ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

読書ノート 湯本雅士著 「金融政策入門」  (岩波新書 2013年 )

2014年10月09日 | 書評
デフレ脱出の処方箋において、量的緩和政策は有効か 第5回

2) 金融政策の軌跡 (その2)

 次にデフレに対応するための金融政策を考えましょう。ケイジアン・アプローチ(伝統的金融政策)で金利をほぼゼロにしても経済は活発化せず、デフレ状態が長引いている状況を前にして、はかばかしい効果が得られない場合、金融政策はどう対応したらいいか。これはサブプライム危機以降世界の中央銀行が頭を抱えている現状です。ここで世界の中央銀行は試行錯誤的にいろいろな措置を講じてきました。それを非伝統的(非政党的)金融政策といい、次の4つが特徴的です。① 中央銀行の資産内容を重視する政策(信用緩和、資産として中長期債券の大量買い入れ) ② 中央銀行の負債規模を重視する政策(量的緩和、証券買入 預金準備を拡大) ③ 銀行貸付側面支援政策(成長基盤支援資金供給) ④ 中央銀行のコミュニケーション戦略(フォワード・ガイダンス) 各々の政策は独立または並立して採用されている。
① 中央銀行の資産内容を重視する政策(信用緩和、資産として中長期債券の大量買い入れ): 日銀は短期金融市場において主に銀行を相手にして短期の証券の売り買いをすることで日々の金融調整を行ってきた。その範疇を超えて中長期の債券を計画的に大量に買い入れるというのがこの政策の特徴である。中央銀行が最後の貸し手ならぬ最後の買い手になって出動することである。これによりその証券の市場流動性が回復し、他の証券にも及ぶ(ポートフォーリア・リバランス効果)というのが描かれたストーリーです。これが長期的なデフレ対策として行われた場合、その証券の利回り(イールド・カーブ)は低下します。中長期債権の金利の低下は投資を刺激し景気回復の支援材料になる。買い入れ対象としては中長期国債です。米国のFRBは国債のほか住宅貸付担保証券やエージェンシー債を買い込んでいます。日銀の場合はすでに「輪番オペ」と称して中長期国債の買い入れを行って来ました。これには枠を設けて年間21兆円ほどです。これを日銀券ルールと言いました。2010年10月日銀白川総裁は「包括的金融緩和措置」という「金融資産買入等基金」を設けて長期国債の買い入れを行いました。当初35兆円だったのが、2012年12月には101兆円ほど買い入れました。2013年春黒川日銀総裁はこの基金を廃止し通常のオペとして国債購入を行うことに統合しました。
② 中央銀行の負債規模を重視する政策(量的緩和、預金準備を拡大) : 中央銀行が中長期国債を買い入れると、バランスシートの資産サイドが膨らむと同時に、負債サイドの預金準備が増大します。日銀は金利ゼロ政策を解除し、2001年3月より日銀当座預金に目標値を定める方法を取りました。積立金は2004年の春には30-35兆円まで膨らみました。この結果短期市場金利はほぼゼロになったので2006年にこの措置は停止されました。日銀の名目GDPに対する資産規模に比率は30%を超え、欧米に比べると最も大きな数値となった。名目GDPに対する相対的マネタリーベースもマネタリーストックも一番高く、日本は最も緩和した状態にあるといえます。量的緩和政策がもたらす問題点は、短期資金の利子はゼロに張り付き短期金融市場が潤沢過ぎる準備のために麻痺してしまうことです。
③ 銀行貸付側面支援政策(リファイナンス 成長基盤支援資金供給): ところがいくら準備を増やしても銀行貸出に結び付かない(投資の活性化にならない)問題に対して、銀行貸出に対して日銀がその資金を政策金利で供給する考えです。2010年4月に採用された「成長基盤支援資金供給」というものですが、日銀は「量のみ関心を持ち、質には介入しない」方針を変更し成長基盤支援を支援するのは筋が違うようですが、デフレ脱却には生産性向上が欠かせないという認識になってきたためである。さらに日銀は2012年12月に「貸出増加支援のための資金供与」制度を導入しました。さてどれくらい貸出促進策になるのか今後を見守ることになります。
④ 中央銀行のコミュニケーション戦略(フォワード・ガイダンス): 1990年代中ごろから金融自由化に沿って、金融政策運営の透明性が次第に増加してきました。金融政策決定会合後、毎月声明や記者会見・議事要旨が発表されます。これは当局の「説明責任」と言えますが、目的はそれだけではありません。これは期待への働きかけ(フォワード・ガイダンス)の一つです。「この政策はいつまで続くから安心せよ」というコミットメント(約束)を関係者に与えることです。米国のFRB や欧州のBOEもたえず政策についてアナウンスしています。この期待への働きかけ(フォワード・ガイダンス)はメディアを通じての世論操作と紙一重です。下手をすると雪崩をうって誤った方向へ流れ悲劇を生みかねません。官僚の無誤謬性を信じる人はいないでしょうが、金融を操作することは世論を操作する以上に難しいことを考えると、国民が政府を信じるかどうかにかかっています。今の日本では3.11以来政府は信を失っていますので、「金はいくらでもありますから、みんなで買い物に走りましょう」と言っても買うものがない状態ではどうしようもありません。ゼロ金利をいつまでも続けるというメッセージは、かえって経済を低成長・低物価上昇率にくぎ付けしてしまうという「複数均衡論」からの批判が強い。低位の均衡から高位の均衡へジャンプするには人心一新(レジームチェンジ)が必要ですが、バブルに懲りている国民が、軽薄にも飛び出すでしょうか。
(つづく)