ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 湯本雅士著 「金融政策入門」  (岩波新書 2013年 )

2014年10月12日 | 書評
デフレ脱出の処方箋において、量的緩和政策は有効か 第8回

4) 中央銀行(日銀)が直面している諸問題
 1950年以降中央銀行が現代的な意味で金融政策の目標を物価の安定において以来、その運営に当たっては可能な限り時の政治的圧力を排除したいという、いわゆる中央銀行の独立性の尊重という原則が生まれた。しかし中央銀行の金融政策は財政政策や為替政策と並んで国の経済政策の一環です。1997年の新日銀法では日銀の「自主性」という言葉で表現しています。会計検査院の独立性とは意味が違います。日銀はいわば認可法人で、銀行券の独占的発行権を付与され、内閣によって人事権と予算権を掌握されている限り、日銀の独立性はあり得ない。日銀法では金融政策が国の経済政策の一環であることを踏まえて、政府の経済政策との整合性を図るため、政府との間で連絡を密にし十分な意思疎通を図ることを求めています。2012年10月、2013年1月政府・日銀の「共同声明」を表明して一体感をアッピールしました。政府は日銀の金融政策決定者会合に財務大臣(代理も可)を出席させ意見を述べることができ、政府から議案提出および議決延期請求を出すことができます。インフレターゲット政策とは、物価上昇率を目標として掲げ、その実現をめざす中央銀行のコミットメント(フォーワード・ガイダンス、コミュニケーション戦略)である。インフレターゲット政策は1988年ニュージランドで採用されたのが始まりとされる。その政策の一般的に受け入れられている定義とは、喫緊の目標達成よりは中長期的な物価と経済の安定化を目指す政策という理解で、これを「フレキシブル・インフレターゲット政策」と呼びます。欧米で弾力的に取扱い、ゴール、目途、閾値と呼び、物価安定の定義を+2%未満で、2%に近い値といいます。2013年3月に就任した黒川日銀総裁は、安倍首相の3つの矢である機動的な財政運営、成長戦略、大胆な金融緩和を受けて、「出来るだけ早く2%の物価上昇率を実現することを目標」にし、実現できなければ辞任することを匂わせていますが、日銀のインフレ・ターゲットはやや異質な感じを受けます。ここに至るまで日銀は2006年、2009年、2012年と見解を発表していますが、物価上昇率2%を目指して少しづつ強い表現となってきました。2013年3月黒川日銀総裁就任においてインフレ・ターゲットを実現できなかったら、日銀当局にその責を問うというような、中央銀行に対する鞭の役割を果たすことになります。ところがここ十数年日本の消費者物価上昇率は1%未満でした。黒川総裁のインフレターゲット設定は、コミュニケーション手段としての期待形成力と、日銀当局の意志と能力があるということについての信頼と信認にかかっています。インフレ・ターゲットの設定責任は政府にあります。次にターゲット実現過程で何が起こるかが問題となります。円安が進行しエネルギー価格が上昇し、それが電気料金、食料品などの波及してゆくことは必至です。そしてもし物価が上昇したら、直ちに景気が良くなるものではありません。雇用や賃金は景気の遅行指標ですから、物価が上昇して賃金が取り残されると働く人は悲惨です。首相が賃金を上げるようにお願いしても、それは個別企業の業績と経営者次第です。物価の上昇は、それを上回る金利の上昇を招きます。国債金利が上がると政府の国債費の増加すなわち財政の悪化となります。長期金利の上昇は、銀行のみならず国債を多量に抱え込んでいる日銀自他の財務内容を悪化させます。最後に金融を引き締める段階になって日銀が国債を売るときに売却損(キャピタルロス)となります。現在の日銀法には損失に対して政府の補てん措置はありません。

 2013年3月白川日銀総裁から黒田総裁へ体制交替があった。白川総裁時代は金融緩和の消極的過ぎたという批判が出ていますが、実は白川総裁時代(2008年ー2013年)には様々な緩和措置が繰り返されたので、そういう批判は当たらない。ただ作用と反作用に慎重かつ良心的に対処してきたのでインパクトが弱く、市場の反応がなかっただけのことです。「マイルドな金融緩和措置」から「思い切った金融緩和措置」の黒川総裁のパフフォーマンスと(強い意思表示による)フォーワードガイダンスに市場が応じて、円安が進んだことは事実です。黒川総裁は「物価安定目標(2%)を2年程度の期間を念頭に置いてできるだけ早期に実現し維持するため次のような緩和策を実施する」と表明した。
① 金融市場の操作目標をこれまでの政策金利からマネタリーベースに変更する。年間60-70兆円のペースで銀行の準備+現金残高を増加させる。
② 長期国債の保有残高を年間50兆円のペースで増加するよう金融市場調節を行う。
③ 買い入れる長期国債の残存期間を問わない。買い入れ国債の平均残存期間を3-7年程度とする。
④ ETF、J-REITの買い入れを、それぞれ年間1兆円、300億円のペースで増加する。

として、その結果2013年度末にはマネタリーベースは200兆円、2014年末には270兆円規模に拡大するという、途轍もなく規模の大きさに驚かされる。そのため2103年度中に発行される国債の7割以上は日銀に買い取られることになる。すると中央銀行による財政赤字のファイナンス(日銀による国債の引き受け)ではないかという疑問がでてくる。金融政策の財政政策化になってしまうのである。国債のマネタイゼーションとは日銀が国債を引き受け(国債の市中引き受け原則の無視)あるいは金融機関から買い入れると、政府預金がが増え、それを取り崩して民間の預金が増えることを示します。どこまでが金融政策でどこからが財政赤字のファイナンスなのか明瞭な線引きは不可能ですが、すでのに満杯に近い国債市場において、日銀による国債引き受けしか方法はなかったということです。つまりインフレ・ターゲット2%設定と、日銀による国債購入額の大幅拡大は表裏一体の政策だった。国債を大量に買い入れると中央銀行のバランスシートは極度に膨張し、それを反映して短期市場金利はほぼゼロになっている。もし2%物価上昇が可能だと判断したとき、どのようにしてマネタリーベースを圧縮するのでしょうか。短期証券や長期国債を売却して準備預金を吸い上げる必要があります。長期国債の売却は長期金利が急騰すると予想されます。緩和政策をもとに戻す政策は「出口問題」と呼ばれ極めて困難な政策です。インフレを煽っておいて、適当なところで引き締めに入る場合、金利の乱高下で大混乱が起きることは歴史の証明するところです。インフレや資産価値バブルがコントロールできなくなるというリスクが潜んでいます。2013年米国FRBバーナンキ議長は今後の中長期国債の買い入れ計画の変更を発表しました。それを受けてというよりそれを予想して株式は急落、長期金利は上昇、ドル高という波乱が起き、それが新興国を含む世界中の金融・為替・証券市場に波及しました。そこでバーナンキ議長は「ブレーキをかけるのではなく、アクセルを緩めるだけだ」というくるしい声明を出しました。白川前総裁やバーナンキ議長は現在とっている政策の効用とデメリットについて言及していますが、黒川総裁は副作用について語ることは効用に水を差すので極力避けるという姿勢です。まず当面のデフレ脱却が絶対命題で、副作用は起きた時に対処するということなのでしょうか。

(つづく)