恋するトマト/クマインカナバー
2005年/日本
ひとり4役・大地の熱意が伝わる心温まるラブ・ストーリー
shinakamさん
男性
総合 80点
ストーリー 80点
キャスト 80点
演出 85点
ビジュアル 80点
音楽 75点
幅広いキャラクターを演じる名脇役・大地康雄が企画・製作・脚本・主演のひとり4役を担って7年の空白を乗り越え足掛け13年間で完成した異色ラブ・ストーリー。
バブル期を経験したとはいえ、つい最近まで豊かな食生活を満喫していて、不安など何もなかった日本の食糧事情。その基本を支えていた農業は疲弊し、後継者不足は深刻な問題だ。霞ヶ浦の近くで農業を営む野田正男は45歳だが未だに独身。集団見合いで田舎暮らしに憧れて参加した景子とは農業に対する姿勢がまるっきり違って破談に。フィリピン・パブで見染めたリバティとの国際結婚も両親を説得してのマニラ行きだったが詐欺に遭って途方に暮れる。
野田正男とは大地の本名でまるで本人が乗り移ったようなキャラクター。愚直で不器用だがお人好し。仕事には情熱を持って挑み粘り強く決して諦めない。こんな人物を演じさせたら、竹中直人と双璧だ。
フィリピンでは怪しいタレント派遣業の中田に救われ裏稼業に足を染めるが、豊饒で温かい心の持ち主クリスティナと出会い、再び農業に目覚める。
ベタな展開は出来過ぎの感はあるが、観客を裏切らない大切なものとヒトが心を熱く感動へと導いてくれる。
景子を演じた富田靖子、リバティのルビー・モレノも適役だがフィリピンのトップ女優というアリス・ディクソンが寅さんのマドンナのような役割を果たして胸を熱くさせる。村田雄浩、藤岡弘、織本順吉、あき竹城、清水紘治、石井光三など脇を固めたのは友情出演では?彼らにも拍手を送りたい。
副題のクマインカバナーはタガログ語で「ご飯食べましたか?」という意味でホームレスになった正男に浜辺で見知らぬ娘に声を掛けられたときの言葉。結婚詐欺をしたフィリピーナも浜辺で声を掛けた優しい娘もいる。当たり前だが、「一概に国や人を判断してはいけない。」
遥か群衆を離れて
1967年/イギリス
女性のための大河ロマン
shinakamさん
男性
総合 75点
ストーリー 70点
キャスト 80点
演出 75点
ビジュアル 85点
音楽 75点
英国の文豪トーマス・ハーデイの原作をジョン・シュレンジャー監督で描いた、19世紀イングランド南部の大河ロマン。「ダーリング」のオスカー女優ジュリー・クリスティが美しい農場主を演じ3人の男を巡ってのラヴ・ストーリーが展開される170分。
伯父から受け継いだ農場を経営することになったバスシーバ。隣に住む中年の裕福な地主・ボールドウッドは何かと親切に気遣ってくれる。若くて有能な羊飼い・ガブリエルは病気の羊を治せるのは彼しかいないのを知り使用人として雇うことに。女中のファニーと結婚を約束した美貌の軍曹・トロイは教会に遅れただけで式をキャンセルするプライドが高いプレイボーイ。この3人がバスシーバにプロポーズするが、彼女が選んだのはトロイだった。
のどかな田園風景を背景に繰り広げられる一大ドラマは最も心を寄せるトロイを選んだために波乱を迎えて行く。
バスシーバを演じたJ・クリスティは美しい農場主らしくトキとして気が強く、トキには愛の不条理に悩むか弱いヒロイン像を魅せているが、男から観ると男たちを振り回し随分身勝手な女だという印象はぬぐえない。ヒロインに肩入れしないで見るラヴ・ストーリーはその時点で興が殺がれてしまう。
男の中ではボールドウッドを演じたピーター・フィンチが良かった。からかい半分のラブレターを受け取ったことがキッカケで年の差を気にしながらプロポーズしたが、愛していないと言われながら諦めず好意を寄せる。一歩間違えればストーカー呼ばわりされ女性には好まれないが、厳しい環境で行う農業経営には誰かの支えが必要だ。現代ではボールドウッドやガブリエルのように、ここまで一途な男も存在しない。
男が男らしく、女が女らしくあれという19世紀はバスシーバのような女性は異色の存在だったのだろう。終盤、落ち着くところへ落ちつくが、大画面でみるイングランドの美しい風景が最も印象に残っっている。
日の名残り
1993年/イギリス
静かで、もどかしく、切ないラブ・ストーリー
shinakamさん
男性
総合 85点
ストーリー 85点
キャスト 85点
演出 85点
ビジュアル 85点
音楽 85点
カズオ・イシグロの原作を映画化。監督は「眺めのいい部屋」(86)、「モーリス」(87)、「ハワーズ・エンド」(92)などイギリス上流社会の人間模様を描くことで定評があるジェームズ・アイボリー。
’58ダーリントン館の持ち主は元米国上院議員ルイスで、先代の主・ダーリントン侯爵から仕えていたジェームズ・スティーヴンスが執事として務めている。シェームズのもとへ20年前女中頭だったケントンから手紙が届いた。手紙の中味から、また一緒に仕事ができることを密かに願い、主人の勧めもあり休暇をもらって彼女を訪ねようと思い立つ。
ジェームズは懐かしさのあまり、ミス・ケントンとの出会いから館を去るまでを想いだしていた。
第一次大戦後、親独派のダーリントン卿は自宅に主要国大使や政治家を招いてドイツ救済のための国際会議を開こうとしていた。格式を重んじる貴族社会が表舞台で活躍できた最後のとき。そのためには自らの仕事を完璧にこなすためストイックなまで己を殺して主人に仕えるジェームズ。イデオロギーにもプライベートにも左右されないことが信条でもある。
執事を絵に描いたようなジェームズを演じたのがアンソニー・ホプキンス。尊敬していた老父を副執事として雇ってもらったのにミスをするのを知ったときの心の動揺は計り知れないものがあっただろう。その結果は掃除係への格下げでおまけに大事な会議の前夜倒れた父は亡くなってしまうが仕事優先。
恋愛感情などもってのほかのジェームズのはけ口は安っぽい恋愛小説を読むことだった。ケントンに読書の内容を問われ頑なに言い訳をするジョージが何故か可愛い。容ナチでもあった卿に従い、良く働くユダヤ人の女中二人を解雇せざるを得なかった。反省した卿の命で二人を探すように言ったジェームズの優しげな顔にケントンも嬉しそう。
二人の淡い恋は相思相愛なのに決して仕事のパートナーの域を超えない。それはジェームズの自戒の念がそうさせている。このあたりのもどかしさは、不器用な男の典型でとても切ない。
ケントンを演じたのはエマ・トンプソンで理知的な職業婦人であると同時に、尊敬に値する男性には女でもある。健気さはイメージどおりで適役だ。そのキッカケを何度も持ちながら実らぬ恋と悟り、若い執事のプロポーズを受けることに。
せめてワインを交わそうとした別れのひとときすら、若い女中の掃除の注意になってしまうのはいまでは考えられない残酷なラブストーリー。泣きじゃくるケントンの声を聴きながら去るジェームズの後悔の念も背中に伝わってくる。
アカデミー賞8部門にノミネートされた本作は、受賞がひとつもない結果となったが、決して評価を下げるものではない。
ピアノレッスン
1993年/オーストラリア
母と娘の関係を、女流監督ならではの感性で描く。
shinakamさん
男性
総合 75点
ストーリー 70点
キャスト 80点
演出 75点
ビジュアル 80点
音楽 80点
19世紀のニュージーランドを舞台に、激しい内情を秘めた女性の愛を描いて、女流監督らしく繊細で独自の世界を作りだしカンヌ・パルムドールと米国アカデミー・脚本賞を受賞したジェーン・カンピオン監督の作品。
ヒロインはスコットランド出身で6才の時話をしなくなり、訳あって11歳の娘と未開の地へ嫁いできたエイダ。ピアノが唯一、心の表現手段でカケガエのないもの。夫となるのは不動産事業を営むスチュアートで世間体もあり、未開の地へはるばる嫁いでくれるなら多少のハンデは厭わないと迎え入れたのだ。最初からピアノに対する価値観の違う2人を暗示するように運んできたピアノは重すぎるという理由で浜辺に残される。
どんよりとした空と海、セピア色の映像はポツンと取り残されたピアノはエイダの分身でもあった。新しい土地へきて期待に胸を膨らませ天使のまねをして踊るフローラと一身にピアノを奏でるエイダ。運命共同体の母と娘を象徴するようなカットだ。ピアノを救済したのは現地マオリ族と同化した仕事仲間のジョージで80エーカーの土地とピアノを交換して自分の家へ運び込む。スチュアートはもう一つの条件であるエイダのピアノ・レッスンも二つ返事で同意する。
ここからは昼メロもびっくりのエイダとジョージの密室劇が始まる。これまで、どちらかというとスチュアートに同情していた筆者には置き去りにされる自分を感じざるを得なかった。
カンピオンはエロティズムを大胆に描くことで、束縛されたこの時代の女性に本来の愛の姿を伝えたかったのだろう。その証拠に愛の描写は束縛の象徴である女性の服装を徐々に剥いでしまい、本能を呼び覚まそうとしている。
建前や道徳感を重視して犠牲をしいて家族の一員にしようとしたスチュアートと本能のままエイダを愛そうとしたジョージの勝負はありありと見えてくる。おまけに本能のままエイダをものにしたハズのジョージが愛していないなら遭いたくないし、ピアノも返すといえば勝負あり。女性が憧れる男性像がジョージにあって風貌だけが伴わない矛盾は問題ない?
母と娘の関係が微妙に変化するシーンが面白かった。娘は母の代弁者でありながら、疎外されたと思えば嫉妬の対象でもあった。その微妙な間柄を感性豊かに表現していたのには感心させられた。この関係が物語をイキイキとさせてくれてホリー・ハンターとアンナ・パキンがオスカー(主演・助演女優賞)を獲得している。その後2人が本作を超えた役柄に出会えないのは残念。終盤での流れはどうも治まるところへ納まったようで共感できなかったが...。
ガス燈
1944年/アメリカ
職人・キューカー監督による傑作・心理サスペンス
shinakamさん
男性
総合
80点
ストーリー
80点
キャスト
85点
演出
80点
ビジュアル
85点
音楽
80点
パトリック・ハミルトンの戯曲を40年英国で映画化したものをMGMがリメイクした44年の作品。19世紀のロンドンで起きた殺人事件がキッカケで繰り広げられるミステリーは、犯人捜しとは違う趣きでいかにも陰湿な雰囲気の心理サスペンス。監督は女優を上手く演出することで定評のあるジョージ・キューカー。往年の映画ファンにとってはイングリッド・バーグマンが<愛している夫のワナにハマり精神的に追い詰められる妻>を演じたオスカー受賞作としてもお馴染み。バーグマンはこれを機にヒッチコックの「白い恐怖」(45)、「汚名」(46)、「山羊座の下に」(49)と続けてミステリーに出演している。
バーグマンは役作りに没頭し、相手役に「うたかたの恋」「歴史は夜作られる」のフランスの2枚目シャルル・ボワイエの起用を熱望し実現したもの。優しい夫がトキとして見せる冷淡な眼差しはこの人ならではの演技。
2人の暮らしに起きる出来事は些細なことから傷口が広がってゆく。それはガス燈を始めとして手紙・時計・カメオのブローチ・壁掛けの絵など小道具がとても巧妙に使われていて、ヒロインをじりじり追い込んで観客を飽きさせない。
2人に絡む脇役陣が個性的。まず脇役とは言い難い正義漢のある刑事キャメロンにジョセフ・コットン、近所の老婦人にデイム・メイ・ウィッティ。洒落たエンディングにひと役買っている。耳の遠い料理人にバーバラ・エヴェレスト。それにミステリーファンなら良く知られたアンジェラ・ランズベリーが若い淫蕩な感じのメイドに扮している。アンジェラは当時17歳でこれがデビュー作。受賞はならなかったが、なんとオスカー助演女優賞にノミネートされている。晩年「ジェシカおばさん」で大活躍するとは想像できないくらい謎めいていた。
いま70年前のフィルムとは思えないほど鮮やかに復元されバーグマンの美貌が見られるのは嬉しい限り。