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晴れ、ときどき映画三昧

映画は時代を反映した疑似体験と総合娯楽。
マイペースで備忘録はまだまだ続きます。

「ヴィクトリア女王 最後の秘密」(17・英/米) 70点

2019-08-13 17:08:53 | 2016~(平成28~)


・ 20年後、再びヴィクトリア女王になり切ったJ・デンチを楽しむ。


「Queen Victoria 至上の恋」(97)に続いて、ジュディ・デンチが晩年のヴィクトリア女王に扮し、インド人従者との交流を描いた事実をもとにしたドラマ。
シャラバニ・バスの原作を「リトルダンサー」のリー・ホールが脚本化、「クイーン」(06)、「あなたを抱きしめる日まで」(13)のスティーヴン・フリアーズが監督、「英国王のスピーチ」のダニーコールマンが撮影。

1887年、ヴィクトリア女王在位50周年記念式典で記念硬貨の贈呈役として選ばれたアブドゥル(アリ・ファザル)は、英国領インドから英国へやってくる。
決して目を合わせてはいけないと忠告されたアブドゥルだったが、思わず目を合わせ微笑んでしまう。最愛の夫アルバート公、心から気を許す従僕ジョン・ブラウンを相次いで亡くし、心を閉ざしてしまった女王にとってインドからきたのっぽの若者が心を開かせるものとなった。
従者として連れのモハメドとともに引き止められたアブドラル。インド皇女でもある女王は、いきなりつま先に口づけする大胆な行動や、母国を熱く語る物おじしない態度にすっかり魅せられてしまい、インドの文化・歴史を教える先生(ムンシ)として傍に置くようになる。
やがて王室を揺るがす大騒動へと発展することに・・・。

息子エドワード7世により歴史から抹殺された事実が2010年明らかになり、ほぼ実話をもとにしたストーリーとして映画化された。

女王の肖像画を見る限り大柄で豊満な感じだが、小柄なデンチが演じるとこんなだったと納得してしまう。
王宮の慣習を覆し多様な人生を歩んできたヴィクトリア。儀式にはほとんど興味がなく、侍従たちをひやひやさせるただの老女の姿をさらす。
ところがアブドゥルを観る瞳は少女のようでチャーミングな表情になる。孤独だった権力者にとって彼は異国から来た息子のようで、まだ観ぬ領国は興味の的だった。

 アブドゥルにとって英国は観るもの聴くもの新鮮な驚きの連続で、観光気分から女王の庇護の元居心地の良い環境だった。

 フリアーズ監督は前半は文化の違いをコミカルに中盤以降はシリアスに描くことで女王への敬意を忘れていない。女王の愛した離宮オズボーンズ・ハウスでのロケや衣装・勲章など細部へのこだわりも流石!

 皇太子バーディ(エディ・イザート)を敵役に、首相のソールズベリー(マイケル・ガンボン)を堅物で面白みがない男に、秘書のホンソンビー(ティム・ピゴット=スミス)をイエスマンにさせたのも、女王の引き立て役にする演出だった。

 お気に入りの刑務所書記官のインド人から教わった歴史には嘘もあり、爵位を授けたいという女王の行き過ぎた行為も描くことで彼らの差別主義者だけでない危機意識も伝わってくる。

 微笑ましい逸話を感動の物語にするだけでなく、大英帝国の栄華と植民地の現実が描かれた宮廷劇だった。


 

 

 



「女王陛下のお気に入り」(18・アイルランド/米/英)75点

2019-08-11 12:07:12 | 2016~(平成28~)


 ・ 三者三様の人間模様を描いたギリシャの鬼才Y・ランティモス監督によるブラック・コメディ。


 18世紀初頭イングランドのアン女王と彼女に仕える二人の女性のバトルをシニカルに描いた人間ドラマ。宮廷で繰り広げられる人間模様は、シニカルでブラックユーモア満載。監督はギリシャの鬼才ヨルゴス・ランティモス、ベネチア審査員グランプリ受賞、オスカー作品賞など九部門にノミネートされ、アン女王に扮したオリビア・コールマンが主演女優賞を獲得している。

 スペイン継承争いでフランスと交戦中のイングランドで、女王アンの幼なじみでもある女官長レディ・サラは病気持ちで精神不安定な女王を意のままに操り絶大な権力を握っていた。そこへサラの従姉妹で没落貴族の娘アビゲイルが現れ、侍女として仕えることに。男たちが戦争を巡って政治的駆け引きが渦巻くなか、絢爛豪華な王室を舞台に女王の寵愛を奪い合う二人の女性の愛憎劇が繰り広げられる。

 まず注目されたのはアン女王のO・コールマン、サラのレイチェル・ワイズ、アビゲイルのエマ・ストーンによる演技合戦。
O・コールマンは役づくりのため体重を増やし、病身で気まぐれな権力者を表情や態度で表し、翻弄されているようでありながら二人の愛憎を楽しんでいるふうも。
R・ワイズは男装の麗人風の出で立ちが颯爽としていて、善人ではないが権力に執着しながら誇りと信念があり、誰よりもアン女王を愛しているレディ・サラを演じていた。
E・ストーンは、調理場の掃除係から何とか這い上がろうとあらゆる知恵を駆使し、狡猾にのし上がって行く娘・アビゲイルを体当たりで演じ、本作でますます役柄の幅を広げている。

 三人の立ち位置がコロコロと変わるうち、複雑怪奇でリアルな人間模様は共感し辛いものとなっていくが、三者三様の演技は甲乙つけ難い。

 ランティモス監督作品は初見だが、王道の宮廷絵巻とはほど遠い権威を滑稽に風刺しながら、現代にもつながる権力の不条理さを露骨な宮廷劇に仕上げた剛腕はなかなかなもの。

 場違いな音楽、時代考証を無視した演出、絢爛豪華な衣装・メイク・小道具など気になる点は多いが、何よりも自然光やろうそくの灯りで撮影された魚眼レンズ広角レンズ映像の力強さに魅了されてしまった。

「さらば愛しきアウトロー」(18・米)70点

2019-08-01 12:03:47 | 2016~(平成28~)


 ・ レッドフォードらしいオシャレでノスタルジックな俳優の幕引き。


 ハリウッドの大スター、ロバート・レッドフォードが俳優引退記念として公開された実在の銀行強盗フォレスト・タッカーの晩年を描いたドラマ。
 タッカーを追う刑事ジョン・ハートにケイシー・アフレック、恋人ジュエルにシシー・スペイセクのオスカー俳優が共演。監督はサンダンス映画祭出身のデビット・ロウリー。

 伝説の銀行強盗タッカーは拳銃をスーツの内側からチラつかせるが、発砲もせず笑みを浮かべ紳士的な態度でバッグに札束を詰め込ませ堂々と帰って行くスタイル。
 行員たちは異口同音に「紳士的だった」「礼儀正しかった」「いい人に見えた」「楽しそうだった」とコメントするぐらい強盗らしくなく冷静沈着だった。

 10代から晩年まで90回以上銀行強盗を繰り返し、脱獄も16回あまり重ねてきたタッカーは「楽にいきるのではなく、楽しくなりたい」という独自の犯罪哲学を持った男。

 レッドフォードが御年82歳で俳優引退記念作品として選んだのはオシャレでノスタルジックな伝説の銀行強盗で、シワを隠さない年相応の役柄だった。

 売り出したのは「明日に向かって撃て!」(69)で約10年の下積み時代を経て32歳の頃。
70年代には「スティング」(73)、「華麗なるギャッツビー」(74)など、ハリウッドを代表する美貌のスターとして一世を風靡した。
 さらに「普通の人々」(81)「リバー・ランズ・スルー・イット」(92)で監督としても活躍するいっぽう、アンチ・ハリウッドでもあるインディーズ映画に尽力したという反骨精神の持ち主だ。

 冒頭のクレジット「これも真実の物語・・。」は、一瞬C・イーストウッドの「運び屋」を連想したが、「明日に向かって撃て!」の主人公のことのようだ。

 監督のD・ロウリーはレジェンドへの敬意を込めて往年の名作へのオマージュ満載で、まさにレッドフォードのための映画だった。スーパー16ミリフィルムでのセピア色は、まるで西部劇のようで80年代の時代感覚を再現している。

 筆者が観た映画館観客の平均年齢は75歳位で思ったより男性が多く、銀行強盗のハナシなのに終始穏やかな流れはジャジーなスコアとともに心地よい。そのためか隣の若者は途中軽い寝息を立てていた。

 ジュエルに扮したS・スペイセクとの晩年の淡い恋が華を添え、別れ際のキスシーンなどお互いいい年の取り方をしたなと思わせる。

 ハントを演じたC・アフレックは家庭を大切にする真面目な刑事だが、タッカーのような自由な生き方に憧れのような親近感を持つ男として登場。タッカーの相棒役の二人(ダニー・グローバー、トム・ウェイツ)ともども役柄が中途半端で、レッドフォードの引き立て役だった。

 原題「The Old Man & the Gun」を邦題に変更した配給会社も含め、レッドフォードの引退記念に相応しい映画。これからも監督・プロデューサーとして映画界を賑わして欲しい。

 

 

「マイ・ブックショップ」(17・スペイン/英/独)65点

2019-07-30 12:35:03 | 2016~(平成28~)


・ 英国好き、読書好きにはピッタリなヒューマン・ドラマ。

英国のブッカー賞作家ペネロピ・フィッツジェラルドの原作をイザベル・コイシェ監督が脚色した、50年代英国の保守的な街で書店を開業する女性を巡ってのヒューマンドラマ。

エミリー・モーティマー主演でパトリシア・クラークソン、ビル・ナイが共演。小品ながら心に染み入る佳作でゴヤ賞を受賞している。

’59年、英国海岸地方で書店が一軒もない街で、16年前戦死した夫との夢である書店を開業しようとしたフローレンスは、保守的な考えの街の有力者・ガマート夫人から反感を買い、冷ややかな目で迎えられる。
女性がビジネスをすることが土地の風土には相応しくないと思うマガート夫人は、彼女の書店を軌道に乗せることを阻止しようと何かにつけて邪魔をするが・・・。

港町の風景・邸宅・衣装・小道具がとてもリアルで、英国好きの人には目を楽しませてくれる。

ヒロインE・モーティマーは自身も文学に造詣が深く、監督のお眼鏡にかなった女優。はにかんだ様な笑顔で純粋無垢な人柄で芯が強く実行力がある女性を自然体で演技しているよう。

表向きには反対しないが裏ではあの手この手で書店をつぶそうとするマガート夫人にはP・クラークソンが扮し敵役を一手に引き受けている。優雅な物腰態度だが、高圧的な物言いや権力保持のためには尽力を惜しまない女性を好演している。

ヒロインをバックアップするのはこの40年間邸宅に引きこもり毎日読書している変人の老紳士ブランディッシュ(B・ナイ)。最近TVドラマ・アガサクリスティ原作のミステリー「無実はさいなむ」でもお目にかかったB・ナイは老紳士をやらせたら右に出るものはいないほどのはまり役。イギリスの笠智衆か?

フローレンスがブランディッシュに選んだ「華氏451度」は<本とはカケガエノない出会い>であり、問題作「ロリータ」を扱うか相談するなど、ふたりのぎこちない交流が微笑ましい。
浜辺で出会い<別の人生で出会いたかった>というブランディッシュの精一杯のメッセージは、まるでおとぎ話の世界だ。

フローレンスに関わる主要な人物にバイトの少女・クリスティーン(オナー・ジーニシー)とBBC職員ミロ・ノースがいるが、20世紀半ばの出来事とは思えないドラマの展開は、意外な終焉を迎える。

読書嫌いだったクリスティーンが「ジャマイカの烈風」を手に佇みフローレンスを見送るエピローグは、ヒロインに肩入れしていた観客の胸の痛みを解消してくれる。
ナレーターを務めたのが「華氏451度」の映画の主人公ジュリー・クリスティだったのも監督の拘りのひとつだった。


「ビール・ストリートの恋人たち」(18・米)75点

2019-07-27 12:11:10 | 2016~(平成28~)


 ・ 叙情的で美しい映像と音楽で描かれたビターなラブ・ストーリー。


 独特の感性とストーリー・テイリングから一躍注目を浴びた「ムーンライト」のパリー・ジェンキンス監督が、公民権運動で精神的支柱となった作家ジェームズ・ボールドの小説・「ビール・ストリートに口あらば」を脚色して映画化。
 70年代NYハーレムに住む若い黒人カップルの一途な愛と理不尽な差別を描いたラブストーリーで、母親役で好演のレジーナ・キングがオスカー助演女優賞を受賞した。
ビール・ストリートはメンフィスの繁華街だが<アメリカで生まれた黒人はみな、ビール・ストリートで生まれた>という原作の精神は、ジェンキンス監督によって美しく哀しいラブ・ストーリーとして映像化された。

 19歳のティッシュ(キキ・レイン)は幼なじみの恋人22歳のファニー(ステファン・ジェームス)と幸せな日々を送っていた。ある日ファニーはティッシュに近づいてきた男をかばい白人警官の怒りを買ってしまい、近くで起きたレイプ事件で容疑者として逮捕され、ファニーは無実を証明するため家族共々奔走するが・・・。

 プロローグで静けさと美しい街並みをゆっくりと歩くしあわせそうな二人をカメラがゆっくりと追い、別れ際に真俯瞰のカットで終わった直後、アクリル板に隔たれた留置所の面会シーンにカット変わりしたりするユニークな構成。

なぜ逮捕されたのかが分かるまで徐々に種明かししていく展開は、若いふたりの心情が高まっていくシーンを挟みながら進行していくため、なお一層理不尽さが何倍にも増幅されていく。

ジェンキンス監督は声高に黒人差別を訴える手法ではなく、若い二人を見守る家族や友人・マイノリティたちを通してアメリカ社会の根深い人種差別問題を提起する。

そのためには適材適所のキャスティング、登場人物の感情にリンクした衣装やメロウな音楽、それに美しい街並みや部屋やレストランなどの配色、さらに逆光や一気にクローズアップする映像手法などあらゆる要素を駆使した監督の手腕が発揮されている。

カップルは勿論、それぞれの家族がささやかながら必死で生きていく普通の人々であることがとても切ない。
ティッシュの妊娠を知った家族同士の対立、ユダヤ・イタリア・ヒスパニック系の隣人たちの温かい関わりなどを描きながら、プエルトリコへ帰国した被害者のやるせない対応など、今も変わらぬ困難さがひしひしと伝わってくる。

出番が僅かでセリフも少ない白人ベル巡査(エド・スクレイン)のインパクトの強さが半端ではないのも本作ならでは。

エンディングに流れるビリー・プレストンの「マイ・カントリー・ディス・オブ・スリー」が心に染み入ってくる秀作だが、観終わって理不尽な想いが払しょくされず持って行き所がないのがとてもつらい。




「家へ帰ろう」(17・スペイン/アルゼンチン)80点

2019-07-16 12:29:35 | 2016~(平成28~)


 ・ アルゼンチンからポーランドまで、老人ひとりのロード・ムービー。


 アルゼンチンに暮らす88歳の老人が、高齢者施設への入居を嫌い70年ぶりに故郷ポーランドへ一人旅するロード・ムービー。アルゼンチンの脚本家パブロ・ソラルスの長編2作目監督作品。自身の祖父の体験やホロコ-スト生存者の息子のハナシをもとに映画化。主演は「タンゴ」(98)のミゲル・アンヘル・ソラ。

 長年ブエノスアイレスに住む仕立屋のアブラハム。自分を高齢者施設に入れようとする子供たちから逃れ、故郷であるポーランドのウッツ目指して一人旅立つ。
 その旅は、第二次大戦でナチスの手から救ってくれた親友へ自分が仕立てた最後のスーツを届ける再会の旅でもあった。

 ホロコーストといえば悲惨な戦争の歴史で、どうしても暗いハナシになるが、本作は回想シーンを挟みながら、軽妙なユーモアを伴う感動的なストーリー。

 主人公は頑固でしたたかだが、どこか憎めない愛嬌ある風貌でオシャレな老人。若い頃痛めた右足にツーレス(デイッシュ語でトラブルという意味)と命名、手術を進められても拒んでいる。老けメイクの主人公がイメージぴったりだ。
 
 ブエノスアイレスからマドリードへ飛行機で、マドリードからフランス経由ワルシャワへは列車での旅は出逢いによる人間賛歌とちょっぴり哀しい別れ。
 マドリードで出会ったのはホテルの女主人・マリア(アンヘラ・モリーナ)とミュージシャンの青年・レオナルド(マルティン・ピロヤンスキー)、それにマドリードに住む末娘クラウディア(ナタリア・ベルベケ)。
 無愛想な女主人とのヤリトリはまるで男と女の恋の駆け引きのよう。スペイン女優A・モレーラの大人の色気は60を過ぎても衰えず、とても魅力的な3人の夫がいた恋多き女を演じている。
 末娘クラウディアとの出会いはリア王のコーディアがモチーフ。ホテルで有り金を盗まれたアブラハムが勘当した娘に借金をするために会いに行く。彼女の腕に彫られたタトゥーが悲しい親子の絆を物語る。

モンパルナス経由東駅で路頭に迷うアブラハムに助け船を出したのはドイツ人類学者イングリット(ユリア・ベアホルト)ドイツを通らずポーランドへ行きたいという無理難題を解決してくれた。
歴史的負の遺産を背負った二人の抱擁は心から安堵させられた。日本人もドイツ人も75年経っても戦争のハンデを背負っており、隣国との対応の難しさを実感する。

車中で過去の幻想と体調不良から倒れ、目覚めたのはワルシャワの病院だった。看護師ゴーシャ(オルガ・ポラズ)はまさに白衣の天使だった。

様々な映画祭で観客賞を受賞した本作。邦題ともなった最後のセリフが70年間のギャップを埋めるようだ。


 

「ちいさな独裁者」(17・独/ポーランド)80点

2019-07-14 14:13:54 | 2016~(平成28~)


・ 第二次大戦末期のドイツで起きた実話をもとにしたサスペンス。


「フライト・プラン」(05)、「RED/レッド」(10)のロベルト・シュベンケ監督が、本国ドイツで描いたサスペンス。<脱走兵が見つけた軍服を身につけ大尉に成りすましエスカレート、ついに狂気の世界とへ向かっていく>という嘘のような本当の話をもとにしている。

 邦題から思い浮かぶのはチャップリンの「独裁者」だが、本作の主人公はヒトラーではなく20歳そこそこの脱走兵ヘロルト(マックス・フーベッチャー)。
 終戦まであと一ヶ月あまりの45年4月。脱走兵狩りを辛うじて逃れ、ドイツ軍パラシュート部隊軍用車の座席にあった軍服を発見。
 丈が長い軍服を身に纏い大尉に成りすまし、道中出会った兵士たちを服従させ親衛隊のリーダーとなっていく・・・。

 身分がばれそうになると<ヒトラー総統の密命>が殺し文句となり、憲兵隊から逃れ軍規違反収容所に駐在する。

 いつしかヘロルトは<馬子にも衣装>から<虎の威を借りる狐>となり、ついに暴走が始まる。

 監督はストーリーの順どおり撮影し、主人公の変貌ぶりを丁寧に描写。
 序盤でユンカー大尉(アレクサンダー・フェーリング)に怪しまれたときは主人公に感情移入して、正体がばれないかヒヤヒヤしてしまうほど。

 主人公を取り巻く様々な兵士の深層心理にも迫って行く。
 最初の上等兵フライターク(ミラン・ペシェル)は運命共同体としてヘロルトに服従するが、その呪縛から逃れられず苦悩し狂気の行動を余儀なくされる。
 粗暴な兵士キピンスキー(フレデリック・ラウ)らは偽物と見抜きながら打算でついて行く。
 たどり着いた軍規違反者収容所は大量のドイツ軍兵士がいた。権力の味を知ってしまったヘロルトは、傲慢な振る舞いをエスカレート。 
 ついに大量殺戮を主導していく。法規と上司の命令のみに従う所長と一掃することを願う警備隊長による軍人同士の対立は、非国民であるという理由からヘロルトによって簡単に結論づけられてしまう。

 <彼らは私たちで、私たちは彼らだ。過去は現在なのだ。>という監督は、エンドロールでヘロルト即決裁判所と描かれた軍用車で現代のドイツへ登場し、人々を尋問していく姿が映し出される。

 現代のイジメやDV・パワハラなど加害者への同調は集団心理の恐ろしさを物語っているし、決して後味の良くない本作を通して<自分だったら、という目で見て欲しい>という監督の言葉を噛みしめている。
 

「天才作家の妻 40年目の真実」(17・スウェーデン/米/英)75点

2019-07-04 12:02:39 | 2016~(平成28~)


 ・ 夫婦・家族とは?作家とは?をサスペンス・タッチで描いた人間ドラマ。


 メグ・ウォリッツァーの原作「The Wife」をジェーン・アンダーソンが脚色し、スウェーデンの舞台監督ビヨルン・ルンゲが演出した心理サスペンス・ドラマ。グレン・クローズが7度目のオスカー・ノミネートされたが受賞ならなかった。ジョナサン・プライス、クリスチャン・スレイターが共演。

 ’92年、米国コネチカット州に暮らす現代文学の巨匠ジョセフ・キャッスルマンがノーベル文学賞を授与されることになり、妻のジョーンと手を取り合って喜ぶ。
 夫婦は息子を伴いストックホルムの授賞式へ。そこでジョーンはジョセフの経歴に疑問を抱いているナサニエル記者から夫婦の秘密について問いただされる・・・。

 夫婦の出逢いは’58年。ジョセフはハンサムな大学教授、ジョーンは小説家志望の美しい学生だった。
 時代は高名な女流作家エレーヌ・モゼルですら1000部しか売れないという女性蔑視のとき。若く才能あるジョーンに<何度不採用になっても書き続けなければいけない>と教えるジョセフ。

 ジョセフを妻子から奪って結婚したジョーンは彼と歩んできた40年は夫婦ならではの<複雑で特別な絆>で結ばれていた。

 非才な劣等感からそのたびに浮気を重ねる夫と、その悲憤から創作にぶつける妻という関係が続いていた・・・。

 しかし、夫が最高の文学賞を受賞した喜びと自分が糟糠の妻として支えてきたという世間一般の評価に納得していたのに、夫の無神経なスピーチに耐えられなくなり40年間蓋してきた鬱憤が爆発してしまう。

 G・クローズの心象表現の微細な変化が作品を絶えず牽引していた。こんな複雑な心情表現ができる女優はM・ストリープと双璧なのに受賞歴にはかなり差がある。「ガープの世界」(85)、「危険な情事」(87)、「アルバート氏の人生」(11)など印象深い作品も多く、今回こそ受賞して欲しかった。もしかすると、ラストチャンスだったかも・・・。

 彼女の名演をサポートしたのは夫ジョセフを演じたJ・プライスとナサニエル記者のC・スレイター。真実を暴露される恐怖感をひた隠しする夫と、真実を暴き記者としてを成功を目論む二人の男を絶妙に演じていた。

 ほかでは若き日のジョーンに扮したG・クローズの実の娘H・ロイドの気品漂う美しさが印象的。

 熟年夫婦にとって、何かと考えさせられる大人の作品だった。

 

 
 

 

「彼が愛したケーキ職人」(17・イスラエル/独)70点

2019-07-01 10:51:42 | 2016~(平成28~)


 ・国籍・宗教・文化を超えた人間賛歌を描いたイスラエルの新人監督の長編デビュー作。

 ベルリンのカフェで働くケーキ職人トーマス。彼のケーキが気に入って常連となったのはイスラエルから長期出張しているオーレンで、ふたりはいつしか親密な関係に・・・。
 また一月後といってエルサレムへ帰っていったオーレンからは連絡が途絶えてしまう。
 トーマスはオーレンの事務所で彼の死を知り途方に暮れるが、エルサレムでオーレンの妻アナトが経営するカフェを訪ねる。

 イスラエルのオフィル・ラウル・グレイツァ監督・脚本は国籍・宗教・文化・性差を超えて惹かれ合う人間賛歌を謳っていてこれが長編デビュー作。
 主人公トーマスにはドイツの無名俳優ティム・カルクオフで、アナトには「運命は踊る」などイスラエルの人気女優サラ・アドラー、オーレンにはロイ・ミラーが扮している。

 最初は人手が足りず困っていたアナトはトーマスを単なる使用人として雇用していたが、彼が焼いたクッキーが店の評判となり人気となり、やがて人種を超えカケガエのない存在となっていく・・・。 

 観客の想像力を喚起させる丁寧な描写で、アナトがトーマスとオーレンの秘密をいつ知るのだろうか?というサスペンスタッチで進行する。
 いわゆるLGBTジャンルだが、加えてドイツ人とユダヤ人という複雑な歴史を抱えた関係もあり、単なる三角関係とは違うエモーショナルなものが存在するようだ。
 中東諸国では最もLGBTに理解があるというイスラエルだがどうやら政治的理由かららしく、宗教的戒律を守り家族を大切にするお国柄でのトーマスの行為は排斥の対象になるのは必然のこと。
 義兄モティはその典型的人物だが、決して悪人ではない。義母のハンナはどうやらオーレンの癖は知っていてトーマスをそれとなく誘導していた。

 もっともつらいのはアナトで邦題は彼女の視点でつけられているように悲劇のヒロインである。

 彼女を主演にしなかったのは、イスラエル生まれでドイツに暮らしゲイであることをカミングアウトした監督自身のトーマスへの思い入れがあるのだろう。

 観客の想像力に委ねる静寂なラスト・シーンや<黒い森のケーキ>が印象的な質の高い力作で、これが新人のO・R・グレイツァはイスラエルを代表する「運命は踊る」のサミュエル・マオスとともに目が離せない監督となった。

「私は、マリア・カラス」(17・仏)70点

2019-06-16 12:45:59 | 2016~(平成28~)


・歌と愛に生きたカラスを一人称構成で描いたドキュメンタリー。


 20世紀最高のソプラノ、マリア・カラスの人生を描いたトム・ボルフ監督によるドキュメンタリー。未完の自叙伝原稿や400通あまりのプライベートな手紙、世界中から集めた映像をもとにオペラ歌手としての信念と女性として愛に忠実に生きる姿が一人称構成で描かれる。
 手紙の朗読や語りを「永遠のマリア・カラス」(02)で晩年のカラスに扮したファニー・アルダンが行っている。

 厳しい母親の監視のもと英才教育を受けた貧しい少女時代。13歳のとき17歳と偽って音楽学校に入学、誰よりも早く来て遅くまで残っていた逸話に始まり、高度なベルカント唱法とエキゾチックな風貌でカリスマ性のあるディーバとなっていくさまが本人の語りや元教師の言葉で綴られる。

 一方ローマ歌劇場での一幕で降板しバッシングを受け、メトロポリタン歌劇場の支配人とのバトル、オナシスとの大恋愛と夫との離婚などスキャンダルがメディアに取り上げられることでオペラそのもの以外で絶えず話題となった。

 歌姫として栄光と挫折を重ねた53年のドラマチックな人生を送ったカラス。映画の題材には興味深い人物だけに21世紀になって3度映画化されているが、マリア・カラスやオペラに詳しくなくても充分楽しめる構成となっている。

 彼女自身の舞台でお馴染みの<ノルマ>や65年のメトでの<トスカ>、<カルメン>や<私のお父さん>などファンでなくても聴いたことがある曲も随所に登場するが、筆者には蝶々夫人の舞台が最も新鮮だった。

 自叙伝をもとにした構成からマリア・カラス賛歌の視点で描かれて一人称構成が相応しいつくりのため、ドキュメンタリーとしては甘さもあるが、もろさと強さを兼ね備えた歌姫マリア・カラスの素顔に迫るものがちりばめられてていた。

 数々のスキャンダルにもメゲズ、<歌は私の唯一の言葉だから>といった彼女の記憶が21世紀も消えることはないだろう。