ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

盲導犬オパール引退へ ご苦労ワンでした

2008年06月29日 | 時事問題
asahi.com 2008年6月29日6時11分
長岡市議会で活躍の盲導犬オパール、引退へ
 長岡市に日本で初めて議場に入った盲導犬が暮らしている。長岡市議の藤田芳雄さん(60)が連れている11歳のオパールだ。99年5月に長岡市議会に初登庁して以来、一般質問に、選挙にと議員活動を支えてきた。だが、高齢で体力も落ち、7月下旬に引退する。藤田さんは7月19日、市内でオパールのお別れ会を開く。オパールはその後、藤田さんと一緒に故郷へ帰り、同協会内の老犬ホームで余生をおくる。藤田さんは新たな盲導犬と一緒に長岡に戻るという。

テレビ「盲導犬クイールの一生」を見て感動した記憶がある。クイールの写真集も買って見た。オパールも余生を楽しんでください。

医療現場の方が大事  官僚の医療経費節減政策の犠牲

2008年06月29日 | 時事問題
asahi.com 2008年6月29日3時1分
療養病床の削減難航 国の計画、実情と合わず
 高齢者の医療費を抑えるため、長期入院患者がいる療養病床を削減する計画で、厚生労働省の目指すベッド数に対し、都道府県の目標値が約2割多いことが分かった。12年度末までに35万から18万に減らす計画は国の医療費抑制策の柱の一つだが、見直しを迫られそうだ。
 療養病床は、長期療養が必要な高齢者が入院する医療施設。厚労省は全国の病院アンケート結果をもとに、「療養病床の患者の半数は治療の必要度が低い」として、06年の医療制度改革で大幅削減を決めた。実現すれば、医療費4千億円が削減されるという。人口が多く、急激な高齢化に直面する東京都は増やす計画で、現状を約8200上回る2万8077だ。

老人をベットから追い出し、家族に負担を強いる療養病床の削減策は悪政だ。
高齢者の入院は医療と関係ないとすれば、別の介護の受け皿を用意すべき

自治体病院全体で毎年7000億円以上の税金が補助金として国と地方自治体から交付され、累積赤字は2006年で1兆6000億円にも達している。地方自治体病院は医師不足と財政赤字に直面した。政府は医療改革の一環として入院日数の短縮に乗り出した。医療費の抑制のためである。1993年までは日本の一般病棟の平均入院期間は35日であった。欧米では1週間から2週間である。2005年には入院期間は20日を切った。入院期間が半分になればベッド数は半分となって医師数は半分でいいのだろうか。そうではない、患者数が減らない限りベッド回転数が上がるだけで、実は医師の仕事は2倍に増えるのである。人気のない病院だけがベッドの回転数が減るのである。人気のある病院とそうでない病院の格差がはっきりするのである。レベルの低い地方の中小病院の入院患者が減りさらに経営が悪化する。入院患者数は1993年に1063万人であったのが、2005年には1334万人と25%も増えている。ベッドの回転数を上げても入院患者数は増え続けている。

読書ノート 北岡伸一著 「国連の政治力学」 中公新書

2008年06月29日 | 書評
国連活動は国際政治の場ー日本常任理事国入り失敗をふまえて 第7回

Ⅳ これからの日本と国連(北朝鮮をめぐって)(1)

 2005年の安保理で最大の決定はスーダンPKOの設立だった。とりわけ熱心だったのがアメリカである。スーダン南部でのキリスト教徒反政府運動への弾圧が、ブッシュⅡに殉教者のイメージを喚起したのであろう。しかしこれには二つの問題があった。一つは石油を大量に買っている中国が制裁に反対なこと、二つは国際刑事裁判所ICCにアメリカが参加していないことである。アメリカはPKOを派遣したいがICCに関与させたくないジレンマに悩んだが、PKO、制裁、ICCが切り離して成立した。兵員一万人、10億ドルの大型PKOである。現在PKOは15本動いている。PKO予算は約8000億円である。2006年のPKO派遣兵員は8万人で、一位はバングラデシで一万人、上位には途上国が多い。これは兵員の維持経費を国連が負担するので、国内にいるより国連で養ってもらおうと云う計算である。アメリカは365人で32位、日本は45人で68位である。イラクには5万人以上軍隊を出しているアメリカはPKOには余りだしていない。これまでの犠牲者は20人であった。

 2006年10月14日北朝鮮の核実験(10月9日)に対する制裁決議が安保理で採択された。今回は中国・ロシアは反対できないであろうと見込まれたが、拒否権をちらつかせて日米を威嚇してくる。しかし制裁を謳った第七章を明示するかどうかで、安保非常任理事国の日本は妥協を行い第七章は特異の玉虫色表現で逃げ(制裁を実際実行するかどうかは結局各国の自由であったので)制裁決議案を通すことが出来た。あの時の大島代表の活躍が昨日の様に思えてくる。

文芸散歩  「宇治拾遺物語・十訓抄」 小林保治ら[校訂・訳]  小学館

2008年06月29日 | 書評
日本の中世に生きた人間の多様な人生模様 人生色々・男も色々・女も色々 第8回
宇治拾遺物語

伏見修理大夫俊綱の事
 宇治殿藤原頼通の御子で伏見修理大夫藤原俊綱が尾張の国守として赴任したところ、熱田神宮の大宮司が神宮の権威を傘にきて新国守のところに挨拶に来なかった。頭にきた俊綱は領地を没収するぞと脅かすと、周りの者がとりなしてようやく挨拶に参上した大宮司を縛り上げて監禁した。大宮司は泣く泣く熱田の神に伺いをしたが、夢の中で神がいうには「お前は以前尊い僧を追い出したことがある。その僧が恨みをいだいて、生まれ変わってこの国の国司になって仕返しをするといっているのでどうしようもない」ということであった。人の恨みは恐ろしい。虎の威を借りて人を圧迫するとこういう憂き目を見るのだ。

長門前司の娘が葬送の時、本所に帰る事
 長門国前司に二人の娘がいたが、今は両親も亡くなって京の高辻室町に住んでいた。姉のほうは夫がいたが、妹のほうには決まった男はなく、時々男が通う程度であった。姉らは奥に住んでいたが、妹は屋敷の南西にある妻戸口の間にいた。ところが妹が二十七,八になりわずらって死んだ。葬儀を出して鳥部野に送ったが、どうした事か棺から遺体がなくなっていた。急いで戻ると妻戸口の間に妹の遺体が横たわっていた。どうしてもここに居たいのだろうかということで、その居間を取り崩して塚にして妹の遺体を埋めた。家の人も気味悪がってやがてその家から引越して誰も棲まないので朽ち果て、ただ塚だけが残ったと云う話。なんか妹の淋しさが伝わるようで人はかくも淋しい存在なのか。

自作漢詩 「香城素壁」

2008年06月29日 | 漢詩・自由詩


洛陽城外未明     洛陽城外 未明の時

径道烟霞帯露     径道烟霞 露を帯びて滋し

涼味松風沿素壁     涼味松風 素壁に沿い 

菖荷麗質占清     菖荷麗質 清池を占む

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(赤い字は韻:四支 七言絶句平起式  平音は○、仄音は●、韻は◎)
(平仄規則は2・4不同、2・6対、1・3・5不論、4字目孤平不許、下三連不許、同字相侵)