ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 宮崎勇・本庄真・田谷禎三著 「日本経済図説」 第4版(岩波新書 2013)

2014年10月03日 | 書評
激変する国際・社会環境の中で日本経済を読む  第10回

9) 国民生活
① 経済力と生活の質

 日本は1980年代までにマクロ経済指標を欧米先進国に匹敵する水準に引き上げたが、バブル崩壊以後の長いデフレが続いて国内総生産などは経済停滞期に入った模様である。しかしその間、国民生活の質の面で一定の改善がみられた。所得水準の上昇、所得配分の公平性、2重構造の解消、国民意識の中流化、耐久消費財の普及、食生活の向上と健康工場余寿命延長、犯罪の減少などを挙げることができる。また公害、環境破壊、消費者軽視などのひずみにも改善がみられた。その後円高や国際化の中で、生活の質の後れが意識されるようになり、住宅事情、労働時間の長さ、食生活の生計費の高さ、資産価値の格差などに不平等感が広がった。2000年以降これらの問題はある程度改善されてきた。生活の質の指標を外国と比較すると、世界一長寿国であるし、医師の数は欧米並みになったし、教育水準は高いし、犯罪件数は非常に低いし、失業率も低いが、生計費は欧米に比べると割高であり、社会保障はアメリカに比べると勝っているが欧州よりは低い、自殺率は高いというような結果である。一長一短があり、日本はさほど住みにくい国ではない。
② 消費の水準と構造
 経済活動の最終段階は消費である。貯蓄も延長された消費である。高度経済成長後の家計費の内容の変化が著しいのは、食料などエンゲル係数の縮小(25%)である。そして住宅とその環境費用が大幅に増えたことである。娯楽レジャーや交通費も増えている。耐久消費財の普及状況を見ると家電を中心に1975年までに冷蔵庫・洗濯機・掃除機・カラーテレビが完全にいきわたった。次いで携帯電話・エアコン・電子レンジ・ビデオそして乗用車が1995年ごろに飽和した。2010年ごろにはパソコン・デジカメ・薄型テレビ・DVDなどが普及した。耐久消費財の普及はアメリカよりは低いが欧州よりは高い。衣服の輸入も急増している。今限りでは消費は飽和したかのように見えるが、最近は随意的選択的消費が増え、娯楽・レジャー・通信などの伸びが大きくなった。多様化個性化したといえる。
③ 地価と住宅事情
 戦後の日本の住宅事情は不十分である。木造・共同建など低質である。職場との距離も遠く、一人当たりの床面積は欧米に比べると最低である。引き続き住宅は堅調な需要があると見込まれるので、建築促進と土地価格の安定、周辺の環境整備が必要である。住宅問題の背後には地価問題が存在する。過去3回土地価格は上昇したが、1992年以降土地は長期低下傾向になるが、3大都市圏の土地価格はかなり高い。可住地が少ないとか、社会資本の立ち遅れなど問題が多い。
④ 社会資本と環境
 社会資本という言葉は狭義には間接的に生産に関与するインフラ(公共的資本)つまり道路や鉄道・発電所・航空などをいったが、広義には生活関連施設を含め、資金的にも公的資金だけだなく民間資金あるいはその組み合わせで賄われた。つまり公共的サービスを提供すれば社会資本と呼ばれる。2009年の社会資本ストックは約678兆円と推計される。生活関係資本とは下水道・廃棄物処理・水道・公園・文教施設などである。採算ベースに乗りにくいもの、長期間を要するものなどがあり、長期計画による整備が必要である。日本尾環境問題は地域的な騒音・悪臭・大気汚染・水質汚濁であった。1980年以降は地球規模でのフロン、有機塩素化合物の化学物質汚染が問題となりこれらは比較的規制と対策が功を奏した。1990年以降は地球規模での温暖化対策に取り組んできたが、各国のエネルギー政策が絡んで合意に達することができていない。
⑤ 生活の安全性と消費者行政
 生活の安全性とは、日常生活物質の安全性から、社会の安全性まで多岐にわたる。経済発展との関連で安全性とは犯罪、交通事故、公害が取り上げられる。日本欧米に比べて犯罪数がけた違いに少ない。犯罪の検挙率は35%程度であるが欧米と比べて低いとは言えない。また生活者を守る消費者行政は1968年の「消費者基本法」に始まり、安全性、選択の自由、消費者取引の適正化、政府による消費者支援を柱としている。1995年には製造者責任法(PL法)が施行され、2009年には消費者の利益を第1に考える消費者庁が設置された。
⑥ 学校教育と生涯教育
 日本の教育普及率は高く、進学率も高い。高校進学率は2012年で98.3%で、大学進学率は53%である。しかし今の教育問題は進学率など意味を持たないくらいに複雑である。学校教育費の伸び、親の教育費負担増大、財政における教育費用の増加といった経済問題から、受験主義の弊害、就職率の低迷、カリキュラム、学歴主義の弊害、国際化への対応など課題を抱えている。また人生80年時代の生涯学習の重要性が高まっている。大学通信講座、大学公開講座、民間教育事業による講座も広まった。社会教育は企業内教育も含めて一層重要になってきた。国際化、高齢化、災害多発化を反映してボランティア教育も盛んになってきた。
⑦ 社会保障
 社会保障とは、所得が何らかの理由で途絶えた時、生活を社会的・公共的に保障する制度のことである。社会保険(医療、年金、雇用、労災、介護など)、児童手当、公的扶助、社会福祉、公衆衛生、恩給、千歳犠牲者などをさす。1973年の「福祉元年」には老人医療制度が整備され、欧米とそん色ない水準までに達した。2012年の社会保障給付費は109兆円、GDPの31%となった。内訳は年金が54兆円、医療が35兆円、福祉が21兆円となっている。1985年ごろに年金が医療を追い抜いた。2000年代になってから福祉の伸びが目立つ。日本の給付は社会保険を主に税金を従としている。社会保障給付の国民負担率は2013年見通しで17.3%、アメリカやイギリスに比べると高いが、欧州に比べるとまだ低いほうである。今後高齢化で年金負担は増えることは必至で、公平と効率が求められる。
⑧ 健康と医療と介護
 2011年度の国民医療費は38.6兆円、国民所得比11.1%に達した。老人医療費の増加が著しく医療費全体の34.5%を占めている。国際比較では欧米より対国民所得比は低い。医療供給体制を見ると、人口当たりの医師数は欧米と比べて少なくはない、むしろ病院数や病床数では上回る水準にある。健康のために医療費であるから、その増加は高齢者比率が高まっているがやむを得ない面があるが、今後改善する課題は多い。終末医療、老人医療、健康保険の給付と負担の公平問題、新しい病気への対応などである。2000年に施行された介護保険制度の進展に伴う改善なども検討しなければならない。
⑨ 年金問題
 日本の年金制度は1961年にスタートし半世紀が経過した。国民年金制度は20-60歳の国民は強制的に加入しなければならない。民間の社員は厚生年金、公務員は共済年金組合に加入する。労使折半で拠出し、65歳になった時点で老齢厚生年金、退職者共済年金を受給できる。この他に個人は国民年金基金に、民間会社社員は企業年金に任意で加入できる。公的年金は基本的には世代間扶養の原則に立っている。この制度では少子高齢化の下では保険料の上昇と給付水準の引き下げが避けられない。公的年金の国際比較は私的年金積立者が多いアメリカなどとは比較が困難である。
⑩ 個人金融資産
 個人金融資産は戦後の高い貯蓄率に支えられて増加したが、2000年代に入って貯蓄率が低下し、2013年の日本の金融資産残高は1571兆円で、GDPの3.3倍である。アメリカはGDPの3.6倍、欧州は2.1倍であった。勤労者1世帯の貯蓄保有額は2012年度1233万円、平均年収691万円の約1.8倍であった。また負債残高は1世帯で695万円である。その93%は住宅・土地のローンである。個人金融資産の内訳で特徴的なことは現金・預金が多いことである。現預金比率は55%、保険・年金準備金は30%、株式は8%、投資信託は4%であった。金融危機以来個人株式投資は大きく減退した。

(つづく)