ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 湯本雅士著 「金融政策入門」  (岩波新書 2013年10月 )

2014年10月05日 | 書評
デフレ脱出の処方箋において、量的緩和政策は有効か 第1回


 2012年12月に成立した安倍政権と2013年4月に就任した黒川日銀総裁は、金融政策という観点からみて一つの大きな転換点を設定しました。本書は題名通り「アベノミクス」という政策を議論するものではありませんが、政府と日銀は一体であるという認識(日銀の自立性はありますが)にたてば、日銀は政府の金融政策面を担うといってもいいでしょう。ですからまず日銀の仕組みから見てゆこうと思う。日本銀行には、最高意思決定機関として政策委員会が置かれています。政策委員会は、通貨及び金融の調節に関する方針を決定します。日本銀行には、役員として、総裁、副総裁(2名)、審議委員(6名)、監事(3名以内)、理事(6名以内)、参与(若干名)が置かれています。このうち、総裁、副総裁および審議委員が、政策委員会を構成しています。任期は5年で身分は保証されており途中で罷免することはできません。2013年4月の日銀役員は以下です。
総裁     黒田東彦     元財務官僚。財務官を最後に退官し、一橋大学大学院教授、アジア開発銀行総裁を経て現職。長年、日本銀行を批判してきた黒田は、15年にわたる日本のデフレーションの責任の所在を問われると「責務は日銀にある」と明言している。物価について「中長期的には金融政策が大きく影響を与える」と述べ、金融政策のみで物価目標達成は可能との見方を示している。量的緩和拡大が人々の期待物価上昇率を引き上げる経路を強調している
副総裁   岩田規久男   学習院大学教授時代より積極緩和派の急先鋒で、小宮隆太郎門下である。日本銀行に批判的な論客として知られ、日銀の国債買いオペレーション、インフレターゲット、政府に総裁解任権を付与する日銀法改正、規制緩和を主張している。本書でも言及している岩田-翁論争(マネーサプライ論争)の当事者で、リフレ派の棟梁と目されている。
副総裁   中曽宏      小宮隆太郎門下  金融システム、市場取引、国際金融に精通している。
審議委員 宮尾龍蔵     神戸大学名誉教授 専攻は金融・マクロ実証分析。2010年3月日本銀行政策委員会審議委員に就任 継続委員
 同上   森本宜久     実業家 東京電力取締役副社長、電気事業連合会副会長を歴任した東電の生え抜き。2010年7月1日日本銀行政策委員会審議委員に就任 継続委員
 同上   白井さゆり     慶應義塾大学教授 専門分野は国際経済学、マクロ経済学、アジア経済論、通貨政策。国際通貨基金(IMF)エコノミストを経て、2011年4月より須田美矢子の後任として日本銀行政策委員会審議委員に就任。継続委員
 同上   石田浩二     実業家 住友銀行常務執行役員を経て三井住友フィナンシャルグループ代表取締役。2011年6月30日 日本銀行政策委員会審議委員 継続委員
 同上   佐藤健裕     経済学者、実業家 モルガン・スタンレー証券エグゼクティブ・ディレクター 2012年7月24日  日本銀行政策委員会審議委員 継続委員
 同上   木内登英     日本のエコノミスト 野村証券金融経済研究所経済調査部長 2012年7月24日 日本銀行政策委員会審議委員 継続委員

 ということで、2013年3月白川日銀総裁の辞任に伴い、新たに就任した政策委員会委員は、総裁、副総裁2名の3名のみで、ほかの審議委員は全員白川時代からの継続委員である。交替した総裁及び副総裁の3名は「デフレの責任は日銀にあり」として量的緩和を説くインフレターゲット論者とみられる。
著者は本書の「はじめに」において「昨今の金融政策の運営に起きては、個人・家計・企業といった経済活動の主体が抱く期待(先行きについての予想)に依存するところが大きくなっており」と述べて、そうした期待が思い込みや誤解からなっているとしたら、重大な結果をもたらす可能性を指摘している。だから本書は伝統的な金融論の枠組みを踏まえたうえに、ゼロ金利時代に入って行われたさまざまな政策運営の試行錯誤と、それを裏付ける理論の経過を丹念にたどることからスタートするという。金融政策については、政治論争と同様にさまざまな意見が出るのが当然だとしても、少なくとも解説者の誤解や思い込みに基づくバイアス(歪み、偏り)、あるいは意図的な世論誘導の影響は受けたくないと、事実にもとずく論点の展開を念頭に置くという。本書の目的は、あくまで問題を考えるための糸口をみつけることです。著者はそのために気をつけなくてはいけないポイントを次のように整理しました。
① 自分の気に入らない情報は拒絶する態度は改め、白紙の状態で臨むこと。特にメディアの論点には十分注意が必要である。
② 金融政策の基礎から積み上げること。データを見てその意味するところを自分お頭で考えること。
③ 全体像を見失わないこと。
④ 因果関係の方向(どちらが因でどちらが果なのか)を見極める。因果関係と相関関係は似て非なるもので、因果関係が恒等式に過ぎないことがよくある。言葉の言いかえで同じことを言っているに過ぎないことに注意。
⑤ 言葉の定義を明確に。
⑥ 視点の違いに要注意(事前に予測か事後のことか、長期的か短期的か、マクロかミクロか、フローかストックか、実物世界か名目世界かなど)。

 湯本雅士氏の立場を明らかにするため、本書末にある著者略歴を見ると、1937年生まれで(2013年で76歳)、60年東京大学法学部卒業、同年日本銀行に入行。65年ペンシルバニア大学ウォートンスクールでMBA取得。IMF出向後、日本銀行の国際金融・政策関連部局等を経て、91年より東京証券取引所に勤務。99年杏林大学社会科学部(現・総合政策学部)・同大学院国際協力研究科教授、2003年同客員教授、2010年より2012年3月まで、同大学講師として引き続き金融財政論を講義。現在、衆議院調査局財務金融調査室客員調査員としてスタッフの指導にあたっている。つまり彼は定年まで日銀に勤務し、その後にアカデミックに転じた人である。だから日銀の金融政策に精通しているのであろう。

(つづく)