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晴れ、ときどき映画三昧

映画は時代を反映した疑似体験と総合娯楽。
マイペースで備忘録はまだまだ続きます。

「ウィンストン・チャーチル / ヒトラーから世界を救った男」(17・英 )65点

2018-10-15 10:45:42 | 2016~(平成28~)

 ・ 人間チャーチルになりきったG・オールドマン。


第二次世界大戦下、連合軍はナチス・ドイツ軍にダンケルクの海岸に追い込まれる。英国首相に就任したウィンストン・チャーチルの4週間を通して、徹底抗戦という苦渋の選択に至る歴史エンターテインメント。原題は「Darkest Hour」(最も暗い時)。

アンソニー・マッカーテンの脚本を「プライドと偏見」「つぐない」のジョー・ライトが監督。辻一弘の特殊メイクによってゲイリー・オールドマンがオスカー主演男優賞を受賞した。

チャーチルといえば、ナチス・ドイツが全ヨーロッパを支配しようとしているピンチに<英国がヒトラーに屈するか?戦うのか?>という究極の選択に挑んだ政治家である。

偉大な政治家・ノーベル賞作家・絵の才能に長けた芸術家・帝国主義者・庶民の暮らしに疎い富豪などいろいろな側面を持つ人物でもある。

本作では偉人伝に多い英雄賛歌と勧善懲悪のドラマから脱却して人間チャーチルに迫ろうと頑張っているが、結局は勝利の立役者として描かれているので微妙なところも・・・。

愛妻クレメンティーン(クリスティン・スコット・トーマス)から豚ちゃんと呼ばれる彼は、ベットでスコッチを飲みながら朝食を執るというシーンで登場する。

葉巻をくゆらせ新任のタイピスト・エリザベス(リリー・ジェイムズ)を叱りつけ口述筆記させるさまは気難しい65歳の老人で、国難に立ち向かう指導者には相応しくないがどこか愛される変人の趣きがある。G・オールドマンの、頑固で人間味溢れるキャラクターに成りきった名演が光る。

ジョージ6世(ベン・メンデルスゾーン)からは敬遠され、チェンバレン首相(ロナルド・ピックアップ)・ハリファックス外相(スティヴン・ディレイン)にとって偏屈な嫌われ者だったチャーチルが、ドイツとの融和政策が破綻し辞任したチェンバレン政権のあと挙国一致内閣の首相として、独特の文才と雄弁な演説で局面打開する様子は<言葉の魔術師>そのもの。

ドラマは朝昼晩酒を飲み、葉巻を銜える豪胆なチャーチルがトイレで孤独感を漂わせたり、個人的友情で結ばれたジョージ6世のアドバイスで市民の声を聴くため地下鉄に乗って徹底抗戦の決意を固めるなど、虚実を交えながら議会で入魂の演説をする。

<成功も失敗も終わりではない。肝心なのは続ける勇気だ。>

チャーチルの絶対に何があっても諦めないという徹底抗戦の決断は、多数の犠牲者を伴う危険な行為でもあり敗者・ヒトラーや東条英機と表裏一体ともいえる。

非常時に現れた型破りの政治家・チャーチルは、邦題の副題のように本当に世界を救ったのだろうか?あらためて考えるキッカケになった映画だ。






「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」(17・米)75点

2018-10-02 16:38:37 | 2016~(平成28~)

・ 6歳の少女の視点で米国の歪みを描いた人間ドラマ。




フロリダのディズニー・ワールドの近く安モーテル<マジック・キャッスル>を舞台に、アメリカの格差社会の一例を切り取り6歳の少女の視点で描いた人間ドラマ。

監督・共同脚本はショーン・ベイカー、主人公ムーニーにはブルックリン・キンバリー・プリンス、母親にはブリア・ヴィネイト、優しく見守る管理人ボビーにはウィレム・デフォーが扮しオスカー助演賞にノミネートされた。

夢の国の象徴ディズニー・ワールドの近くで子供たちが遊んでいるのを目撃したのをキッカケに、脚本のクリス・バーゴッチとともに取材を始めたベイカーは、サムプライム・ローンズのため家を失った隠れホームレスの存在を知って本作の映画化構想をしたという。

モーテル<マジック・キャッスル>に住むムーニーは、下の階のスクーティ、隣のブロックに住むジャンシーと遊び仲間。閉鎖したレジャーランド、コンドミニアムの廃墟を遊び場に悪戯し放題。

ムーニーの若い母ヘイリーは定職を持たずその日暮らしだが、娘には人一倍愛情を注いでいる。

こんな二人の日常は、明るい陽射しのフロリダとはウラハラに脆弱な社会環境そのもの。どう見ても破たんが来るのではとハラハラさせられる。

モーテルの管理人ボビーはそんな二人の善き理解者だが、金のためヘイリーがやった行為には手の施しようもなかった。

35ミリフィルム使用のカメラは、ムーニーの視点であるローアングルと大人目線のアングルを駆使して物語を描いている。そのため悲劇がことさら強調されていないが、貧困による負の連鎖は画面から滲み出てくる。

子役たちの自然な演技は「誰も知らない」の是枝作品を思わせる。ベイカー監督は台本と演技を叩き込んでからアドリブを取り入れたという。天才少女の演技や本格的演技は初体験のB・ヴィネイトとともにリアルさが本作を魅力的にしている。

iphoneによる無許可撮影のラストシーンは賛否両論だが、幼いムーニーが成長するためのステップであると想いたい。

ベイカー監督には英国マイク・リー作品のような貧困にメゲズ頑張っている市井の人々を描き続けて欲しいと願っている。



「君の名前で僕を呼んで」(17・伊/仏/米/ブラジル)70点

2018-09-29 13:35:23 | 2016~(平成28~)

・ 北イタリアの避暑地で起きた普遍的なラブ・ストーリー。




80年代の北イタリア・クレマを舞台に、17歳の少年と24歳の青年によるひと夏のエピソードを描いたラブ・ストーリー。
アンドレ・アシマンの原作を「眺めのいい部屋」(86)「モーリス」(87)「日の名残り」(93)などのジェームズ・アイボリーが製作・脚色、監督は「ミラノ、愛に生きる」のルカ・グァダニーノ。
「インターステラー」のティモシー・シャメラ、「ジャコメッティ最後の肖像」のアーミー・ハマーが出演。オスカー作品賞など4部門ノミネート、脚色賞を受賞している。

とても不思議な題名だが原作の直訳で、本作ならでは成立しないいわゆるLGBTジャンルの作品。

名作「ベニスに死す」(71)同様、正直頭では理解できるが、何分感情がついて行かない。

昨今美少年が登場する同性愛物語が若い女性中心に広まりつつあるようで<BLもの>と呼ばれているそうだが、本作もその流れで歓心を呼んでいるのかもしれない。

父が考古学の大学教授、母が翻訳を生業にしているエリートの両親とともにクレマ郊外で暮らすエリオ(T・シャメラ)。
父が招いた助手オリバー(A・ハマー)は「後で」が口癖のマイペースで自信家な大学院生。

オリバーをエリオはガールフレンドに<侵略者>と呼び、母に<嫌いかも>というが気になる存在だ。

そんな二人のぎごちなかった距離感が徐々に近づく様子が丁寧に描かれる本作は<ひと夏の恋物語>で、映画・小説のプロットとしては数限りなくあってまさに普遍的なストーリー。

違うのは両親など周りの理解があること。「誰よりも知識がある」と褒めるオリバーに「大事なことは何も知らない」と告白するエリオ。デリケートな恋は急速に進んで行く。

80年代のファッションと北イタリアの風景・街並みが物語に溶け込んで、自然光のフィルム撮影が二人を包んで美しい。

アイボリーが望んだ全裸のベッドシーンは採用されなかったが、緻密なシナリオと監督の淡く切ない恋をきめ細かく描く力量で充分カバーされている。

美少年シャメラは3分半に及ぶエンディングのアップで確かな演技力を実感、大スターの道を歩み出した感がある。

二人が数年後再会する続編が企画されているが、失敗作にならないよう祈っている。






「タクシー運転手 約束は海を越えて」(17・韓 )70点

2018-09-22 15:22:32 | 2016~(平成28~)

・ 事実をもとにした韓国の大ヒットしたヒューマン・ドラマ。




80年5月、韓国で起きた光州事件をもとに、事件を世界に伝えたドイツ人記者を現場に送り届けたタクシー運転手の視点で描かれた、<事件の悲惨さとユーモアを交えた感動のドラマ>。監督は本作で4作目のチャン・フンで、主演は「JSA」(00)のソン・ガンボ。

日本人にはあまり馴染みのない事件だが、韓国南西部・光州でクーデターで大統領になった全斗換政権に反発した市民20万人規模のデモを鎮圧した政府軍との衝突した事件。市民164人・軍人23人・警官4人が死亡した、いわば中国・天安門事件の韓国版だ。

ドイツ人記者ピーターはドイツ公共放送連盟日本駐在記者で演じたトーマス・クレッチマンで、「戦場のピアニスト」や「ヒトラー最後の12日間」のナチス将校役でお馴染みの人。

ソン・ガンボ扮する タクシー運転手キム・マンソプのモデルはキム・サボクで、本作が完成するまで所在が不明だった。
従って人物描写はオリジナル。事件の真相は解明されていないが、チャン・フン監督は主義主張に踏み込まず悲劇を庶民目線の感性によってエンタテイメント作品へと昇華して行った。
ソン・ガンボは一度は断ったという微妙な役柄だったが、人間味溢れる巻き込まれ型ヒーローはまさにハマリ役。

筆者は<喜怒哀楽がオーバーな韓国映画>という先入観からあまり好んで観ることはなかったが、去年1200万人動員した韓国最大ヒット作品を観ることで<家族愛の深さやモテナシを大切にする隣国の文化>に触れることができた。





「ワイルドガン」(15・カナダ/仏/米)65点

2018-09-06 12:01:43 | 2016~(平成28~)

・ サザーランド親子共演による懐かしい本格西部劇。




TVシリーズ「24 TWENTY FOUR」のジョン・カサー監督、キーファー・サザーランド主演でドナルドとの親子共演、デミ・ムーアの出演による本格西部劇。原題は「Forsaken」。

南北戦争後流れ者ガンマンだったジョン・ヘンリー(K・サザーランド)が銃を捨て、10年ぶり故郷ワイオミングに帰郷した。出迎えた父サミュエル(D・サザーランド)は母は死んだと告げ、息子の過去を赦していない。
うわさを聞いて訪ねてきた恋人だったメアリー・アリス(D・ムーア)はすでに結婚して息子がいた。
一見平穏な町は鉄道が開通を見込んで、悪徳不動産屋(ジェームズ・マッカーティ)が農地を買い占めるため無法者が横行し荒廃していた。
暴力を振るうことを止める誓いをして和解した牧師の父とガンマンの息子。
その前に立ちはだかる悪徳権力者。町の平穏を取り戻すためには、平和的解決があるのだろうか?

3年前の製作とは思えないほど、勧善懲悪の西部劇を久しぶりに堪能した。

理不尽な無法者を裁くには法の番人が必要だが、保安官は恐れをなしていなくなった町。父は神の教えを説くがその父が無法者に刺され、息子は我慢の限界を超え...。

キーファーはジャック・バウアーを彷彿させるガンさばきで悪に立ち向かい一掃するという定番ストーリーに一味サビを効かせたのは、雇われガンマンジであるジェントルマン・デイヴ・ターナー(マイケル・ウィンコット)の存在。

果たしてジョン・ヘンリーとの対決は?三船敏郎と仲代達矢の決闘のような西部劇ファンなら期待の終盤が待っていた。もう少しアクの強さが欲しかったが意外な結果も納得。

親子共演は父の貫録勝ちで、D・ムーアには年齢的に無理があったが、西部劇ファンなら観ても損はない。




「ザ・シークレットマン」(17・米 )70点

2018-09-02 15:10:39 | 2016~(平成28~)

・「ウォーターゲート事件」を内部告発した男の実像に迫るサスペンス。




ワシントン・ポストがスクープし、ニクソン大統領が任期途中で失脚したウォーターゲート事件。記者たちへ極秘情報を提供したのは通称・ディープ・スロートと呼ばれた。
事件捜査を指揮したFBI副長官マーク・フェルトを主人公にしたサスペンス・ドラマ。

「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」(17)と同時公開された飯田橋・ギンレイホールで鑑賞。

05、ディープ・スロートの正体を明らかにしたマーク・フェルト ジョン・オコーナーの原書をもとに、報道記者だったピーター・ランデズマンが脚本化し、「バークランド ケネディ暗殺真実の4日間」(13)「コンカッション」(15)に続く監督3作目作品。製作にはリドリー・スコットなどとともにトム・ハンクスの名がある。

主演のM・フェルトには「シンドラーのリスト」(93)、「96時間」(08)のリーアム・ニーソン。最近では中年サスペンス・アクション俳優として知られているが、筆者には「シンドラーのリスト」の印象が強い演技派。最近では「沈黙 サイレンス」での諦観した元神父役で出演していた。
髪を白く染め緊張感あふれる風貌は別人のようで、揺れ動く心情を抑制の効いたポーカーフェイスで好演している。

ウォーターゲート事件で思い起こす映画は「大統領の陰謀」(76)でワシントン・ポストの若い記者バーンスタイン(D・ホフマン)とウッドワード(R・レッドフォード)の奮闘記。

新聞というメディアに憧れ就職した若者がいたのを記憶しているが、ディープ・スロートの実像は明らかにされずモヤモヤ感は拭えなかった。

本作はその実態が明らかにされ、M・フェルト本人だったことが判明。
尊敬していたフーバー長官を失い自分が後任になることを密かに願っていたにもかかわらず、ニクソン子飼いの司法次官グレイが就任。FBIの独立制を失うとともに窓際族への恐怖心からの行動とも取れる。

もっとドラマチックな展開もあったと思うが、ランデズマンは元ジャーナリストらしく長年取材を重ね、事実に寄り添いながら高潔で謙虚なM・フェルトの人物描写にエネルギーを費やした。

重要人物の私生活スキャンダルを掴むなど、目的を果たすためには手段を択ばないフーバー長官の影の存在のまま<FBIの鏡>と称され退官したが、妻子を顧みず犠牲となった仕事一筋の葛藤と苦悩も描かれていた。
公明正大な正義の人ではないが、組織を守る有能な官僚であり、高級官僚としての正しい在り方を示したことは、紛れもない事実だ。

偶然とはいえトランプ政権誕生とともに「ロシア疑惑」を捜査したFBIコミー長官が解任された。事実が過去のドラマを超えるような出来事で本作の興味が薄まってしまったのは確かだ。

歴史は繰り返し、現代のディープ・スロートは存在するのだろうか?




「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」(17・米)75点

2018-09-01 12:12:23 | 2016~(平成28~)

・ スピルバーグのメッセージがこもった見応えある社会派ドラマ。




「ブリッジ・オブ・スパイ」(15)の巨匠スティーヴン・スピルバーグがメリル・ストリープを迎え、5度目のタッグを組むトム・ハンクスとのトライアングルで映画化した社会派ドラマ。原題は「THE POST」。

筆者は飯田橋・ギンレイホールでニクソン政権を揺るがす<ウォーターゲート事件>を描いた「ザ・シークレットマン」との二本立てで観たがその前年、ベトナム戦争での軍事行動が書かれた<国防総省の最高機密文書>を巡って奔走する新聞社・ワシントン・ポストのドラマで見応えがあった。

20世紀の映像記録人でもあるスピルバーグは、一連のエンタテインメント作品とは一線を画した「シンドラーのリスト」(93)「プライベート・ライアン」(98)「ミュンヘン」(05)など社会派ドラマを手掛けていて本作もそのひとつ。

リズ・ハンナの脚本を「スポット・ライト 世紀のスクープ」のジョシュ・ハンガーがリライト。僅か5か月間で撮影終了したのは、トランプ政権とメディアの確執を観てメディアへの叱咤激励の意味を込めてのもの。

ベトナムへ従軍取材した軍事アナリストのエルズバーグが戦場の悲惨さを実体験するシーンから始まるこのドラマは、帰りの機中で国防長官マクナマラが泥沼状態を知りながら出迎えた報道陣には順調であると答える。

このプロローグでの手際の良さはスピルバーグの手腕がただものでないことの証明でもある。ヤヌス・カミンスキーの映像、ジョン・ウィリアムズの音楽も健在だ。

その後エルズバーグはトルーマンからジョンソンまで約30年間に亘るベトナム戦争に至る経緯から軍事行動の事実まで膨大な調査分析調書をコピーする。

3か月後NYタイムズの特ダネが掲載され世間を驚かせるが、ニクソン政権は<政府の機密漏えい>をしたとして連載記事を差し止める。

ドラマの主人公はワシントン・ポストの社主キャサリン・グラハム(M・ストリープ)。無能な社交好きと思われた未亡人で、株式公開を控える最中に新聞社の在り方を問われることが起きてしまった。
M・ストリープはまるで本人が演じたような繊細な演技で魅了する。スピルバーグが大女優をどう演出するかが興味深かったが、この作品を過度なエンタメ作品になるのを抑制していた。

編集主幹ベン・ブラッドリーに扮したT・ハンクスは、本来なら堂々たる主演でもおかしくないがヒロインのサポート役に回っている。やや類型的ながら企業戦士のようなワンマン・ジャーナリストぶり。

新聞社の経営と役割を秤に掛け、大英断したケイことキャサリン。このテーマをNYタイムズにしなかった理由がハッキリした瞬間だ。

一斉に動き出した輪転機に興奮を覚える演出も見所のひとつ。有楽町の朝日新聞社へ社会見学した少年時代を思い出す。

IT時代を迎えても言論の自由が蔑ろにされ正しい情報公開が危ぶまれる現状が、世界共通の課題であることを認識させられた作品だ。





「ナチュラル ウーマン」(17・チリ/米/独/スペイン) 70点

2018-08-22 12:00:29 | 2016~(平成28~)

・ 潜在的差別・偏見に対峙したトランスジェンダー女性のラブ・ストーリー。




チリの名匠セバスティアン・レリオが監督・共同脚本作品で、ベルリン銀熊賞(脚本)、米国アカデミー外国語映画賞受賞。原題は「ファンタスチックな女性」

チリのサンティエゴでウェイトレスをしながらナイトクラブで歌手をしているマリーナ。年上の恋人オルランドと暮らしていたが、彼女の誕生祝の夜自宅のベッドで倒れ、病院へ急いだが亡くなってしまう。

原因は静脈瘤だったが、翌日刑事が訊ねてきた。それは、彼女がトランスジェンダーであるため医師が不自然な死を疑い、専門分野の女性刑事を差し向けたからだった。

自身もトランスジェンダーの歌手、ダニエラ・ヴェガが自分らしさを貫くヒロインを演じるラブストーリー。オルランドにはチリの名優フランススコ・レジェス。

セクシャル・マイノリティの映画は話題性もあって賞の対象にもなり易いテーマだが、大半は欧米作品。本作はカトリックの国・チリの作品であることが目を惹いた。何しろ離婚が認められたのが21世紀の04年で、20世紀まで同性婚での性行為は処罰の対象となった保守的な国だから。

オルランドには別れた妻や息子がいて、マリーナの存在は嫌悪感そのもの。元妻は面と向かって怪物呼ばわりされ、息子からは顔をビニールテープでグルグル巻きにする暴力を受け、葬儀に顔を出すなと念押しされる。

それでも向かい風に立ち向かうマリーナ。この印象的なシーンはバスター・キートンを連想させる。

死後も幻想シーンでオルランドが度々登場し、マリーナを導いてくれるなどレリオ流の映像が観客の共感を呼ぶ。

マリーナの心情を映し出す小道具に鏡と音楽が巧みに組み込まれ、冒頭のイグアスの滝と遺品のキーがミステリー・タッチを誘う。

先日亡くなったアレサ・フランクリンの「ナチュラル・ウーマン」が車中で流れ、ヘンデルのアリア「オンブラ・マイ・フ」がマリーナの人生を暗喩してエピローグとなる。

レリオ監督は自身の出世作「グロリアの青春」をジュリアン・ムーアでリメイクするという。とても楽しみだ。


「グレイテスト・ショーマン」(17・米 )70点

2018-08-08 11:25:20 | 2016~(平成28~)

・ ライブ体感に似たテンポとスピード重視のエンタメ作品。




地上で最も偉大なショーマンで、ペテン王子とも呼ばれた19世紀アメリカの実在興行師P・T・バーナムの半生を描いたミュージカル。

ジェニー・ビックス原案・脚本化でマイケル・グレイシーが初監督したまるでライブを体感したような気分にさせられるショーの魅惑的な展開と、差別や偏見に対するアンチテーゼのダイジェスト版のようなテンポ重視のエンタメ作品。

バーナムには「レ・ミゼラブル」(12)でミュージカル映画の第一人者となったヒュー・ジャックマン。
楽曲にはラ・ラ・ラ・ランドのベンジ・パセック、ジャスティン・ポールが加わっている。

少年時代仕立屋の息子だったバーナムが、幼馴染で名家の娘チャリティと結婚。妻子を幸せにするため辿りついたのは、日陰で生きてきた個性を持った人々を集めショーを作り上げること。

それは、小人症・大男・髭女・タトゥー男などフリークショー(見世物小屋)のサーカスで、新聞記者の酷評をよそに大衆から支持を得て大成功を収めた。

身分の違いを乗り越え結婚したバーナムは、差別と偏見に対するアンチテーゼがあったことだろう。しかし世評は、自分の成功のためにハンデキャッパーたちを利用したに違いないとも思われていた。

バーナムは社交界で認められるため、英国劇作家フィリップ・カーライル(ザック・エフロン)の伝手でイギリス女王に謁見、欧州随一のオペラ歌手ジェニー・リンド(レベッカ・ファーガソン)の公演に没頭する。

ジェットコースターのような浮き沈みの結果大団円を迎えるまで、破綻しそうなストーリーを魅惑的なショーや歌声で魅了した105分だった。

なかでも、髭女レティ(キアラセトル)の<This Is Me>、ジェニー・リンドの<Never Enough>などが印象に残る。

ほかにもバーナムとチャリティ(ミシェル・ウィリアムズ)、フィリップとアン・ウィラー(ゼン・デイヤ)のダンス・ナンバーなども、名場面として記憶されることだろう。

ミュージカルを敬遠気味の筆者にも程よいテンポでその魅力を堪能できた。シナリオに深みが増したらもう少し評価が高かったのでは?





「しあわせの絵の具 愛を描く人モード・ルイス」 (16・カナダ/アイルランド)80点

2018-08-05 11:50:05 | 2016~(平成28~)

・素朴派画家モードとその夫の夫婦愛を描いた人間ドラマ。




カナダで最も愛されている画家モード・ルイスが、夫との出逢いから一緒に暮らした32年間を描いた人間ドラマ。シェリー・ホワイトの脚本でアシュリング・ウォルシュが監督。

重度のリュウマチを患っているモードはカナダ東部ノバスコシア州で叔母と暮らしていたが、家政婦募集のチラシで押し掛けたのが、エベレットが住むマーシャルタウンの小さな家。

孤児院育ちで無学なエベレットは魚の行商などで暮らす武骨な男で、身体が不自由なモードを一目見て追い返そうとするが・・・。

モードを演じたのが、今最も旬なイギリス女優のサリー・ホーキンス。両親が絵本作家で本人もイラストレーター志望の彼女は、モードが乗り移ったような筆遣いで愛とユーモアに満ちたモードを演じている。
筆者はマイク・リー作品で脇役をしていた20代の彼女を覚えていたが、30代で「ブルー・ジャスミン」(13)で注目され、40代になって「シェイプ・オブ・ウォーター」(17)で大注目されたのは驚くばかり。本作と「パディントン2」と3本が同時公開されていたのもビックリ!!

エベレットに扮したイーサン・ホークは、「トレーニング・デイ」(01)でデンゼル・ワシントン相手に張り合った若い警官役の記憶が印象深い。本作では表面上は粗暴な差別主義者見えるが、表情の微妙な変化で内面は思いやりのある優しさを秘めた不器用な男を好演している。

往年の名作ピエトロ・ジェルミ「道」に似た二人の関係は、一緒に暮らすうちいつの間にか主従関係が逆転している。
それはモードの絵が評判を呼んでニクソン副大統領夫人からオーダーが来たからではなく、二人が暮らす日常で培ってきた存在感の確かさからだ。

何度か衝突しながらも変わり者同士が電気も水道もない4メートル四方の小さな家で暮らす幸せを実感していたからだろう。
昔から<割れ鍋に綴じ蓋>の例えがあるが、本作では片方がゴムが伸びきり片方が穴だらけの靴下に例えられていた。

成功後もつましい生活を続け、フレームに宿る心象風景を描き続けていたモード。エンディングでも目を凝らして観て欲しい。