とても魅力的な3人の夫がいた恋多き女を演じている。
 末娘クラウディアとの出会いはリア王のコーディアがモチーフ。ホテルで有り金を盗まれたアブラハムが勘当した娘に借金をするために会いに行く。彼女の腕に彫られたタトゥーが悲しい親子の絆を物語る。

モンパルナス経由東駅で路頭に迷うアブラハムに助け船を出したのはドイツ人類学者イングリット(ユリア・ベアホルト)ドイツを通らずポーランドへ行きたいという無理難題を解決してくれた。
歴史的負の遺産を背負った二人の抱擁は心から安堵させられた。日本人もドイツ人も75年経っても戦争のハンデを背負っており、隣国との対応の難しさを実感する。

車中で過去の幻想と体調不良から倒れ、目覚めたのはワルシャワの病院だった。看護師ゴーシャ(オルガ・ポラズ)はまさに白衣の天使だった。

様々な映画祭で観客賞を受賞した本作。邦題ともなった最後のセリフが70年間のギャップを埋めるようだ。


 

「ちいさな独裁者」(17・独/ポーランド)80点

2019-07-14 14:13:54 | 2016~(平成28~)


・ 第二次大戦末期のドイツで起きた実話をもとにしたサスペンス。


「フライト・プラン」(05)、「RED/レッド」(10)のロベルト・シュベンケ監督が、本国ドイツで描いたサスペンス。<脱走兵が見つけた軍服を身につけ大尉に成りすましエスカレート、ついに狂気の世界とへ向かっていく>という嘘のような本当の話をもとにしている。

 邦題から思い浮かぶのはチャップリンの「独裁者」だが、本作の主人公はヒトラーではなく20歳そこそこの脱走兵ヘロルト(マックス・フーベッチャー)。
 終戦まであと一ヶ月あまりの45年4月。脱走兵狩りを辛うじて逃れ、ドイツ軍パラシュート部隊軍用車の座席にあった軍服を発見。
 丈が長い軍服を身に纏い大尉に成りすまし、道中出会った兵士たちを服従させ親衛隊のリーダーとなっていく・・・。

 身分がばれそうになると<ヒトラー総統の密命>が殺し文句となり、憲兵隊から逃れ軍規違反収容所に駐在する。

 いつしかヘロルトは<馬子にも衣装>から<虎の威を借りる狐>となり、ついに暴走が始まる。

 監督はストーリーの順どおり撮影し、主人公の変貌ぶりを丁寧に描写。
 序盤でユンカー大尉(アレクサンダー・フェーリング)に怪しまれたときは主人公に感情移入して、正体がばれないかヒヤヒヤしてしまうほど。

 主人公を取り巻く様々な兵士の深層心理にも迫って行く。
 最初の上等兵フライターク(ミラン・ペシェル)は運命共同体としてヘロルトに服従するが、その呪縛から逃れられず苦悩し狂気の行動を余儀なくされる。
 粗暴な兵士キピンスキー(フレデリック・ラウ)らは偽物と見抜きながら打算でついて行く。
 たどり着いた軍規違反者収容所は大量のドイツ軍兵士がいた。権力の味を知ってしまったヘロルトは、傲慢な振る舞いをエスカレート。 
 ついに大量殺戮を主導していく。法規と上司の命令のみに従う所長と一掃することを願う警備隊長による軍人同士の対立は、非国民であるという理由からヘロルトによって簡単に結論づけられてしまう。

 <彼らは私たちで、私たちは彼らだ。過去は現在なのだ。>という監督は、エンドロールでヘロルト即決裁判所と描かれた軍用車で現代のドイツへ登場し、人々を尋問していく姿が映し出される。

 現代のイジメやDV・パワハラなど加害者への同調は集団心理の恐ろしさを物語っているし、決して後味の良くない本作を通して<自分だったら、という目で見て欲しい>という監督の言葉を噛みしめている。
 

「大脱獄」(70・米)75点

2019-07-11 12:22:09 | 外国映画 1960~79


 ・ 二大俳優共演で大逆転もある脱獄劇。


 「三人の妻への手紙」(50)「イヴの総て」(51)で2年連続オスカー獲得の名匠ジョセフ・L・マンキーウィッツ監督、「俺たちに明日はない」のコンビ、デイヴッド・ニューマン、ロバート・ベントンによる脚本で、19世紀末アリゾナ地方刑務所で起きた暴動と脱獄を軽快なタッチで描いたアクション活劇。

 カーク・ダグラス、ヘンリー・フォンダの二大俳優、リー・グラント、ウォーレン・ウォーツなどが共演。

 アリゾナ地方刑務所へ護送されてきた6人の受刑者のひとりパリスは、資産家から50万ドルを奪って仲間を殺し砂漠に隠していた。新入り6人に与えられたのは過酷な石切場での重労働。パリスはフロイドを仲間として目星をつけ脱獄を目論む機会を窺う。
 暴動が起き所長が殺されてしまい、新たに赴任してきたのは元保安官のロープマンだった。
 新任所長は打って変わって待遇改善に勤しみ受刑者を喜ばせ、パリスの脱獄はしづらくなってしまうが・・・。

脱獄映画の名作は「大脱走」(63)のS・マックイーン、「暴力脱獄」(67)のP・ニューマンなど観客が脱獄を応援するヒーローが登場するものが多い。さらに無実の罪だったり、人種差別や受刑者同士の友情などが背景にあってハラハラ・ドキドキのサスペンスものが定番。

 本作はその常識を覆す受刑者と刑務所長との奇妙な頭脳合戦が繰り広げられ、意外な展開を見せながら進行して行く。最大の見所が脱獄後のパリスが隠した50万ドルの行方。

 本当かなと思うシーン満載だが、史実をもとにしたドラマという。大胆なアレンジがされたに違いない。

 パリスを演じたK・ダグラス、ロープマンに扮したH・フォンダの二大俳優が如何にも楽しそうに役柄に取り組んでいるが、H・フォンダにいいとこ取りされてしまっている。

 美しい未亡人バラード夫人(リー・グラント)がむさ苦しい男たちばかりの映画に彩りを添えているが、ほんの息抜き程度。

 結局、あと1年で刑期が終わる詐欺師ダッドリー(ヒューム・クローニン)の行動判断が正解だったというブラック・コメディでもあった。


 

 

「ソイレント・グリーン」(73・米)60点

2019-07-07 12:45:43 | 外国映画 1960~79


 ・ 現代への警告を示唆した70年代のディストピアSF映画。


 ハリイ・ハリソンのSF小説「人間がいっぱい」を、「ミクロの決死圏」(66)のリチャード・フライシャーが監督。NYを舞台に人口増加で資源が枯渇して格差社会となってしまった50年後の未来社会を描いたディストピア映画。
 主演にチャールトン・ヘストン、共演はこれが遺作となったエドワード・G・ロビンソン。

 ’22年のNYは人口増加で人間が路上に溢れ出し溢水の余地もない状態となっていた。環境破壊のため食料が不足し大多数の人間は海のプランクトンからソイレント社が製造した合成食品の配給で命を繋いでいた。
 NY殺人課の刑事ソーンはソイレント社幹部サイモンソンが殺害された事件を同居人ソルの協力のもと捜査を開始する。

 ソイレントとは大豆とレンズ豆を合成した言葉で、合成食品のこと。筆者が子供の頃(’50年代)、将来は食べ物はみんな一口大のカプセルになって料理が不要になり食事が簡単になるという話を聴いて、味気ない食事はつまらないと思った記憶があった。現実にならないで良かったという反面、食事の簡素化はその方向に歩みつつある気も・・・。

 現在地球レベルでは人口増加と食料不足は事実となりつつあるがかなり偏差値があり、日本では少子高齢化と自給力不足が優先課題。しかしここで描かれている格差による貧富の差や大企業と一部の権力者の癒着、安楽死問題など社会問題は現実のものとなっている。

 活劇俳優C・ヘストン演じる刑事は職権乱用して良い思いもする偽善的ヒーローだが家も職業もあり恵まれた存在で、同居するソルは<本>と呼ばれる老学者で知識だけで生き延びている。彼らが集まる<交換所>は図書館のようなもの。50年前はIT技術の長足の進歩は見抜けなかったのか?

 さらに配給不足で起きた暴動をショベルカーでゴミのように排除したり、特権階級には<家具>と呼ばれる若い女性がいるのは陳腐な驚き!

 そんな救いのない未来感いっぱいの本作のハイライトは<ホーム>という安楽死施設。美しい大草原や大海原の風景が移る無機質なベッドで大好きなチャイコフスキーの悲愴やベートーベンの田園を聴きながら深い眠りにつくソル。撮影9日後亡くなったE・G・ロビンソンの最後の姿だったことも感慨深い。

 米国ではトランプ大統領誕生とともにディストピア小説<1984年>がベストセラーになったという。本作もリメイクしたら大ヒットするのでは?
 
 
 

 

 

「天才作家の妻 40年目の真実」(17・スウェーデン/米/英)75点

2019-07-04 12:02:39 | 2016~(平成28~)


 ・ 夫婦・家族とは?作家とは?をサスペンス・タッチで描いた人間ドラマ。


 メグ・ウォリッツァーの原作「The Wife」をジェーン・アンダーソンが脚色し、スウェーデンの舞台監督ビヨルン・ルンゲが演出した心理サスペンス・ドラマ。グレン・クローズが7度目のオスカー・ノミネートされたが受賞ならなかった。ジョナサン・プライス、クリスチャン・スレイターが共演。

 ’92年、米国コネチカット州に暮らす現代文学の巨匠ジョセフ・キャッスルマンがノーベル文学賞を授与されることになり、妻のジョーンと手を取り合って喜ぶ。
 夫婦は息子を伴いストックホルムの授賞式へ。そこでジョーンはジョセフの経歴に疑問を抱いているナサニエル記者から夫婦の秘密について問いただされる・・・。

 夫婦の出逢いは’58年。ジョセフはハンサムな大学教授、ジョーンは小説家志望の美しい学生だった。
 時代は高名な女流作家エレーヌ・モゼルですら1000部しか売れないという女性蔑視のとき。若く才能あるジョーンに<何度不採用になっても書き続けなければいけない>と教えるジョセフ。

 ジョセフを妻子から奪って結婚したジョーンは彼と歩んできた40年は夫婦ならではの<複雑で特別な絆>で結ばれていた。

 非才な劣等感からそのたびに浮気を重ねる夫と、その悲憤から創作にぶつける妻という関係が続いていた・・・。

 しかし、夫が最高の文学賞を受賞した喜びと自分が糟糠の妻として支えてきたという世間一般の評価に納得していたのに、夫の無神経なスピーチに耐えられなくなり40年間蓋してきた鬱憤が爆発してしまう。

 G・クローズの心象表現の微細な変化が作品を絶えず牽引していた。こんな複雑な心情表現ができる女優はM・ストリープと双璧なのに受賞歴にはかなり差がある。「ガープの世界」(85)、「危険な情事」(87)、「アルバート氏の人生」(11)など印象深い作品も多く、今回こそ受賞して欲しかった。もしかすると、ラストチャンスだったかも・・・。

 彼女の名演をサポートしたのは夫ジョセフを演じたJ・プライスとナサニエル記者のC・スレイター。真実を暴露される恐怖感をひた隠しする夫と、真実を暴き記者としてを成功を目論む二人の男を絶妙に演じていた。

 ほかでは若き日のジョーンに扮したG・クローズの実の娘H・ロイドの気品漂う美しさが印象的。

 熟年夫婦にとって、何かと考えさせられる大人の作品だった。

 

 
 

 

「彼が愛したケーキ職人」(17・イスラエル/独)70点

2019-07-01 10:51:42 | 2016~(平成28~)


 ・国籍・宗教・文化を超えた人間賛歌を描いたイスラエルの新人監督の長編デビュー作。

 ベルリンのカフェで働くケーキ職人トーマス。彼のケーキが気に入って常連となったのはイスラエルから長期出張しているオーレンで、ふたりはいつしか親密な関係に・・・。
 また一月後といってエルサレムへ帰っていったオーレンからは連絡が途絶えてしまう。
 トーマスはオーレンの事務所で彼の死を知り途方に暮れるが、エルサレムでオーレンの妻アナトが経営するカフェを訪ねる。

 イスラエルのオフィル・ラウル・グレイツァ監督・脚本は国籍・宗教・文化・性差を超えて惹かれ合う人間賛歌を謳っていてこれが長編デビュー作。
 主人公トーマスにはドイツの無名俳優ティム・カルクオフで、アナトには「運命は踊る」などイスラエルの人気女優サラ・アドラー、オーレンにはロイ・ミラーが扮している。

 最初は人手が足りず困っていたアナトはトーマスを単なる使用人として雇用していたが、彼が焼いたクッキーが店の評判となり人気となり、やがて人種を超えカケガエのない存在となっていく・・・。 

 観客の想像力を喚起させる丁寧な描写で、アナトがトーマスとオーレンの秘密をいつ知るのだろうか?というサスペンスタッチで進行する。
 いわゆるLGBTジャンルだが、加えてドイツ人とユダヤ人という複雑な歴史を抱えた関係もあり、単なる三角関係とは違うエモーショナルなものが存在するようだ。
 中東諸国では最もLGBTに理解があるというイスラエルだがどうやら政治的理由かららしく、宗教的戒律を守り家族を大切にするお国柄でのトーマスの行為は排斥の対象になるのは必然のこと。
 義兄モティはその典型的人物だが、決して悪人ではない。義母のハンナはどうやらオーレンの癖は知っていてトーマスをそれとなく誘導していた。

 もっともつらいのはアナトで邦題は彼女の視点でつけられているように悲劇のヒロインである。

 彼女を主演にしなかったのは、イスラエル生まれでドイツに暮らしゲイであることをカミングアウトした監督自身のトーマスへの思い入れがあるのだろう。

 観客の想像力に委ねる静寂なラスト・シーンや<黒い森のケーキ>が印象的な質の高い力作で、これが新人のO・R・グレイツァはイスラエルを代表する「運命は踊る」のサミュエル・マオスとともに目が離せない監督となった。