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晴れ、ときどき映画三昧

映画は時代を反映した疑似体験と総合娯楽。
マイペースで備忘録はまだまだ続きます。

「僕たちは希望という列車に乗った」(18・独)80点

2019-11-19 12:40:59 | 2016~(平成28~)

・ なぜ、越えなければならなかったのかー


 ディートリッヒ・ガルスカのノンフィクション「沈黙する教室」をドイツの気鋭ラース・クラウメ監督が脚本化した事実をもとにした青春ドラマ。

 ベルリンの壁ができる5年前の東ドイツ。エリート高校のクラスメイト全員がハンガリー市民蜂起の犠牲者を悼み2分間の黙祷をしたことから、家族まで巻き込んで<社会主義国家への反逆事件>へとことが大きくなってしまう。

 何処にでもいる普通の18歳の少年たちが、純粋な気持ちで起こした行動が政治的タブーを犯したことで首謀者は誰かという犯人捜しになり、密告してエリートへの階段を上るのか、仲間を裏切らず大学進学を諦めるのか究極の選択に迫られる・・・。

 この時代のドイツはナチスドイツからの崩壊後東西が分裂、ソ連の傀儡政権である東ドイツは理想的社会主義国家として語られていた時代。大学へ進むことでエリート階級への道が約束されていた。

 物語は労働者階級出身のテオ(レオナルド・シャイヒャー)、エリート階級出身のクルト(トム・グラメンツ)、養父である神父のもとで育ったエリック(ヨナス・ダスラー)の三人を中心に、その家族の暮らしや過去を交えながらこの時期の東ドイツならではの複雑な背景も浮き彫りにしながら進行していく。

 検閲はあったものの東西の行き来は比較的簡単だったベルリンでテオとクルトは祖父の墓参りを理由にコメディ映画「ジャングルの裸女」を観る目的で入った映画館で観たニュースがキッカケだった。

 50年以上前筆者の高校時代、18歳以上の成人指定映画を観るかどうか迷ったことや、担任教師が授業中安保問題を話題にして学校の噂になったことを想い出す。

 友情・恋・家族・進路と悩み多き高校時代は大人への階段へ歩み出す第一歩。周りの大人たちのアドバイスを鵜呑みにするのではなく自分で考えることの大切さを教えてくれる。

 それは一度しかない自分の人生を選択する自由を持つことの大切さでもある。

 原作者のガルスカは本作でのクルトで、のちに高校教師となり晩年の06年出版し映画の完成を見届け18年亡くなったという。

 今もなお香港で起きている<自由と連帯問題>。普遍的テーマがここにある。 

「希望の灯り」(18・独)80点

2019-11-08 12:04:55 | 2016~(平成28~)

・ままならない人生にも、美しい瞬間がある。


 ドイツのクレメン・マイヤーの短編小説「通路にて」をトーマス・シュトューバー監督が映画化。原作のC・マイヤーが脚本を担当し、主演は「未来を乗り換えた男」の若手フランツ・ロゴフスキ。

 <ベルリンの壁崩壊>のきっかけとなった旧東ドイツの都市・ライプチヒ。その大型スーパー・マーケットを舞台に、ドイツ統一によって取り残された人々の日常を描いたヒューマン・ドラマ。

 飲料在庫管理係として採用されたクリスティアン(F・ロゴフスキ)はとても寡黙で腕と首にはタトゥーをしている。朴訥だが心優しい職場の先輩ブルーノ(ペーター・クルト)に見守られながら日々を送るようになる。
ある日、菓子担当のマリオン(サンドラ・ヒュラー)の謎めいた魅力に惹かれていく・・・。

 長編三作目の監督は81年生まれの30代だが、社会の片隅にいる人々を穏やかに綴った作風はアキ・カリウスマキかジム・ジャージッシュのよう。
 台詞は極端に少なく、ブルーグレーの色調が夜の巨大スーパーとアウトバーンの無機質な風景を彩る。

 どうやら悪の仲間から抜け出し更生しようとしている20代のクリスティアンと、既婚者ながら家に安らぎがない30代のマリオンには職場が安息の場らしく、50代のブルーノはトラック運転手だった頃の郷愁に苛まれながら働いている。

 他の仲間も心の悩みを抱えながら職場で懸命に生きる人々で、決して深入りしないのも彼らの距離感だ。

 職場の花形はフォークリフトで、縦横無尽に空間を<美しく青きドナウ>にのせてリズミカルな動くさまは、まるで生きていて踊るようだ。

 孤独な若者が道を誤らないためには周りの大人の影響が大きく、クリスティアンとブルーノは疑似親子のよう。マリオンも娘のような感覚で見守っていたのかもしれない。

 終盤の悲劇は唐突でもあったが、ブルーノにはクリスティアンの成長とマリオンを見守る役目を彼に託した安堵感があったのかもしれない。

 ささやかながら仕事の役割分担を任され、出逢いや別れを経験しながら暮らす日常にも人生があるという視点が愛おしい。


 

「誰でもそれを知っている」(18・西/仏/伊)75点

2019-11-05 12:21:08 | 2016~(平成28~)

 ・ イランの名匠がスペイン田舎町で起きた誘拐事件を描いた人間ドラマ。


 「別離」(11)、「セールスマン」(16)で米国アカデミー外国語映画賞を2度受賞したイランの名匠アスガー・ファルバルディ監督のオリジナル脚本による最新作。

 スペインのマドリード郊外の田舎町で起きた16歳の少女誘拐事件をもとに、母親とその家族・友人たちを巡る人間模様を描いたサスペンス風ドラマ。
 ファルディバル監督が15年前スペイン旅行したときにみた行方不明者の写真がヒントとなったという。
 ペネロス・クルス、ハビエル・バルデムの共演によるオール・スペインロケをイラン人監督がどのように描いたか?
 実の夫婦でもあるスペインのスターふたりが元恋人役で共演するだけでその関係がストーリーの中心となるのは想定通り。その分ミステリー要素ではマイナスとならざるを得ない。

 冒頭、新聞の誘拐事件切り抜きのシーンで始まるが、明るい日射しのスペイン田舎町を走るラウラ一家の帰郷シーンとなり、登場人物紹介がお祭りムードのなか繰り広げられる。

 お祝い騒ぎの最中、娘・イレーネが行方不明になる。
 まもなく高額の身代金要求のメッセージがラウラの携帯に届き、誘拐と判明する。

 どうして幼い息子ではなく、イレーネなのか?脅迫メッセージがラウラだけでなく幼馴染みのパコの妻ベアにも届いたのか?

 極上のサスペンスものと思って期待して観たらどうやら犯人捜しのミステリーではなく、ムラ社会で起きる人間の影の部分をあぶり出す人間描写が見どころのようだ。

 40代になっても美しいP・クルスがラウラに扮し、娘のためにナリフリ構わず奔走する熱演が目を惹くが、パコが知らなかった秘め事まで言うなんて・・・。

 秘密を知らなかったのはパコ夫婦だけで、家族はもちろん村人たちは噂噺で周知の事実だったとは?!

 パコに扮したJ・バルデス、妻ベアのバルバラ・レニー、ラウラの夫アレハンドロにリカルド・ダリンという豪華俳優を起用しているだけに脚本の破綻からリアリティに乏しいのが残念!

 ファルディバル監督には、次回作に期待したい。


 


「ジョーカー」(19・米)75点

2019-10-26 14:25:02 | 2016~(平成28~)

 ・ バットマンのヴィラン誕生秘話をもとに描いた社会派エンタテインメント。

 原作コミック「バットマン」のヴィラン(悪役)として登場し映画でもジャック・ニコルソン、ヒース・レジャー、ジャレット・レトら名優たちが演じてその名をはせた<ジョーカー>。ゴッサムシティで人々を恐怖に陥れた悪のカリスマの誕生秘話を、ホワキン・フェニックス主演、トッド・フィリップス監督・共同脚本で描いたオリジナル・ストーリー。

 社会から疎外された孤独だが心優しい純粋な心の持ち主がどのようにして悪のカリスマへ変貌していったか?フィリップス監督は初期に手掛けたドキュメンタリーで培った力で<ジョーカー>を独自の目線で描いている。

 原作コミックからのファンには物足りないかもしれないが、今までいわゆるアメコミというものを敬遠していた人にも独自のドラマとして充分楽しめるつくりとなっている。

 監督が意識したのはM・スコセッシ監督、ロバート・デ・ニーロ主演の「タクシー・ドライバー」(76)、「キング・オブ・コメディ」(83)。そのためTV司会者マレー・フランクリン役にデ・ニーロが決まったとき大喜びしたという。

 ジョーカー役には当初から「ザ・マスター」(12)以後毎年異色の役柄を演じてのりにのっているJ・フェニックスをイメージしていた。自分をとことん追い詰めそのキャラクターに成り切ろうとする姿勢に惚れ込んでの起用は本作でも遺憾なく発揮され、骨と皮ばかりの肉体改造による外見と苦悩や問題を抱えた内面を演じ切った怪演は本作最大のみどころ。

 架空都市ゴッサムシティは現代にも通じる矛盾を抱えていて、一握りの大富豪が支配する貧富の格差に苛まれ、貧しい人々の鬱憤は人種差別や暴力へと顕在化して行き、一歩間違えると暴動になりかねない。

 そんなとき地下鉄で酔ったビジネスマン三人を殺害したアーサーは謎の道化師として貧しい人々の英雄と化して行く。発作的に笑い出す病気を抱えながらコメディアンの夢を追う大道芸人が起こした偶発的な事件だった。

 カウンセリングの閉鎖と服用役を絶たれ現実と妄想が行き交う中、好意を抱いたアパートの隣人ソフィー(ザジー・ビーツ)、愛する母ペニー、憧れのマレー・フランクリンとの関わりが絶望となったときアーサーはジョーカーへと変貌していく。

 どこまでが幻想でどこからが現実か?または、ほとんどが幻想か?観客を試すようなストーリーはラスト・シーンまで惹きつけて止まない。

 「ロックンロールPART2」の曲にあわせ階段で狂ったように踊るアーサーは間違いなくジョーカーへ変身した瞬間だ。

 さらに「That’s Life」が流れるたびに孤独な男のつぶやきが聞こえてくる。

 ベネチアでスタンディング・オベーションが鳴り止まず金獅子賞を受賞した本作。来年のオスカーはどうなるのだろうか?
 

「グリーン・ブック」(18・米)80点

2019-10-22 16:20:18 | 2016~(平成28~)


 ・王道のハリウッド路線を踏襲したヒューマンなバディ・ムービー。


 60年代アメリカ南部を舞台に、NYマフィア御用達「コパカバーナ」の用心棒と黒人ピアニストの二人が旅する2ヶ月間で、徐々にお互いの理解を深めて行く姿を描いたヒューマンドラマ。実話に基づいたストーリーを主人公の息子ニック・バロレンガと監督のピーター・ファレリーおよびブライアン・カリーの共同脚本により映画化。オスカー作品・脚本賞とピアニストに扮したマハーシャラ・アリが2度目の助演男優賞を受賞した。

 「ロード・オブ・ザ・リング」3部作でその名を知られたヴィゴ・モーテンセンは「ヒストリー・オブ・ザ・バイオレンス」(05)「イースタン・プロミス」(07)などバイオレンス俳優のイメージが強く、今回の主人公には不向きでは?と思っていたが見事に変貌して魅せてくれた。

 M・アリも知的で繊細な天才ピアニスト役で「ムーンライト」の麻薬の売人役とは正反対の役柄をこなし監督の期待に応えている。

 そもそも監督自身も「メリーに首ったけ」などコメディ路線を歩んできた人。まさに観客の先入観を覆した三人による映画だ。

 昨今の映画は時空をシャッフルして観客を誘うシナリオが多い中、場違いな二人が何故旅に出たのかを順を追って描いた分かりやすい筋立てで、回想シーンがなくても二人の生い立ちや過去が触れられているつくりも好感が持てる。

 オスカー受賞は白人目線の作品<白人救世主>との評価もあって、スパイク・リーを始めハリウッド批判の声も高い。

 それでもこの時代、有色人種の一般公共施設の利用禁止<ジム・クロウ法>によって、黒人のための「グリーン・ブック」なるものが存在したことすら知らない筆者をはじめとする世界の人々には充分胸に迫るものがある。

 ギャグで笑わせながら、人間の尊厳や友情を育んだロード・ムービーは心温まるエンディングを迎える。

 筆者にとって自覚意識のない差別を改めて自戒するような映画だった。

「パリ、嘘つきな恋」(18・仏)70点

2019-10-13 12:03:08 | 2016~(平成28~)


 ・ F・ビュボスク監督・主演の爽やかな大人のラブコメ。


 人気コメディアン、フランク・デュボスクが初監督で脚本・主演もこなした大人のロマ・コメ。

 恋を遊びとしか考えない中年プレイボーイが、ふとした偶然で車椅子生活のふりをしたことから本当の恋におちていくハナシを、ユーモアたっぷりに描いたラブ・ストーリー。

 健常者が障害のふりをするというのは、一歩間違えるととても後味の悪いだけでなく尊厳を傷つけるものになりかねない。ましてそれをネタに女性と付き合うというキワドイ物語をデュボスクは実に爽やかに描いて見せた。

 フランスでは有名なコメディアンというが筆者は初見でどういう芸風かしらなかったが、本作の主人公のような<女好きで虚言癖がある気取り屋に扮して笑いを取る一人芝居のコメディアン>とのこと。

 まさに日頃の芸風をそのまま映画化したような本作だが、相手のヒロインが車椅子生活者の美女であることがユニークなところ。
妹・ジュリーの勘違いから紹介された姉・フロランスでバイオリニストでテニスも得意なアスリート。演じたアレクサンドラ・ラミーがとてもポジティヴで内面から滲み出る優雅さが主人公ジョスランをいつしか虜にしてしまう。

 ジョスランは大手シューズの代理店経営者で裕福なうえバブル期にはよくいた一見いい男で女性を魅了する条件は揃っている。結婚恐怖症はどうやら両親の離婚が原因か?遊びなら引く手あまたなのに本当の恋には疎く、親友の医師マックス(ジェラール・ダルモン)や秘書マリー(エルザ・ジルベルスタイン)を巻き込んで大騒動。ジョスランに片想いのマリーに扮したE・ジルベルスタインがコメディ・リリーフとして好い味を出していた。

 おまけに認知症の父(クロード・ブラッスール)のルルドへ行けと言われる始末。

 ふたりのデート・シーンがプラハの夜景やキャンドルが点るディナーなど女性のハートを奪うロマンチックなシーンがあり、水中のラブシーンなど見どころも随所にちりばめられている。

 ジョスランの嘘がいつバレ、二人の恋の行方は?という本筋は定番ながら、<私のことを女性としてみてくれた>というフロランスの言葉が、差別・偏見という壁を乗り越えた爽やかなラブストーリーとなった。

「ドント・ウォーリー」(18・米)70点

2019-10-10 12:28:36 | 2016~(平成28~)


 ・ 風刺漫画家J・キャラハンの自伝をガス・ヴァン・サントで映画化。


 名優ロビン・ウィリアムズが14年自死したため念願叶わなかったが、ガス・ヴァン・サントの脚本・監督、主演ホアキン・フェニックスで映画化が実現した。

 オレゴン州ポートランドで、胸から下が麻痺の車椅子生活を送るジョン・キャラハン。アーティストとしての才能が開花し、生きる原動力となっていく。アルコール依存症からどのように立ち直っていくのか?その回復プロセスを追っていく。

 キャラハンを演じたのが今最もホットな「ジョーカー」の主演俳優、ホアキン・フェニックス。「誘う女」(95)以来2度目の監督作品の出演となった。
代表作だった「ザ・マスター」(11)でも個性的な演技で注目を浴びたが、彼自身主人公同様アル中や自動車事故スキャンダルを経験していて、役柄にのめり込む姿勢は相当なもの。今回、自伝やインタビュー録画などを反芻し、車椅子の使い方や筆裁きなど細部にわたって演じて本人そっくりとの評判だ。

 キャラハンが講演会で語るシーンで始まる本作は、半身不随になった日のこと、ヘルパーに八つ当たりして酒に溺れる日々、実母への想いに号泣、禁酒会セラピーへの参加、漫画の才能に目覚め美大に通い街行く人へ作品を見せるなど、地元新聞に掲載され脚光を浴びるまで数々のエピソードをシャッフルしながらの構成だが、ストーリーが混乱することはない。

 監督は過度な悲壮感溢れる愛と感動の物語にせず<自暴自棄になって人生最悪と思っている主人公が、周りの人や環境で立ち直れるのだ>というプロセスを丁寧に描こうとした。

 そのため、キャラハンの個性であるタブーを恐れない皮肉で辛らつな風刺漫画のような強烈な生きざまは幾分抑制され、スピリチュアルな方向が垣間見える。

 禁酒会セラピーのシーンがかなり比重が高く、主催者ドニー(ジョナ・ヒル)の言葉で老子や神が出てきて「身勝手な信念より神を」「弱さを自覚したものほど強い」「失いたくない大切なものは失っていく」など教訓的な言葉も多い。

 ガールフレンド・アヌー役のルーニー・マーラも公私混同のような・・・。

 無理を承知でロビンのキャラハン役を観てみたかった。

 
 

 

「バイス」(18・米)80点

2019-09-07 12:22:55 | 2016~(平成28~)


・ チェイニー副大統領の自伝的社会風刺映画。


「マネーショート 華麗なる大逆転」(15)でアメリカ金融経済社会を風刺したアダム・マッケイ監督がイラク戦争時のジョージ・W・ブッシュ政権で副大統領ディック・チェイニーの若き日から影の大統領として暗躍した晩年までを描いた社会派コメディ。

チェイニーの20代から70代までを一人で演じたのは、クリスチャン・ベールで、相変わらずの怪演ぶりはデ・ニーロを超えた。妻リンにエイミー・アダムス、ラムズフェルドにはスティーヴ・カレル、J・W・ブッシュにサム・ロックウェルが扮し、そっくりさんの競演ぶりも見所。

日本にも社会風刺コント集団「ザ・ニュースペーパー」が活躍しているが、A・マッケイは「アップライト・シチズン・ブリゲイト」の創始者メンバーのひとりで、「サタデイ・ナイト・ライヴ」のディレクター・ライターの経験者でもあった。

<これは、真実のハナシだが不完全である。なぜならチェイニーは極めて秘密主義だから>というクレジットで始まるこのドラマは、本人の了解を取らず完成したのも頷ける。

実在存命中の政治家をここまで茶化したのは、徹底的な事前取材をもとにあくまでコメディであるというスタンスを取り続けたから。本人および関係者が訴訟を起こすなら社会から笑いものにされることを想定していたに違いない。

落ちこぼれでアルコールに依存していたチェイニーが恋人リンの叱咤激励で奮起、ホワイトハウスのインターンになりラムズフェルド下院議員の下で政治手法を身に着けて行く。

ウォーター事件でニクソンが辞任、ブッシュ大統領となり失脚していたラムズフェルドが国防長官、チェイニーは大統領補佐官に史上最年少で就任する。
カーター政権で心臓発作を乗り越えワイオミング下院選で当選10年以上5期務め、レーガン政権時次女メアリーの同性愛カミングアウトで議員生活を断念、ハリバートン社のCEOとして余生を送ることに。
ここで終われば、チェイニーの自伝映画はメデタシメデタシだった・・・。

開始から僅か90分ほどでエンドロールが流れたあと、電話の音でドラマは再開する。

電話の主はブッシュの息子ジョージ・W・ブッシュ新大統領からで副大統領への打診だった。

ここから<一元的執政府論・議会の承認を受けず判断できる権限>を武器に影の大統領として暗躍が始まり、イラク戦争へ突入していく。(筆者は「記者たち 衝撃と畏怖の真実」を同時鑑賞して理解が深まった)

ハリ・バートン社の不正受注関与で退任するが、イラク戦争で500倍になった株の個人株主として悠々自適な老後のチェイニー。フライ・アングラー(釣り師)とも史上最悪の副大統領とも言われながら「私は国民を守っただけだ。私は謝らない。」とカメラに向かって涙を滲ませながら語ったチェイニー。

心臓移植で生き返った不屈の男で<国民に仕えて光栄だ。選挙で選ばれてみんなが願うことを実行しただけだ。>という彼の言葉で笑っているだけでは済まされないことに気づかされる映画だった。


「記者たち 衝撃と畏怖の真実」(17・米)65点

2019-09-05 12:52:32 | 2016~(平成28~)


 ・ ロブ・ライナー監督によるメディアのあるべき姿を説いた社会派ドラマ2作目。
 「スタンド・バイ・ミー」(86)から「最高の人生の見つけ方」(07)まで、長年エンタテインメント作品でヒットを飛ばしてきたロブ・ライナー。
 「LBJ ケネディの意志を継いだ男」(16)に続き社会派ドラマに挑んだ2作目は、イラク戦争の引き金となった大量破壊兵器の存在に疑問を持ち、真実を追い続けた記者の物語。原題の「衝撃と畏怖」はイラク作戦名。
 ウッディ・ハレルソン、ジェームズ・マースデンが中心となる記者に扮し、R・ライナー自身も支局長役として出演。ジェシカ・ビール、ミラ・ジョボビッチ、トミー・リー・ジョーンズが共演している。

 ニクソン大統領時代、ワシントンポストの記者たちがウォーターゲート事件をスクープした映画「大統領の陰謀」(76)が思い浮かぶ。権力に挑む新聞記者の姿はメディアの在り方を問う一作となった。

 02年ジョージ・W・ブッシュ大統領が「大量破壊兵器の保持」を理由にイラク侵略を宣言。大手新聞社は疑いを持たず報道を続ける中、地方新聞社を傘下にもつナイト・リッダー社ワシントン支社のジョナサン・ランデーとウォーレンス・ストロベルは疑いを持ち、情報源を辿っていくが情報提供者の口は堅く裏取りは難航してしまう。

 ウォーターゲート事件ではディープスロートという内部告発者がいたが、本件は政府関係の下級職員を手掛かりに地道な取材が続いて行く。

 「何故記者なんかになったのだろう?」というウォーレンスの愚痴に「大統領の陰謀を観たからだろう」というジョナサン。

 妻や恋人の理解を支えに二人は取材するうち証言者たちの微妙なニュアンスに不自然さを感じ、真実をたぐり寄せて行く。

  「我々は若者を戦場に送る政府の味方ではない。戦場に向かう若者の親の見方だ。」ジョンウォルコット支局長の毅然たる陣頭指揮ぶりがかっこいい。

 ロブ・ライナー演出は実際のニュース映像を絡めリアル感をふんだんに醸し出しているが、ドラマとしての盛り上がりには欠けていた。若き傷痍軍人の兵役出願をモチーフに、正義なき戦いの空しさを描きながら愛国心を称えるラストシーンはシビアな現実から眼を逸らしてはいないだろうか?彼の疑問「何故戦争を始めたのですか?」がとても空しく、メディアも答えられなかった。

 冒頭「多様で独立した自由なメディアこそ米国の民主主義にとって重要だ。」というビル・モイヤース(LJB時代の報道官)のコメントがこの映画の全てだった。

 

 

 

 

「荒野にて」(17・英)80点

2019-08-16 12:00:54 | 2016~(平成28~)


 ・ アンドリュー・ヘイ監督が描いた居場所探しの少年の旅。


 アメリカ北西部ポートランドに住む15歳の少年が父を亡くし、殺処分が決まった競走馬とともに自分の居場所を探すため旅に出る人間ドラマ。
 「さざなみ」(16)のアンドリュー・ヘイ監督がウィリー・ブロンティンの小説を脚色。「ゲティ家の身代金」(17)で注目されたチャーリー・プラマーが主演し、ヴェネチアで新人賞(マルチェロ・マストロヤンニ賞)を受賞した。

 米国北西部のロード・ムービーを英国人監督が映画化した珍しい作品で、アメリカン・ドリームの現実を少年を通して映し出していて、ハートウォーミングな少年と馬の交流ではない。
 その抑制の効いた演出と美しい広大な風景と猥雑な街並みが交互に映し出される映像が現代のアメリカを的確に捉えている。

 主演した少年チャーリー役のチャーリー・プラマーが素晴らしい。とてもナイーブだが、純粋で芯が強い。環境が恵まれず学校にも行っていないが、フットボール好きな繊細な15歳を分身のように演じている。これからが楽しみな演技派俳優に育つことだろう。

 前半登場する父レイ(トラヴィス・フィメル)は生活力もなく欠陥の多い駄目親父だが、チャーリーを愛していて父性愛は深い。チャーリーが幼いころ捨てていった妻にも決して憎しみを抱いていない。たった一人父と息子を心配するチャーリーの伯母とも疎遠なのは、息子を獲られたくなかったのだろう。

 競走馬リーオンピートの馬主デル(スティーブ・ブシェ)や女性騎手ボニー(クロエ・セビニー)からは生きていくことの大変さを身をもって教えられるが、チャ-リーにとって唯一心を許せるのは殺処分が決まったピートだけだった。

 疎遠だった伯母を訪ねるためワイオミングへのピートとの旅は、馬へ語りかける幼い頃の楽しい思い出や不遇だった近況やその心情が浮かび上がって、何とか彼の旅が成功することを願わずにはいられない。

 旅先で出会うウェイトレス(救ってくれる女性)には何人か遭遇するが、荒野は弱者が必死に生きていく世界で足を痛めた競走馬と15歳の少年の居場所はどこにもなかった。

 弱者がもっと弱いものを踏みつけて生き残る社会を知ったチャーリーの旅はララミーで安息の場を得て終わるがラストシーンはチャーリーの始まりでもあった。

 S・ブシェ、C・セビニー、スティーブ・ザーン(ホームレス・シルバー役)、A・エリオット(伯母)などインディペンデントの名優たちが脇を固め、揺るぎのないドラマに仕上がっていた。

 A・ヘイ監督にはチャーリーのその後を期待したい。