ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 津田敏秀著 「医学的根拠とは何か」 (岩波新書 2013年11月 )

2014年10月19日 | 書評
人間を忘れた医学ー医学的根拠とは疫学的エビデンスのこと 第5回

2) 疫学の歩み(数量化が病気の原因を明らかにした)(その1)

「数量化により科学的分析を地球する主な目的は、人を対象に病気の原因を突き止めることである」と著者はいう。人の病気のデーターを集めて原因について考察することはジョン・グランド(1620-1674)のペスト死亡表の研究をはじめとする。疫学者・疫学史家モラビアによると、疫学の歴史は次の4つの時期に分類されるという。(1)疫学以前期(1880年以前)、(2)早期の疫学(1880-1945) (3)標準的疫学(1945-1970 ,80年) (4)現代疫学(1970,80年代から現代) 
〈1〉の疫学以前の時期は、ルイをはじめ疫学のパイオニアの時代である。イギリス海軍軍医のジェームス・リンド(1716-1794)は「壊血病」の原因を調べるため、船員を投与物の異なる6つのグループに分け、果物を摂取したグループの発症例が一番少ないことを見出した。イグナツ・ゼンメルワイス(1818-1865)は産褥熱(敗血症)による毎年6千人ほどの妊婦の死亡例を数え上げ統計表を作ると、ウィーンの病院の第1産科と第2産科の死亡割合が異なることに気が付いた。第1産科では医師が出産介助をし、第2産科では助産婦が介助をしていた。そこで医師に塩素水による手洗いと消毒を義務付けると、第1産科での死亡例を劇的に(数%)減少させることができた。ゼンメルワイスの結果を産科医師たちは受け入れることができず、ゼンメルワイスはウィーンを追放されブタペストの精神病院で病死したという。ジョン・スノー(1813-1858)によるコレラの疫学調査は有名である。1854年ロンドンのペスト流行時、テムズ川の取水位置の異なる水道会社が供給する地域でのペスト感染地図(スポット地図)を世界で初めて作り、ペスト発生地域を特定して沈静化(取水禁止などの措置)させた。スノーが調査をできたのも、コレラで死亡した住民記録を作成した人口登録局のファーの統計作業があったからだ。
(2)早期の疫学の時期に入ると、英国の公衆衛生局は疫学を仕事とするようになった。1927年にはロンドンの熱帯医学研究所に疫学・動態統計教室ができ、アメリカでも公衆衛生学教室ができた。フロストはインフルエンザの調査結果から感染症伝搬の数学モデル(リード・フロストモデル)を作った。ロンドン大学のグリーンウッドは1930年細菌学と疫学統計学を結びつけた。ブラッドフォード・ヒルは臨床医学・職業病・慢性疾患へと疫学を広めた。ヒルの方法は(治療群・非治療群別け試験)結核治療薬としてのストレプトマイシンの効果判定に生かされた。
(3)標準的疫学の時期には、第2次世界大戦後の20世紀後半から大規模プロジェクトが開始された。タバコと肺がんの関係や慢性疾患の疾病原因を探る研究が注目された。1948年アメリカ国立心臓研究所により、フラミンガム研究という国家研究が開始された。5000人を集団とするコホート研究で多変数解析を駆使して、加齢、高血圧、コレステロール値、喫煙、体重、糖尿病など成人病予防の指針はほとんどこの研究から導かれたといえる。アメリカがん学会のハモンドとホーンは1952年肺がんと喫煙の関連、更に喫煙と心筋梗塞の関連のコホート研究を実施した。イギリスにおける喫煙と疾患の関連を調査した、1951年のヒルとドールの研究では、肺がんとの関連を明確にし、心筋梗塞、慢性気管支炎、消化性潰瘍、肺結核などとも関連していた。1950年代には症例対照研究が盛んに行われ、ヒルとドール、ワインダーらが活躍した。生物統計学者コーンフィールドは症例対照研究で求まるオッズ比やコホート研究で求まるリスク比の理論的つながりを明らかにした。理論疫学のミエッチネンにより大規模ばかりの調査でなくても。小集団で、短期間で、安い費用で効率的に求まるようになった。(世論調査や選挙結果予測に用いられている手法で、数千人の調査結果で日本中の想定できるそうである) 疫学の基本となる2×2表とは以下の表のことで、コホート研究でいわれるリスク比と症例対照研究でいわれるオッズ比は次のように定義される。リスク比=a/(a+c)÷b/(b+d)   オッズ比=(a/c)÷(b/d) すなわちこの表を上から見ればコホート研究(病気群と病気でない群に比較)、左横から見ると症例対照(暴露ありなし)研究となる。症例対照研究はすでに病気が発生してから過去を振り返るので、ドールらによって「後ろ向き研究」と呼ばれた。発がん分類の根拠となる調査はほとんど後ろ向きのコホートと症例対照研究である。

疫学 2×2表
 ー       暴露あり  暴露なし
病気有り     a人     b人
病気なし     c人     d人


(つづく)