ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 湯本雅士著 「金融政策入門」  (岩波新書 2013年 )

2014年10月13日 | 書評
デフレ脱出の処方箋において、量的緩和政策は有効か 第9回

5) デフレに対する処方箋 (その1)

 デフレ下の金融政策を巡って、様々な議論が執拗に繰り返されたが、2013年現在日銀当局の主流派は言うまでもなく岩田副総裁を代表とするリフレ派である。リフレ派自体は自分自身を古い意味でのマネタリストとは呼ばないが、ニューアンスに違い(重点の強調点)程度でやはりマネタリーサプライ万能論者であることに違いはない。金融政策者なのだからマネー以外のことは専門外と言わんばかりに実体経済に対する見方は楽観論者である。彼らが考えるセオリー通りに動くものだという自信に満ち溢れている。1992年ごろ岩田規久男氏〈当時上智大学教授、現日銀副総裁)は「最近の景況悪化の原因はマネーサプライの伸びが小さいためであり、その責任は日銀にある。景気浮揚のためにはマネタリーベースを積極的に増やすべきである」と主張しまし。これに対して日銀の翁氏(当時日銀企画調査課長、現京都大学教授)は「中長期的なマネーサプライ低迷の背景には、バブル崩壊後の資産価格の低迷という全般的現象がある。現行制度の下でマネタリーベースのコントロールを行うことは現実的ではないし有効性に乏しい」と反論し、これを岩田―翁論争といわれました。これに東大教授の植田氏が論評し、「中央銀行の金融政策の運営は、結果的に銀行の準備需要に、したがってマネタリーベースの水準に影響を与えることができる」というように長期的には、岩田氏の主張に同意しました。
2000年前後の日銀のゼロ金利策(政策金利をゼロ付近におさえること)により金融調節を行った時期とその後の5年間続いた量的緩和政策(銀行の準備に目標値を設け維持する金融政策)の時代に、再度リフレ派と反対派の論争が再燃しました。デフレ問題に対処するため実質ゼロ金利の水準に達した場合でも、「アグレッシブな金融緩和」を行えばデフレから脱却できるとして次のような政策を主張しました。つまり金融緩和の政策を実施してきても景気回復の兆しが見られないため、慎重派を押しのけてリフレ派はどんどんエスカレートしてゆきました。景気のいい強がり発言が主導権を握るという、昔の軍部が太平洋戦争の突入したやり方に酷似しているようです。リフレ派の主張は「期待論」一色で、じつに都合のいい論理の連結(理論から予測される確率は低いが)から成り立っています。すなわち、①潤沢なマネーを準備して政策金利をゼロ近くまで引き下げる約束(コミットメント)を行う。それによって金融緩和策への信頼が確保される。→②そのメッセージが明快かつ断固たるものにするには、インフレターゲットを設定することである。→③準備を供給する手段として、長期国債、外国債券、株式などあらゆる資産を購入する。(投資信託のポートフィーリア効果)その一環として円安が進むはずである。中央銀行が思い切った行動に出ることが経済主体にショックを与え、その行動を変えることができる。いわゆるレジーム・チェンジである。リフレ派の期待に対する反対派は次のようなものであった。民間の資金需要がなく、すでに法定準備をはるかに上回る準備がサプライされている中で、さらなる積み増しは困難である。また中央銀行による長期国債の買い増しは財政当局の仕事であって中央銀行にはなじまない。物価上昇率引き上げのためにインフレ・ターゲットを設定しただけでデフレが解消されるわけではない。経済主体の期待はバブルを生み出す危険性がある。実体経済のデフレからの脱局を妨げている要因は多岐にわたる。マネタリー供給の面だけで一挙に事態が改善されることは難しい。実体経済から需要を喚起する力が働かないかぎり金融緩和も生きてこない。金融緩和が経済主体のインセンティブに働きかけてどのように変化するかを見極める必要がある。漠然とした期待だけでどうなるものでもない。アグレッシブな金融政策(一か八かの賭け)に出るにはリスクが大きすぎるというのが反対論の趣旨で、リフレ派と反対論の議論は平行線のまま10年以上も経過したことになります。2013年3月以降黒川総裁体制の下でリフレ派が日銀当局を支配した事実により、今後「思い切った金融政策」が展開されることでしょう。そこでリフレ派を代表する岩田副総裁の主張を再検討しましょう。
①政策提言: 2%前後のインフレターゲットを最終目標にし、マネーサプライの伸び具合を中間目標とする金融政策に転換する。そのため長期国債の買い切り枠を拡大する。
②マネーサプライ増加の効果について: マネーサプライの増加とそれによる物価の上昇が実質金利の低下をもたらし、ひいては消費や投資を活発化させる。株価の資産価値が上昇する。金利の低下により為替レートの円安化によって輸出産業が潤う。借り手の財務内容が改善し、消費・投資意欲を高め資金需要が増加する。
③長期国債買い切り操作が望ましい理由: 長期国債の買い増しは、マネタリーベースの増加要因であり金融緩和に寄与する。銀行の貸出意欲を高め、マネーサプライの一層の増加を促す。長期国債の買い切りは売却した際に売却損が生じるリスクがあるが、政府と日銀は一体であって日銀のキャピタルロスを問題とする必要はない。長期国債の買い増しは長期金利の低下を招くが、それ自体は目的ではない(。金融引き締めの出口においてインフレ期待による長期金利の上昇ということは認識しているが、その出口操作は大変なことに関する言及はない。長期金利の低下は我々の責任ではないといっているに過ぎない。)
反対派の言い分は次のようなものです。本質論としてゼロ金利政策の効果は市場参加者の期待に依存するなら、期待以外に理論的根拠を持たないため政策効果は予測できない。アグレッシブな金融政策の副作用として次のことを挙げています。マイルドな長期国債買い切りオペは効果が少なく、アグレッシブな買い切りオペは極めて不確実で一か八かの賭けに近い。長期国債買い切りオペが財政赤字ファイナンスか国債引き受けに等しいと認識されると、国債の信用リスクが高まり長期金利の上昇を意味する。これは景気悪化、財政悪化要因となる。日銀の国債評価損(キャピタル・ロス)は売却段階で実現損となり財政圧迫要因となる。そして金融機関の財務内容を圧迫し金融システムの安定性に影響を及ぼす。つまりデフレスパイラル(デプレッション、恐慌)に陥る状況では長期国債のアグレッシブな買買い切りは不確実でも賭けでも採用する意味はあるが、景気停滞で物価上昇率が若干マイナスという状態が長く続くような場合、アグレッシブ金融政策はリスクと不確実性が大きすぎ、反作用が深刻な影響を及ぼすので取るべき方策ではないというものです。

(つづく)