・ 英国好き、読書好きにはピッタリなヒューマン・ドラマ。
英国のブッカー賞作家ペネロピ・フィッツジェラルドの原作をイザベル・コイシェ監督が脚色した、50年代英国の保守的な街で書店を開業する女性を巡ってのヒューマンドラマ。
エミリー・モーティマー主演でパトリシア・クラークソン、ビル・ナイが共演。小品ながら心に染み入る佳作でゴヤ賞を受賞している。
’59年、英国海岸地方で書店が一軒もない街で、16年前戦死した夫との夢である書店を開業しようとしたフローレンスは、保守的な考えの街の有力者・ガマート夫人から反感を買い、冷ややかな目で迎えられる。
女性がビジネスをすることが土地の風土には相応しくないと思うマガート夫人は、彼女の書店を軌道に乗せることを阻止しようと何かにつけて邪魔をするが・・・。
港町の風景・邸宅・衣装・小道具がとてもリアルで、英国好きの人には目を楽しませてくれる。
ヒロインE・モーティマーは自身も文学に造詣が深く、監督のお眼鏡にかなった女優。はにかんだ様な笑顔で純粋無垢な人柄で芯が強く実行力がある女性を自然体で演技しているよう。
表向きには反対しないが裏ではあの手この手で書店をつぶそうとするマガート夫人にはP・クラークソンが扮し敵役を一手に引き受けている。優雅な物腰態度だが、高圧的な物言いや権力保持のためには尽力を惜しまない女性を好演している。
ヒロインをバックアップするのはこの40年間邸宅に引きこもり毎日読書している変人の老紳士ブランディッシュ(B・ナイ)。最近TVドラマ・アガサクリスティ原作のミステリー「無実はさいなむ」でもお目にかかったB・ナイは老紳士をやらせたら右に出るものはいないほどのはまり役。イギリスの笠智衆か?
フローレンスがブランディッシュに選んだ「華氏451度」は<本とはカケガエノない出会い>であり、問題作「ロリータ」を扱うか相談するなど、ふたりのぎこちない交流が微笑ましい。
浜辺で出会い<別の人生で出会いたかった>というブランディッシュの精一杯のメッセージは、まるでおとぎ話の世界だ。
フローレンスに関わる主要な人物にバイトの少女・クリスティーン(オナー・ジーニシー)とBBC職員ミロ・ノースがいるが、20世紀半ばの出来事とは思えないドラマの展開は、意外な終焉を迎える。
読書嫌いだったクリスティーンが「ジャマイカの烈風」を手に佇みフローレンスを見送るエピローグは、ヒロインに肩入れしていた観客の胸の痛みを解消してくれる。
ナレーターを務めたのが「華氏451度」の映画の主人公ジュリー・クリスティだったのも監督の拘りのひとつだった。