・ 個人と社会を追究し続ける黒沢清のラブ・サスペンス。
太平洋戦争へと向かう激動の時代、神戸の貿易会社経営夫婦のミステリアスな展開を描いたエンタテインメント・ストーリー。
「ドライブ・マイカー」(21)の濱口竜介が野原位と共同でオリジナル・シナリオを書き、山本晃久プロデューサーによって映画化が実現した。
20年6月NHK・BS8K放送の劇場版で、黒沢清監督がヴェネチア映画祭銀獅子(最優秀監督)賞を受賞している。
ホラーの巨匠として海外でも名高い黒沢だが「トウキョウ ソナタ」(08)以降は現実社会の歪みや問題を背景に個人の在り方はどう在るべきかを追求する描写にウェイトを置いている。
本作は監督が予てより願望していた時代<太平洋戦争開戦の不穏な時期>を再現するために、撮影場所や衣装・美術などにかなりの拘りが見られる。
そしてアップは多用せず遠近の構図・陰影のある映像・長回しでの台詞などにより、夫婦がどのように言動したかをまるで舞台劇を観るような緊張感で表現。さらに妻・聡子の視点で観る展開は、先が読めないミステリアスなストーリーとなっている。
聡子を演じたのは蒼井優。神戸の豪邸で何不自由なく暮らす若き社長夫人役で、夫役の髙橋一生とは「ロマンス・ドール」に続いての夫婦役。「岸辺の旅」(14)以来の黒沢作品出演だが、当時の雰囲気を醸し出し夫を一途に愛する妻を演じて期待に応えている。世間知らずだったが時代や夫に翻弄されながらしっかりと自分を貫く女性でもある。
夫・福原優作に扮した髙橋一生は自主製作映画が趣味の自称・コスモポリタン。愛する妻を置いて満州へ旅立ち、重大な国家機密を知り立ち上がる。謎めいて本当にスパイだったか明らかにはされないが、その行動には迷いがない。心の奥に秘めたことを貫く男を彼らしくリアルに演じ、ストーリーの牽引的役割を果たしている。
聡子に好意を抱く幼なじみの憲兵隊神戸分隊長・津森に東出昌大が扮し、一本調子の言葉づかいと大柄な制服姿が妙にマッチしている。二人を忠告したり詰問したりしてハラハラさせる一本気な性格は、実生活が何かと話題なっている彼には皮肉な役柄である。
聡子の夫への疑心暗鬼は益々深くなり出し抜こうとするが、二転三転して終盤へ・・・。
ネタバレになるが、NHKドラマとは違うラスト・シーンが海辺で泣き崩れる聡子のシーンだった。エンディングのクレジットは聡子に未来への希望と救いの手を差し伸べた監督の想いによるものだろう。
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