ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 湯本雅士著 「金融政策入門」  (岩波新書 2013年 )

2014年10月14日 | 書評
デフレ脱出の処方箋において、量的緩和政策は有効か  第10回 最終回

5) デフレに対する処方箋 (その2)

ケインジアン・アプローチは金利政策、マネタリスト・アプローチはマネタリーベース規模拡大でした。マネタリスト・アプローチ中央銀行が準備金を拡大すれば、ストックが増えそれによって経済が活性化する、物価は上昇する、経済成長率が上がると主張しています。現在のリフレ派は古典的なマネタリストではありません。なぜならマネタリスト・アプローチのは2つの理論的欠陥があることが指摘されているからです。
①一つは通貨数量説MV=PTの通貨量Mとその回転率Vの上昇が、価格Pと生産量Tの増加をもたらすという説です。これはまさにインフレそのものです。=は→(恒等式の左が原因で右が結果)と理解されています。そこには理論的根拠はありません。
②第2の問題は信用創造説M=R/r(通貨量M、準備通貨量R、準備率r)において、中央銀行は準備Rを供給しますが、通貨量M増加の主役は預金者または預金を預かっている金融機関です。金融機関が信用を供与するにはそれなりの環境がなければなりません。
1990年代から2000年代にかけての量的緩和政策の下で、信用乗数は極めて不安定で、マネタリーベースをいくら増加させても、それに見合うマネーストックが生み出されなかったという事実があります。これをリフレ派は不十分な金融緩和政策と呼んで当時の日銀を批判します。そこから導かれる論理は「もっと、もっとショック的に効果の出るまで無制限にサプライする」という「アグレッシブ」な金融政策です。理論なしの事実無視のやけくそ論理です。失われた20年において日銀は手をこまねいたいたわけではありません。相当な量の長期国債を買い込んでいます。金よりも仕事がほしい銀行にさらに金を流し込もうとするものです。中央銀行による準備の大幅積み上げは安心感を与え、金融システムの安定化に寄与したことは評価されますが、結果として実体経済に好影響を与えたという確固たる証拠は存在せず、理論的な根拠も難しいというのが一般の理解です。もともと短期金利はほとんどゼロであって、準備金の金利をさらに引き下げることによってさらに金利が下がる余地はないと思われます。すでに銀行間の短期金利市場金利はゼロとなり、市場の機能は消滅しているとみられます。おそらく日銀当局は米国のFRBのバーナンキ議長の手法に注目しそれをフォローしているようですが、市場のモラルハザード(リスク無視、無責任感覚)が心配されます。黒田総裁下の金融政策は古典的なマネタリスト・アプローチに従っているように見えて、中央銀行が思い切った大胆な金融政策(なんとかっこいい言葉でしょう、いつも正義はこちらにありというような)行う姿勢にあることを強く打ち出すことによって醸成される「期待」が、株価や為替相場あるいは不動産価値に及ぼす影響に重点が置かれているようです。まさに心理学の領域で勝負しているようです。本質的に脆弱な「期待」によりかかった政策が果たして実経済に影響を与える音ができるでしょうか。現在は本当にデフレなのだろうか。それもアグレッシブな金融政策でショックを与えなければならないほど深刻なデフレなのだろうか。平成バブル崩壊以来、円高、成長率停滞、経済規模の縮小、賃金低下、企業倒産、失業率増加、格差拡大、企業の海外移転、非正規労働者による労働条件の悪化などがリフレ派はこの間の不十分な金融政策によって引き起こされた総需要の減退がデフレの要因であると主張します。しかし日本だけが転落しているとみるのは間違っています。本書は金融政策を述べることであるが、実質経済の不況の様子は述べられていません。たとえば大瀧雅之著 「平成不況の本質」 (岩波新書 2011年12月)は平成不況の原因を金融資本の構造改革のせいであると述べています。平成不況の悪循環はマクロ的には次のような構造であるとします。「日本経済停滞の初発的原因は金融危機を背景にした対外直接投資の増加による国内需要の減少からであるとする。アメリカのグローバル金融資本が故意に巻き起こした3度にわたる世界金融危機は世界不況となって、消費需要への抑制的効果を生んだ。こうして低下した有効需要は生産を鈍らせ失業率を上昇させた。雇用者の減少は企業内の職場教育環境を悪化させスキルの涵養に悪影響を与えた。この結果イノベーションへの意欲は失われ労働生産性を低下させた。一度解雇された低い生産性の労働者に支払われる賃金の上昇は低下し名目賃金上昇率はマイナスとなった。これは個人の消費に極めて悪い影響を与え消費の減退により有効需要はさらに悪化した。こうして悪循環が始まり経済は長期の手痛い状態へ落ち込んだ。なお直接投資の持つ円高傾向も経済を苦しめている。海外に移転した日本企業が利益をドルで扱っているうちは問題は起きないが、日本に本社をもつ日本企業であると云うことが、利益の円建て送金のためにドルを円に換金すると、海外進出企業の円買いによって為替レートは円高ドル安となる。とんでもない誤謬となった。」本書の湯本雅士著 「金融政策入門」 では最後の章において、デフレ対策の処方箋として金融政策ではなく、経済社会構造の根本的な改革が必要であるという結論に達しました。「デフレの究極の処方箋は金融緩和などではなく、日本の経済・社会全般に及ぶ根本的な構造改革、それを通じての生産性の向上である」と述べます。なんということでしょう、本書では金融政策を長々と述べて、最後にデフレ脱却は金融政策ではできないというどんでん返しをくらわすのです。そこで安倍政権の3本の矢の3番目「成長戦略・産業構造の改革」に期待するというのです。2本の矢である金融政策は時間稼ぎに過ぎないといいます。金融政策とは金利の管理に過ぎない、経済・社会改革・財政改革のほうが先決だという結論でした。

(完)