市民に分かるようにケインズ「雇用・利子及び貨幣の一般理論」を解読する 第1回
序(1)
ここに、ケインズ著/間宮陽介訳 「雇用・利子および貨幣の一般理論」 上・下(岩波文庫 2008年)という本がある。その第1篇序論 第2章古典経済学において古典経済学の公準を2つ述べている。
「第Ⅰ公準:賃金は労働の限界生産物に等しい。すなわち被用者の賃金は雇用が1単位減少したときに失われる価値に等しい。」
「第Ⅱ公準:労働用量が与えられたとき、その賃金の効用は、その雇用量の限界不効用に等しい。すなわち被用者の実質賃金は、現在雇用されている労働量を引き出すのにちょうど過不足のない大きさになっている。ここで不効用とは一人あるいは集団の人間に、ある最低限の効用すら与えない賃金を受け取るくらいなら働かないほうがましだと思わせる理由の一切を含む。」
ヒルベルト著「幾何学基礎論」の公準のようにこの文章をすらすら理解できる人は経済学の約束事を熟知した専門家だけであろう。私にはちんぷんかんぷんであった。業界の隠語集(技術用語辞書)がなければ、たとえあったとしても理解できないだろう。というわけで私は1日かけて20ページを読んだだけで、呆然自失して読了をギブアップした。そうして本屋で棚を眺めていたら宇沢弘文著 「ケインズ一般理論を読む」を発見し、一も二もなく購入した。本書の前書きで宇沢氏は「先輩からケインズの一般理論を読むように薦められて、読み出してその難解さにほんの数ページしか読み進めなかったことは、いまでも重苦しい記憶として残っている。文章が華麗だっただけでなく、内容が難解だったから困惑したのである」と述べている。経済学を志した頃の話だそうだが、宇沢氏ですらそうだったのかと私は妙に安心した。ケインズの「雇用・利子及び貨幣の一般理論」は一般向けに書かれたのではなく、古典派経済者やケインズサーカスの専門的経済学者たちを相手に書いたプロ向け論文であるそうだ。分からせるためではなく論争するために書いた文章である。経済学の古典のなかでも最も理解し難いといわれる書物である「一般理論」を、宇沢氏は1982年岩波市民セミナーで8回の講義で一般理論の市民向け読書会を依頼された。宇沢氏は理学部数学科卒業後に経済学者を目指して転職し、職業的経済学者として、「一般理論」に始まり、「一般理論」に終る人生を送ったという。その氏をして難解と言わしめるケインズの「雇用・利子及び貨幣の一般理論」を私がギブアップしても私の怠慢では無いとして、私は宇沢弘文著 「ケインズ一般理論を読む」から入って慣れることを主眼とした。宇沢氏は本市民セミナー講座においては、それでも正確を期すため専門的過ぎて分かりにくい内容になったのではないかと反省しておられる。
(つづく)
序(1)
ここに、ケインズ著/間宮陽介訳 「雇用・利子および貨幣の一般理論」 上・下(岩波文庫 2008年)という本がある。その第1篇序論 第2章古典経済学において古典経済学の公準を2つ述べている。
「第Ⅰ公準:賃金は労働の限界生産物に等しい。すなわち被用者の賃金は雇用が1単位減少したときに失われる価値に等しい。」
「第Ⅱ公準:労働用量が与えられたとき、その賃金の効用は、その雇用量の限界不効用に等しい。すなわち被用者の実質賃金は、現在雇用されている労働量を引き出すのにちょうど過不足のない大きさになっている。ここで不効用とは一人あるいは集団の人間に、ある最低限の効用すら与えない賃金を受け取るくらいなら働かないほうがましだと思わせる理由の一切を含む。」
ヒルベルト著「幾何学基礎論」の公準のようにこの文章をすらすら理解できる人は経済学の約束事を熟知した専門家だけであろう。私にはちんぷんかんぷんであった。業界の隠語集(技術用語辞書)がなければ、たとえあったとしても理解できないだろう。というわけで私は1日かけて20ページを読んだだけで、呆然自失して読了をギブアップした。そうして本屋で棚を眺めていたら宇沢弘文著 「ケインズ一般理論を読む」を発見し、一も二もなく購入した。本書の前書きで宇沢氏は「先輩からケインズの一般理論を読むように薦められて、読み出してその難解さにほんの数ページしか読み進めなかったことは、いまでも重苦しい記憶として残っている。文章が華麗だっただけでなく、内容が難解だったから困惑したのである」と述べている。経済学を志した頃の話だそうだが、宇沢氏ですらそうだったのかと私は妙に安心した。ケインズの「雇用・利子及び貨幣の一般理論」は一般向けに書かれたのではなく、古典派経済者やケインズサーカスの専門的経済学者たちを相手に書いたプロ向け論文であるそうだ。分からせるためではなく論争するために書いた文章である。経済学の古典のなかでも最も理解し難いといわれる書物である「一般理論」を、宇沢氏は1982年岩波市民セミナーで8回の講義で一般理論の市民向け読書会を依頼された。宇沢氏は理学部数学科卒業後に経済学者を目指して転職し、職業的経済学者として、「一般理論」に始まり、「一般理論」に終る人生を送ったという。その氏をして難解と言わしめるケインズの「雇用・利子及び貨幣の一般理論」を私がギブアップしても私の怠慢では無いとして、私は宇沢弘文著 「ケインズ一般理論を読む」から入って慣れることを主眼とした。宇沢氏は本市民セミナー講座においては、それでも正確を期すため専門的過ぎて分かりにくい内容になったのではないかと反省しておられる。
(つづく)