・ リアルな描写で死者との別れを描いた黒沢清
ある夫婦と三つの家族の<死者と生者の本当の別れ>を描いた湯本香樹実の小説に惚れ込んだ黒沢清監督が宇治田隆史と共同脚本により映画化、カンヌ映画祭・ある視点の監督賞を受賞した。
ピアノ教師の瑞希(深津絵里)は3年前失踪した夫優介(浅野忠信)を待ち続けていた。ある日突然帰宅した優介が言ったのは「俺死んだよ」という言葉だった。
この3年間お世話になった新聞配達店・大衆食堂・山あいの村を尋ね死者との別れを体験する瑞穂にとって、夫との愛を深める旅でもあった。やがて本当の別れが・・・。
<ホラー映画のクロサワ>との定評が海外でも高い黒沢。本作では彼岸に行けない死者たちをリアルな人物描写で登場させる手法なので大仰さはなく淡々とものがたりが流れて行く。
靴を履いたまま家に入ってきた優介が本当に死んでいるのかが半信半疑でいたひとも、まるで<雨月物語>のような最初の新聞配達店主・島影(小松政夫)のシークエンスでハッキリする。自分の死に気づかない初老の孤独な男をさり気なく演じた小松の芸達者ぶりに感服。
いま朝ドラのヒロインで久しぶりにお茶の間に登場している深津絵里は「アカルイミライ」(02)以来の黒沢作品だが、期待通りの繊細な演技でドラマに溶け込んでいる。
「踊る走査線シリーズ」(98~12)を始め「博士の愛した数式」(06)・「悪人」(10)など、主人公の相手役としての印象が強い彼女にとって初の本格的主演作品ともいえる。
優介を演じた浅野忠信は翌年の「淵に立つ」のようなどこかつかみ所のない風来坊役がお似合いで、生死を彷徨う男はまさにはまり役。実は大手病院の歯科医でありながら生き甲斐を求め姿を消すが、夫の無事を願って祈願書を書き続ける妻に詫びることができず彼岸へ旅立てない男。新聞配達店で手伝い、無銭飲食で捕まった店で餃子作りをしたり、山あいの村で私塾を開き科学や宇宙のハナシをしたりしていた。
二人の夫婦役はウマが合いリアル感たっぷりで本作を成功させた最大の要因だ。
さらにワンシーンのみだが優介の不倫相手・看護師の朋子役を演じた蒼井優には強烈なインパクトがあり、優介を巡って生者同士の静かな対決シーンは筋書きに拍車を掛けるために重要な見所のひとつとなっている。
前半の好調さに比べ終盤はホラーとファンタジーの融合に不釣り合いな部分が観られるキライはあるものの、どこか不思議な世界の境界線でそれぞれ別れのドラマを味わうロード・ムービーであった。
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