The Last ward from Southen Cross to my future

目の前にある林檎は本当に林檎なんだろうか。その林檎は腐っているから林檎だって気づかないだけかもしれない。

今日も外国から献金をもらった政府与党の解散というニュースがない

2011-08-11 23:24:11 | Weblog
いつまで現政府与党のままでいたいのだろうか。きっと政権交代したらいろいろ真実が明るみに出るのが嫌なのか、解散はしないようだ。現首相だけが辞任したところで外国人からの献金、北朝鮮関連組織との金のやり取りをした本当の理由は誰が追求してくれるのだろうか。
民主党ではこの問題より自党が与党として存続することの方が優先度が高いのだろう。なにせ、先の不信任案に賛成しなかったのは自民党に戻さないためと創始者である鳩山氏が言ったという報道があったぐらいだ。

自民党に戻さないという私怨と日本国民が国政を必要としている状態を計りにかけても、それでもなお、民主党の私怨が優先するらしい。日本国民からの私怨なんて気にもしてないのだろう。だったら何故解散をしないのか。解散すれば民主党議員へ票が集まらないからだと考えてなんだろう。
組織が長期存続できるのは硬直化しなからだ。つまり私怨だけで存続し、政権を取って日本国を崩壊させてその先がないのだろう。だから組織が活性化するための自浄作用もないし、自由な言論すら持ち合わせていない。例としては首相や閣僚が発言が違うとしても、目的は何かを解決しようというのではなく、誰の発言であっても他人のせいにしているだけだ。

もうすぐ終戦記念日だ。戦争で亡くなった日本国の兵隊も相手国の兵隊も一般の民衆もみな自国を守るために戦った。戦争にいかないでも自国を守るという意味で自国の勝利を信じて過ごしてきた。さて、この戦争は一体誰が始めたのか。政治家だ。そして民衆を煽動したのはマスコミだ。
同じ過ちを日本国民は犯さないためにも解散総選挙で、自分たちが選択した政権の尻拭いをしていくしかない。過ちを認めない限り、どうすれば補正できるのか、という結論は出てこない。考えることは自分たち自身のためであれば面倒だとか苦労は嫌だとは言い切れない。今までが楽してへらへらして生きてこれた。勿論、苦労している人もいるだろうが、これからはもっと苦しい状況が続く覚悟は必要だと思う。嫌なことは後へ伸ばさないことこそが良い結果を早く出せる。

国とは何なのか。その国に住む国民とは何なのか。そして民主主義として国民が一人一人何をしなければいけないのか。そういった基本的なことを抜きにして治安もよく誰にでも平等な機会を与えてくれるような社会は作れない。誰かが与えてくれるのではなく、そろそろ日本国民が造る日本という国の行方に責任を持とう。誰もが労働してその収入で生活ができるような社会がなければどんな理想を唱えたところで実現は不可能だ。誰かが犠牲になるのではなく、共に苦境を耐えると考えたい。短絡的な思考は自らを破滅に誘う。決断や判断をしなければいけない場合、感情は決してよい結果を導かない。政治家は何故選挙民とコミュニケーションを取るようなタウンミーティングを開かないのだろうか。地方議員も国政議員ももっと日本国民とインタラクティブにコミュニケーションを取るべきだろう。どこかの組織や団体に依存する票集めのような政治活動に選挙民も疑問を持たないと駄目だ。
大きな声に惑わされ、思考しないままでいると本来自分が持つ声を出せない。改善して欲しい点、不満はたくさんあるだろうが、優先されるのは何なのか。何故雇用がないのか、何故労働しても収入で生活が維持できないのか。これは差別とか、自由とか以前の問題だろう。なにせ生きるか死ぬかというある意味極限状態なんだから。これを放置しているのは誰なのか。
本当に政治が対応すれば解決できるのか。それとも国民がなんらかの行動を起こさないと解決できないのか。

誰にでもできるはじめの一歩は、解散総選挙でどういった政治でこの日本を立て直すのかを決めることだ。そのためには選択する側がどういった日本にしたいのかとビジョンを持たない限り、選択する政治が決まらない。
何故、日本国民は解散を望んでいながら継続する現政府への抗議デモを実施しないのか。その代わりどうでもいいようなことで抗議デモを実施するのか。日本のテレビがすべて外国の番組や外国語で放送されても、日本で作った番組や日本語で放送されても日本経済は回復しない。それなのに何故こんな無駄と思える行動しかしないのだろう、と不思議でならない。

不安や不満を向けるところが違ってないだろうか。

コメント
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